Many Ways of Our Lives

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おだっくいLOVE

第六章 たびだち

【七】作戦決行(第二ステージ)

ターゲットは予定通り東御門から出てきて、城内中の前を通り、
新静岡センターへと向かって行った。
僕と絵里ちゃんは注意深くその後を追った。
とりあえず道路の反対側で、少しだけターゲットから遅れて進んでいく。
だいぶ人通りも出てきているので、ちょっと振り返ったくらいなら僕らとはわからないはずだ。
新静岡センターに到着。
そのまま買い物に行くのかと思ったら、二人はバスターミナルの方へと向かって歩いて行く。

え?・・・・・・大変だ!予定とは違う行動に出ようとしている!

僕はすぐに無線連絡を入れた。
「淳、堂本、聞こえるか?どうぞ。」
(村中、取れてる。堂本たちも一緒だ。後輩君たちとも合流できた。どうぞ。)
「お前たち今どこにいる?」
(センターにいるよ。早いだろ?どうぞ。)
「非常事態だ。ターゲットが予定のコースから外れた。バスターミナルに向かっている。
ターゲットと同じバスに乗せるやつをすぐに選んでくれ。決まったらすぐにバスターミナルへ行かせるんだ。
そいつには無線機を持たせろ。で、僕らがターゲットの乗ったバスを無線で知らせるから、そのバスに乗り込ませてくれ。どうぞ。」
(了解。連絡を待つ。以上)

「どこへ行くつもりなんだろう。帰るのなら絶対電車だし・・・・・・。」
「多分目的地は二ヵ所だわね。どっちだろう・・・・・・」
「二ヵ所って?」
絵里ちゃんが得意そうに言った。
「日本平か、日本平動物園。」
「どうしてそう思うの?」
「女のカンってやつ?」
女のカンね・・・・・・
「あ、今あきれたでしょ。さらにさらにあたしのカンが日本平を指し示しているわ。
あ、ほら、二人がバスに乗るわよ!行き先は?」
「日本平だ!」
絵里ちゃんの目がキラリと光った。
何も言わないけど「ほらね。」という声が聞こえてくるようだった。よし、無線だ!
「こちら山下。バスに乗るのは誰だ?どうぞ!」
(こちら上田。サングラスと帽子で変装してあたしが乗ります。とにかくターゲットが降りたところで一緒に降りて、
どこに降りたかを高橋君に連絡します。どうぞ!)
「了解。ちゃんと打ち合わせしといてくれたんだね。サンキュ。よろしく頼むよ、以上。」
まあ、今いる面子の中では一番の人選だろうな、と思った。
変装用のサングラスと帽子まで用意してくる周到さ。
まあ、サングラスは帰って目立っちゃうかもしれないけど、
もともと望月と上田はそう付き合いはないし、上田とはわからないはずだ。
「純子ちゃん、結構その気になってるわね。楽しそう。あたしがやりたかったけど、
麻美に感づかれること間違いないもんね。」
「うん。今回誘われて一番喜んでるのが上田かもしれない。一年のときはどっちかっていうと静かで、
輪の中心から一歩引いてるようなタイプだったからね。その実、輪の中に入りたくてたまんなかったのかもしれない。」
「二年になってからはだんだん輪の中心に近づいてるみたいよ。」
「僕に言わせれば中心も何も、僕らみんなが主人公だと思うんだけどな。」
「あれ?今ちょっとかっこいいこと言った?」
「ハイ失礼しましたー。さ、バスが出るぜ。みんなと合流しよう。」

日本平行きのバスが出発するとすぐに、僕ら七人はバスターミナルの案内所前に集合した。
「日本平まで行くとして、おそらく三、四十分後には上田から幸利に連絡が入るはずだ。そこで、一組だけここに残って、
ターゲットが途中で降りた場合に備えてくれ。後輩君たち、お願いできるかな?五分刻みで幸利に連絡を取ってほしいんだ。
で、途中下車していたら、そこまで行ってもらう。していなかったら、今日はそこでお仕事終了だ。」
柴田が不満そうな顔をする。
「え?最後まで付き合っちゃいけないんすか?」
「いいのかい?せっかくの休みなのに、あんまりつきあわせちゃ悪いかと思ったんだけど。」
茂田井が返事をした。
「へへ、こんな面白いこと、そうそうないっすからね。最後までつき合わせてもらいますよ。」
「わかった。じゃあ、いずれにしろ連絡取れ次第、後を追う、と。僕らはすぐに次の日本平行きに乗ってターゲットを追うことにしよう。
君らには淳の無線機を預けるから。淳、無線機。」
返事がない。
「おい、淳?」
心ここにあらず、といった風の淳に声をかける。
「あ、ああ。ごめん。無線機ね。いや、大丈夫。で?次のバスに乗ればいいんだな?」
「そうだ。じゃあ、後輩君たち、頼むぜ。」
「了解しました!」
柴田に無線機を渡し、僕らは日本平行きのバスに乗り込んだ。
ターゲットを追いかける。気分はすっかりスパイか刑事か探偵な僕たちだった。

日本平に着くと、すぐに僕らは幸利に電話をした。
もちろん無線のスイッチは入れっぱなしだ。
上田から「ターゲットは日本平に到着」との連絡があったとのことだった。
電話を切るなり、僕の無線機が鳴った。
「はい、こちら山下。上田か?どうぞ。」
(上田です。ターゲットは現在、展望台に向かって歩いています。このまま尾行を続けますか?どうぞ。)
「僕らもついさっき日本平に着いたところだ。ターゲットは展望台に向かっているんだね。ならしばらくはそこにいるだろう。
いったん駐車場まで降りてきてくれる?ここからは一緒に行動しよう。どうぞ。」
(了解。すぐに合流します。以上。)

「今上田が下りてくるよ。ターゲットは展望台を目指してる。何か事件が起こるとすれば、
そこに違いない。」
僕がそう言うと、淳が頷いた。
「そうだな。俺でもそうする。」
絵里ちゃんが笑った。
「あらあら、そこで何をするわけ?」
わかっててからかってる。淳が微妙に赤くなってそっぽを向いた。
「あ、上田さんだ。上田さーん、こっちこっち!」
望月や絵里ちゃんのことは呼び捨てにするくせに、上田だけ「さん」付けな堂本だった。
まあいい。放置だ。今はそれどころじゃない。
上田が合流したところで、ここからの動きを打ち合わせることにした。

「みんなで展望台を目指すけど、上に上るのは上田だけだ。
後は展望台から降りてきたターゲットに見つからない程度の距離で隠れて見守る。
双眼鏡を使え。で、上田は、話し声が聞こえるぎりぎりのところまで近づいてほしい。
何か阻止すべき状況になった場合、判断は任せる。」
「わざと動き回って邪魔をするとか?」
「それでいい。で、無線で状況を伝えてくれ。で、いよいよまずい、となったら、
みんなで偶然を装って展望台に駆け上がる。」
青石があくまでもマイペースで尋ねた。
「何も起きなかったらどうするの?」
「うん。その時は・・・・・・・その時決めよう。」
淳がそわそわしだした。
「よし、行こう!」
僕らは展望台を目指して歩き出した。

展望台が視認できる距離で僕らは散開した。
ぎりぎりターゲットからは死角になるような場所を探す。
それぞれが隠れ場所を見つけたようだ。
上田純子が展望台に近づいていく。
階段を上ってゆく。最上段まで上がり、ターゲットに近づいたようだった。
無線が鳴った。
(ターゲット、並んで海の方を眺めています。会話は今のところありません。
これっていい雰囲気なんでしょうか。どうぞ。)
僕は思わず笑って答えた。
「知らないよ。でもなかなかいいぞ。その調子で頼む。どうぞ。」
(了解。以上)
(山下さん、取れますか?柴田です。どうぞ。)
「こちら山下。着いたのか?どうぞ。」
(はい、到着しました。今どこっすか?どうぞ。)
「展望台周辺に展開している。ターゲットは展望台にいるので、見つからない程度に近づき、潜伏せよ。どうぞ。」
(了解しました!以上)

  無線機に入電があった。
(上田です。ターゲットが会話を開始した模様。傍聴を続けます。以上。)

「気持ちがいいなあ。」
「本当に。向こうに見えるの、あれって伊豆半島ですよね。」
「そうだね。天気がいいときはアメリカが見えるって昔父さんにだまされたっけ。」
「お父さんも面白いんだ。」
「冗談ばっか言ってるよ。ぼくは昔からここからの景色が大好きでさ、いやなことがあるとここへ来て景色を眺めるんだ。
気が晴れるまでずっとね。いつの間にか涙を流してて、知らないおばさんに『何んあっただね、景気の悪い顔して!元気出しなさいよ!』
なんて言われて飴玉もらったこともあったな。」
「へえ、なんか意外な感じですね。一人いじけて海を眺める三浦少年・・・・・・なんだかかわいい。」
「かっこ悪いな。」
「ううん、ぜんぜん。」

(上田です。かなりいい感じですが、まだ決定的な雰囲気ではなさそうです。以上)

「ところで最近はどうなの?」
「何がですか?」
「いや、ほら、村中君って言ったっけ、君の彼氏。」
「あれですか。別にどうでもいいじゃないですか。」
「あれって・・・・・・何かあったのかい?」
「あいつ・・・・・・なんていうか、最近、冷たいっていうんじゃないけど、あたしがあいつのとなりにいるのが当たり前みたいな顔して・・・・・・
どう言ったらいいのかしら、ていうか、こんなこと先輩に言ってもしょうがないですよね。」
「そりゃそうだ。僕に言うことじゃないね。直接彼に言ってあげるべきことだよ。」
「そうなんですけど・・・・・・」

(上田です。ここへ来て風向きが少々変わって来たようです。
うーん、なんなんだろ。傍聴を続けます。以上)

「それにしても、今日は本当にありがとう。僕のわがままに付き合ってくれて。
ふふっ。正直、女の子と付き合ったことなんてないし、何していいのかわからなくてさ、
無理させちゃったんじゃないかな?」
「そ、そんなことないです!普段見たことない先輩を見ることができて面白かった・・・・・・
あ、ごめんなさい、楽しかった。いやいや、えーと。」
「はっはっはっ。いいんだよ、面白かったんなら僕も安心した。でも、あんな僕やこんな僕のことはくれぐれも内密にね。」
「そりゃあもう。先輩のファンの気持ちを裏切るわけには行きませんから。」
その時、急に強い風が吹いた。
「きゃっ。」
思わず麻美が目を押さえる。
「うわっ。すごい風だったね。・・・・・・って望月、どうした?大丈夫?」
麻美が目を押さえたまま涙を流している。
「ごめんなさい、何か目にゴミが入ったみたいで・・・・・・あれ、なんだろ、取れないな・・・・・・
あいたっ。いたたた。」
「いけない、無理しないで。目に傷つけちゃうよ。見てあげるから。顔を上げてごらん。」
三浦は麻美のあごを手に取ると、目のゴミを取ってあげようと覗き込んだ。
三浦のちょうど斜め後ろからその様子を見ていた上田はその様子を完全に勘違いした。

(緊急事態です!突発事項、っていうか、最大のピンチです!どうしよう!え?え?なんで?)

淳が双眼鏡を取り落としてダッシュをかけるのが見えた。
上田も何を言ってるのかわからない。
本人もどうしていいかわからないらしい。
事前の打ち合わせの事なんか忘れて、みんなが淳を追いかけた!

「ちょっと待てコラ!俺の麻美に何すんだ!」

淳はいきなりそう叫ぶと、三浦先輩の肩に手をかけた。
上田がサングラスをはずし、帽子を跳ね飛ばしてそこに割り込もうとする。
(だめ、だめえ!とか叫んでる。)
望月は口をあんぐりあけて立ち尽くしている。
三浦先輩を殴りつけようとした淳の腕のテイクバックを堂本が捕まえる。
青石は階段を上がりきったとたんにコケたらしい。

柴田と茂田井、僕と絵里ちゃんがその場に駆けつけたときに目に入った光景がそれだった。

一瞬、全員がそのまま固まったようだった。
最初に口を開いたのは望月だった。

「ちょっと淳、あんた一体全体何やっちゃいるだね。」
淳のこれほど狼狽した顔というものをこれまで僕は見たことがない。
「あ、いや、その、三浦先輩が、お前に、ええと、なんつーか、その、キスしようとしたみたいに見えたもんで、
どう言ったらいいのか・・・・・・」
「あたしが聞いてるのはね、淳。なぜあんたが今ここにいるのかって言うことよ。仲間をたくさん引き連れてね。」
「いや、その・・・・・・だから・・・・・・」
そこに穴があればどんな穴だろうと確実に淳は入っていただろう。
ここは僕が助け舟を出すしかあるまい、と思ったその時、三浦先輩が口を開いた。
「望月のことが心配でついて来ちゃったんだろう?
もしかしたら彼女の気持ちが自分から離れちゃったんじゃないかって、悩んでたんだろう?」
きょとんとする淳。そして望月。
ふと周りを見回すと、三浦先輩と絵里ちゃん以外の全員がきょとんとしていた。三浦先輩が続ける。
「彼女も心配してたんだよ。君の気持ちが前みたいに強くなくなっちゃってるんじゃないかって。
この夏、ずいぶん望月のこと、ほうっておいたみたいじゃないか。」
目を丸くして三浦先輩を見つめる望月だった。
淳も相変わらずきょとんとして固まっている。
そしてこの中で、唯一普段どおりの表情を見せているのが、絵里ちゃんだった。
その時僕の頭の中で何かと何かが結びつくのを感じた。
何もかもわかっているかのようなこの絵里ちゃんの表情。
もしかして・・・・・・もしかすると・・・・・・
「あ、そうだ、ひとつだけ誤解を解いておこう。
さっきのあれは、突風で望月の目に入ったゴミが取れないって言うから取ってあげてただけだからね。」
淳が真っ赤になった。望月が淳をにらむ。そんな望月に向かって三浦先輩が優しく言った。
「ほら、意地になってないで、彼の手をとってあげなよ。
君が思ってたように彼の気持ちが弱くなってたわけじゃないってことがわかったでしょ?
村中君、君のためにこんなに一生懸命なんだぜ?」
望月の目に涙が光った。
「先輩・・・・・・ごめんなさい。そして、ありがとう・・・・・・ございます・・・・・・」
淳が許しを請うように望月の顔を見上げた。
「麻美?」
望月は涙をぐいっと拭うと、元気よく言った。
「しょうがないわねえ。三浦先輩に免じて許してあげるわ。これからもあたしのことを大事にするって誓う?」
見る見る顔が明るくなる淳だった。
「誓う!誓う誓う!誓いますったら!」
「返事は一回でよろしいっ!」
やっと一同の緊張が解け、笑いが起こったんだ。

ひとしきり笑った後、絵里ちゃんに目を留めた望月がちょっと首をかしげて言った。
「絵里?」
「何?」
「もしかしたら・・・・・・これって・・・・・・あんたの仕業なんじゃないの?」
「あら、何のことかしら。」
「とぼけないで。あんたが全部仕組んだんでしょう。」
望月は今度は三浦先輩をキッと見つめて言った。
「三浦先輩?」
困ったように三浦先輩が絵里ちゃんを見た。
決定か?さっき僕の頭の中で結びついたものはこれだったのか?
「栗崎さん、もういいんじゃない?」
「ふふっ。そうですね。」
やっぱりそうか。
「ごめんね、麻美。どうしてわかった?」
「今あんた、一人したり顔でみんなの様子をずっと見てたでしょ。何かを企んでるときのあんたの顔、
私にわからないとでも思ったの?」
「いやあ、麻美殿にはかないませんのー。まったくその通りでゲス。」

「えええーーーーーー!!!!!???」

三浦先輩と望月麻美、絵里ちゃんを除く全員が口あんぐりだった。
僕なんか、完全に淳と僕でこの作戦を仕切ってると思ってたし、
ずっと絵里ちゃんといたのにそんなこと微塵も感じなかった。
一体いつ、どのタイミングで三浦先輩と絵里ちゃんがつながったんだ?
絵里ちゃんが空恐ろしくなってくる。

「そんな目で見ないでよ。亮君に言わなかったのは悪かったけど、敵を欺くにはまず味方からって言うじゃない。
ばれたらばれたで協力してもらおうとは思ってたんだけど、ぜんぜん気づかないし。」
望月のほほに朱がさして顔がちょっときつくなった。悪い雲行きだ。
「絵里、いくら親友だからって、やっていいことと悪いことがあるんじゃないの?
先輩も先輩です。絵里と一緒になってあたしのこと、だましてたんですか?
思い出作りとか何とか、全部うそだったって事?」
三浦先輩が望月に向き直って、どこまでも優しい目で言った。
うわあ、僕が女の子だったら、これだけで落ちてる・・・・・・望月は、と見ると、やっぱりこの目に負けてる。
「それは違うよ、望月。栗崎さんから話があったのは、実は昨日のことなんだ。」
な、なんですと?一同驚いた。
「びっくりしたよ。昨日、お弁当作りの下準備をしてたら、『富士見中の下級生から電話だよ』って母親に言われて、
出てみたらそれが栗崎さんでね。いきなり『お願いがあります』って言われたんだ。何のことかと思って聞いてみたら、
望月のことだって言うから、詳しく聞かせてって言ったんだ。
まず聞かれたのが、望月のことを本当はどう思っているのか、だった。好きだよって答えた。
でも彼女には村中君というれっきとした彼氏がいることは知っている、
今回のことは純粋に思い出作りに付き合ってほしいというだけの気持ちからお願いしたことだ、と伝えたんだ。
次に聞かされたのが、望月と村中君が今までどう付き合ってきたか、望月が、村中君が今どんな状態にあるか、だった。
延々四十分間、聞かされたのにはまいったよ。ま、面白かったけどね。」
あらぬほうを向いて舌をペロっと出す絵里ちゃんだった。
「で、現在進行している作戦の事を聞かされた。やっぱり驚いたけど、面白いやらうらやましいやらでね、ついつい聞いちゃったよ。
最後に、協力をお願いされたわけさ。」
あっ。その時日本平に目的地を変えさせたな?
たいした女のカンだよ、と絵里ちゃんにこそっと言ってやった。三浦先輩にも聞こえたらしい。
「その通り。ドラマ作りには新静岡センターより日本平のほうがやりやすいとか何とか言ってたっけ?
それもこれも、栗崎さんが望月のことを本当に大事に思ってるからだよ。それに、だましてなんかいない。
卒業前に思い出作りをしたかったのは本当だし、さっきも言ったけど、僕はこれ以上ない思い出を君から、
いや、君たちからもらったよ。最高の思い出作りさ。人生でこんなドラマチックなこと、そうそうないと思うぜ。そうだろ?」
そう言って三浦先輩はなぜか僕にウインクして見せた。
本物のハンサムのウインクはある意味凶器だ。上田がうんうん頷いている。
「だから改めて言うよ。望月、最高の思い出を、本当にありがとう。」
望月がうつむいて頷いた。
「おっと、堂本。」
「は、はい。」
「お前、芝居が下手だな。駿府公園でのあの出会いはないだろ。その、こっちの彼も。なんて言ったっけ。」
「青石です。えへへ、よろしく。」
あくまでもマイペースな青石だった。
「望月、君の周りにはユニークな子が多いね。」
泣いたり笑ったり忙しい望月だった。また流れた涙を拭って言った。
「はい。みんな最高の仲間ですっ!絵里・・・・・・・」
「なあに?」
「その、なんて言うか、さっきは・・・・・・だましたなんて言ってごめん・・・・・・」
 絵里ちゃんが望月に抱きついた。
「もうっ。麻美ったらかわいいんだから!なでなでくりくりしちゃうぞっ!」
本日二度目の大爆笑だった。 「さ、じゃあみんな、帰ろうじゃないか。こんな素敵な日の締めくくりをぐずぐず過ごしちゃ罰が当たる。
最後はすっきり行こうぜ。」
三浦先輩に促されて僕らはみんなで展望台から降りようとした。
すると三浦先輩が、望月と淳を押しとどめて言ったんだ。
「おっと、君らはもうちょっとぐずぐずしたほうがいいな。ちゃんと話をしてから、二人で帰りなさい。
僕らは一足先に帰らせてもらうよ。」
淳に向かってウインク。これがちっともわざとらしくなく自然に見えるからすごい。
「さ、帰ろうぜ。」
三浦先輩を先頭に、淳と望月を除く僕らは帰途についたのさ。

帰りのバスの中は至極和やかな雰囲気だった。
「いやあそれにしても、君たちは面白いねえ。いつもこんなにエキサイティングなことやってるのかい?」
「そんなことないですよ。楽しいことをいつも探しているのは本当ですけど、そうそうドラマチックなことばかりじゃないです。」
絵里ちゃんが続ける。
「それに、この夏は特に部活一辺倒で、それはそれでよかったんだけど、学校が始まってみるとなんとなくそれだけじゃ
物足りないような感じがして。亮君から話を聞いたとき、これだ!みたいな?」
「実にうらやましい。いや、僕もバスケの仲間は大好きだし、三年間で親友と呼べるだけの友達も作れたけど、
今回みたいな感じのワクワクは初めてだな。バスケの興奮とはまた違った楽しさだった。栗崎さんには感謝だよ。」
「先輩も、ノリのいい方で助かりました。」
先輩が僕を見て言う。
「君も大変だねえ。こんな子と付き合ってるんじゃ。尻にしかれっぱなしってやつかな?」
「へへ、なんと言うか、おっしゃるとおりで。」
「何よそれー。」
絵里ちゃんがふくれ、周りのみんなが笑った。

一方、残された淳と望月麻美は・・・・・・

ベンチに並んで座る二人。しばらく黙って座っていたが、最初に口を開いたのは淳だった。
「わりーっけな、麻美。ここんとこずっとほっぽりっぱなしで。」
「ううん。あたしこそ。あたしが感じてた不安は、淳も同じように感じてたんじゃないかなって、今ならそう思う。」
「今回はマジ、絵里ちゃんにやられたな。ギリギリまで俺達、俺と亮チンでこの件は仕切ってると思い込んでたし。」
「まったく。それにしたってあの場面でいきなり飛び出してきて、絵里が影で動いてなかったらどうやって収拾つけるつもりだっただね。」
「いや、あれはほんと、面目次第もござらん。」
「何それ。困ったときの絵里みたいな言い方。」
「そう言やあそうだな。ところで麻美?」
「なあに?」
「いや、ええと・・・・・・三浦先輩にだよ?キス・・・を迫られたら?どうするつもりだっただね。」
「何言ってんの?ちょっとこっち向きなさいよ。どんな顔してそんなこと言ってるわけ?ほら、こっちむいて!」
望月がむりやり淳の顔を自分の方に向けると、淳が真っ赤になっていた。
目はそらしたままだ。声だけは虚勢を張っているところがかわいい。
「ふざけんなコラ。聞いてんのは俺だっつーの。だから、どうするつもりだった・・・うぷっ。」
次の瞬間、望月の唇が淳のそれに重なっていた。
オイオイ、まわりに人がいないわけじゃないんだぜ。
しばらくして望月が顔を少しだけ淳から離して言った。
「三浦先輩はそんな人じゃないよ。わかってたからついてきたんだし。あたしがキスするのは、
キスしてほしいのは・・・・・・淳、あんただけだよ。」
「麻美・・・・・・」
望月はもう一度、今度は淳のほほに軽くにキスすると、淳の肩にもたれた。
二人はしばらくそのまま静かにたそがれゆく駿河湾を眺めていたのだった。

  ・淳の気持ち―(やっぱ俺、麻美のことが大好きだ。これから、もっともっと大切にしてあげないと。
うん。そうしよう。それにしても麻美の唇、久しぶりだなあ・・・・・・へへへ。)
・望月麻美の気持ち―(本当に淳、かわいいんだから。やっぱあたし、淳が一番。でもあれね、
三浦先輩に少しでもクラっと来たこと、言わない方がよさそうね。黙ってよっと。)

やはりバスケ部次期部長候補。一筋縄ではいかない。

【エピローグ】

  ここは三浦家の食卓。妹につつかれて今日のデートの詳細を開帳している僕だ。
「えー?じゃあ、お兄ちゃん、失恋確定させてきたの?」
「まあ、そういうことになるかな。」
 父が笑って言った。
「ほう、お前が失恋ねえ。ま、何でもかんでもうまく行くよりお前のためにはいいんじゃないか?」
 妹が父に食って掛かる。 
「お父さん、何言ってんのよ。信じられないわよ、お兄ちゃんのことを振る女の子がいるなんて!
二年の望月麻美先輩でしょ?バスケ部の。今度文句言ってやろうかしら。」
「やめてくれよ。もともと彼女には『ごめんなさい。彼氏がいるんで。』って言われてたんだし。
お前も知ってるだろう?吹奏楽部の二年の村中。」
「そりゃ知ってるわよ。そこそこいい男だし、一年でもあこがれてる子はけっこういるからね。
でも、お兄ちゃんと比べたらぜんぜんよ!」
「そう言うなよ。僕もそれなりに楽しかったんだし。」
母が口を挟む。
「ほんとうに裕子はお兄ちゃんが一番ねえ。好きな男の子とかいないのかしら?」
「お兄ちゃんよりかっこいい人が現れれば好きになるかもね。」
「まあ、それは大変。一生結婚できないかもしれないわね。」
 母がまぜっかえす。
「母さんまで何を言ってんのさ。ほんとう、よくこんな家族に囲まれて僕はまともに育ってきたよな。」
父が真っ白な歯をきらりと光らせ、笑った。
「はっはっはっ。こんな家族に囲まれてるからこそ、だろう?俺はお前の足が長いとか顔がいいとか、
見た目がいい事に関しては別にどうでもいいと思っている。ただ、お前が思いやりのある、友達を大切にする、
妹を、家族を大切にする優しい気持ちを持っている人間であることに、誇りを持っているんだがな。」
「ほめても何にも出ないよ。」
まあ、そんな父も、今言ったとおりの人柄なんでね。僕としては尊敬するしかないのさ。
「そうよ。当たり前のことを言ってもほめたことにはならないんだから。」
「お?裕子もなかなか言うじゃないか。お前もなかなか頑張っているらしいな。」
母がうれしそうに言う。
「そうなのよ。この間学校に顔を出したらね、バレー部の顧問の、小原先生にお会いして、とてもほめていただいたの。
勉強も頑張ってきているみたいだって言われたわよ。」
「小原先生が?うれしい!もっとがんばろうっと!」
お互いにほめあって、ニコニコして。変な家族だけど、まあ、僕はそんな家族が好きなんだ。
「で、その栗崎さんって子、昨日電話してきた子でしょ?」
母が興味深げに尋ねてきた。
「そうなんだよ。で、彼女がね・・・・・・」

  こんな風に僕ら三浦家の面々は長々と食卓を囲むんだ。
そんな毎日が僕、三浦孝一のルーツなのかな。
そして今日は食卓には笑い声がいつにも増して遅くまで響いていたのさ。

寝る前に、僕はその日の長い長い日記をこう締めくくった。

「望月、そして君の仲間達。今日は本当にありがとう。今日のことはきっといつまでも忘れることはないだろう。
さ、これで気持ちを切り替えて受験勉強に集中だ。君らもうかうかしてると、あっという間に受験だぞ!
それまで、少しでもたくさん、楽しいことやっとけよ。君達ならきっと、出来るに違いないから!」



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