Many Ways of Our Lives

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おだっくいLOVE

第一章 出会い

【七】七夕豪雨

部活の練習も軌道に乗ってきて、そろそろ僕らも合奏なんぞに加えてもらえたりするようになってきた。
運動部のやつに話を聞くと、やっぱり色々やらせてもらえるようになってきて楽しいんだそうだ。
バドミントン部のやつが、こうやって打つんだ、お前もやってみろと
無理やり僕にスマッシュの打ち方を教えてくれようとする。
いやいや、僕はいいですから。本職トロンボーンですから。
クラスでも人間関係が程よくこなれて、なんとなく一体感が出てきた感じがする、
そんな梅雨も終わりの時期だった。

「よく降るなあ。止むだかねえ、この雨は。」
淳がつぶやくというにはあまりにも大きな声で言った。
「なあ、幸利、どう思う?」
「知らない。」
高橋幸利は走るのは速いが、しゃべるのは苦手らしく、
何を聞いても大抵帰ってくるのはこんなものだった。
なのにやたらと女子に人気がある。
「巴川がこのまえ氾濫したのっていつだったかねえ。幸利、知ってる?」
「知らない。」
幸利は陸上部ですでに走り高跳びの選手になっているが、
しゃべるのは苦手らしく、何を聞いても・・・いや、くどかったね。失礼。
「いやきちゃうやあ※。亮チンはどう思う、この雨。」(※いやになっちゃうなあ)
「うん、ちょっと降りすぎ。昨日すでに巴川があふれそうになってたらしいぜ。」
これは父に聞いた話。
部活が終わった後昇降口でしばらくおしゃべりをしてから帰った。
淳と幸利は同じ方向だが、僕は反対方向だった。

バス通りをまっすぐ駒越方面に向かう。
途中右手山側では最近宅地造成が始まっていて、きれいに盛り土がされていたのだが、
どこもかしこも雨水で溝ができてちょっとずつ土砂が流れ出していた。
後始末が大変だろうな、とか思いながら家路を急ぐ。
三つ目の信号の手前を左に曲がってちょっと下ると僕の住むアパートがあった。
小さなアパートのくせに、名前が「富士見マンション」

「ただいま。」
「おかえりなさい。雨、どう?」
「どうって言われても・・・とにかくよく降ってるよ。風はないけどね。」
「梅雨の終わりの大雨かしらね。予報ではまだ降り続くらしいわよ。
そうそう、忘れないうちにお弁当箱出してね。」
そう、僕はそういうことをすぐに忘れるのだ。
今日は言われたから出したが、言われなければ平気で忘れる。
ちゃんと出さないと母は、
「もうお弁当作ってあげないからね!」
と怒るが、次の日の朝にはきちんとお弁当ができているので
僕のそんなところもなかなか直らないのだと思う。
いけませんね、人のせいにしちゃ。反省。

父が帰ってきた。みんなで夕食をいただく。

「巴川があふれてきてるよ。一部床下浸水とか始まったらしいぞ。」
げげっ。既にそんなことに。
僕らが住んでいるのは日本平の裾のあたりなので巴川からはだいぶ遠いし高いしするから
関係ないだろうとは言え、巴川があふれて市内の中心部がえらいことになるのは困るのではないかな、
などと中途半端な心配をしていた。

その時はまだ他人事だったんだ。

翌朝、ぼくは弟と妹にたたき起こされた。
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!大変だよ!洪水だよ洪水!」
なんですとーーーーーー!
僕は飛び起きた。窓から外を眺めると、いつもの道と駐車場が泥の川になっていた。
駐車場に止まっていた父の車がぷかぷか浮いている。
夢でなら、また、ニュースとかでなら見たことのある絵だ。現実とは思えなかった。
「あ!あれ!」
弟の目線の先には、ゆらゆらと流れてくる大木があった。
ドーン!ガガーン!という音とともにそこかしこの柱に、壁に激突しながら流れてくる。
最後に父の車に激突して止まる。ドアがベッコリへこんだのがはっきりわかった。
父の顔がムンクの「叫び」になる。
僕の頭に「オーマイガーッ」と言う父の心の叫びが聞こえた。
妹が泣き出した。

どうして?巴川周辺ではなくてどうしてこんなところで洪水が起きるの?
僕の頭は混乱していた。当然その日は学校は休みになった。
午後には雨も上がり、泥の川の流れもなくなっていたが、
流れが運んできた土砂が積もっていて、外には出られなかった。
父と母は一階の住人の泥の掻き出しなどの手伝いに出た。

次の日、なんとか外に出られる状態になり、更に衝撃的な光景を目にすることになった。
妹は家から出たくないというので、弟と僕で外に出てみた。
家の前は見る影も無く土砂に埋め尽くされていた。
既に誰かがあたりを調べに出たらしく、人が歩いた跡ができていたので、
それをたどってバス通りに出てみると、これもうずたかく土砂に埋め尽くされている。
なんと、信号機が僕の目の高さにあった。目の高さで見る信号機はやたらと大きかった。
雨が上がって太陽が燦燦と照る中で、妙にシュールな絵だった。
ちょっと道(というか人の通った跡)を踏み外すと、膝まで泥に埋まってしまうような状態だったので、
僕らはそれ以上の探検を断念し、家に帰った。

結局学校は三日間休みとなった。
四日目に学校に出てみたが、全校を挙げての災害復旧となり、授業どころではなかった。
自分の上履きが流されてどこにあるかも分からないんだからね。
でも、人間ってすばらしい。次の日には授業が再開されたからね。

「山下君ち、土砂に埋まっちゃったの?大変だったねー。昨日の教室ん中もぐちゃぐちゃだっけもんねー。」
絵里ちゃんが聞いてきた。
「いや、僕んちアパートの二階だから。一階の人っちは大変だったけどね。」
「それにしてもすげーよな。信号が手で触れたって?」
淳が加わる。
「そうそう。びっくりしたよ。それよりびっくりしたのは今朝にはバス通りの土砂が
きれいさっぱりなくなってたことだけどね。市の土木課万歳だ。」
「あれって、造成地の土砂が全部流れ出しちゃったんでしょ?」
望月麻美が加わってきた。最近絵里ちゃんと仲がいいらしい。淳がうれしそうだ。

そう、あの帰り道で雨水に浸食されて崩れかけていた造成地の土砂が全部流れ出したらしい。
僕らがザリガニとか小魚とか取りまくってた小川に雨水が集中してあふれ出し、
鉄砲水みたいになったんだそうな。造成前の林のままの状態ならこんなことは起きなかったらしい。
でも、人の住む土地も欲しいしね。自然との共存は難しい。
先日のあの帰り道に鉄砲水が起こっていたらどうなっていたろう。想像すると背筋が寒くなった。

梅雨が明けた。

期末テストがやってくる。


【乗り換え・代々木上原】
電車が代々木上原に着いたところで回想から現実に戻った。
ぎゅうぎゅう詰めの小田急線から吐き出された僕は千代田線の乗車列に並ぶ。
次の列車に乗るための列に。座りたいからね。
それにしてもあの時の大雨はすごかったなあ。
さ○らも○この「ちび○る子ちゃん」でも紹介されていたエピソードだ。
マンガの中ではたまちゃんが流される家の二階で助けを待つみたいな絵があったけど、
巴川の氾濫は実際すごかったらしい。

うちのアパート(富士見マンション!)付近の泥流もものすごかったんですよ。
ほんと、メインの通りが土砂で埋め尽くされちゃって、信号機が目の高さだったんですから。
後にも先にもあんなのは経験したことがないね。

あ、電車が来た。

それっ。よしよし、端っこに座れたぞ。
さあてと、記憶(妄想とも言う)の糸をまたたどりますか。

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