Many Ways of Our Lives

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おだっくいLOVE

第五章 成長

【二】目指せ県大会

『地区大会まであと二十日』
黒板横のボードにはそう書かれていた。
「二十日」の部分だけ、日めくりになっていて、毎日部長がめくることになっている。
今日の練習は結構ハードだった。
自由曲が結構難しくて、ある部分を先生が納得できるところまで仕上げるのにものすごく時間がかかったんだ。
練習後のミーティングも小清水先生のテンションは練習中のままだった。
終わったとたん、張り詰めていた空気が緩んで、みんな「ほーっ」とため息をついた。

【課題曲「吹奏楽の為の小前奏曲」(郡司孝作曲)】
こっちはだいぶ形になってきていた。
あとは全体の流れとメリハリがきちんとつけられるように細かい仕上げをしていくだけだった。
【自由曲は「祝典序曲」(ショスタコービッチ作曲)】
難しい曲を先生は選んでくれたものだった。
冒頭のはずせないファンファーレで金管は緊張の極地になるし、速いパッセージで木管は死にそうになるし。
チューバだってすばやく繊細な動きを要求されるし。
また最後の最後まで金管は吹きっぱなしで死にそうになるし。
そんな中でスズケンはさすがだった。
去年から先輩たちにほめられ、可愛がられていたが、この曲では彼の力が遺憾なく発揮されていた。
冒頭のファーストトランペットが音をはずしたのを聴いたことがない。これは大きな力だった。

今日は金管分奏で冒頭のファンファーレ、木管分奏でクラリネットのソロと伴奏パートの絡みを、
かなりねちっこく指導された後、全体合奏で最後のファンファーレからエンディング部分を何度も何度も吹かされたので、
みんな死にそうになっていた、というわけだった。

去年の夏とはまったく違う状況に、僕ら二年生は戸惑うどころか、実は喜んでいたんだ。
部活で自分たちがおじゃま虫じゃなくて必要不可欠な要素として扱われることにね。
でもやっぱり、練習に関して言えば、きついものはきつかった。

ミーティングが終わって、楽器を片付けると、杉山部長が日めくりをめくった。
あと十九日だ。
大好きな先輩たちと一緒に作り上げた音楽が認めてもらえるのかどうか、不安もあったけど、みんな楽しみにしていたのさ。

例によって校門でおしゃべりをしている僕たちだった。
「スズケン、祝典の頭だけどさあ、よくはずさねーよな。普段のお前からはちいっと考えらんねーら。
マジかっこいいぜおまえ。」
淳がスズケンをほめる。
普段のスズケンならふざけて「何をおっしゃいますやら」とかごまかすところだが、
ことトランペットに関してはこいつは冗談を言わない。
「命かけてるから。」
そう真顔で答えられて、淳は二の句が継げなかった。
まあ、スズケンに関してはことトランペットの練習に関する限り、「命かけてる」と言われてもうなづけてしまう。
誰よりも早く来て誰よりも長くラッパを吹いてる。
綺麗な音出すんだよな。三年の山野先輩からも、
「こいつの音は並じゃない。俺たちの中じゃダントツいい音だし、市内、いや、県内でもこれだけの音を出す中学生はいないんじゃないかな。」
と言われているくらいだ。山野先輩だって半端じゃなく上手いんだけどね。
頼むぞ、スズケン。

「クラリネットの山本先輩のソロもすごいよねー。先生が文句つけても何がいけないのかまったくわかんないもん。
あたしもあんなふうになれるかなあ。」
と絵里ちゃん。いや、でも絵里ちゃんの音もかなり良くなってると思うよ。
それにしても今年の木管パートは強力と言うか、すごい。時々弦楽器じゃないの?ってな音がする。

なんと言っても頼りになるのは低音楽器パートの連中だ。
ブー太のチューバはすでに三年の大山先輩と並んでいると思うし、篠宮のバリトンサックスは安定してるし、
バスクラリネットは三年の西野先輩のすばらしく太く深い音と二年の浅野いづみのこれまた芯のある音がたまんないし。
去年から加わったストリングベースの二人も低音の厚みに大貢献している。
二年の佐々木美穂はもちろん、一年の北野恵もかなり頑張ってる。(泣き虫だけどね)
おかげでバンド全体の安定感がおそらく他とはちがうね。

「ブー太はすっげーうまくなったよな。チューバであの速い動きをあれだけ明確かつ繊細に表現できるってすごいよ。」
思わず僕もほめちゃった。
その場にいたらきっと照れ笑いして逃げてくだろうな。
あいつ、ほめられるのに慣れてないから。

どこをどうとっても去年より一回り大きくなった感のある僕らの吹奏楽部だったのさ。

「あと十九日だよ。まだまだ先だと思ってたけど、きっとあっという間に来ちゃうんだろうな。ブルブル。」
と淳。
「なんだよ、ビビってるのか?」
と僕が聞くと、
「無論、武者震いであるぞ。」
だってさ。
きっとみんなおんなじ気持ちだと思う。
出入りの楽器屋さんも褒めてくれていた。
できるだけの事をやって、不安を自信に変えてやるつもりだ。

そんなこんなで気合の入った僕らは、今日、一学期の終業式を迎えた。
最後のホームルームで通信簿が手渡されると、クラスの中は大騒ぎになった。
そんな中で亀山のニンマリ顔が目に付いたので、声をかけた。
「亀、顔が笑ってるぞ。」
亀山がさらにニマ〜っとする。
「どうだっただね、成績は。」
と聞くと、こいつ、微妙に顔を赤くしやがって(気持ちわりーぞ、コラ。)
「はじめてだ、こんなの。」
と言ってさらに顔を崩した。
「どう、みしてこぅ※?」(※見せてみ)
と言うと、以外に素直に見せてくれた。
「ちいっとだけだぞ。ほれ。一年の時は最高でも十段階で4だっただけんな。」
ほう、なかなかだ。特に社会科は「7」がついてる。ずいぶんがんばったんだな、こいつ。
てか、それ以外の教科も、えーと・・・・・・え?
「おい、亀山。おまえ、全教科上がってんじゃん!」
「うへへへへぇ。」
だめだこいつ、顔の筋肉のコントロールが効かなくなってる。
「おれ、何て言うか、初めてまじめに勉強したって言うか・・・・・勉強会に出てよかったよ。
俺だってやれば出来るんだってことがわかったよ。ちょっとだけ、勉強すんのが楽しかったっつーか。」
そこまで言うと、視線が僕から外れた。視線のまっすぐ先には・・・・・篠宮がいた。

そうか!こいつ、そういえば篠宮のこと・・・・・・
期末試験中のことを思い出した。
青石と仲良く話す篠宮を見てがっかりしているこいつを僕は無責任に励ましたんだった。
青石と篠宮のカップリングは確かにその時点ではまだ確定ではなかったが、
ほぼ間違いないことだったし、現時点ではすでに完了している。
ただ、二人とも以前と変わらない様子で過ごしているので、傍目にはそうとわからないのだった。
亀山も気付いていないように見えた。
僕の無責任な励ましの言葉で勉強に燃えた亀山だったけど、本当の事を知ったらどうなっちまうんだろう。
勉強、また捨てちゃったりはしないだろうか。
なんて事を考えていたら、亀山にこう言われた。
「山下、後でさ、ちいっと話ぃ聞いてほしいだけん、えーかな?」
ものすごい速さで脳内をスキャンしたんだけど、断る理由は見つからなかった。
「え?あ、ああ。えーよ。」
そう答えるしかなかったんだ。

ホームルームが終わり、一旦全員下校となる。
部活は再登校で行われる。
用事があるから、今日は先に帰ってて、と絵里ちゃんに伝え、亀山と一緒に教室を出た。
普段まず考えられない組み合わせに、絵里ちゃん、きょとんとしてたっけ。

亀山んちは宮上の僕の家の先だったので、歩きながら話が聞けるかと思ったんだけど、
通りは下校する生徒でけっこうあふれていて、
「人んいないとこで出来れば聞いてほしい。」
と亀山が言うので、結局天王山遺跡で話を聞くこととなった。
うわ、篠宮の告白の場所じゃん、なんて、昔のことを思い出してた。
できるだけ軽い感じで亀山に話しかける。
「で、なんだよ、話って。」
「ん、まあ、座んべよ。」
亀山に言われてベンチに座る。
これも思い出のベンチだ。
亀山が下を向いて黙ったままだもんで、ええかん僕もどうしていいかわからなくなり、
なんかしゃべんなきゃ、と思ったその時、亀山が意を決したように顔を上げ、口を開いた。
「篠宮のことなんだけど。」
来た来た来た来た。やっぱそうか。それしかないよな。
「やっぱ青石が好きなんだよな。」
え・・・・・・?
「いや、もういいんだ。わかってるから。そうなんだろ?」
 僕はロボットみたいに答えた。
「そう・・・・・みたい・・・・・・だな。」

しばらくめちゃくちゃ居心地の悪い間があってから亀山が口を開いた。
「実はおら、篠宮のことがさ、なんて言うか、すげー気になるって言うか。そう、中間のあと位からなんだけどな。」
気の利いた相槌はでてこなかった。
「で、おらってあんなんだっけじゃん?正直、お前もおらんこと、避けてたんじゃね?
いや、いいんだ。おらもお前らのこと目の敵にしてたし。」
その通りだった。前にもちょっと言ったけど、実は結構疎ましい存在だったんだよね、亀山は。
期末前の勉強会で話したのが初めてだった。
「ばかっさーのまんまだったら、彼女好きになる資格もねーんじゃねーかと思って中間のあとから実はちょっとっつ勉強してたっけだよ。
で、期末前に勉強会やるって話になって、しかも社会の相談係が篠宮だって聞いたっけもんで、こりゃ絶対参加するっきゃねえって思ってな。」
亀山はそこで一旦口をつぐむと、遠くを眺めるような目をして続けた。
「彼女に勉強教えてもらってる時は本当に嬉しかったっけ。そいでっからそれなりの結果も出せたし。
これでほんのちょっとだけ彼女のこと好きになる資格、できたかな、なんて思っちゃっただよ。」
「そ、そうかね。」
間の抜けた相槌だった。
「おら、実は思い切って篠宮に電話しただよね。」
なんだって?篠宮に電話?思い切るにも保土ヶ谷区((※横浜市の行政区の一つ))、じゃない、程があるだろう・・・・・
「自分でもよくわかんないけど、気が付いたらダイヤルしてたっけだよ。で、篠宮が出たもんで、
勉強会のお礼とかしょんないこと色々しゃべっただけん、彼女に『で、何の用事?』って聞かれて、
『実は、おら、あんたん事気になってしょんないもんでとりあえず電話した。』って正直に話しただよ。
そしたら篠宮、ちょっとびっくりしたみたいだったけーが、すぐに『ありがとう、こんな私を気にしてくれて。
でもごめんね、あたし、好きな人がいるんだ。』って答えてくれた。おら、嬉しくてさ。」
「嬉しかった?」
「ああ、篠宮の言い方がすごくまっすぐで、俺が思ってたとおりの人だなってさ。
もともと何とかなるなんて思ってなかったし、多分、篠宮、青石のことが好きなんだろうなって思ってたしさ。」
「そうか・・・・・」
でも、何でこいつこんな事を僕に話してくれてんだ?
失恋話なら仲のいい奴とじっくりすりゃあええに。
「でさ、ひとつだけ確認したくて、今日は山下を呼んだだよ。」
僕はぎくりとした。
「お前、青石と篠宮が好きあってるって、いや、少なくとも篠宮が青石のこと気になってるって、知ってたら。」

その瞬間自分の目の前に鏡がなくてよかったと思う。
きっとものすごく情けない顔をしていたに決まってるから。
僕は言葉を返すことが出来ず、亀山をまっすぐ見ることも出来なかったんだ。
「あ、勘違いしないでくれよ。お前を責めてるわけじゃないから。」
え?どういうこと?
「期末テストん時、おらが落ち込んだような顔してたら、お前、勘違いして励ましてくれちゃったりしたろ。」
え?何?勘違い?
「あん時、おらぁ別に篠宮と青石の様子を見て落ち込んでたわけじゃないっけだけん、
お前が深読みして『篠宮ってどの男子ともあんな感じだろ、がんばれ』みたいな事言ってくれたっけら?
その勘違いがおもしろくて、腹痛いの忘れて笑ったっけだよ。」
はあ?はらいた?
「お前ん事だんて『わりー事したー』とか言って何とかしようとか思ってんじゃないかと思ってな。
そんなことないって言っとこうと思っただよ。」
亀山ぁ・・・・・・
「山下さあ、お前、色々がんばってんじゃん。すげーなって思う。でもよー、おらっちみたいにばか※だったり
地味だったりするやつらだって色んなこと考えているんだってこと、わかっててくれるとありがたいな、と思ってな。」
(※勉強が出来ない事を静岡では悪意なくこう言う。)

ショックだった。
自分でも知らないうちに僕は調子に乗っていたのかもしれない。
淳みたいに人のために何かしてあげたい、なんて偉そうに言ってたけど、
いつの間にか、「やってあげる」みたいな気持ちが少しずつ入り込んできてたんじゃないか?
上からものを見てたんじゃないか?
泣きそうだった。
「そんな顔すんなよ。おらだって人に説教できるような人間じゃねーし。勉強だってまだまだだし。彼女いない暦十四年だし。
見てくれもよかーねーし。でもよ、あの期末の勉強会で、少しだけーが変われる自信っつーか、そんなもんが見えた気がしてるんだ。
中間のあと、加藤先生にえらい色々言われたっけら?あの後から少しずつ考えてた。
で、そのあと篠宮にもちょっと言われておらもがんばれば何とかなるかもって思ってやってみただよ。あんたっちのおかげだ。」
僕たちの?
「そうだ。さっきも言ったけど二年になってからクラスの中心にいる人っちが最初は嫌いでな。
ホームルーム邪魔したりいろいろおだくったまねしてたっけだよね。で、一回篠宮につかまって言われただよ。
『あんた、そのままだったら絶対後悔するよ。人の揚げ足取ったり、まじめな話を茶化したりばっかりして、回りが不愉快なだけじゃない。
あんた自身が自分で学校生活、つまんなくしてるんだって、いつになったらわかるの?』
だと。学校生活を楽しく送るってことがどういうことかわかんなかっただよ、おらは。だから言ったんだ。
『うるせーよ。お前らは仲間うちで仲良くやってるからおらっちみてーなバカの気持ちなんてわかんねーんだよ!』
ってな。そしたらあいつ、こう言ったんだ。
『甘えてんじゃないわよ。あたしっちが楽しく過ごす為にどんだけ色々考えて、どんだけ悩んでどんだけ裏で話し合ってるか知らないでしょ!
何にもしないでただ文句を言ってたって何にも変わんないのよ!』
そん時にな、やっとわかっただよ。おらがどうしたらいいのか。それまでたしかに文句ばっか言っておだァくってるだけで何にもしてなかったからな。
まず何か始めよう、そう思ったんだ。」
亀山、おまえ、結構すげーじゃんよ、それ。それに篠宮、いつの間にそんな事・・・・・
「で、恥ずかしかったけど、篠宮に聞いただよ。
『まず始めにどうしたらえーかな・・・・・』
そしたら、篠宮、すげー真剣に考えてくれて、
『そうね、まずは勉強してみたら?あんた、一年の時、勉強なんてしてなかったでしょ。』
って言うんだ。おらは正直引いた。勉強なんて、やり方すら忘れちまったワイ、ってな。
『始めはだれだってそうでしょ。とにかく、授業中にちゃんとノートとる!うちに帰ったらせめてその日の授業のノートだけでも見直す!』
それくらいならできるかな、って思った。で、次の日から始めたんだ。そん時からだな、篠宮が気になって気になってしょんなくなったのは。」

それでか。一夜漬けで取れる点数じゃないとは思ってたけど。
それにしても、そんな亀山を避けてるだけだった僕と、
ストレートにぶつかっていった篠宮の何とちがうことか!
あの時のあいつの涙に顔向けできねー。
「ちょっといろいろしゃべりすぎたかな。へへへ。でも山下。」
「なんだ?」
「おらももう少しがんばって、なんかでクラスの先頭に立てるようになりたい、なんて思ってるだよ。」
そういって笑った亀山の顔がまぶしかった。
僕はこいつの足元にも及ばない、そんな事思っちゃった。
そんな僕を見て、亀山がまた言った。
「ほら、そんな顔して。まーた『僕はまだまだダメだ』とか思ってるら。でもそういうとこはあれだな、取っといてほしいな。
何でもかんでもわかった顔したやつらに前に立たれるよっかええよ。」
亀、結構おまえ、人んこと良く見てるな。
本気出して勉強始めたら結構いい線いくんじゃね?

「うーん、言いたい事言ったらスッキリした。わりーな、こんな話につき合わせちまって。お前の心配だけ無くしといてやろうと思っただけーが
結局いろんなこと吐き出しちまった。いけねー、こんな時間か。早く帰って飯食わねーと。お前、再登校だろ?」
「ああ、そうだな。急がなきゃ。」
「おらもさ、この夏休みは部活に打ち込もうと思ってるんだ。」
「あれ?お前、部活に入ってたっけ?」
「うん。先週入った。弱小男子バレー部だけどな。おらも色々がんばってみようと思って。」
「そうか、お互いがんばろうぜ。」
僕たちは遺跡を後にして歩き出した。

亀山が思い出したように笑いながら言った。
「それにしてもなあ。」
「どうした?」
「お前と『お互いがんばろう』なんて言い合う日が来るなんて想像もしてなかったもんで。」
「そりゃ僕もさ。」
「篠宮のおかげだ。あいつにはいろんな意味で感謝してる。会えて良かったよ。本当に。あ、山下、お前もな。」
「僕はついでかよ。」
「そう、ついでだ。」
ふたりして笑ったんだ。
富士見マンションに到着。
「じゃあな。夏休み、楽しくなるといいな。」
「おう、休み明けには笑って登校してやるよ。」
亀山は明らかに「変わって」いた。
篠宮が変えたんだ。
篠宮も亀山も、お前ら、何気にすげーよ。

俺もがんばらなきゃな、って心から思ったんだ。

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