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おだっくいLOVE
第五章 成長
【五】束の間の休息
「映画見に行かねー?」
地区大会の翌日、淳から電話が入った。え?いつ?今日?
「今日はちいっとゆっくりしてーもんな。明日はどうよ。」
「いいけーが、何見るかね?」
「タワーリングインフェルノ見たくね?しらっくらしてると終わっちまうぜ。」
「いいねえ、スティーブ・マックイーンのオハラハン隊長、見たいねえ。」
「女子、どーする?誘う?」
あら、カップル前提かと思ってたのに、淳君、どうした?
「いや、最近麻美殿も部活が忙しくてな。ホラ、バスケ部、東海大会出るだろ?明日は貴重な休みらしいのよ。
ゆっくり休みてーんじゃねーかと・・・・・」
珍しく気を使う淳だった。らしくない。らしくないな。
「あんたらしくない気の遣い方だね、それ。誘うだけ誘って、望月に決めさせりゃーえーじゃん。
おらぁ絵里ちゃん誘うぜ。」
「そうだな。何にも言わねーで映画見ー行って、後でばれたら何されるかわかんねーな。
あとどうしよ、幸利とかあの映画は見たいって言ってたんだよな。」
「つーか幸利、十一日に東海大会だろ。県でベスト8どころか、大変なことになってんじゃん。明日も練習じゃないのかなあ。」
「まあえーよ。電話してみるわ。じゃまたあれだ、色々連絡とって、夜電話するんてや。」
「了解。青石にも電話してみるわ。」
「そうだな。何人でもえーよ。結局おらっち二人だけだったりしてな。」
それはちょっとさみしい。笑って電話を切った。
青石に電話してみよう。
「はい、青石ですけど。」
本人がいきなり出た。
「おう、山下だけど、今ヒマ?」
「ひまだよ〜ん。部活も今は自主錬だし。幸利みたいに大会を控えてる奴は別だけんね。」
「明日は?なんか予定ある?」
「今のところ何も。良子ちゃん誘ってどっか行きたいな、と思ってたところだけど。
そうそう、県大会決まったっけだよね。おめでとう!」
「ありがと。でも青石も県でベスト8に入ったっけら?すげーじゃん。千五百メートルだっけ?記録は?」
「四分二十四秒。今期自己ベストだったよ。」
「四分二十四秒?うっわー、人間じゃねー。あ、そうそう、明日だけんさぁ、映画とか行かね?
タワーリングインフェルノ見たくね?篠宮も誘ってさ。」
「いいねー。じゃ良子ちゃんに電話してみるよ。後で報告するね。」
「ああ、頼んだ。じゃあね。」
「うん、バイバイ。」
よしよし。それにしても青石、いつの間に篠宮の事「良子ちゃん」だなんて。やるねえ。
じゃあ、絵里ちゃんに電話してみよう。
「もしもし?」
絵里ちゃんが出た。
「元気?」
「あっついけん元気だよー。どうしたっけ?」
「明日さ、映画行かない?タワーリングインフェルノ。」
「行く行く!見たかったっけだよ!」
ナイスリアクション。誘ってよかった。
「淳とかさ、青石たちとか誘ってるだけん、構わないよね?」
「うん、もう全然。いいじゃん、みんなで楽しくで。」
「じゃさ、時間と場所決めたらまた電話するんてやー。」
「わかった。待ってる。」
「じゃあね。バイバイ。」
「バイバイ!」
OK。淳に電話だ。
「おう、待ってた。どうだった?」
「青石はOK。篠宮も誘ってみるってさ。絵里ちゃんもOKだ。そっちは?」
「麻美は行くってさ。幸利はやっぱ練習があるんで行けないって。頑張れって言っといた。」
そうだよな。東海大会を前にして練習休んで遊ぶわけにはいかないな。
「何時の回にする?」
そう僕が聞くと、すでに下調べをしていた淳が答えた。
「昼さ、ヤオハンの寿がきや※でラーメンでも食べて、それからオリオン座で1時半の回がえーら。
ヤオハンの前に12時でどうだ?」
「OKわかった。それでまわすよ。じゃあね。」
「おう、また明日。」
(※名古屋の食品会社のチェーン店。2007年現在、関東には完全になくなってる。
清水では、エスパルスドリームプラザで今でも会える。)
青石に電話したら、篠宮からもOKをもらったそうだ。
時間と場所を伝えて、それを篠宮にも伝えてもらう様に言っておいた。
すぐに絵里ちゃんに電話して、これまた時間と場所を伝えた。
「わかったー。うふふっ。楽しみだなー。こんとこ部活に集中してたもんで遊んでなかったもんねー。
部活は部活で楽しいけど、みんなで遊ぶのもいいよねっ!」
そうそう。やるときゃちゃんとやる。遊ぶときはちゃんと遊ぶ。
メリハリがないとね。
妹に呼ばれた。
「亮介兄ちゃーん。スイカだよー。早く来ないと食べちゃうよ!」
おっとっと、あいつら、放っておくと本当に全部食べちゃうからな。あぶないあぶない。
「昼前から暑いなあ。」
外に出ると日差しが半袖の腕をちりちりと焼いた。
バス停でバスを待つ間も照りつける太陽に肌を焼かれる感じが真夏を感じさせた。
清水駅バスターミナル行きのバスに乗りこむと、さっきまで焼かれていた肌が冷房できゅっと引き締まる感じがした。
いやちょっと寒すぎるだろ。
やってきたのは232系統のバスだった。
富士見中の前を通り、三中、梅蔭寺を過ぎて、万世町から新清水に到着した。
(※当時は清水駅前までだったが、今は山原まで通じている。)
新清水からちょっと戻ってヤオハン前に到着する。
まだ誰も来ていない。早すぎたかな?時計を見るとまだ11時40分だった。
そういえば去年の水害以来路面電車がなくなっちゃったけど、もう復活しないのかな。
路面に線路だけが残ってる。
あ、バスが来たぞ。
絵里ちゃんが乗ってる!すっげー手を振ってる。
横でクールに笑ってるのは望月だ。篠宮もいる。
新清水駅にバスが着くと、絵里ちゃんがぴょんと飛び出し、こっちにダッシュして来た。
望月と篠宮は後からゆっくり歩いてくる。
「淳は一緒じゃなかったの?」
と僕が聞くと、望月が答えた。
「チャリンコで来るって。」
あれ?ちょっと声の調子が優しくないような・・・気のせいかな。
「あれ?篠宮、青石は?」
「チャリンコで来るって。」
こっちは優しい声だ。
なんだあいつら。なら僕もチャリで来たのに。
なんて言ってたら淳の声がした。
両手離しで大きく手を振りながら満面の笑みで登場だ。
「やっほーい!みなさん、お揃いですな!」
「淳君、はずかしいよ。」
と青石が続く。
六人がそろった。
「つーか青石、焼けたねー。真っ黒じゃん。」
こんがり焼けた青石にちょっとびっくりした。
「毎日走ってたからね。」
と青石が答えると、篠宮が口を挟む。
「ちょっとワイルドに引き締まった感じでいいでしょ?」
「やだな良子ちゃん。恥ずかしいよ。」
おっと、みんなの前でも「良子ちゃん」かい!だいぶこなれたようだね。
「おかげさまで。」
と、篠宮が珍しくおどけた。
ひとしきり笑って、ヤオハンに突入だ。寿がきやのある最上階へとみんなで向かった。
夏休みで昼時、とあって、親子連れや小中学生で賑わっている。
何とか席を確保して、ラーメンを注文した。
なんと言っても寿がきやのラーメンは安くておいしいのだ。
魚系のだしが効いている白いスープ。最後まで伸びないしっかりした麺。
小さいけどそれなりにおいしいチャーシュー。全体にバランスがいい。
結構病み付きになる味なのだ。
僕らのように中学生でもおやつ感覚で気軽に食べられる値段だしね。
そしてこの先割れスプーン!
独特の形をしているのだ。
長めの柄とその先のスプーン部分まではいいけど、先割れフォーク部分が斜めに飛び出している。
僕らは一気にラーメンを食べ終えた。
「まだ時間があるなあ。ソフト食わねえ?」
淳の提案にみんな乗っちゃった。
「ちょっとぉ、何でそんなとこにつくわけぇ?」
青石がおでこにクリームをくっつけている。笑いながら篠宮が拭いてあげた。
「いや、なかなか活きのいいクリームで・・・・・・」
青石がおどけて皆が笑う。いつもなら淳のパターンだ。
そんな篠宮と青石を望月が羨ましそうに見ているような気がした。
やっぱなんかあったのかな、淳と望月。
「そろそろ行かないと、いい席取れないんじゃない?」
と、篠宮が心配そうに言った。
まあ、平日だし、この時期ならそんなに混んではいないと思うけど、みんなで腰を上げたんだ。
オリオン座に到着。入場券を買ってロビーに入る。
映画好きの青石がパンフレットを集めまくっている。
一通り集めた後、当然のようにタワーリングインフェルノのプログラムを買っていた。
「好きだねえ、ほんと。」
と僕が半分呆れて言うと、青石は、
「自慢じゃないが、尊敬する人の筆頭は淀川長治さんだ!」
おいおい、この間、瀬古利彦さんを追っかけて早稲田大学を目指す、とか言ってたじゃないか。
「それとこれとは別。」
篠宮が青石の意外な一面を見た、と言うように微笑んでいた。
前の回が終わった。
扉が開き、観客がぞろぞろと出てくる。
ロビーで待っていた客も予想通りそんなに多くなかったので、ゆったりと入場してもなかなかいい席をゲットすることが出来た。
「俺、トイレ行って来るわ。ついでになんか買ってこようか?」
淳が望月に聞く。
「ポップコーンね。」
望月が答えた。さっきからの冷たい雰囲気はやっぱ気のせいかなあ。
「僕も行くよ。絵里ちゃんはなんか欲しいものある?」
「えー?いいの?じゃああたしもポップコーン!」
嬉しそうに絵里ちゃんが答えた。
淳と二人でトイレに走る。
「いやあ、さっき寿がきやでスッゲー水飲んじゃったからな。途中で出入りはしたくねーし。」
僕も去年、エクソシストの途中でトイレに行かざるを得なかった悲しい経験を思い出したので、淳に付き合ったのだった。
今年はこれで大丈夫だ。絵里ちゃんもいるし、みっともない真似は出来ない。
「ところで、最近、きみらはなんていうか、夫婦みたいだね。」
は?淳、いきなり何を言い出すんだ?しかもよく意味がわからないぞ。
「いやいや、なんかすっかり二人の関係がこなれてる、というか、溶け合ってる、というか・・・・・ま、自然な感じ?」
それを言うなら君んとこだってずいぶん前からそうじゃん。淳君。
「いや、まあ、なんつーか、付き合いも長くなるとな、それなりにほれ・・・・・まあいいか。」
淳らしくなく歯切れが悪い。
「何言っちゃいるだか。」
ここは突っ込まずにおいた。なんかありゃこいつから話してくれるだろう。
とりあえずは楽しく映画を見ようや。
「ん。そだな。おっとっと、ポップコーンポップコーン!」
僕らはポップコーンをふたつづつ抱えて席に戻った。
映画が始まると、みんな夢中だった。
予想外だったのが、絵里ちゃんの反応だった。
実に深く映画に感情移入し、場面に応じた反応をするのだ。
ひやひやする場面では僕の腕を掴んで放さないし、面白い場面では僕の肩をたたく。
そのつど「ひっ」とか、「うぷぷっ」とか小さい声が聞こえてきて大変面白い。
ちょっと困ったのが、シリアスな場面。
僕の手をしっかり握って放さないのだ。
健康な男子は手を握られたり腕にすがりつかれたりするとちょっといけない気分になるのだが、
そんなことはちっとも気にしちゃいないらしい。
シリアスかつラブラブな場面ではあろうことか手を握ったまま僕にもたれかかってくる!
そのシャンプーの香りはすでに凶器だっ!
ふだんの僕なら胸の高鳴りを押さえるのに必死で、ストーリーを追うどころではなくなった、てな場面だが、
あまりに出来のいい映画に夢中になってしまって、そんな感情の高まりも自然に抑えられたんだ。
マックイーンは偉大だ。
映画が終わり、エンドクレジットが流れるあいだも、絵里ちゃんは僕の手を握って僕にもたれかかったままだった。
ぼくももう慣れちゃって、いっしょにぼーっとしていたのさ。
ライトが明るくなって、ようやく我に返った絵里ちゃんが「あ、ごめんっ」って言って手を引っ込めた。
でも僕がにっこりすると、何と絵里ちゃん、放した手を元に戻した。
微妙に彼女のほほが赤くなっていた気がする。
でも席を立たなきゃいけなかったので、またすぐに手は離れちゃった。
しばらく手の中に彼女の手のぬくもりが残っていたんだ。
映画が終わった後、僕らはぶらぶらとさつき通りを港橋方面に歩いていた。
絵里ちゃんと二人で手を繋いで歩こうなんて思っていたのに、いきなり淳に捕まってしまい、なんとなく男子と女子に別れちゃった。
青石も不満げだったな。
どうしたんだろ、淳の奴。
女子達が楽しげに映画の感想など述べ合ってるらしいのに対して、僕ら男子はなんとなく黙ったままだった。
万世橋のところで女子達はバスに乗ることにした。
僕も一緒に乗りたかったのだが、淳が捨てられそうな子犬みたいな目で僕を見るので、しょうがなく残った。
青石と淳は自転車を引きながら。僕はその横をとぼとぼと歩いた。
「淳、一体どうしただね。なんかあった?」
淳は首を振る。
しょうがないから僕は青石とスティーブ・マックイーンやポール・ニューマンがかっこいいだの、
フェイ・ダナウェイがきれいだっただの、映画の感想を述べ合った。
梅蔭寺の横を通り、三中を過ぎ、淳の家に着いた。
青石が「バイバイ!今日は誘ってくれてありがとう!」と律儀に謝辞を述べて帰った。
僕も帰ろうと思って淳に声をかけた。
「じゃあな、淳。あさって部活で会おうぜ。」
すると淳は、思い余って、みたいな感じで僕の腕を掴んで言った。
「ちょっち待ってくれ。聞いて欲しいことがある。まだ時間は大丈夫だろ?」
まだ六時前だったし、家に電話しておけば問題ないので、寄ってやる事にした。
おばさんに挨拶してから淳の離れに入る。
それでも下を向いて黙っているので、こっちから声をかけた。
「一体なんだっつーんだ。お前らしくもない。言いたいことがあるんならはっきり言えよ。」
淳がゆっくり顔を上げて答える。
「うーん。そうだよな。俺らしくない。この上なく俺らしくないんだ。今の俺は。」
なんだかよくわからない事を言いやがる。
だから何があったのかをさっさと言えっつーんだ。
少し間があって、淳は意を決したような顔をして言った。
「実はな、おれたち、更年期なんだ。」
は?更年期?おれたちって、誰と誰が?
「お前、言うに事欠いて『更年期』とはなんだ。大体男に更年期ってあんのか?よく知らないけど、
あれは婆さんに近い歳の女性特有の問題なんじゃないのか?※」(※ホントは男にもあるらしいぞ。)
「ああ、そうか。間違ったみたいだ。ええと、なんていったかな・・・・・ほら、結婚してずいぶん経つ夫婦がほら、
お互いにお互いの事を飽きちゃった、みたいな・・・・・」
僕は思わず吹き出した。
「おまえ、それを言うなら『倦怠期』だろ!」
「そう!それだ!倦怠期だ!」
しょうがねえなあ、この男は。ふざけてんだかまじめなんだか。
「いや、今回は俺はふざけてなんかいない。マジで悩んでるんだ。おれはあいつに飽きられちゃったに違いないんだ。」
は?何言ってんだこいつ。で、何か思い当たることでもあるのか?
「いや、ない。ないんだけど・・・・・・」
なんだか心許ないなあ。大体、何をもって望月が淳の事を飽きたなどと思うのだ。
「夏休みに入って、お互い、忙しかったろ?あいつは東海大会、俺達はコンクール。部活部活の毎日で。」
そりゃしょうがないだろうさ。
お互い別の部活に入っていればそれぞれのスケジュールで動かざるを得ないんだから。
だからってお互いの気持ちが離れるなんて、そんな間柄じゃないだろうに。何を今更。
「電話してもいなかったり、寝ちゃってたりするんだ。」
だから、運動部なんだから、休みの日も違うんだし、疲れ方も僕らとは格段の差だろうし。
ていうか、淳ならそんな理屈は最初からわかっていそうなもんだが・・・・・やっぱおかしい。
聞いてみた。
「お前、なんか隠してないか?」
淳が黙り込む。本当にこいつらしくない態度に、僕はちょっとムカっと来て言い放った。
「もういいよ。お前がちゃんと話さないんだったらここにいても無駄だ。帰る。」
本気で帰ろうとする僕の腕を淳が掴んだ。
「わかった。ちゃんと話すから聞いてくれ。」
最初からそういう態度で話せっつーの。
淳が話し始めた。
「二日に東海大会出場が決まったじゃん、あいつ。だもんでおめでとうが言いたくて夜電話したっけだよ。
で、結構いい感じでしゃべってたんだけど、どうしてもあいつの喜んでる顔が見たくなっちまって、
富士見ヶ丘小まで出てきてくれって頼んだだよ。八時近かっただけん、あいつ、いいよって。
ま、おらぁ麻美の母ちゃんにも信用厚いからな。で、小学校のグランドのさ、ベンチのとこでコーラで乾杯して、
いろいろとしゃべったんだ。で、いい感じになっちゃってさ、久しぶりにあいつとキスなんてしちゃったんだよな。」
やっぱおまえら、やることやってたんだ。まあいい、で、どうした。
「で、そこからがいけなかった。あいつがあんまり可愛いもんで、俺、暴走しちゃっただよ。
あいつの事、ぎゅーっと抱きしめた。でもってあいつの背中に手を回して・・・・・ブラのホックをはずしちまった・・・・・
その瞬間だったよ。それまでぼーっとした感じだったあいつがハッと目を覚ましたみたいになって、俺を突き飛ばしたんだ。でさ、
『何すんのよ淳!あんたほんとに淳なの?少なくともあたしの大好きな淳はこんなことしない。調子に乗らないで!今あんた、何しようとした?
淳は、あたしの淳は・・・今大切なことがなんなのかわかってて、今やっていい事といけない事がわかってて、それで・・・それで・・・』
ってそこまで言って泣き出しちゃったんだ。俺、謝る事しか出来なくて、ひたすらごめん、ごめんって。
落ち着いたあいつを何とか家まで送ったんだけど、家にはいる時にあいつ、俺のこと睨んで言ったんだ。
『さようなら。私たちしばらく会わないほうがいいかもね。』ってね。」
淳は言葉を止め、溜息をついた。
でも今日、望月はちゃんと来てたじゃないか。
二人の様子がちょっとおかしいかなとは思ったけど、そこそこ普通にやってたと思ったけどなあ。
「そこがあいつの気の強さだよ。電話した時もさ、第一声が
『あらどうしたの?しばらく会わないってのは電話ならしてもいいってことじゃないんだけど。』
だぜ。まあ、あの日からそんなに経ってないからな。ダメもとで映画に誘ったら
『一応行くけど、私に対して何も期待しないでね。みんなの迷惑にならない程度には過ごせるつもりだけど。』
だと。ごめん、頼むわ、位しか言えなかったよ、俺。なんてことしちまったんだろうな。
あいつのことは何でもわかってたはずだったのに・・・あいつのこと傷つけちまうようなことは絶対にしないって、
心に誓ってたはずだったのに・・・・・へへ・・・ざまあねえや。」
自嘲的に笑う淳だった。
僕は今こそこいつに受けた恩を返す時だ、と思ったんだ。
でも、亀山の時の事もあって、調子に乗って暴走はしないだけの分別は持っていた。
よーく考えねばならない。こいつらの為に何をしてあげられるのか、また、何をしちゃいけないのか。
とりあえず今、こいつを励ましてあげなきゃいけない。
「淳。」
僕は真剣に淳に向かって語りかけた。
「お前、望月じゃなきゃ駄目なんだろ?他の誰でもない、あいつのことが好きなんだろ?」
「ああ、そうだ。日に日に気持ちが熱くなるんだ。あいつに会えなければ会えないほど、話ができなければ出来ないほどに
気持ちが熱くなって来るんだ。会ったら会ったでしゅんとしちゃうんだけどな。でも、今まで以上にあいつのことが、
ちくしょう、好きで好きでたまんねーんだよ!」
こんな風に取り乱してものを言うこいつを初めて見た。こいつの涙なんて、一生見る事もないと思っていた。
「淳、うまくいえないけど、お前たち二人は大丈夫だと思うんだ。望月はお前の事を嫌いになんてなってないよ。
あいつが何て言ったか、考えてみろよ。
『あたしの大好きな淳はこんな事しない。今大切なことがわかってて、やっていい事といけないことがわかってて・・・』だろ?
あいつ、わかってんじゃん。淳って奴がどういう奴かをさ。時間をおくことで、冷静に自分を見つめなおせって言ってんだよ、あいつ。
お前にそれが出来れば、きっとお前ら、もとに戻れるって。
僕達は男でちょっとしたきっかけで暴走しちゃうようなガキだけどさ、考える頭を持ってるじゃん。
変に謝ったりする必要はないよ。自分が今やるべき事をちゃんとやってれば、あいつはそれを見ていてくれるさ。
そう、今は県大会に向けての部活だよ。」
言いたい事がうまく伝わったかどうかはわからなかったけど、淳は頷きながら聞いてくれた。
「そうだな。お前の言う通りかもしれない。今まで俺、麻美とケンカなんてしたこと無かったんだ。
あいつがして欲しいこと、して欲しくないこと、いつもわかってた。またあいつも大人だしな・・・・・・っっ!」
そこまで言って淳がはっと目を見開いた。
僕もピーンと来た。
「そういうことか・・・・・・」
淳がつぶやく。
ぼくらは勝手に勘違いしていた。というか、思い込んでいた。
僕らがガキで、彼女らが大人だと。
そうじゃなかったんだ。
そりゃガキっぽくみえたり大人っぽく見えたりする要素はそれぞれにたくさんあるかもしれないが、
本質的な部分で、僕らも彼女らもまだまだ子供だってことなんだ。
しばらく二人で黙って座り込んでいた。
先に僕が口を開いた。
「彼女、びっくりしたんだろうな。お前が思ったより男で。」
「たぶんな。俺って奴は全く・・・・・・もしあのまま・・・・・・って思うとぞっとするぜ。」
「今のお前なら大丈夫だな。」
「ああ、大丈夫だ。」
「ホントか?ちょっともったいなかったとか思ってないか?」
「バカ言っちゃいんなよ。今の俺は、修行中の坊さんよりもずっとストイックだぜ。」
「本当か?」
「ああ、減量中のボクサーよりもっとだ。」
「なら安心だ。」
「でもあいつ、鍛えてる割には柔らかい抱き心地だったなあ・・・・・」
「コレだもんなあ。」
僕らは顔を見合わせて笑った。
「じゃあな、今日はありがとう。あのまま一人で悩んでたら気が狂ってたかもしれない。いや、マジで。
お前のおかげでなんか先が見えてきた気がするよ。ま、簡単にはいかないだろうけど、あいつに認めてもらえるようにがんばる。
それが今俺がやるべきことだ。」
淳がまじめな顔で言った。淳に聞いてみた。
「絵里ちゃんにこの事、話してもいいか?それとなく様子を聞いてみてもらえるかも。」
「話すのはかまわないよ。でも何とかしてくれ、とは言わない。」
淳はそこまで言うと、ちょっと恥ずかしそうに続けた。
「栗崎がどうしてもって言うんならそりゃしょうがないけどさ。」
僕は笑って淳に手を振り、家に向かったのさ。