Many Ways of Our Lives

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おだっくいLOVE

第六章 たびだち

【一】東海大会へ

二学期が始まった。

九月一日は晴れの特異日?なんて前に言ったけど、実はどこにもそんなことは書いてなかった。
なんとなく記憶として「いつも晴れてたなあ」と勝手に思ってるだけの僕だった。

去年の今日、絵梨ちゃんが倒れたのを思い出す。
岩崎の「ヒューヒュー」も覚えてるし、
その後小原先生が絵梨ちゃんを保健室に連れて行ったのも鮮明に覚えている。

あれからもう一年経ったんだなあ。

今日の避難訓練も、大地震を想定したものだった。
最近、そのエロっぷりが影を潜めてキャラが変わったと言われている岩崎が相変わらず防災委員をかって出ており、
どの先生よりも真剣に厳しく僕らを指導したのだった。
「だから言ってるだろう!余計なおしゃべりをしない!何のための訓練だと思ってるんだ!」
普段なら「何言ってんのよ!」と言う顔でちんぶりかえる女子たちも、
岩崎の一種異様な入れ込み方に押されておしゃべりをやめたりするんだな。

だいたい岩崎からエロを取ったら何が残るのか!なんて思ってたんだけど、
それなりに整った顔立ちだし、勉強もそれなりにできるし、
テニス部では県大会に出場したりしてるし、結構素敵なキャラになってしまうのだ。
実際テニス部の一年女子から告白されたり、同学年の女子からラブレターをもらったりと、このところいろいろあるらしい。
でもまだ岩崎が誰かと付き合ってると言う話は聞いていない。
好きな人でもいるのかな。ま、がんばってくれい。

今年は絵梨ちゃんも倒れることなく無事に避難訓練が終わった。
大地震を想定したもの、と言うことだったが、今年はかなり大掛かりで、
消防署から起震車ってやつがきて「震度六とはこういうものだ!」ってのを見せてくれたり、
実際に揺れを体験させてくれたりした。
全員が体験できたわけじゃないが、体験した防災委員の岩崎曰く、
「大変貴重な体験だった。今後も防災にわが身を捧げる所存である。」
とのことだった。

いろいろ活躍している岩崎だったが、不思議と他とつるまないのだった。
ローンウルフを気取っているわけでもないらしいし、別段孤立しているわけでもない。
僕としては以前にも増して興味ある人物となっていた。
今度改めて声をかけてみようと思っている。

僕ら吹奏楽部員としては、四日後に迫った東海大会のことで実は頭が一杯だったんだ。
今朝の始業式でも、夏休み中の各部活の大会結果発表があり、
幸利や青石たちの陸上部やバスケット部など、県大会や東海大会で活躍した人っちが次々に表彰された。
吹奏楽部に至っては壮行会なんぞやってもらっちゃった。
自分たちも県で優勝し、東海大会でベスト8の結果を残した女子バスケット部所属の望月麻美曰く、
「あんたっちは全校生徒に応援されていいわよねー。夏休み中だと壮行会なんてやってもらえないもんねー。」
絵梨ちゃんに素で
「何言ってるだね。あんたっちが出発するときみんなで見送りしたっけでしょーが。」
とか反論されて笑ってた。
「冗談よ冗談。感謝させてもらってますぅ。」
だと。

顧問の小清水先生が言ってたことを思い出して気を引き締める。
「ええか、みんな。学校が始まると、一から十まで吹奏楽漬けってわけにゃあ行かなくなる。
集中力を維持するのが難しくなるんて、ええな、とにかく頭ん中で『集中、集中』と唱えて気を散らさないこと。
最低東海大会当日まではな。」

言われちゃいたんだけど、実際学校が始まってみると、部活以外のことに実に気を散らされるのだった。
ていうか、本来学校生活ってそういうもので、部活だけに集中するってのは間違ってるんだよね。
学級活動があり、授業があり、友人関係があり、そして部活があり、ってな具合で、
本来部活は学校生活の一部に過ぎないんだから。

でも僕らは大きな目標のために集中の糸を切らないように頑張ったんだ。

朝は七時半に集合してハーモニーの練習。
昼間は普通に授業を受けて、放課後、パート練習と合奏。
それが二日間続いた。
九月四日の土曜日、僕らは朝から宿泊用の荷物を持って学校に集合した。
そのまま練習をして、十時過ぎには楽器をトラックに積み込み、その後バスに乗って長野に出発だ。
見送りの家族や友人たちがたくさん来てくれていた。
一年生と一緒に応援団として明日もう一台のバスで来てくれる人たちも見送りに来てくれていた。
あ、うちの家族、全員で来てやんの。やめろっていったのに。
先生方も結構来てくれていた。もちろんうちの担任の加藤ティーチャーもいた。
幸利や、遠藤、青石に望月麻美もいる。
「頑張ってこいよ!」
「期待してるぜ!」
「頑張ってね!」
との応援の声に、僕らも
「おう!」
「一暴れしてくるぜ!」
「頑張ってきまーす!」
などと元気に答えたのだった。

全員がバスに乗り込み、いよいよ出発である。
長野までは長旅だ。バスで七時間くらいかかると聞いている。
「全員いるな!よし、じゃあ出発だ!」
小清水先生の声に、思わずみんなで「おおーっ」とか叫んじゃった。
先生、びっくりしてるよ。
「いよいよだね。頑張ろうね!」
後ろの席からひょいと顔を出して絵里ちゃんが言った。びっくりしたなあ。もう。
「うん。いよいよだ。見てごらんよ、スズケンなんか、すげー真剣な顔してるぜ。」
淳が混ざってきた。
「ほれ、スズケン、ペットに命かけてるからさ。」
淳の声が聞こえたらしく、スズケンがこっちをじろりと睨んだ。一瞬周りが静まる。
するとスズケン、にやりと笑って、
「ふっふっふっ。よくわかってるじゃないの。いよいよこのオレ様の音を全国に響かせる日が近づいてきたというものさ。
良いか皆の衆、東海大会はまだまだステップに過ぎないのだ。もう誰にも俺たちは止められないっ!」
すげーテンションだ。と思ったら次の瞬間、
「なんてな。」
とおどけた表情で言うものだから、バスの中は爆笑の渦に巻き込まれたのであった。

スズケン、腕を上げたな。

「ほらほらみんな、今からそんなに飛ばすなよ。まだ先は長いぞ!」
小清水先生のひとことでみんなのテンションはすこし緩んだようだった。
静かに目をつぶる者、なんとなく楽譜を開いて眺めている者、流れ行く景色をぼんやりと眺める者、
控えめの声でこれから始まる僕らのステージについて話し合う者、いろいろだったが、
なんとなくバスの中は落ち着きを取り戻していた。
「最近さあ、スズケンと恵っていい感じだと思わない?」
いきなり絵里ちゃんがそんなことを言い出した。
そういうことに疎いはずのスズケンと、普段はあまり目立たないがさばさばしていて男女わけ隔てなく面倒見のいい、
あんまりそういうことには興味がなさそうな感じの田中が?
ちょっと説明っぽくなっちゃったけど、それくらいびっくりした。
すると、絵里ちゃんの声が耳に入ったらしく、スズケンがまた振り返る。
「栗崎、悪いけどあんたはちょっと間違ってるよ。」
これには絵里ちゃんも驚いた。
「えー何ー、何ん間違えてるってー?」
「オレと田中はね、最近ではなくずいぶん前からいい感じなの。」
これには回りもどよめいた。今日のスズケンはちょっと違う。
田中はと見ると、ほんのり頬を赤く染めてはいるものの、あわてた雰囲気はない。
「えー、そうなんだー。ぜんぜんわかんないっけー。」
「ふっふっふっ。僕たちはね、あんたっちコンビとは違うの。なんつーか、
もっと高い次元でお互いを認め合っているのだよ。」
「何それー、あたしっちは次元が低いって事ー?」
絵里ちゃんがふくれると、スズケンはにやりと笑った。
「そんなことはないよ。まあちょっとべたべたしちゃいるけーが、それほどでもない。
僕らの次元が高すぎるのさ。」
「いーやーだー。スズケンってそんな人だっけー?」
絵里ちゃんがスズケンを睨むと、田中が割って入った。
「スズケン、その辺にしときなよ。からかっちゃ悪いって。」
「田中が言うなら。栗崎、この辺で許してやるぞよ。」
絵里ちゃんも笑うしかなかった。
「もうー。何様なの、あんたは。」
「お子様だっ!」
みんな笑った。今日のスズケンはやはり一味違う。
小清水先生が締めてくれた。
「この調子ならスズケン、明日もばっちり当ててくれそうだな。」
「はい。任せてください!」
ほんとに頼もしいやつになったよな。スズケン。

「淳、さっきから会話に入らないで何一人でニヤニヤしてんだよ。」
淳がやけにおとなしいので聞いてみた。
「いや、なんつーかさ、スズケンにはかなわねーなと思ってさ。」
「そりゃどういう?」
「部活や一年のときのクラスのカップルの殆どはオレが結び付けたといってもいいよな?」
「ああ。たしかに。」
大袈裟ではなく淳の言うとおりだった。
「だけーがあの二人は違うんだ。俺はいっさい関わってない。」
それがなんだ。普通はそうなんだぜ。
何でもかんでも裏でお前に関わられるんじゃみんなたまんねーし、お前だって・・・・・・
「いや、そんなことはどうでもいいんだけど、あいつの持ってるオーラっていうか、
男としての、いや、人としての柱って言うか、一本ピーンと通ってるものがうらやましいんだよ。」
そう。それは特にこのコンクールを通してスズケンからビンビン伝わってきていた。
トランペットの技術がものすごく上達して来ている上に、なんか人としても落ち着いてきてるっていうか、
淳の言うようにオーラをまとうようになってきた感じがある。
雰囲気が山野先輩に似てきていて、最近では山野先輩とスズケンが二人で立ってると、周りを圧する何かを感じる。
「あいつの音楽に対する真剣さとか、楽器に対する愛情とか、見習うべきところがたくさんあるな、と思ってな。」
淳に賛成だった。こと吹奏楽に関して、今の二年でスズケンにかなうものはいない、と僕も思ったのさ。
そしてそんな風に友達を認めることのできる淳もすげーな、と思ったんだ。
「そういえば、ブー太と川口って、やっぱお前がくっつけたんじゃなかったっけ。」
「まあな。でもそんなにいろいろやってないよ。ちょっとアドバイスしただけ。
ブー太の人柄が自然に川口を引っ張ったんだ。そういう意味じゃスズケンのところに似てるよ。」
ふと見ると川口とブー太が楽しそうにしゃべっていた。
「ブー太もいいやつだからな。」
でも宿題は自力でやれ。

コンクールを前にしてこんな話で盛り上がれる僕らは完全にリラックスしていたんだと思う。
一番前の座席から時折僕らみんなを振り返る小清水先生の表情も柔らかかった。
杉山部長をはじめとした先輩たちは最初から落ち着いていて、
大いにはしゃぐぼくら二年生を静かに、でも優しい目で見ていてくれている。
最初から飛ばしていた僕らも、バスに乗って二時間もするとすっかり落ち着いて、と言うか疲れて静かになっていた。
先生と杉山部長が何か話している。
何を話しているかはわからないが、真剣な表情の杉山部長はかっこよかった。

海野先輩が、望月先輩と笑顔で話している。
杉山部長との一件(※)以来、海野先輩は何かがふっ切れたように明るくなった。
明るくなった、という点についてはみんなの意見が一致している。
望月先輩との関係はおそらく今までとそう変わってはいないんじゃないかと思うんだけど、
望月先輩の海野先輩を見る目は以前にも増して優しくなっているし、
海野先輩も時々びっくりするほど優しい目で望月先輩を見ていることがある。
海野先輩、自分では自分の魅力が良くわかってないみたいだけど、
僕ら二年男子に言わせると、もともと綺麗だったのが、和風美人としてのレベルを更に上げている。
その原因は、やはり望月先輩なのだろう。

山野先輩とスズケンがバンドジャーナルを見ながら何か話している。
最近はこの二人の音楽談義のレベルが高くなりすぎて、ついていけないときもある。
二人とも『音楽の友』を定期購読しているらしい。
最近、スズケンのトランペットの師匠があの『ゴールデン・ジュビリー』の安岡圭三氏だということが判明した。
みんな「なるほど」と頷いたものだ。
先日のレッスンには山野先輩、田中、川口も参加したらしく、
田中と川口は「安岡さんかっこよかったー」と頬を赤らめるし。
山野先輩は安岡氏にかなりほめられたらしく、「またすばらしい目標ができた。」とこれも頬を赤らめて言っていた。
次回は一年生も見てもらえるらしい。やっぱ色々すげーな、スズケン。

淳はと見てみれば、しばらく前から静かになっていた。眠っているらしい。
絵里ちゃんを振り返る。目が合ってにっこりする。僕も笑顔を返す。
たったそれだけのやり取りだけど、お互いに何かを伝え合ったような気になれる。
絵里ちゃんは最近、静かになったと周りから言われるらしい。
僕もそう思う。以前のようなマシンガントークが影を潜めた。
話をする時、良く考えてから言葉を選ぶようになってるんじゃないかな。
もともと的をはずすことはあまり無かったんだけど、
最近はなんというか、言葉に重みが出てきた気がする。

篠宮は車窓に流れる景色を楽しんでいるらしい。
時折微笑むのは青石の事でも考えているのだろうか。
それにしてもこいつ、綺麗になったよな。いやいや、それはどうでもいい。
僕は……少しは成長しているんだろうか。

清水を出発してから既に六時間がたっていた。
何度か休憩は取ってもらっているが、それでもお尻が痛くなってきた気がする。
そんなことを考えているうちに、先生の声がスピーカーから流れてきた。
マイクでしゃべるのが楽しくなっているらしい。
「あーあー。マイクテストマイクテスト。はいみんな聞いてくれー。そろそろ到着だから、
手元の荷物を整理して、すぐに降りられるようにしておいてほしい。以上、小清水がお送りしました。」
小清水先生ともあろうお方が……
とにもかくにも僕らは長野に到着した。

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