Many Ways of Our Lives

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おだっくいLOVE

第六章 あしぶみ

【四】隙間風

僕らが清水に着いたのは思ったよりも早くはあったがそれでも午後十一時を回っていた。
すっかり眠ってしまっていた僕らだったが、バスを降りたときに、思ったよりも気温が低くて目が覚めたのだった。
僕らが家に帰るのに付き添うため、殆どの保護者が学校に集まっていた。
都合で来られないところも、連絡を取り合って近くの保護者に付き添ってもらえるようにしてあった。
僕の両親も来ていて、父に頭を撫で回され、子ども扱いすんな、みたいな事を言った気がする。
内心嬉しかったんだけどね。
結局家に着いたのは十一時四十分くらいだったと思う。とにかく急いで寝た。
次の朝起きたときにそう辛くなかったのは、バスの中である程度寝ていたからだろう。

いつもどおりに学校に出発。
学校に着くと、僕らが東海大会で金賞を取ったことは皆に知れ渡っていた。
「お疲れ!全国惜しかったっけねー。でも東海で金賞とはなかなかのもんだね。おめでとう!」
そう言って僕らの教室に乱入してきたのは望月麻美だった。
「おいおい、まずは淳のとこじゃねーの?」
と僕が茶化すと、
「へへ、もう夕べちゃんと頭なでなでしといたから大丈夫。絵里!楽しかった?」
「そりゃあもう。誰かさんが風呂上りの先輩たちに鼻の下伸ばしてたりしてさ。」
いきなりそこからですか。
「ふーん。この誰かさんにもそういうとこ、あるんだ。」
「ちょ、ちょっと待ってよ。いきなりそりゃあないんじゃない?」
「冗談だって。麻美たちだって、『来年は全国だー!』って盛り上がってるって聞いてるよ。」
「そりゃそうよ。あたしたちの学年もいいメンバーが揃ってるけど、一年にも結構すごい子がいてさ。
それも一人二人じゃなく。二年もレギュラーはずされないように必死よ、必死。」
そう言う望月はすごく楽しそうだった。どこもがんばってるんだなあ。
「いけない、チャイムが鳴るね。教室に戻るわ。じゃ、またね。」
つむじ風のように現れ、消えた望月だった。

今日は放送朝会の日だったので、スピーカーから僕らの東海大会での結果報告がなされた。
放送委員が、『吹奏楽部の皆さんに拍手を』なんて言うもんだから、教室で拍手が沸き起こり、照れてしまう僕らだった。
しかしながら一時間目が始まると、僕らは普通の毎日がまた始まったことを思い知らされた。
五時間目が終わる頃には、昨日の東海大会がもう何ヶ月も前に起こった出来事のように感じられていた。
放課後、鞄に荷物を詰めていると、廊下から淳に呼ばれた。
「部活、行こうぜ!恐るべき日常からひと時の夢に立ち戻らん!」
淳も同じようなことを感じていたみたいだ。芝居じみた台詞がそれを物語っていた。
「そうら?亮チンも感じたら?今日一日であの感動がもう何年も前に起こった出来事であるかのように思わせられちまった。
部員のみんなが集まれば取り戻せるんじゃねーかと思ってさ。」
何年も前、と言うのはまた大袈裟だが。言いたいことは痛いほどわかった。
案の定、練習前のミーティングで全員集合する頃には昨日の感動がよみがえりつつあった。
小清水先生がみんなの前に立った。杉山部長の号令だ。
「気をつけ。礼!」
「お願いします!」
みんなが先生の言葉を待つ。
「昨日はみんな、ご苦労様。僕にとってもとてもすばらしい経験となる一日だった。
君たちにとって、そして富士見中の吹奏楽部にとって、大変に意味のある日となったことに間違いはない。」
そこで一旦間を取ると、先生はみんなを見渡した。
「今日一日学校で過ごして、どうだった?昨日のことが遠い昔のことのように感じられなかったか?」
思わず周りを見回すと、皆頷いていた。
「今日はまずそのことを皆に話しておきたい。いいか、人間にとって、その時その時の感動を、
いや、感情といったほうがいいかな、それを持続させることがものすごく難しいことなんだ。
単純な話、コンクールの県代表になるような学校が、地区予選でコケちゃったとする。
そのときはものすごく悔しくて、次は絶対に負けない、って強く思うんだな。
でも何ヶ月か過ぎて、ふと気づくと、いつの間にかその悔しい気持ちが影を潜めて、
今までどおりのことを今までどおりにやっているだけだったりするんだよ。喉元過ぎれば熱さ忘れるってやつだ。」
音楽室がしーんとする。
「悔しい気持ちでさえそれなんだ。嬉しいとか感動したとか、そういった気持ちは尚更はやく薄まってしまう。
そしてまた一年がたち、直前になって急に思い出すんだ。だが、それでは遅いんだよ。
僕はね、君たちにはここで満足してほしくないんだ。去年の三年生は県大会初出場という功績を残した。
今年の三年生はなんと東海大会初出場、しかも金賞だ。次は何だ?全国大会出場か?」
皆を見渡す。全員が心の中で一生懸命考えていた。先生が続ける。
「そうじゃない。コンクールでいい成績を残すことが目標なんだったら、全国大会に出場したその時点で目標がなくなってしまう。
今年だって、結果として東海大会出場を果たしてはいるけど、それが目標だったわけじゃない。
では何をすべきか。二年生、一年生は、三年生から受け継いだものを、いかにして持続するのか。
そして自分たちで更に何を作り出していくのか、考えなければならない。それには、強い意志が必要なんだ。
この感動をまた味わいたい、もっとすごい感動を味わいたい、という強烈な意志だ。
その『感情の持続』こそが最も難しい課題となる。
練習が辛いとき、また、同じような繰り返しに飽きて目標を見失うときが必ず来る。
そんなときに昨日のあの瞬間の気持ちを思い出せるかどうかなんだ。
強い気持ちを持ち続けることができる者のみが、更に高みへと自分を押し上げることができるのだ。
この難しい課題を、一、二年に与えたい。特に二年生は、そのために何をしなければならないのか、良く考えて欲しいと思う。
それができれば、結果は後からついてくるよ。」
しっかりと返事をしつつ、この課題の難しさについて考えていた。
たった一日普通に過ごしただけであの感動が遠くに行ってしまいそうになったのだ。
これから毎日続いていく日常の中で、あの熱い気持ちを維持し続けることがどんなに大変か。
僕らは与えられた課題の大きさにおののいた。
でもやるしかない。
やらなければコンクール一つとっても東海で金賞どころか、県大会でだって結果を出せるかどうか。
小清水先生のお話は続いた。
「とは言え、この課題はオリンピックを目指すアスリートでさえこなすことの難しいものなんじゃないかと思うよ。
あまり大袈裟に構えず、今日僕に脅かされたことを忘れないでいてくれればいいよ。なんと言っても学生の本分は勉強だからな。
部活バカにならないことも大切なことだよ。皆に愛される部活。いつも言ってることだがな。」
僕らは与えられた課題の重さをしっかりと受け止めた。
ちょっと不安もあったが、淳にスズケン、ブー太に篠宮、木村も野田もみな頼もしい仲間だ。
そんな仲間たちとならやれそうな気がした。もちろん、絵里ちゃんもいるしね。
「コンクールが終わったら、次は文化祭だ。いつも世話になってる学校の仲間たちにいい演奏で恩返しができるように
がんばらないとな。あと、実は地元の小学校からも訪問演奏の招待が来ているんだ。忙しくなるぞ!」
そう、この時期、僕らは結構忙しいのだ。
上手く行事を配分して僕らの気持ちを緩ませないようにするあたり、先生、やっぱり抜かりはないや。

「クラスでも何をやるか決めないといけないし、やっぱ二学期は大変だなあ。」
練習後の校門ミーティングで、思わず僕はつぶやいた。淳はそれを聞き逃さない。
「去年は六組の劇が文化祭を席巻したからな。ことしはまあ、わが二の四が旋風を巻き起こすじゃろうて。」
例によってクラスごとの対抗意識がむくむくと頭をもたげてきた。
「そうはいくか。俺たち三組の頭脳集団を知らないわけじゃあるまい。石川と佐島を抱えている以上、
俺たちは再び劇で盛り上がるつもりだぜ。」
「なんだよ、やること決まってんじゃん。何が『大変だなあ』だ。」
「だからさ、『何の劇をやるか』決めなきゃ、ってことだよ。」
「無理無理。今年は二の一がいるんだから。」
ジャージ姿の望月麻美が乱入してきた。
「それに、今年の三年生は去年のあたし達の学年に刺激されて『負けてなるか』とばかりに盛り上がってるらしいわよ。」
そう来たか。よーし、受けて立ったるわい!

「ところで、今度の日曜ってさ、バスケ部休みなんでしょ?」
絵里ちゃんが話題を変えた。つーかなんで知ってるんだろ。ああ、そうか。杉山だな。
「うん。なんで?」
「うちらも部活ないのよ。久しぶり、一緒にどこか行かない?」
淳が笑顔で同意。
「そうだな。一旦ガスを抜いておかないと。二学期は始まったばっかりだし。なあ、麻美。」
淳が望月を見ると、微妙な表情で、
「あ、えーとごめん、あたし、ちょっとその日は用事が・・・・・・。」
おやおや?なんすかお二人。意思の疎通が出来てないようですな。
「えー、なんだよー。用事って何よ。」
「淳!」
望月の勢いに言葉が思わず途切れた淳だった。
「ごめん、淳。その日は用事があるの、あたし。」
望月にしては珍しく歯切れが悪い。
いつもの望月なら用事があるならあるではっきりとそういうだろうし、説明もちゃんとするはずだ。
絵里ちゃんも首をかしげている。
「そういうことならしょんないね。またの機会ということで。」
「ごめんね、絵里。じゃあね。ほら行くよ、淳。」
「あ、ああ。じゃあな、亮チン。」
絵里ちゃんと顔を見合わせる僕だった。
「麻美、どうしたんだろ。」
絵里ちゃんがつぶやいた。 何が起きているのか全くわからない僕だった。
また、わからないと言うその事がこの後起こる何かを予感させるのだった。

家に帰った僕は淳に電話してみた。
「ああ、亮チンか。オラから電話しようかな、と思ってたところだ。麻美のことだろ?」
「話が早いや。その通りだよ。帰りになんか話したのか?」
「それがさあ・・・・・・なんつーの?沈黙の二人っつーか、ああもう、我慢できん!って感じでさあ・・・・・・
でも結局何にも聞けなかったっけだよねー。」
「何かしたんじゃねーの?」
「それがよー、俺のこったからなんかやっちまったのかなあ、ってなもんで一生懸命考えただけーが
なーんも思いつかねーっけだよ。」
「こうなりゃあれだな、頼りになるのは絵里ちゃんだけだな。」
「頼んでくれる?」
「ああ、速攻連絡してみるわ。何か分かればすぐ連絡するから。」
「すまないねえ。オレがしっかりしないばっかりにねえ。」
「おとっつぁん、それは言わない約束でしょ。」
「古いねえ。小学校に入る前の話じゃねえの?」
「何言っちゃいるだね。五年生くらいまでやってたろ、シャボン玉ホリデー。」
「そうだっけ?いまはホラ、ドリフの時代だしな。」
「ちょっとだけよ。」
「あんたも好きねえ。」
 二人で笑う。すぐに電話の向こうが静かになった。
「どうした?淳。」
「いや、笑ってる場合じゃねーや、とか思ってさ。」
「そか。絵里ちゃんに電話するわ。じゃあな。」
「おう、よろしく。」
電話を切るとすぐに今度は絵里ちゃんちのダイヤルを回したんだ。

「はい、栗崎です。」
「二年三組でご一緒の山下と申しますが、絵里さんはいらっしゃいますか?」
「これはこれはご丁寧に。絵里でございます。本日はいかがなさいました?」
吹き出す僕だった。絵里ちゃんも腕を上げている。
「ごめんごめん、吹きだしちゃった。今、大丈夫?」
「大丈夫だよ。さっきこっちから電話したんだけど、話中だったから。」
「ああ、ごめん。淳と話してたんだ。」
「やっぱりねー。麻美のことでしょ?」
「そうなんだ。」
「で、淳君、何だって?」
「全然心当たりがないらしい。へこみきってたよ。帰りも一っ言も無かったらしいぜ。」
「そっかー。そこで、あたしの出番、てわけ。」
「そうそう、その通り。わりーけん、頼むよ。」
「了解。あたしも気になってしょんないもんね。話し聞いたらこっちから連絡するね。」
「わかった。じゃあね。」
「バイバイ。」

そんなわけで、あたしが麻美に電話して今日の不審な言動について聞いてみる事になった。
「もしもし、望月ですが。」
「麻美?あたしあたし。絵里だよ。」
「なんだあんたか。どうした?何か用でも?」
やっぱりおかしい。こんなにわかりやすい麻美はあの時以来だ。
なんかあったって事はすぐわかる。
でも問題は何があったのかだ。ちゃんと聞きだせるかしら。
「用が無きゃ電話しちゃいけないってか。」
「何よ、切るわよ。」
「用ならあるよん。」
「何?あたし今忙しいんだけど。」
「今度の日曜、何があるの?」
「・・・・・・・」
「どうしたのよ、何があるのか教えてくれたっていいじゃない。それとも私にも言えない様なことなわけ?」
「あんたには関係ない。」
「ほう、そういう態度に出るんだ。どうしても言えない様なことなの?だったら聞かないけど、
あんたとの関係も考え直したほうがいいかもね。」
「どうしてそうなるのよ。親しい仲でも言えない事の一つや二つあったっていいでしょう?」
「あたしとあんたの間だけのことならそれもいいけど、そうじゃないんだもの。」
「どういうことよ。」
「淳君も関係あるでしょ。」
「・・・・・・」
「何で答えないのよ。ねえ、麻美。別にあたし、責めてるつもりはないのよ。ただ、あたしたちの仲でしょ?
隠さなきゃいけないことなんて、そうそうないと思うんだけど。あるとすれば・・・・・・」
そこまで言ってあたしははっとした。
そう、あるとすればバスケ部の三年男子。三浦先輩。
誰だっけ、えーと、そう、千秋だ。千秋に聞いたんだ。

「ごめん、用事があるんだ。」
麻美が電話を切った。
やっぱり、そうだ。きっとそうに違いない。
あたしは確信した。三浦先輩と何かあるんだ。
千秋に電話してみよう。

「はい、杉山です!」
千秋はいつも元気だ。電話に出てもすぐに分かる。
「もしもし、栗崎ですが、千秋?」
「めずらしいねー。どうしたっけ?」
「ちょっと聞きたい事んあったっけもんでねー。今いい?」
「いいよー。何ん聞きたいだね。」
「麻美のことだけんさあ。前に、三浦先輩の事聞いたっけじゃん。あん時は麻美、関係ないみたいなこと言ってたけど、
もしかしたらさ、あの後、なんか進展があったりしたんじゃないかなー、なんてね。」
「やっぱ絵里、麻美の事に関しちゃ情報早いね。進展、あったらしいよ。」
胸がドキッとした。聞くのが怖かったけど、でも聞かなきゃ。
「へえ、どんな?」
普通に聞いたつもりだったけど、ちょっと声が変だったかも。
「それがさあ、前んときぃ、三浦先輩が麻美に告って、麻美がごめんなさいして終わったらしいのね?
でも三浦先輩、諦められなかったらしくて、夏休みの部活の打ち上げん時にぃ、麻美にまたアプローチしたらしいのよねぇ。
それもさぁ、かなり紳士的に。それでぇ、今度の日曜日、部活休みじゃん?うちら。だもんで、三浦先輩、
『一度だけでいいんだ。君を好きになった記念に、デートしてくれないか。』
みたいなこと言ったみたいよ。でさ、驚いたことに、麻美がそれをOKしたって言うじゃないの!」
麻美がOKしたんだ。一度限りとはいえ、デートの約束を。うーん、そういうことだったか。
「でねでね、ここだけの話、実は麻美もまんざらじゃないんじゃないかって噂なのよね。」
噂になってる段階でここだけの話じゃないとは思うが、相槌を打っといた。
「淳君も危ないかもねー。なんつったって、三浦先輩、かっこいいもんねー。
相手が麻美だからみんな表立ってはなんだかんだ言わないけど、裏では結構みんなキーキー言ってるみたいよ。
あ〜あ、あたしもあこがれてたんだけどなあ。」
聞くだけのことは聞いたとは思ったけど、それでサヨナラじゃ千秋に悪いので、そのあとしばらく千秋の話に付き合った。
運動部も結構大変そうだな、とは思ったけど、他人んちのことはよく分からないや。
千秋にお礼を言って電話を切ったときには三十分経っていた。
さてどうしたもんだろう。
麻美にその気がないのなら、記念の一度きりのデートの話なんて軽く流しちゃえるはず。
別に隠し立てする必要はないはずだ。
あの子の歯切れが悪いのは千秋が行ってた通り、麻美の中にもまんざらではない気持ちがあるからだ。
三浦先輩を拒絶しきれない何かがあるからだ。
うーん。淳君、困っちゃったよ。これ、あたしにどうこうできる話じゃないよ。
もう、どうしてちゃんと捕まえとかないかなあ!
とは言え、乗りかかった船だし。
つーか、今までずーっと一緒に乗ってた船だもんね。
何かできることはないか、よーく考えてみるよ。亮君と相談しなきゃムリだな、こりゃ。

「どうだった?」
絵里ちゃんから電話があり、期待を込めて聞いてみた僕だった。
「結構深いと思うよ、今回は。」
声の調子からも、これはかなり難しいな、と感じられた。
「麻美からは何か聞けたの?」
「ううん、ほとんど聞けなかった。最後は電話切られちゃったよ。いや、キレちゃったとかそんなんじゃなくて。
たぶん、自分でもよくわかんない状態になっちゃってるんじゃないかな。」
「そうか・・・・・・」
「でね、前ーにさ、バスケ部の千秋から三浦先輩の事聞いたの覚えてる?」
「ああ。でもあれって、麻美が先輩の事振って終わりじゃなかったっけ。」
「うん。だけん何かあるとしたらそれしかないって思って千秋に電話してみたっけだよ。」
「なんて?」
「ビンゴだった。三浦先輩、気持ちの整理をつける代わりに一度っきりでいいからデートしてほしいって麻美に言ったらしいんだ。」
「もしかして、それが今度の日曜日ってやつ?」
「あたり。」
一瞬、なあんだ、じゃあそれで終わりなんじゃん。
心配する事なんて、と思ったが、まったくそうじゃない事にすぐに気づいた。
「今、一瞬安心して、その後ヤバッって思ったでしょ。」
「何で分かるかなあ。」
「女のカン?うそうそ。そういう感じの間があったから。」
「つーか、それで終わりにはならないかもしんないってことだよね。今の麻美の様子からすると。」
「あの子、揺れてる。」
「えー、わかんねー!あんだけ淳といい感じでやってきて、何で今?」
「わかんないの?」
「絵里ちゃんにはわかるの?」
「時間、かな。」
「時間?」
「ねえ、東海大会からの帰りのバスで言ったこと、覚えてる?」
ちょっと恥ずかしかったけど、覚えていた。
「この時間を共有できることがうれしいって、あれのこと?やだなあ、今言っても赤面だよ。」
「それとおんなじ。夏休み中、部活で一緒だったんだよ。しかもうちのバスケ、男女ともに強いから。合宿とかも一緒だし、
男子の試合を女子が応援したり、女子の試合を男子が応援したり、何かにつけておんなじ時間を共有してたんだよ。
東海大会まで行っちゃってさ。淳君やあたしたちの知らない麻美がそこにはいたんだよ。」
「で、そこには三浦先輩もずっと一緒にいた、と。」
「そういうこと。」
「だからって、そんなに簡単に・・・・・・」
「簡単じゃないと思うよ。」
「どういうこと?」
「三浦先輩って、知ってる?」

  しゃべった事はないけど、三浦先輩は富士見中で知らないやつがいたらモグリだというくらいの有名人だ。
男子バスケ部部長。
バスケだけじゃなくてスポーツ万能。
体育でサッカーとかやると、サッカー部顔負けのプレーをするし、
球技大会でバレーボールに出るとすっげーアタックを決めまくる。
身長百七十八センチ、体重五十八キロのスリムな体格に、
原宿あたりを歩いていれば間違いなくスカウトされるだろうと言われるほどの甘いマスク。
これだけの条件が揃えばちょっと天狗になりそうなところだが、誰に聞いても彼を悪く言う者はいない。

神は彼に二物も三物も、いやそれ以上を与え給うたのだ。

  そんな彼だから、アタックした女子もかなりの数に上ると聞く。
でもすべて玉砕したとも聞いている。
で、そんな彼を唯一玉砕させたのが、次期女子バスケ部部長と噂される女傑、望月麻美なのだった。
望月と淳が付き合っている事を三浦先輩が知らなかったわけではないのだが、
気持ちを伝えずに卒業してしまうのがいやだからと、玉砕覚悟で告白したのだという。
それがまたまた彼のファンの胸を熱くしてしまったと聞く。

「ねえ、どうなの?」
絵里ちゃんの声で我に返った。
「あ、ああ、知らないやつなんかいないだろ、富士見中に。」
「でしょ。そんなスーパーヒーローと、二年女子でもっとも将来を嘱望されているスーパーヒロインだもの、
回りもたきつけるわけよ。さすがの麻美も、今回はちょっと揺れちゃってるんじゃないかな。」
「だ、大丈夫なのかな?」
「知らない。」
「知らないって、絵里ちゃん、そんな他人事みたいに・・・・・・」
「でもそうでしょ?他人んこんじゃんねえ。あたしっちがどう思おうと、麻美の気持ちは麻美のものだもん。
淳くんか三浦先輩か・・・・・・あたしでも迷うところだわね。」
「ちょっとお・・・・・・」
「冗談よ。あたしは大丈夫・・・・・・だと思う。」
「何だよ、今の間は。」
「ふふっ。亮君しだいってこと!」
この先大丈夫かしら。ちょっと自信がなくなりかけた僕だった。
「で、どうしようか。」
「そうねえ。とりあえず淳君に今までに分かった事、話してあげて。その上でどうするかは淳君が決める事。
相談されれば乗るけど、あたしたちからどうこうしろ、とは言わないほうがいいと思う。」
「そうか、そうだね。淳のこったから一生懸命考えてちゃんとした道筋を見つけんだろうな。てか、そうあって欲しいよ。」
「うまくいくといいけどね。」
絵里ちゃんとの電話を終えると、もうすぐ十時になろうかと言うところだった。
さすがにこれから淳の家に電話はできないので(淳はかまわないと言うが、うちの親が大いにかまうのだ。)
明日学校で話す事にして、この日はさっさと寝ようと思った・・・・・・
のだが、ベッドに入ったはいいけどなかなか寝付けない僕だったんだ。
淳と麻美。僕たちの師匠。どんなときでも磐石な二人だと思っていたのに。
一度だけちょっとしたピンチはあったけど、それも乗り越えてさらに強くなったと思っていたのに。
僕に何かできるんだろうか・・・・・・

そのころ、望月麻美の部屋。

淳のことは好きだ。その気持ちは変わらない。
でも、この夏、淳とはほとんど一緒にすごせなかった。バスケ一色の夏だった。

地区予選から始まって、県大会、東海大会と、勝ち進むに従って部活の仲間との絆が深まっていくのがわかった。
チームワークってこういうことなんだ、と思った。
レギュラーもそうでない人も、みんな仲間だって意識が深まった。

そんな中で、私に対する視線が日に日に熱くなってくるのもわかっていた。
そう、三浦先輩からの。

夏休みの半ばだったかな、三浦先輩に告られたっけ。
びっくりしたなあ。
富士見中女子のNo.1アイドルからの告白なんだもの。
でも、あたし、断ったんだ。だって、淳がいるんだもの。

友達はみんな面白がって、
「淳君なんて捨てちゃって、三浦先輩にすればいいじゃん!」とか言ってくる。
そりゃ三浦先輩は背も高くてルックスはいい、バスケ部キャプテン、
成績だって常に学年で十番以内、性格だって、やさしくていろいろ気がついて、芯もしっかりしていて……
富士見中女子全員の憧れの的だもんね。
でも淳だって、そこそこルックスもよくて、頭も切れて、
人のために何かしてあげるのが好きで、性格もそこそこよくて……

比べちゃうと見劣りしちゃうのよねえ。

でも淳と一緒にいると、楽なんだ。
自分らしい自分でいられるっていうか……
気を遣わずにいられるんだよねー。

お断りした後も、三浦先輩、ぜんぜん変わらなかった。
普通に後輩として接してくれて、とっても紳士的だった。
だもんで、夏休みの最終日、部活が終わったあと「話しがあるんだけど」って言われてびっくりしちゃった。
素で「なんですか?」ってその場で聞き返しちゃったんだけど、
「ここじゃ話せないことなんだ。」
なんて言われちゃって顔が真っ赤になっちゃた。
友人どもはみんな目がワクワクで、耳がダンボになってるし、とりあえずみんなを散らす。
三年女子の先輩たちは優しい人ばかりなので、助かっている。
三浦先輩に熱を上げている人がいたらと思うとぞっとするけどね。

優しい三浦先輩だけど、こんなときは近寄りがたいオーラを出せる。
だから、帰りに竜華寺の境内に寄るときも、だれもついてこなかった。

「座らない?」
と先輩に言われて、境内のベンチに座った。
座ってもなかなか先輩は口を開かない。
沈黙に耐え切れず、あたしから聞いちゃったんだ。
「先輩、お話って何ですか?」
少し間があって、先輩が話し始めた。
「お願いがあるんだ。」
「お願い、ですか?」
「うん。この間のことを蒸し返そうというんじゃないから安心して。ただ……」
「・・・・・・?」
また少し間があいた。
三浦先輩は意を決したように顔を上げ、あたしの顔をしっかりと見て言った。
「思い出作りに協力してほしいんだ。」
「思い出、作りですか?」
三浦先輩が顔を赤くしている。こんなかわいい一面があったなんて、と、内心喜ぶあたしだった。
「うん。思い出作りなんて表現したけど、実はさ、なんて言うか、君への想いをなんか納得できる形で終わらせたくて。
いや、わかってるんだ。こんなのは僕のわがまま以外の何者でもないって事はね。すごく幼稚なお願いで申し訳ないんだけど、
・・・・・・最初で最後のデート、受けてくれないかな。」

デデデデートぉ?
三浦先輩と?
そう来たか!

どうしよう、ちゃんと断るべきなのかな。
でも、三浦先輩が顔を真っ赤にしてのお願いだよ?無下に断っていいのかな。
最初で最後のって言ってるし、受けてあげたっていいんじゃないかな・・・・・・

不思議な事にその時には(誰かに相談しなきゃ)なんてまったく思いもつかなかったんだ。
ごく自然に返事をしちゃってた。

「わかりました。お受けします。」
「そうか・・・・・・やっぱそうだよね・・・・・って、今なんて言った?」
「お受けしますって。」
「本当に?夢じゃないだろうな。どうしよう、嬉しくて涙が出る。」
先輩ったら本当に涙を流すんだもの。ちょっと胸がきゅんとしちゃったわよ。
「ありがとう。じゃあさ、二学期に入って二回目の日曜日、予約していいかな。その日は部活がないはずなんだ。
詳しいことはもう少しつめてから連絡するよ。本当にありがとうっ!」
こんなに心の底から嬉しそうな顔を今までに見たことがあるだろうか、と思った。
「本当にありがとう。そろそろ暗くなってきちゃうね、帰ろうか。途中まで送っていくよ。」
「いや、だって先輩、反対方向じゃないですか。大丈夫ですよ、うち、近いし。」
「そう?うん、わかった。じゃあこれで。楽しみにしてるよ。また連絡する。」
「わかりました。さようなら。」

三浦先輩ってば、ずいぶん小さくなるまで振り返っては手を振ってた。
ついつい見送っちゃった。子犬が尻尾を振ってるみたいでかわいいんだもん。
あんな先輩、あたししか見た事ないんだろうな。何かうれしくなっちゃった。

帰ったら淳に・・・・・・いや、伝える必要ないか・・・・・・
てか、伝えられないよ。
誰にも言えやしないよ、こんな気持ち・・・・・・

どんな気持ち・・・・・・?

あたし、もしかしたら・・・・・・

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