Many Ways of Our Lives

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おだっくいLOVE

第三章 めざめ

【二】エロ本事件

冬休みが明け、三学期が始まった。
寒い日が続く。日直にとっては朝のストーブ用の石油運びは災難ではあった。

初詣のあの日以来、絵里ちゃんとの距離が一気に縮まるかなーと思ったんだけど、実はそうでもなかった。
大体が元々、遊びに勉強にとしょっちゅうつるんでいたので、
改まって「お付き合い」と言ってもそうそう大きな変化があるわけでもなかったんだ。
でもまあ、電話のやり取りが増えたり、一緒にいる時間が少しだけ増えたり、
目が合ってにっこりすることがちょっと増えたり、といった変化はあったのさ。
冬休み前との大きな違いと言えば、お互いがお互いの気持ちを知っている、と言うことくらいかな。
それでも僕にとっては十分幸せなことだったんだ。

三学期は、クラスでもそう大きな出来事はなく、平和に時間が過ぎていた。
と思っていたら、ある日の放課後のこと、
「山下、ちょっといいか。」
と、担任の小原先生に声をかけられた。
「はい、なんでしょうか。」
「ま、座ってくれ。」
教卓の横に椅子を寄せてそれを僕に勧めてくれた。
「最近、栗崎といい感じじゃないか。」
いきなり何を言い出すんだこの人は。
「いやなに、二学期の文化祭の頃から急にこの教室にハートマークが飛び交うようになった感じだったからな。
そんな目でクラスを眺めてみたら、学級委員の二人はどうも以前はそうでもない感じだったのに、
三学期に入ってハートマークを感じるようになってな。」
てか、鋭いっす先生。
「村中と望月はもともとなあ、いい感じにくっついてたが、高橋に遠藤、檜山に鈴木、山梨と田代の漫才コンビ、
それに石川と佐島だろ・・・・・・」
「えー!石川と佐島ー?」
思わず声に出しちまった。石川に、さ、さ、佐島あ?
「なんだ、知らなかったのか。あの劇で、石川がかなりいい演技をしてただろ。
それに感動した佐島がその想いを伝えたことから始まったらしいぞ。
石川も石川で、佐島の脚本にずいぶんほれ込んでたみたいで、即答だったとさ。
それにしても山下がそれを知らんとは・・・・・・
ははあ、目の前の幸せに目がくらんで周りが見えなくなってるな?」
何をおっしゃいますやら。
いやあ、佐島がねえ。あいつにしてはこれは勇気を出したなんてもんじゃないんだろうな。
それに引き換え俺ときたら、自分から素直に言えずに絵里ちゃんにあおられてやっと告白とは・・・・・・
だらしがないねえ。

それにしてもこの先生、そんなことばっかり考えて生徒を見てるのかしら。
「いやいや、このところ急激にハートマークが増えたもんで面白くなってな。」
そんなことを聞かせるために僕をわざわざ座らせて・・・・・・
「いや、今までのは前振りだ。聞きたいのはな、男子トイレの天井の件だ。」
僕は自分の心臓がドキンと大きく鼓動するのを聞いた。トイレの天井といえば・・・・・・
「その顔は知ってるようだな。そう、トイレの天井裏のエロ本の山の件だ。ハートマークは飛び交うわ男子諸君は色気づくわ、
うちのクラスも大変だよ。お前、犯人をもし知ってるなら、自首するように伝えてくれないか。」
知っていた。おそらく先生も見当がついていたに違いないが、岩崎である。
岩崎が知り合いの大学生から大量に入手したエロ本を学校に持ってきて男子に見せびらかしているのは男子のあいだでは周知の事実で、
その隠し場所も男子諸君の共通の秘密となっていた。
でもまあ、あれだけおおっぴらにやってれば、バレるっつーの。
「男子なら興味を持って当然なんだけどな。でもその知識の入手先が大人でも眉をひそめるような過激なエロ本じゃあなあ・・・・・・。
ハートマークが飛び交っている中で、またなにやら問題が起きないかとちょっと心配でな。
ま、三学期中にもう一度性教育の時間はきちんと取ろうと思ってるけど。じゃあ山下、頼んだぞ。」
頼まれちゃった。
実を言うと自分も岩崎の招きに応じてエロ本鑑賞会に参加していたんだ。
一糸まとわぬあられもない姿の男女があんなことやらこんなことやら・・・・・・
写真ありマンガあり、いろんな種類のエロ本を岩崎は提供してくれていて、男子達は大興奮だった。
もう岩崎は神様扱いさ。
そんな鑑賞会に全く興味を示さず、岩崎も誘ったりしないのが幸利と佐島だった。
そういえば淳も一度参加したっきりだったので理由を聞いてみたところ、
岩崎の蔵書は淳にとっては「たいしたことのない」ものだったらしい。
淳が家の離れに隠し持っているものは「それどころじゃない」ものなんだそうだ。やはり只者ではない。

次の日の放課後、岩崎を捕まえた。
「岩崎、ちょっといいか。」
「ナニナニ、ナニのやり方でも教えて欲しいってか?」
ほんとにこいつときたら・・・・・・
「ばーか、そんなんじゃないよ。トイレの天井の件だけどさ。」
「一冊につき一日百円でお貸ししますぞ。」
そんなこともしてんのかお前。
「ま、ニーズのあるところ、商売ありですな。で、それが何か。」
小原先生から言われたことをそのまま伝えた。
岩崎の顔色が変わった。
「むう、そう来たか・・・・・・でもまあ、直接犯人を聞き出さないあたりが小原流だなあ。
これじゃ自首せざるを得ないじゃないか。商売だって始まったばかりで、鈴木に一冊貸しただけなんだぜ。」
百円か。それも返しといたほうがよさそうだぜ。
「そうだな、そうしとこう。うーん、嫌なことは早く済ませた方がいいな。じゃ俺行って来るわ。あ〜〜〜嫌だ嫌だ。」
実は岩崎、こういうところはすごいんだ。エロいだけで悪い奴じゃない。
勉強もそこそこ出来るし、防災委員をかってでたり、人が嫌がるようなことも進んでやったり、
普段のエロエロ大王ぶりからは想像できないところがあるんだよな。ま、だから僕も自主を勧めやすかったんだけどね。
次の日、その岩崎がしょげた顔で僕に、
「すまん、大変なことになっちゃった。」
と言ったので、僕も慌てたんだ。すまんってどういうこと?
「俺だけで終わんなかった。一緒に見た奴ら全員集めろって事になっちゃってさー。」 マジかよー。それって、クラスの男子ほぼ全員じゃん! 「幸利と佐島以外全員だよな。どうしよう・・・・・・」 どうしようもこうしようもなかった。
岩崎と手分けしてクラスの男子全員にそのことを伝え終わったのはその日の昼休みだった。
そして放課後、幸利と佐島を除く十八人の男子が武道場へ呼ばれたのだった。

全員正座させられ、生活指導の村上先生から拳骨を喰らう。
これがまた脳髄に突き刺さるような拳骨なんだ。
そして小原先生からの説教。
まあ、男子たるものそういった興味を持つのは当然だが、正しい知識を身につけないと云々、
ありがたいことに短くてわかりやすい内容だった。
それでも指導が終わって立ち上がろうとしてもすぐには立てないくらいに足は痺れていた。
鈴木が調子に乗って立ち上がろうとしてこむら返りを起し、小原先生に伸ばしてもらった。
小原先生と目が合って、僕の顔は恥ずかしさでちょっと赤くなった。小原先生は笑っていた。

ぞろぞろと教室に戻ると、幸利と佐島のほかに、数人の女子が僕らを待っていた。
「山梨!エッチな本見てうひうひ喜んでたってほんとなの?」
田代にいきなり怒鳴りつけられ、山梨は小さくなっていた。
「何とか言いなさいよ!もう!ほんとに男達ときたら!」
絵里ちゃんと目が合ってしまった。涙目で目をそらされた。そ、そ、そんなー。
「説明してくれる?」
望月麻美が冷静に淳に詰め寄る。
淳も冷静に答える。
「田代が言った通りさ。エッチな本見てうひうひ喜んでた連中が小原さんに集められて説教されてきたの。」
「ふーん。そう。でも、高橋君と佐島君は残ってたわね。紳士が二人だけとは、情けないこと。」
「何だよその言い方。男子がエッチな本見て何が悪いんだよ。
今日だって、エロ本を学校に持ってきて回し読みをしたことを怒られたんであってだな・・・・・・」
「へえ、開き直るんだ。最っ低ー。あなたに対する見方、ちょっと考えさせていただかないとね。」
いや、淳はそうじゃなくって・・・・・・とは言ってあげられなかった。じゃあ、自分はどうなんだって話しもあるしね。
「行こう行こう、こんな連中相手にしててもしょうがないもん。」
田代が言うと、女子たちはさっさと教室を後にした。
後に残った男子は、ものすごく残念な感じになっていた。
「お前らはいいよなー。紳士だってよ紳士。」
鈴木が幸利と佐島に怒りをぶつける。そういやさっき檜山も泣いてたっけ。
「やめとけよ。こいつらには何の罪もないだろう。」
そう言って鈴木を止めたのは岩崎だった。
「わりーっけな、みんな。せっかく最近いい感じだったのに、おれっちがぶち壊しちゃったな。」
こういう奴なんだ。このエロ大王は。お前のせいじゃないよ、俺達みんな、お前と一緒、本質的にエロエロ星人なんだよ。
幸利と佐島はたまたまそれを外に出さなかったのと出せなかったのなんだよ。
そう、今わかったけど、僕たち男子は本質的にエロエロ星人なのだ。
岩崎はそれをあからさまに外に示す「はっきり助平」で、僕らは外面がいいだけの「むっつり助平」だったのだ。
なんか妙な連帯感が男子の中に芽生えたんだ。

で、その結果、わが一年六組は冷戦時代を迎えることになった。

「おいおい、いったいどうしたんだ?この暗ーい雰囲気は。」
次の日の朝の学活での小原先生の第一声がこれだ。
座席もおかしなことになっていた。それまで男女混合の班毎の自由席になっていたものが、
男子列と女子列とに別れ、男子席と女子席はあからさまに離れていた。

冷たい戦争が始まった。

理科の時間。
実験の為に作った班も作り変えられた。男子班と女子班にである。
実験道具を手にする時、女子がまず先に取りに行く。残ったものを男子が取る。
数が少なく、版毎に順番に操作する場合、男子が使ったものを女子が使う時、丁寧に布で拭いてから使う。

家庭科の調理実習。
これは悲惨だった。男女混合だった班もこれまた男子班、女子班に作り直された結果、
女子班の作品は大変おいしそうに出来上がり、男子班の作品はそれはそれは残念な結果となった。
(佐島の班だけがおいしく出来上がったのだが、それはすべて佐島の包丁捌きと料理カンによるものだった。佐島の株がまた一つ上がった。)

国語の時間。
脚本を役割分担して読む、と言う内容で、男女混合で配役をしていたものを、女子が拒否。
国語の相沢先生が理由を問うと、田代が答えた。
「あんな不潔な生き物と一緒にされたくありませんので。」
相沢先生も頭を抱えていた。

そういう意味ではかわいそうなのは幸利と佐島だった。
こいつらはあの時は望月に「紳士」として持ち上げられたはずなのだが、
男子だと言うだけでいつのまにかこっち側に組み込まれてしまっていたのだった。

初詣のおみくじを思い出した。
「凶」
「待ち人来るもすぐに去る」
ああ、こういうことか。
冷戦突入以来、絵里ちゃんとまともに話していない。
学級委員としてクラスの前に立つ時も、二人の間の距離は明らかに広がっていたしね。

淳も望月に距離を置かれているとのことだった。
淳は一度付き合い程度に参加しただけなんだから、言い訳も聞いてもらえるんじゃないのか?
「あの一方的なものの言い方が気に食わん。あんな奴だとは思わなかった。
いい機会だから距離を置いてみるのもいいかな、と思ってな。俺からは折れないよ。」
結構依怙地になるんだ、淳も。

「おい、山下、なんとかならんのか、この雰囲気。」
また放課後小原先生に呼ばれた。
「各教科の担任からもこの雰囲気を何とかして欲しいと毎日クレームだよ。原因はまあ、あれだろうな?」
「はい。あれです。」
「だったら、高橋と佐島は大丈夫なんじゃないのか?」
「だめです。田代が女子を扇動してます。『男子はすべてエロエロ星人だ!男はみんな敵だ!』って。」
「田代がなー。あいつは強力だからなー。」
「山梨なんて、元々影が薄かったけど、今はもう、田代にとっては虫、いやむしろゴミ、埃くらいの存在になってます。」
「お前だって、栗崎と・・・・・・」
「言わないで下さい。あれ以来ほとんど会話してません。目も合わせてくれません。
僕ら男子はこれほどまでに虐げられるような大罪を犯したんでしょうか。
あの岩崎がもう、責任感じてしょげちゃって。」
「村中はどうなんだ。今回は動かないのか。」
「あいつも依怙地になっちゃってて。自分からは折れないって豪語してます。」
「そうか。そいつは困ったなあ。じゃあここはひとつ、山下、がんばってみないか。」
「がんばるって、何を・・・・・・」
「まずお前のとこだ。栗崎との関係を修復するんだ。」
「いったいどうやって・・・・・・」
「うーん、それはだな・・・・・・」
さすがの小原先生も打つ手がない様だった。

一方その頃・・・・・・
「絵里、どうすんの?」
私、望月麻美はこのところずーんと落ち込んでいる絵里に問いかけた。
「どうって?何を?」
「山下君のことだけど?このままお別れ?」
「やだ。」
ほんと、この子は素直でよろしい。
「麻美だって、村中君とどうするだね。」
まあ、そう聞いてくるだろうね。
「そろそろ折れてやるつもりだよ。あいつ、自分から折れてくることは絶対にないんてね。」
あの小僧はそういう奴だ。こっちでコントロールしてあげないと。
「そ、そうなんだ。でも、真奈美が黙ってないじゃなあい?」
「ふん。真奈美だって実のところ、きっかけがなくて困ってるのよ。あの子、あれで山梨にぞっこんなんだから。
一番苦しいのはあの子じゃないの?大見得を切った手前ね。損な性格だわ。」
「麻美って、怖いねー。何でもわかってるみたい・・・・・・」
いや、よく見てりゃ誰にだってわかる推理なんだけど。でもこれって、淳と付き合い始めてから身についたような気もするわね。
「男の子って、みんなエッチなのかなあ・・・・・・」
「あたりまえだ。男の子がエッチでなかったら、人類は滅亡する。」
絵里がきょとんとした顔をしたので慌てて付け加えた。
「今のは私の父のセリフ。私だってちょっと悩んだわよ。父に相談したらそういわれたの。」
実は女の子だってエッチなんだけど、男子とは質が違うのよねー。
「父が言ってたわよ。男の子は単純だから、目から入ってくるもので興奮しちゃうんだって。だからこそ気持ちが女性に向くのであって、
で、あの手この手で女性に自分の方をむかせようとするんだって。そういう意味では男子がエッチであることは大切なことである、とか言って威張ってたわ。」
「なんとなくわかる気がするけど・・・・・・」
「要するにあいつら子供なのよ。私たちが大人になってあげないと、この冷戦はいつまでも終わらないわ。」
「どうしたらいいのかなあ。」
「個々に攻略していって、最後に真奈美かな。とりあえず今日、淳をよいしょしとくから、あんたも山下君のこと、許してあげなよ。
でもしばらくは周りにそうとわかんないようにしといてね。」
実のところ、この冷戦についてはそろそろうんざりしていた。
真奈美は言いだしっぺで引っ込みがつかなくなっているからまだまだがんばってるけど、
絵里や、元々何でもなかった由美や沙弓なんて、落ち込んじゃって大変だったし。
ま、男子はその様子を見て自分の責任だーなんて勘違いしてたみたいだけど。
「じゃ、私小原先生のとこに行って作戦を練ってくるから。あんたもしゃんとしなさいよ。」
「ふあい。」
だいじょうぶかなこいつ。ま、相手が山下君だから心配ないか。
小原先生を訪ねて職員室に行くと、ちょうど先生も職員室に戻ってくるところだった。
「おう、望月。どうした?」
「先生にちょっとご相談が。」
先生の顔がぱっと明るくなる。
「もしかして、あれか?」
「たぶん、そうです。」
「よし、じゃあ話を聞こう、ここじゃあれだな、相談室に行こうか。」
職員室の前にある第一相談室に移動した。普段は生活指導に使われることが多く、
生徒達からはあまりいい印象をもたれていない部屋だ。中に入ると意外に落ち着いたいい感じの部屋だった。
「まあ、座りなさい。で、話しと言うのは?」
「はい。男子対女子の冷たい戦争の件です。」
「うむ。やはりな。で?」
「はっきり言って、そろそろうんざりなんです。真奈美は言いだしっぺで引っ込みがつかないからがんばっちゃってるけど、
女子の中にも『もういいじゃない、許してあげようよ』って言う声がチラホラあがってるんですよね。」
「そうだろうね。」
「で、ちょっと作戦を考えたんですけど、先生にもご協力願いたいんです。」
「ほう、何をすればいい?」
「はい。私がとりあえずクラスのカップル連中の関係を修復しておきます。で、ころあいを見計らって、
先生の特別授業をやって欲しいんです。で、最終的には真奈美たちの関係修復を図る、と。」
「特別授業、とは?」
「二学期の続き。男女の性の違いについて第二段。」
「ふむ。授業案はもう出来てるよ。いつでもオーケーだ。準備が出来たら教えてくれるか?」
「さすがわがクラス担任、準備出来次第お伝えします。よろしくお願いします。」
「ふう、ほっとしたよ。お前は、村中との関係修復は出来ているのか?」
「今日これからです。」
「あいつがそれほど今回の件に関わってなかったのは知ってるんだろ?」
「はい、知ってます。でも、ちょっと色々調子に乗ってたから、お灸をすえてあげようと思って、真奈美の御輿を担ぎました。」
「さすがの村中も望月にかかれば赤子同然だな。いや、助かった。今回は本当にどうなるか見当がつかなかったんでな。
特別授業で上手くいくかどうか不安だったんだが、お前のその下準備があれば、何とかなりそうだ。よろしくたのむ。」
「大丈夫ですよ。女子もみんなバカじゃないし、真奈美だって山梨のことが好きなんだから。」
「そこが不思議なんだけどな。まあいい、頼んだぞ。」
相談室を辞して教室に戻ると、急いで部活に向かった。だいぶ遅くなっちゃった。先輩に怒られるかな?

「亮ちゃん、元気?」
淳が久しぶりにハイテンションで声をかけてきた。
「なんだ、クラスの男子全員が落ち込んでいる中で何なんだそのハイテンションは。」
「ぐふふふふ。夕べな、電話があったのだ。」
「誰から。ま、まさか望月?」
「そう、そのまさかであるよ。」
「で、そのテンションの高さから察するに、仲直りしたな!」
「ほう、よーくわかりまちたねー。」
「ふん、裏切り者第一号め。」
「裏切り者とは何だ。これはな、わがクラスの冷戦のデタントの第一章なのだよ。」
デタント?緊張緩和だっけ。難しい言葉をやたらと知ってるんだよな、こいつ。
こいつといると勉強になる。って言ってる場合じゃない。
「それはそれは、で、これからどういう道筋でこの緊張が緩和していくのでしょうか。先生?」
「ふむ。ま、俺もうれしいことはうれしいだけん、どうも麻美のペースで引きずり戻された感もなきにしもあらずだだよねー。
しおらしく色々言ってたけど『許してあげるわ』だからねー」
「お前のことはわかったから。僕ら他の男子はどうすればいいんだ?」
「うん。ま、結論から言えば、成り行きまかせだ。」
「なんだとう?」
「結論だけ聞くと乱暴な言い方だけど、これには当然理由がある。」
「どんな?」
「わが麻美君がだな、立ち上がったのだ。彼女の分析によると、女子達にもこの冷戦に対する厭戦気分が蔓延しておるらしい。
そこに目をつけた彼女が、女子軍団の牽引車、田代を攻略する為、いま、一人ずつ調略しているらしい。
ま、彼女が言うには、田代の奴も山梨との関係を修復したくてたまんないらしいぞ。」
「じゃあ素直にそう言えばいいのに。」
「そうはいかない。あれだけ派手に喧嘩別れして、そのあと女子軍団を引っ張ってきたからには自分から折れるわけには絶対に行かないんだ。
俺に負けず劣らず意固地だからね、田代は。」
「そういえばそうだな。」
「で、僕の麻美君は」
僕のと来たか。
「小原先生に相談して、例の特別授業をやってもらうことにしたのだ。」
「例のって、前の続き?」
「そう。男女の性の違いについて第二段。」
「うちのクラスばっかそんなことやってていいのかなあ。」
「今回は保健体育で全クラスで特別授業としてやるらしいぞ。なんか道徳と絡めてとか難しいことになってるらしい。」
「そんな大事になってたんだ。」
「だってなあ、各教科担任も六組の扱いには困ってたらしいぜ。学年全体で問題になってたみたい。」
「うわああ。そうなんだ。」
「多分今日あたり、絵里ちゃんから電話が来るんじゃないかな。」

その日の夜、淳の予言どおり、絵里ちゃんから電話が来た。
「もしもし、山下ですけど」
「一年六組でご一緒の栗崎と申しますが、亮介君、いらっしゃいますか?」
「え、絵里ちゃん?僕ですけど・・・・・・」
思わず敬語になってしまった。だって、絵里ちゃん礼儀正しいんだもの。
「あ、亮介君?えーと、お久しぶり・・・・・・」
「あ、ひ、ひさしぶりだね・・・・・・」
「元気だった?・・・・・・って、そんなわけないか・・・・・・ってなに言ってるだかね、私。」
僕の方から謝ろう、と思った。
「ごめん、絵里ちゃん。何をどう謝ったらいいのか色々考えたんだけど、とにかくいろんな心配かけてごめんね。」
「亮介君・・・・・・あたしのほうこそごめん。なんか、男の子達の私の知らなかった部分が見えてきちゃって、
戸惑っちゃったんだと思う。亮介君のこと、まっすぐ見られなくなっちゃって・・・・・・」
そうだったんだ。単純にエッチな本を読んだことを怒ってるんだと思ってた僕って・・・・・・
「お付き合いをしてお互いのことをよく知り合っていくことって、楽しいことだけじゃないんだなってちょっと思ったけど、
それもまた大切なのかな、なんてね。」
女の子って大人なんだなあ。僕なんて、まだまだ子供だ。男子達はみんな僕みたいな感じなのかなあ。
「亮介君がエッチな本見た事だって、最初は怒ってただよ。」
え?やっぱそう?
「だって、あたしのこともそんな目で見てるのかな、なんて考えちゃったりして・・・・・・」
いやいやいや、ぜんぜん、そんな罰当たりなこと考えたことも・・・・・・いや、百パーセント全くなかったとは言い切れないけれども、
だからその、なんだね・・・・・・
「いいのいいの、男の子ってみんなそうだって、父が言ってたから。」
お父さんナイスフォロー。
「明日からまた元通りになれる?」
「大丈夫。もう目をそらしたりしないから。あ、でもね、麻美に言われてるんだけど、
考えがあるからそれまでは冷戦が続いてる振りをしてほしいんだって。」
「そうか、わかった。なんかまた絵里ちゃんに電話なんてさせちゃって、ごめんね。」
「いーや全然。じゃまたね。」
「また明日。」
胸のつかえがみんな取れた。
さすが淳と望月のコンビだ。
こんな感じで他にも会話してるやつらがいるんだろうな。
みんな上手くいくといい。
あとは小原先生の特別授業か。
小原先生、山梨と田代の為にも、お願いしますよ。

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