Many Ways of Our Lives

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おだっくいLOVE

第四章 変化

【七】今度こそはじめての・・・・・・?

その日の放課後、僕は絵里ちゃんと一緒に保健室へと向かった。
「なに、何で保健室?」
と、絵里ちゃんは不思議そうだった。そりゃそうだ。
大事な話があるって、保健室に誘う男がどこにいる?
ま、日本中探してもここにしかいないね。
「詳しくは行ってから話すよ。行けば分かるから。」
「そう?」
「そう。本当のことを知れば、それまで悩んでたことがあっけなく解消されることがある。
今回もそういうことなんだと思う。いつもだけど、僕がちゃんとしてないから、絵里ちゃんを
悩ませちゃうんだよね。うん、きっと安心させてあげられると思うよ。」
「わかった。」
保健室に着いた。
「失礼します。」

中に入ると、平原先生がお茶を入れていた。
先生に何か相談事をしたことのある生徒はみな知っているあのハーブティーだ。
気持ちが落ち着く効果のある奴らしい。
なんてったっけ、ええと、カシミール?そりゃカレーだろ!ああ、思い出した。カモミールだ。
平原先生は、生徒が相談事を持ちかける時にいつも使っている「面会謝絶」札を保健室の入り口にかけた。
(念のため「緊急時はノックをすること」と書かれている。)
「栗崎さん、なんかきょとんとしてるわね。山下君、ちゃんと説明してあげなさい。」
先生にそういわれて、僕はまず「なぜ保健室なのか」を説明した。
「・・・・・・というわけで、平原先生なら大丈夫。全部知ってるから。それに、先生は口が堅いって評判だからね。」
「それは聞いてる。この間も大竹が何か話を聞いてもらったとか言ってたし。」
「このところ商売繁盛よ。おかげで保健記録の整理が進まないこと。」
あきらめたように平原先生が言う。
「でもね、大事なことは場合によっては担任や生徒指導の先生にお伝えしてるわよ。
あらかじめそのことは断っておくから。」
このあたりが先生の信頼できるところなんだ。
「さて、どうする?先生から話す?それとも山下君、自分でちゃんと話せる?」
「大丈夫。ちゃんと話します。」
絵里ちゃんが頷く。

「あの日、そう、三日前の放課後、僕らトロンボーンパートは掃除当番だった。
で、掃除中に美里先輩に、何か話があるから残ってるように言われたんだ。
だもんで美里先輩が日誌を職員室まで届けて、戻ってくるのを待ってた。
で、先輩が戻って来たんで、『話って何ですか』って聞いたんだ。
そしたら、パートの様子とか何とか聞かれたんで、いい感じですとか何とか答えた。」
「あたし、多分そのあたりから見てた。」
「やっぱりね。」平原先生だ。
「やっぱ見てたんだね。で、その後、美里先輩に姿勢を正して目をつぶれっていわれて、
なんだかよくわかんないけど言うとおりにしたら、次の瞬間、キスされてた。
僕、びっくりして椅子ごとひっくり返っちゃった。」
「それでガターンって大きな音がしたんだ。そのあと、あたし、逃げ出しちゃったのよね。」
「そうだったんだ・・・・・・でね、先輩にどういうつもりでそんなことすんのか聞いてみたら、
あの時・・・・・・あの部活紹介の時以来、何か僕のことが気になってたので、自分の気持ちを確かめる為にとか言われたんだ。」
「あのアマぁ・・・・・・。」
「絵里ちゃん?」
「ううん、なんでもない。続けて。」
「で、僕の気持ちはどうなるのかって聞いたら、僕は僕で今まで通りでかまわない、
自分の気持ちを確かめただけだから、って言われたんだ。それで僕、もうそのことは忘れる事にした。
まさか絵里ちゃんがそこにいたなんて思いもしなかったし。でもその日の夜から次の日まで、
どうしていいのかわかんなくなっちゃって、情けないことに貧血を起して保健室に運ばれたんだ。
で、平原先生に相談したってわけさ。だって、いきなり先生、『渡部美里にキスされたんだろ?』とくるんだもの。」
「どうして先生が・・・・・・」
「ここからは私から話すわ。」
と平原先生が加わる。

「栗崎さん、ここからのお話はあなたの胸にしまっておいてほしいの。渡部さんのプライバシーに関わることだんてね。
山下君も当然わかってると思うけど、この間聞いたこと、そして今から聞くことは胸にしまっておいて。
渡部さんはね、ついこの間まで、自分を女の子だと認識していなかったの。」
「???」
絵里ちゃんがきょとんとする。
「それって、自分は本来男として生まれてくるべきはずだった、と思ってるアレですか?」
「ううん、いわゆる性同一性障害とは違うわ。まあ、そうよね。普通は何の事だかわからないと思う。
正確に言うと、異性を異性として認識していなかった、と言うべきかしら。同年代の男子は単なる友達。
下級生の男子は弟みたいなもの。去年卒業した吉成恵子さんを崇拝したり、男言葉にこだわったり、
男女の関わりみたいなものから出来るだけ目をそらしていたかったんだと思う。いろんな自分がいる中で、
『女の子』としての自分だけに蓋をしていた、ということかな。どうしてかはわからない。
成長の過程で色々あったんだと思うけど、そのうちまた本人と話して見たいと思ってる。
ま、単に晩熟(おくて)だってだけかもしれないし、聞いてもあんた達には教えてあげられないけどね。」
そこまで話して一度お茶をすすった。
「で、この間の部活紹介山下君抱擁事件ね、あれでその蓋が開いちゃった。弟気分で優しく抱いてあげた山下君が、
意外に男性だったので、びっくりしちゃったのね。で、そのときのドキドキを・・・・・・」
「恋と勘違いした?」
「さすが栗崎さん。飲み込みが早いわね。それとも不思議系少女同士、わかっちゃうのかしら?」
先生がチラッと僕を見る。微妙に僕のほほが赤くなる。
また絵里ちゃんがそれを見逃さない。ますます赤くなる僕。
「それまで、恋とか男女関係とかに全く免疫がなかったものだから、思いつめちゃったみたい。
それで渡部さん、ちょくちょく私のところへ来るようになったの。」
それで・・・・・・
「思いつめた顔をしてねえ、『山下は栗崎と付き合ってるらしいんです。俺のこの気持ち、
どこへ持って行ったらいいんでしょう。』なんていうのよ。だから、先生、言ってあげたの。
あなたのそれは恋じゃないって。山下君のことが好きなんじゃなくて、初めて男性として意識したのが
たまたま山下君だっただけなんだって。最初は首をかしげていたけど、最終的には理解できたみたいよ。
腑に落ちた、って顔してたからね。その後だったわね、あんたがここに担ぎこまれたのは。」
平原先生にそう言われて僕は頭をかいた。
「だからね、栗崎さん、もう大丈夫。今までどおりでいいの。ずる休みとかする必要なんかないんだから。山下君さえしっかりしてればね。」
絵里ちゃんが赤くなる番だった。
「いろいろ聞いてはいたけど、平原先生って、恐ろしいほど情報通なのね・・・・・・」
「保健室の先生を・・・・・・」
「なめちゃあいけません。」
最後は平原先生と僕のユニゾンだった。三人で顔をあわせて笑った。

「でも、ひとつだけ納得いかないことがあるんです。」
絵里ちゃんが真顔に戻って言った。
「それはなあに?」
「・・・・・・」
「ふふふ、当ててあげようか?」
絵里ちゃんが赤くなってうつむく。やっと僕にも見当がついた。
「言わなくても分かるわ。栗崎さん、気持ちは分かるけど、こう考えたらどう?
ファーストキスってのは、その人の気持ちの問題だと思うの。
私に言わせれば、山下君のファーストキスは、まだ済んでいないわ。そうよね、山下君?」
いきなり振られてびっくりした僕は、思わず裏返った声で、
「は、はひっ。その通りです!」
って叫んだんだ。
絵里ちゃんは笑顔に戻り、平原先生も笑っていた。

「ところでお二人さん。」
平原先生が口を開く。
「そろそろ中間テストだけど、準備はできてるのかな?」
そうだった!今回は美里先輩の件でばたばたしてしまっていたので、勉強どころじゃなかったんだ。
うわあ、テストまで二週間、挽回できるか?
「大丈夫。一緒に頑張ろ!」
絵里ちゃんの明るい声で、何とかなりそうな気がしてきた。
「一緒にねえ・・・・・・本当に近頃の中学生は、なんていうか・・・・・・うらやましいこと。」
もう一度三人で大笑いしたんだ。

その日の部活でも、美里先輩は普通・・・・・・じゃなかった!
美里先輩が男言葉をやめたのだ!
いったいどうした!と杉山部長に驚かれ、
「なんか、まだしっくりこないけど、この方が自然なのかな、って思えるようになったの。」
と恥ずかしそうに説明していた美里先輩がものすごく可愛くて、
目撃した男子五名のうち四名が恋に落ちたのだった。
そのうちの一人が部長。青石には強力すぎるライバルの出現だ。
ちなみに、落ちなかった一人は僕ね。

「いやあ、びっくりしたよな、美里先輩の女言葉には。」
淳が開口一番、そこに触れる。
「なんか美里先輩、また綺麗になった気がしたな。」
と絵里ちゃん。
「そう思わない?亮君?」
「確かにそう思う。なんか、花開いたって感じ?」
淳が怪訝そうに、
「あれ?絵里ちゃん、ずいぶん素直に聞いてんじゃん。ちょっと前なら強力なじぇらしっくストーム全開の場面なのではないかな?」
「だって、ね?」
と僕に笑顔を投げる。
「うん、だよね。」
と僕。
「はいはい、仲のおよろしいことで。これでしばらくはおらっちもばたばたしなくてもええ感じだな。」
「ホント、いろいろありがとうな。何かいっつもやってもらうばっかであんたっち二人にもなんかしてあげたいだけーが・・・・・・」
「お?なんか静岡弁も自然になってきたじゃないの。こっち来てからええかん※経つしな。
ま、えーよえーよ。見返りがほしくて世話してるじゃないもん。おまえっち、何かいろいろ、面白いんでな。」(※いい加減、たくさん)
「同感!」
いきなり望月が混ざってきた。
「見てて飽きない二人、っていうの?」
昇降口のほうから部活を終えた幸利と遠藤もやってきた。
久しぶりに旧一の六のメンバーが集まって、話に花を咲かせたんだ。
例によって幸利はほとんど口を利かなかったけどね。
それでも遠藤はニコニコして寄り添ってるし。だいぶ空も赤くなってきていた。

加藤先生が校門正面の渡り廊下からこっちに向かって声をかけた。
「おーいお前たち。最終下校時間をだいぶ過ぎてるぞ!そろそろ暗くなりかけてるしな。もう帰りなさーい。」
気がついたらだいぶ遅くなっていた。絵里ちゃんが元気に返事をした。
「はーい!もう帰りまーす。さようなら!」
「ああ、さようなら!」
放課後ミーティング解散。

暗くなりかけていたので、僕は絵里ちゃんを送っていったんだ。
ぼくらふたりは用水路べりの桜並木沿いをゆっくり歩いていた。
「ねえ、亮君。」
「何?」
「聞きたいことあるだけん、ていうか、確かめたいこと?」
「なんだい?」
「美里先輩のこと、ほんとになんとも思ってない?」
絵里ちゃんはそう言うと耳を赤くして向こうを向いた。僕は自信を持って答えた。
「うん。なんとも。周りでどんな綺麗な花火が炸裂したって、僕の目に映るのは、絵里ちゃん、君だけだよ。」
言いながら自分もおそらく耳まで赤くなってるのがわかる。
まだこういうセリフを照れずに言える境地には達していないらしい。
「そう、安心した。」
しばらく二人とも黙って歩きつづけた。
言葉は交わさなくても、なんか暖かい空気の中で二人で歩いてるだけで心地よかったんだ。
「ちょっと座らない?もう少しお話していたいな。」
絵里ちゃんの誘いだ。断るわけがないじゃないか。
「そうだね。僕もそんな感じ。」
桜並木沿いのベンチに腰掛けてしばらくいろいろとおしゃべりをしたのさ。
「だいぶ暗くなっちゃったよ。もう帰らなきゃ。家の人が心配するし。」
「そうね。ああ、ちょっとまって。亮君にプレゼントがあるんだ。目をつぶって両手を差し出してくれる?」
何だろう、誕生日はまだまだ先だし・・・・・・頭が「?」のまま言われるとおりにしたんだ。
次の瞬間、美里先輩のときとは別の甘い香りがしたかと思うと、唇にやわらかくて温かい物が触れた。
びっくりして目を開けたときには、絵里ちゃんはもう1メートル向こうにジャンプしていた。
振り返ってこう言ったんだ。
「美里先輩のマネしちゃった。亮君、簡単にひっかかるんだ。ちょっと心配だなあ。
ふふっ、これ、私たちの本当のファーストキスだよね。」
ていうか、絵里ちゃん、な、な、なんて大胆な。
それにしても、常に主導権を相手に握られている僕っていったい・・・・・・
でも、情けないより何よりうれしくてうれしくて、

今までよりいっそう、絵里ちゃんが好きでたまらなくなっている自分に気がついたのさ。

家の前まで手をつないで歩いた。
手を離すと今日が終わっちゃいそうで、玄関の前でそのまま二人で立っていたんだけど、
もうだいぶ遅くなっていたので、僕はちょっとだけ大人のふりをした。
「もう行かなきゃ。家の人に心配かけちゃいけない。」
なんて言っちゃってね。
「うん。じゃあまた明日ね!」
「うん。また明日!」
絵里ちゃんが家に入ったのを見届けると、僕は振り返って走り出した。
家まで一気に走って帰ったんだ。どうしようもなく気持ちが高ぶっていた。

絵里ちゃん、絵里ちゃん・・・・・・

一分一秒ごとに彼女への気持ちがどんどん大きくなるのを感じた。
そうだ、淳に電話しなきゃ。あいつにだけはちゃんと報告しとかなくちゃ。

「もしもし、淳?オレオレ、亮介だけど。」
「あら、亮ちゃん?ごめーん、ちょうど電話のそばにいたもんで、おばさん電話とっちゃっただよねー。
今切り替えるから待っててね。」
「あ、は、はい。」
いつもの僕ならちゃんと話せたんだけど、今回はね。ホラ、ちょっと変なテンションになっちゃってるからね。
「おーう。わりーわりー、オレがとる前にかーちゃんにとられちった。」
「聞いてくれ、淳。おれ、おれ・・・・・・」
「つーかおまえ、いつもとちがくね?いつもはお上品に『僕さあ』なんて言ってんじゃん。
お前が『俺』とか言うの初めて聞いた気がするだけん。」
「絵里ちゃんとキスしちゃった。」
「そうかそうか。そりゃ大変だねえ・・・・・・って・・・・・・・ええっ!今何つった?」
「何度も言わせんなよ。ファーストキスだ。絵里ちゃんと!」
「マジ?マジマジマジ?第一種接近遭遇ってやつだな。亮チンが?絵里ちゃんと?
いやいやいやいや、マジなんだな?冗談じゃねーな?」
「マジだ。」
「で?どうだった?」
「どうだったとは?」
「だーかーらー。そのまあなんつーか。感触?」
「あったかかった。」
「それだけ?」
「やわらかかった。」
「で?」
「甘い香りがした。」
「うんうん、そうか。で?どっちがよかった?」
「どっちって?」
「美里先輩と。」
「すだこと※言っちゃいんな!。」(※馬鹿なこと)
「わりいっけわりいっけ。冗談冗談。そっかー。いや実に、まあその、なんだ・・・・・・
おめでとう!」
「ありがとう。って、なんなんだこの会話は。」
「いや、何か自分のことみたいにうれしいよ。今まで面倒見てきてよかった。」
「なんか、それって、僕、お前のペットかなんかみたい。」
「違ったっけ?」
「違わないけどさ・・・・・・って何言わすかなあ。」
「詳しくは聞かないけど、またお前のこんだんて※目ーつぶらされてその隙にチュッとかやられたんじゃねーの?」(※ことだから)
「・・・・・・」
「何、図星?うはははは。こいつはホントに・・・・・・ふわっはっはっ・・・・・・進歩が・・・・・・うぷっ・・・・・・ねえやつ・・・・・・」
「笑いたきゃ笑え。反論する気もねーよ。そう、いつも主導権はあっち。
それがどうした!それでここまでやって来たんだ。」
「開き直ったね。ま、お前たちはそれでいいのかもな。
でもこの先、どっかでお前が引っ張ってあげないといけない場面も出てくると思うぞ。その時は、はずすなよ。」
「さんきゅ。覚えとくよ。それにしてもお前って、どうしてそんなに年の割りに色々オトナなセリフがすぐに出てくるわけ?」
「そんなこと考えたこともないけど。なんだろ、母親の影響かねえ。」
「おばさんの?」
「ま、いつか教えてやるよ。でもあれだ、今頃、絵里ちゃんも麻美に電話とかしてるんじゃねーの?」
「そうかもな。どうしよう、今夜は眠れそうもないよ。」
「いいじゃん。一晩中そんときのこと思い出してうひうひ笑ってれば。じゃあな。
毎度ごちそう様でした。」
受話器を置いた後もそのままそこで僕はぼーっとしていたんだ。

遠くを見つめたり、思い出し笑いをしたり、目をつぶってしばらくそのまま動かなかったりする僕を、
双子達が気味悪そうに見ていたらしい。
ふと目を開けると気の毒そうな目で僕を見ている二人と目が合った。
僕がにやりとすると、いきなりドアを閉めやがった。何か勘違いされているらしい。
その日は、晩御飯に何を食べたか、風呂に入ったかどうか、家族の誰と何を話したか、全く記憶がない。
でも次の日の朝ベッドで目が覚めたから、眠れないってことはなかったらしいね。
筆不精の僕だけど、朝起きたら机の上にノートが広げてあって、昨日のことをまとめてあった。
読み返して、顔が赤くなっちゃったよ。今日絵里ちゃんの顔、ちゃんと見られるかな。

「麻美ー、聞いてくれるー?」
なにやらおかしなテンションで絵理が電話してきた。
面白そうだから聞いてやることにした。
今日の部活の後の旧一の六のメンバー会議の時に、あの二人、いい感じだったからね。
おのろけでも聞かされるんだろうとは思うけど。
「はいはい、何でも聞きますよー。」
「亮くんとキスしちゃった!きゃっ」
「!!!!」
私は絶句させていただいた。
なんだとコノヤロー!開口一番、「キスしちゃった。」だあ?
面白いにも程があるだろう!ほんとにこの子には驚かされる。
ええっと、あの子のうちはたしか・・・・・・親子電話だよね。
「あんた、今どっちで電話してんの?」
「大丈夫ー。子機ー。自分の部屋ー。」
そこまでまわりを見失ってはいないんだね。よかったよかった。
「そっかー。ナニナニ、それって今日の帰りだよね。」
「そうなのー。用水路沿いの桜並木から帰ってきただけんさー。すっごくいい感じになったのねー。
で、そのまま帰っちゃうのがいやだっけもんで、あそこにベンチがあんじゃん?あそこに二人で座ってしばらくおしゃべりしてただよー。
でね、でね、プレゼントあげるからって、亮くんに『目ーつぶって手ー出して』って言ったら、ほんとに目ーつぶってくれたもんで、
そのままキスしてあげちゃったのー。」
うわあーこの子、どんだけ大胆になっちゃったの?
これがあの絵理かしら。次から次へとキャラが変わるわねえ。面白いったらないわ。
「またあんたはー。その状況だったら、あんたが目をつぶって山下君を待つのが普通じゃないの。
またまた主導権を握られたとか言って落ち込むんじゃないの、彼?」
「だって・・・・・・私、待つ女じゃないから。」
何言ってんだか。
「今度は亮くん、転ばなかったよ。」
何の事だかわかんないんですけど。
「なんでもなーい。うふふ。その後ね、家まで手を繋いで帰ったの。」
左様でございますか。それはそれは、よろしゅうございましたねえ。
「家の前でね、しばらく手を離さないでいたら、亮くん、『家の人が心配するから、帰らなきゃね。』だって。」
ふーん。それで?
「また明日、って言って家に入った。で、さっきまで居間で思い出し笑いしてたら、お母さんに『どうしたの?熱でもあるんじゃない?』
って言われたから、『大丈夫、なんでもないよー』って言って自分の部屋に引っ込んだの。」
それはそれは、家族はさぞ気味の悪い思いをしたことでしょう。
「麻美?」
「何?」
「今までほんとにありがとう。やっとここまで来られた。みんな麻美と、淳くんのおかげ。」
だって面白かったんだもん。とは言わずにおいた。
「色々あったからね、あんたは。あんたには上手くいって欲しかったんだ。」
中一の夏に終わったこの子の淳への片想いのことを思い出していた。
「実は渡部先輩のおかげでもあるんじゃない?」
「わかる?」
「やっぱり。あの事で山下君への気持ちが固まったんでしょ。」
「『雨降って地固まる』とはよく言ったものだのう。」
やっぱ変わってないや。この変キャラ。
たぶん、渡部先輩に先を越されて、ちょっとだけ背伸びしたんだろうな、この子。
でもまあ、いいんじゃないの。
「絵理?」
「なあに?」
「ふふっ。おめでと。」
「ありがとう・・・・・・ふえっ・・・・・・」
あらあら、泣いてるよこの子。
「あたし・・・・・・ふえっ・・・・・・今日・・・・・・眠れないかも・・・・・・」
「明日の朝、むくんだ顔を山下君に見せなくても済むように、お風呂に入ってちゃんと寝なさい。」
「はうっ。そ、そうだね!ちゃんと寝る!」
ふふっ。可愛いこと。
「そういえば、ねえ、麻美?」
「何?」
「あなたと淳君って、もうキスとかした?」
来た来た。来ると思った。
「ご想像におまかせします。」
「えー、それって反則じゃーん。」 「ひとんこんじゃんねえ。教えないと言ったら教えない。それよか、自分っちのこれからの事を色々考えな。」
「ぶー。」
「ちゃんと寝るのよ。」
「お母さんみたい。」
「あんたが子供みたいなの。」
「へへ。おやすみ。」
「はい、おやすみなさい。」
電話を切って、しばらくそのままいろんなことに想いをめぐらせた。
中学校入学、淳との出会い、絵理と淳のこと、山下君と絵理のこと、部活のこと、クラスのこと。
面倒なこともたくさんあったけど、楽しいことのほうが多かった。
私のせいで絵理の片想いが終わっちゃった、なんて言われたこともあった。
自分では全く気にしてないつもりだったけど、やっぱり何か胸のつかえになってたみたい。
それが今日、やっとなくなった気がする。
これからのあの子達、まだまだなんかやってくれるに違いない。楽しみだわ。

え?淳とのキス?

ご想像におまかせします。

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