Many Ways of Our Lives

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おだっくいLOVE

第五章 成長

【八】宿題を片付けろ!

晴れて県代表となった僕らは、またまた三日間の休みをもらった。
県大会で終わっていればこの休みは一週間になるはずだったのだが、だれも文句など無かった。
なんと言っても東海大会に出られるのだ。
しかしながら僕らはこの三日間を遊んで過ごす、と言うわけには行かなかった。
現実はそう甘くなく・・・・・・夏休みの宿題がこのままでは終わらないのだ!

三日間が過ぎるとその後は三十一日まで練習漬けだ。実際、疲れちゃって宿題どころじゃないと思う。
そこで、僕らは宿題の残りを少しでも減らす為、「宿題を少しでも減らす会」を開催することにした。
問題は場所だったのだが、スズケンが提供してくれた。
学校の教室を借りても良かったのだが、それではつまらない、と絵里ちゃんがつぶやいた時に、スズケンが言ったのだ。
「じゃあ、おらっちでやるべい。」
実はスズケン、お坊ちゃまだった。
持っているトランペットも、シルキーのB5だ。
親の仕事のことはよくわからないが、父親は海外を飛び回るビジネスマンで、年に何回かしか家に帰ってこないらしい。
母親と妹との三人暮らしで、なんと執事にお手伝いさんもいるというのだ。
「実際、じーちゃんとねーちゃんみたいなもんだけどな。」
家もでかいということは遊びに行ったことのある者なら誰でも知っている。
が、不思議と吹奏楽部の仲間達は今までにスズケンの家に言ったことは無かった。
この話が出たとき、スズケンの家に対する興味もあって、なんだかんだで二年生部員のほとんどが参加を申し出た。

「じゃあ明日、午前十時集合な。参加は十六人か・・・お昼は用意しとくんて、何も用意してこなくていいぞ。」
そうは行ってもどこの家の親も、「はいそうですかと甘えるわけにはいきません」とスズケンの家に電話したのだが、
ことごとく「いいから任せておいて下さい。」という明るく弾んだ声に負けたということらしい。
では、手土産程度なら、と、どの家の親も、お菓子や飲み物などを子供たちに持たせたのだった。

スズケンの家に着いたみんなは絶句した。
話には聞いていたが、でかい。門から玄関まで二十メートルはある。
通路の両側の芝はよく手入れされていて、ところどころに彫刻が置いてある。
絵に描いたような洋館で、二階にはテラスがあるのがわかる。人に聞くのと実際に見るのとでは大違いだった。
淳が勇気を出して呼び鈴を鳴らすと、スズケンが二階から顔を出した。
「おう!今あけるんて、入ってくりょお!」
玄関の扉が開けられると、お手伝いさんが僕らを迎えてくれた。
頭にはヘッドドレス。紺色のロングドレスにエプロンである。
お手伝いさん、というより「メイドさん」といった方がぴったりくる。
「いらっしゃいませ。お部屋にご案内いたしますね。」
お部屋にご案内?僕らをですか?
不慣れな環境に僕らは面くらい、平常心を失っていた。足が宙に浮いている感じだ。
大竹、口が開きっぱなしだぞ。
つーか、靴を脱いでませんけど。いいんですか?おねーさま。
安心したことに、案内された部屋の前には下駄箱が置いてあった。
みんなそこに用意されたスリッパに履き替えて部屋に入る。
「ここなら大人数でも大丈夫ら?」
スズケンが涼しい顔をして紹介してくれた部屋は本来はパーティルームかなんかじゃないかと思われる、
とても素敵な部屋だった。壁に飾ってある絵など、価値はわからないが、趣味の良いものだった。
机はそれこそパーティで使われるような円卓が四つ、それぞれに椅子が六つずつついていた。
それまで雰囲気に呑まれていた淳が「ハッ」と自分を取り戻して言った。
「どうやって座るかね?」
「宿題がわりと進んでる奴らが分かれてさ、後は適当にってのでどうだ?」
それでいいそれでいい、と言うわけで、僕と絵里ちゃんと篠宮、そして淳が各机に着席した。
あとは適当に分かれて座った。
「じゃああとはそれぞれで、わかんないとこ聞いたり、どんどん進めたりすりゃえーよな。」
ということで、宿題を進める会が始まったのだった。

始まればあとはどんどん進んだ。なにしろやるべきことははっきりわかってる会だったしね。
始まってすぐ、お手伝いのおねーさまが飲み物を持ってきてくれた。
アイスティーなんだけど、トロピカルフルーツがあしらわれ、くるくる回ったストローで、夏気分満開だった。
紅茶自体の味も、フルーティで変わった味だったけどおいしかった。
一時間ほどして、スズケンのお母さんが挨拶にいらした。
若い!かわいらしい!ヒラヒラのついたワンピースが全然おかしくない!
「いつも健二がお世話になってます。これからもよろしくね。」
淳が調子よく、
「はい、お母様。私にお任せ下さい。」
ときた。何を任せるんだ、何を。
スズケンが照れてる。でも邪険にしたりしない。
「お母様、勉強を続けますので、その辺で・・・」
「そうお?わかったわ。しっかりね、健ちゃん。」
「はい、お母様。」
お母さんが部屋から出たあと、ほぼ全員が、
「お母様ぁ?」
と、スズケンに「?」を投げつけた。
スズケンは別段照れた風も無く言った。
「小さい頃から父親にそう躾けられてたからなあ。それが普通なんだ。他の家ではあんまり
そういう言い方をしないって気が付いたのはここ数年のことだあな。」
それにしても、普段はスズケン、お坊ちゃまって感じがしないなあ。
「小さい頃から周りに合わせる事を教えられてたから。」
いやあ、合わせていただいてたんですか・・・・・って、なんだかなあ。
「なに言っちゃいるだよ。自分らだって学校と家とじゃちったあ違ったりするら?
そういう意味じゃおんなじじゃん。」
ギャップがでかいか小さいかってことだよな。そう言われりゃそうだ。
なんとなくみんな笑った。学校でこいつがお坊ちゃまに見えないのは、
それだけこいつの両親がすごいんだな、なんて思ったりもしたんだ。
そんなこともありーのだったけど、午前中だけでも結構僕らの宿題は減っていった。
ブー太やスズケンは、わからないところを教えてもらってたのか、
ひたすら写させてもらってたのかちょっと微妙だったが。

「お昼ご飯の用意が出来ました。どうぞ食堂へお移り下さい。」
お姉さま(この頃にはみんな「お手伝いさん」ではなく、「お姉さま」と呼んでいた。)が僕らを誘導する。
スリッパを靴に履き替え、一階の食堂へと移動する。
全員が一同に会する事の出来る食堂である。広い。

『お母様』が席に着くと、緊張の面々に優しく声をかけてくれた。
「どうか楽にしてくださいな。お部屋が仰々しくてごめんなさいね。別段形式ばったことなんて何もないのよ。」
スズケンが「みんなが食べやすいように」とリクエストしておいてくれたのがスパゲティだった。
サラダにスープまでつけてくれて、至れり尽くせりと言う感じだったが、それでもスズケンいわく、
「かなり抑えてもらった」のだそうだ。
スパゲティもただのミートソースではなく、トマトクリームソースのなんちゃら(名前が長くて覚えてない)だった。
ただし、味はもう、すばらしいものだったので、僕らはお昼の時間を心ゆくまで楽しんだ。
その間、スズケンのお母さんはずっと笑顔で、時折だれかにスズケンの学校の様子を聞いたり、
スズケンの小さい頃の話などをして皆を笑わせたりしていた。相変わらず淳は調子よく、
「いやあ、健二君のトランペットはすばらしいです。ていうか、すでに天才の域に達しなんとしておりますな。」
「まあ、そうですの?すてきね。ありがたいこと。」
てか、お前誰だよって感じの話し方だな、淳。おいコラ。

少し食休みを取った後、午後の部が始まった。

  執事さんはどうしたのかとスズケンに聞いてみたのだが、
お父さんの用事で東京に行っていて二、三日帰ってこないのだそうだ。うーむ残念、会いたかった。
途中でお茶とケーキのおやつタイムをはさみ、なんだかんだで夕方の五時までぼくらはがんばったんだ。
おかげでだいぶ夏休みの宿題の目途がついた。できればもう少しやりたいところなんだが・・・・・そう思って口に出してみると、
同じ様な感じの者がたくさんいた。すると、お茶の道具を片付けにきていたメイドのお姉さまが静かに言った。
「奥様が、明日もよろしければ皆様をお招きしたい、と。」
これで決まりだった。
念のためスズケンにも確認すると、もともとにぎやかなのが大好きな母親なので、みんなが来るのは大歓迎だとのことだった。
ただ僕らとしては、今日の昼食の事を考えると、連日あれだけのご馳走を受けるのはまずい、
残った宿題の量もそう多くはない事だし、午後だけにしようじゃないか、と言うことになった。
スズケンいわく、母親もメイド姉さんもおもてなしをしたくてたまらないのだそうだが、
みんながそこまで言うならしょうがない、と納得してもらったらしい。

次の日の午後、人数は少し減ったが、また僕らは楽しく夏休みの宿題を片付けたのさ。
今度遊びに行く時には執事の方にもお会いしたいものだ。

帰り道。
「それにしてもスズケン、『お母様』だって。あの顔で。ねえ。」
歩きながら大竹が思い出し笑いをする。
「美穂、それはあんまり失礼・・・・・ぷふっ。」
篠宮がたしなめようとしながらも、つられて笑ってる。
「いや、でもあいつ、本当のお坊ちゃまだったんだなあ。お金持ちって、いるんだなあ。」
僕も思わずスズケンの家の地下の音楽練習室を思い出していた。
毎日あそこで練習をしていると言うスズケンだもの、あれだけ吹けるのも当然、と納得したのだった。
ていうか、本当にトランペットが好きなんだなあ。
「あいつ、マジでトランペット吹き、目指してんだな。」
と淳が言った。
スズケンの話を思い出した。
『親父は俺の事ビジネスマンにしてさ、会社を継がせようとかマジで考えてるらしいんだけど、
俺はそんな事考えたことも無かったしね。ラッパを手にしてからはそれしか頭にないんだ、俺。
一時にあれもこれも考えらんねーよ。俺そんなに頭良くねーし。
母さんは俺にはやりたいようにやれって言ってくれるけどな。』
金があってもなくても悩みはどこにでもあるってわけだ。

「じゃあね、また練習で。」
スズケンの家は三中に近いほうだったので、富士見中へ向けて皆家路を進んでいた。
ひとり、またひとりと集団の人数は減り、富士見中の前を過ぎる頃には宮上の僕と、
駒越方面の篠宮、フルートの大竹、バスクラの浅野の四人になっていた。
「あたし、こんなに早く宿題が終わっちゃったなんて、何だか不思議だやぁ。」
大竹がしみじみと言った。
「あたしなんて去年、あんなに時間があったのに、夏休み最終日はほぼ徹夜だったもんね。」
と浅野。
「篠とかって、まじめに宿題とかきっちりやってそうだよねー。」
とまた大竹。篠宮がふふっ、と笑って答える。
「やっぱそういうイメージなのかな。でも正解かな。昨日今日もやることは少ししかなかっただけんさ、
みんなといたくて。まじめって言うより、いやなことは少しでも早く片付けてのびのびしたいってのがホントのところかな。」
「さすが篠よね。そういうとこ、真似できないなあ。そういえば篠って、青石君と付き合ってるんだって?」
浅野にずばりと聞かれてひるむかと思った篠宮が平然と答えた。
「うん。」
あまりに堂々と答えられたせいか、浅野も冷やかすふうもなく続けた。
「いいなあ、そんな風に堂々と言えて。あーあ、あたしも彼氏、欲しいなあ。」
「へえ、浅野がそんな風にねえ。意外だなあ。」
と僕がとぼけたことを言うと。浅野がちょっとふくれた感じで答える。
「あたしだって女の子ですぅ。」
「ごめんごめん、そういうつもりじゃなくて。」
「じゃあどういうつもりよ!」
あちゃー、と、困った僕を見て女子たち3人は笑った。
浅野が続ける。
「ま、焦るわけじゃないんだけどさ、あんたと絵里とか、篠と青石君とか、村中とバスケの望月さんとかさ、
部長と美里先輩とかもそうだけど、周りに一杯いるじゃん、カップルが。」
大竹が引き継ぐ。
「そうそう。結構刺激が多いのよねえ。うちの学年って、誰の影響か知らないけどカップル多くない?
元をたどれば1の6、でしょ?山下君?」
「そ、そうかな。」
なぜか怒られているような・・・
「あんたっちのせいで体育館に集められたっけねぇ。」
浅野が意地悪な声で言った。そりゃそういう事もあったけどさ。
大竹がそれを受けてしみじみと言う。
「結局あたしっちはうらやましがってただけで、何にもしてなかっただなあって思った。」
「そうそう、だから今年のクラスこそってね!」
「わかる?なんかどこのクラスも気合が入っちゃってるよね。」
「今年の文化祭さあ、結構盛り上がりそうな感じじゃない?」
彼氏がどうの、と言う話はどうなったのか。
別の方向へとシフトしてゆく大竹と浅野の会話が続く中、僕は篠宮と笑顔をかわした。
篠宮がしみじみと言った。
「こういう事なのよね。」
「何がさ。」
「淳くんといい、亮君といい、一年の時に蒔いた種が少しずつ伸びて、
枝を伸ばしてきたっていうか、みんなに浸透してきたっていうか。」
「大袈裟だなあ。」
「ううん、大袈裟じゃないよ。きっとこの流れはもっともっと大きくなって、今年花を咲かせて、
三年生で大きく実を結ぶんじゃないかな。ていうか、そうしたいって思う。」
まっすぐ前を向いてそう言い切る篠宮の横顔を僕は綺麗だな、と思った。
ついつい見つめてしまった。大竹に声をかけられてはっとする。
「ああ、山下、篠に見惚れてる。絵里に言いつけるぞ〜〜〜。」
「うあああ、そ、そういうわけじゃなくて、あのさあ・・・」
篠宮が笑ってまとめてくれる。
「こういうところも含めて、絵里は惚れちゃってるんだから、しょんないよね。」
その時丁度僕のアパートの曲がり角だったので、これ幸いとみんなにさよならを言った。
みんな笑ってた。

家に着くと五時半、夕食までまだ間がある中途半端な時間だった。
テレビをつけてもどうせニュース番組とかしかやってない時間帯だ。
アニメの再放送にもさほど興味は無かった。僕は電話の前に陣取った。

無性に絵里ちゃんの声が聞きたくなっちゃってね。


【小田急線 経堂駅ホーム 夜の独り言】

うわああ。寒いっ。
十月も終盤の今、台風二十号が近くを通り過ぎていく。
今日の四時ごろが一番雨風が激しかった。今も雨はそれほどでもないが風が残る。
ホームは吹き曝しで寒いのだ。

もう十五分も電車が来ない。
早めに家を出てよかったような損したような。
あーもうっ。人がこれから夜勤に出かけようって時に台風のやつ。
野菜みたいな名前しやがって。白菜だぁ?
え?違う?ファクサイ?
どうでもいいや。

こんな時は昔に思いをはせ、脳内タイムスリップだ。
この間はどこまで思い出したっけ。
ていうか、どこまで妄想を膨らませたっけ?


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