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おだっくいLOVE
第六章 あしぶみ
【五】スパイ大作戦
九月とはいえ、今日も暑くなりそうな空だ。
雲ひとつない青空とは裏腹に、僕の気持ちは曇り空だった。
淳に昨日の調査結果を話さなきゃいけない。
あいつ、大丈夫かなあ。あの二人、どうにかなっちゃうのかなあ、などと、
考えてもしょうがない事が次から次へと頭に浮かんできてしまい、ますますどんよりしてしまう僕だった。
学校に着き、クラスにかばんを置くと、隣のクラスを覗いてみた。
淳はまだ来ていなかった。
クラスに戻ると青石が寄ってきて文化祭の事を話し始めたので、僕もつい夢中になり、
そんなこんなで学活が始まってしまった。
学活が長引いてしまったので、淳を訪ねることができず、結局午前中一杯淳と顔をあわせられなかった。
昼休み、やっと淳を捕まえた。
「やっと捕まえたよ。」
「なんだよ、俺、指名手配でもされてたっけ?」
「なんつーか、タイミングが悪くてな。」
「いや、実を言うと俺、なんとなく亮チンの話を聞くのが怖くてさ。自分から会いに行こうとは全然してなかったんだ。
そういう意味じゃ、やっと捕まった感満載でお送りしてるよ。」
「あんたには似合わないまだるっこしい表現だねえ。今の気持ち表現しまくり?みたいな。」
「へへ。まあいいや。ちょっと場所、変えねえ?」
僕らは昇降口へ向かった。外履きに履き替えて、プレハブの技術室の裏に行く。
昼休みでも、泥巡をやってる一年生がたまに迷い込むくらいで、人気(ひとけ)のない場所ベストスリーに入る。
「で、絵里ちゃん、なんだって?」
「うん。たぶん、三浦先輩がらみだろうってさ。」
細かい事は全部省いて、結論だけ言ってみた。
淳ならそれで全部分かってくれそうな、そんな気がしたから。
「やっぱな。そうじゃないかと思った。うん・・・・・」
そう一言言うと、淳は黙り込んでしまった。
あまり長い事そのまま黙っているので、泣いてるんじゃないかと僕が勘違いすると、
いきなり淳が顔を上げ、つぶやいたのだ。
「面白え。俺はこの挑戦、受けるぜ。」
「淳・・・・・・」
「今俺の脳内コンピュータは今までにないほど高速に回転してる。で、いろいろと考えていくその末にあるのは・・・・・・」
「末にあるのは?」
「麻美と俺の輝く未来だ。それしか俺には見えないッ!」
芝居がかった言い方だが、それがかえって淳らしさを際立たせていた。
「と言うわけで亮チン。詳しく話してもらおうか。」
僕が話し始めようとした瞬間、午後の授業の予鈴がなった。
「アイヤー、タイミング悪いアルね。続きは放課後、部活の後で。つーか今晩、家来ねえ?」
「すまん、今日はカレーの日だから食後おそらく動けなくなってる。部活の後、校門じゃ話せねーから、
そうだな、竜華寺の境内はどうだ?」
「じゃあそれで。」
僕らは午後の授業に間に合うよう、急いで昇降口に向かった。
部活が終わると、僕と淳は校門で立ち止まらず、そのまま竜華寺の境内へと向かった。
平日の夕方だ。参拝客などほとんど無かった。ベンチに腰掛けて話し始めた。
「前に麻美に振られた三浦先輩だけど、完全に諦めたわけじゃなかったらしい。でもまあ、思いを振り切ろうってんで、
麻美に最初で最後のデートをお願いしたらしいんだよ。で、優しい麻美が引きうけたっつーかなんつーか。って、オイ!淳、お前・・・・・・」
隣の淳を見て僕は言葉を失ったんだ。
淳が泣いてた。地面を睨む様に見つめて。その目からは涙がぼろぼろ流れ落ちていた。
僕らはしばらくの間そのままでいた。
地面に水溜りができるんじゃないかと思われた頃、淳が顔を上げて口を開いた。
「馬鹿だよな、俺。なんにもしなくても俺と麻美は大丈夫だって、絶対に切れない赤い糸で結ばれてるんだって、
勝手にそう思ってた。でも、そう簡単なことじゃないんだよな。ちゃんと時々確かめないとダメなことってきっとたくさんあるんだ。
慣れちゃって、慣れきっちゃってあいつの気持ち、ほっぽらかしにしてた。あいつの気持ちを揺るがせちゃったのは、俺だ。」
一気にそれだけ言うと、また地面を見つめなおす淳だった。
黙ったまま時間が過ぎてゆく。
でも僕は焦るでも我慢するでもなく、ただ黙って隣に座っていた。
言葉などかけたところで、一生懸命何かを考えている淳の邪魔になるだけだ。
風の具合か、中学校のグラウンドのサッカー部の掛け声が聞こえて来た。
へえ、とんびが輪を描いてる。本当にピーヒョロロって鳴くんだなあ。
日が翳って少し涼しい感じだ。九月も半ばになると違うんだなあ、
いろいろ考えながらふと淳を見ると、淳がゆっくりと顔を上げるところだった。
顔を上げるとこっちを向いてにっこり笑って言った。
「もう大丈夫だ。作戦を立てるぞ。麻美奪回作戦だ。」
そう言った淳はもう昼休みの時の淳に戻っていた。
このところずっと部活中心で動いてきた僕たちだけど、心の奥になにかむずむずするものがあるのを感じていたんだ。
それが何か今わかった。
この淳の表情だ。
いたずらを思いついた小僧がする、そんな顔だ。
すっげー久しぶりにこの顔を見る気がする。
僕たちが漠然と感じていたむずむずするもの。なんかつまんない感じ。
それは夏休み前までぼくらがしょっちゅう巻き込まれていた(ていうか自分から顔を突っ込んでいた)恋だの友情だのっていう、
自分たちの「ガキの部分」にかかわるいたずら心を刺激されるような事件に長いこと関わっていなかった、
そのことがむずむずの原因だったんだ。
「よーし。じゃあやるか、淳。」
「うん。手伝ってくれるんだろ?」
「きってんじゃん!(※)」(※決まってんだろ)
「明日から情報収集だ。スパイ大作戦と行こうじゃないか。」
「了解。フェルプス君。直このテープは・・・・・・」
「自動的に消滅する、と。」
僕らは顔を見合わせて笑った。さあ、明日からまた楽しくなりそうだ。
次の日、僕らは作戦を開始した。
その名も「麻美奪回丸秘大作戦」。
奪回も何もまだ三浦先輩に奪われたってわけでもなんでもないんだけど、
そのほうが燃えるとか淳が言うのでそうなった。
手始めに情報収集。
バスケ部のやつらを中心に情報を集めることにした。
しかしながら、僕や淳が直接動くと、あっという間に望月に動きが伝わって御用となることはわかりきっていた。
そこでぼくらはスパイを使うことにした。
口が堅くてしかもこういうことが好きそうなやつ。
僕のクラスの男子バスケ部員の一人、堂本。
次期バスケ部部長とも言われている実力者なのだ。
こいつとは何かのきっかけで話したときに、テレビ番組の嗜好が似ているということがわかり、
それ以来よく話すようになっていた。当然スパイ大作戦の大ファンでもある。
「男子部員の中でも三浦先輩の告白の件って、結構知られてんだろ?」
「そりゃもう、知られてるなんてもんじゃないよ。『淳のやつ、かわいそうに』なんていうやつもいてさ、
今うちじゃあ一番の話題だ。望月が果たして落ちるかどうかってね。」
「でな、堂本。僕としちゃ窮地に立たされた淳を何とかして救ってやりたいわけよ。でもさ、僕が表立って動いちゃ、
すぐに望月に感づかれて、淳の立場ん無くなっちゃうだろ?だもんで、お前にいろいろ探ってもらいたいだよ。」
「面白くなってきたな。俺にできることなら手伝うぜ。何を探りゃーえーだね。」
「今度の日曜、三浦先輩がどこに行こうとしているのか。時間もわかるとええな。
あと、できれば先輩がどのくらい本気なのかまでわかるとすっげーありがたい。」
「よーし、まかせとけ。時期部長候補として三浦先輩とは二年で一番近いところにいるんてな。
で、当然このことはほかのやつには秘密、と。」
「ありがたいね。堂本ならやってくれると思ってた。で、報酬なんだが・・・・・・」
「馬鹿言うな。この件に関われること自体が俺にとっちゃ報酬だ。」
「『うちの』の焼きそばパン、カレー味でもか?」
「むっ・・・・・・しょうがねえな、どうしても受け取れというなら受け取るぜ。」
「土曜の昼飯は俺たちが用意してやるから、弁当無しだ。いいな?」
「オーケーわかった。」
「確かお前、パンには牛乳なしではいられないんだよな。」
「うむ。さすが村中と山下、情報網は確かだな。」
「じゃ、頼んだぜ。」
「おう。金曜までには必ず情報を渡すんて。待っててくりょお。」
握手で別れた。堂本のやつ、ノリノリだったな。
部活に向かいながら思い出し笑いをする僕だった。
部活が終わって淳と話をしたが、淳のほうも情報網を駆使し始めたらしい。
二年一組がらみで攻め始めたとのことだ。
一年のとき同じクラスだった上田純子がスパイ役を引き受けてくれたらしい。
「元六としては麻美と淳のカップルを壊すわけには行かない。三浦先輩には悪いけど、麻美は渡さないわ。」
と言ってのけたという。相変わらず淳は人の目利きがうまい。
「上田にさ、しょろくたしてんじゃないよ、がんばりなさいよ!とか言われちゃったよ。」
とテレながら言う淳だった。
部活が終わった望月が校門会議に合流する。
おとといとは違って実に自然だった。
僕も淳と目配せなどしない。
あくまでもいつもどおりに振舞うのだった。
絵里ちゃんだけがいたずらっぽい目でそんな僕らを眺めていた。
木曜の昼休み、堂本が僕のところへ来て、情報収集ができた旨を伝えてきた。
放課後改めて淳を交えて報告会を持つことにした。
部活終了後、ぼくらは例によって竜華寺の境内に集合した。
「で、堂本。どんな感じだった?」
興味深々で僕が聞く。淳は以外に冷静な感じだった。
「うん。場所だけど、静岡に出るそうだ。まずはじめに七間町で映画を見るらしい。見るのは『ジョーズ』だ。
うん、ロードショーじゃないぶん、安いんだ。映画を見た後、駿府公園でのんびりして、新静岡センターでショッピング、
で、静鉄で新清水まで移動してバスで帰る。」
僕は感心して言った。
「細かいねえ。よくそこまで調べたなあ。」
「三浦先輩、なんかすっげー楽しそうでさ、つっついたら何でもしゃべったよ。」
淳がすかさず尋ねる。
「で、三浦先輩の気持ちとしては?」
「うん。そこなんだけど、どうも先輩、今回のデート以上のことは望んでいないみたいなんだ。当然淳のことも知っててさ、
『それでも僕なんかの相手をしてくれるんだから、望月さん、優しいんだな。ていうか、彼氏の淳君の懐が広いってことなのかな?』だとさ。」
僕はちょっとほっとした。そういうことなら、と淳のほうを見ると、淳は真剣な顔をして何か考えてる感じだ。
「どうした、淳?何か引っかかることでもあんのか?三浦先輩がそんな調子だったらお前、心配するようなことは・・・・・・」
「いや、だとすれば別の心配事が生まれる。パターンBだ。」
堂本が怪訝そうに尋ねた。
「どういうことだ?だって、三浦先輩が純粋に『記念に』って思ってるなら問題ないじゃん。」
「麻美の気持ちが、だ。この前、『何の用事?』って聞いて答えられなかったってことは、なにかしら後ろめたい気持ちがあったからだろ?
あいつに少しでもそんな気持ちがあって、三浦先輩にはないとすれば・・・・・・」
僕ははっとした。そうか、望月が傷つくことだってあり得る・・・・・・
「そうさ。あいつが傷つく必要なんてまったくないんだけどね。あいつが万一にでも傷つくようなことがあれば、
それは回りまわって俺のせいだろ?俺がしっかりあいつを捕まえていればあいつの気持ちが揺れるようなこともなく、
俺たちがばたばたする必要もなかった。三浦先輩だってそんなつもりでいるなら責任なんてない。
本当は、麻美に『というわけで今度三浦先輩とデートするんでよろしく!』とか直接言ってもらいたかったとこだけどね。ということはだ・・・・・・」
僕が引き継ぐ。
「うん。ここで作戦終了、というわけには行かなくなったな。」
「乗りかかった船だ。最後までつき合わせてくれるかい?」
そう尋ねた堂本に、僕らは大きく頷いた。
金曜日の放課後、上田純子に聞いた話もほぼ堂本の話と同じだった。
先輩に近い分、堂本の話のほうがより詳しくはあったが、
女子同士のネットワークとはかくも結びつきの強固なものか、というくらいに詳しい内容だった。
土曜日、部活がいつもより少し早めに終わったので、作戦会議のため、僕らは淳の家に向かった。
堂本も自分の部が終わったあと、合流することになっていた。
「でな、今回の作戦の目的だが」
淳が話し始める。
なぜかその向こう側には幸利がいて、ただいつものとおりに淳の部屋で漫画を読んでいる。
こいつのマイペースぶりには頭が下がる。
「麻美が傷つくことを阻止することだ。つねにあの二人を見守り、万一麻美が自らを傷つけるような行動に出るようなことがあれば、
全力でこれを阻止する。当然、三浦先輩が突然その気持ちを翻し、麻美に迫るようなことがあればこれも阻止だ。」
「でもさ、実際、ふたりに気づかれずに後をつけるなんてできると思うか?専門家でもない俺たちに。」
「できるかどうかじゃない。やるんだ。気づかれちまったら・・・・・・そん時ゃそん時だ!」
部屋をノックする音がした。堂本だ。
「わりいわりい、遅くなった。で、話はどうなってる?」
「今どうやって二人に気づかれずに尾行するかって話してるとこだ。」
「そりゃあれだな。場所と時間で担当を決めて分担して尾行するようにすればいいんじゃないか?
何かあったときに連絡係と追跡係に分かれられるよう、できれば複数で分担したいな。人数も増やしたいところだ。
一応時間とコースはほぼわかってるけど、完全にその通りになるかどうかもわかんないじゃんねえ。
ある程度の人数で張ってないと、ホシは追えないぜ、きっと。可能なら男女混ざってた方がいいな。何とかならないか?」
堂本の提案にちょっと驚く僕たちだった。相当好きだな、こいつ。
「そうだな、上田に聞いてみよう。」
と淳。
「絵里ちゃんと、あと青石とか手伝ってくれるかも。」
と僕。
「後輩に事情を話せばやっぱり二、三人は手伝ってくれると思うぜ。」
とは堂本。
「よし、じゃあ、それぞれ連絡を取ってみて、最後にまとめよう。ちょっと時間がかかりそうだから、飯俺んちで食っていかねえ?」
「おう、じゃ、家に電話してみるわ。」
僕の家も、堂本の家もOKだった。
僕らはそれぞれの伝を頼って連絡を取ってみた。
その結果、僕らを含めて全部で八人が今回の作戦に参加可能となった。
「九人だ。」
幸利がぼそっと言った。淳がにやりとする。つーか幸利、話聞いてたんだ。
「手分けするならみんなの連絡をまとめる中継基地が必要だろ。オラがここにいて中継してやる。」
「すげー助かるけど、いいのか?一日俺の部屋で待機だなんて・・・・・・」
「コレがあるから。」
幸利はそう言って「エースをねらえ!」の単行本を振ってみせた。
傍らにはジャンプやらマーガレットやらの漫画雑誌と関連の単行本が山になっている。
そう、淳の部屋は漫画図書館といってもいいような場所でもあるのだ。
僕らは笑って幸利に感謝した。
幸利のお父さんが持っているトランシーバーを借りられるとのことだったので、淳と堂本、僕が持つことにした。
で、中継局たるこの部屋に定時連絡を全員に入れさせる。
何か大切な情報があれば幸利が残りのメンバーに伝える。
二人一組になって行動することにした。
組み合わせは僕らで決めて、それぞれの分担場所も決めた。
明日の集合は午前九時。新清水駅だ。そこで最終打ち合わせをしてから、それぞれの分担場所に移ることになった。
以上、決まったことをメンバーに連絡して、今日の作戦会議は終わった。
はたしてこの作戦、吉と出るか凶と出るか。
まったく見込みがないまま、でも妙にワクワクドキドキした気持ちを残して、僕らは家に帰った。
「で、あたしっちはどうしたらええの?」
翌日、僕らは新清水駅前に集まってその目を期待で輝かせていた。
集合したのは僕と淳、堂本。上田純子と絵里ちゃん、そして青石。
「うん。じゃあみんな聞いて。まず堂本と青石、七間町組だ。映画館で張って、ターゲットが入場することを確認し、退場まで待つ。
退場を確認したら尾行開始だ。君らが一番難しい役かもしれないね。それまではどこにいてもいいけど、定時連絡だけは忘れないで。
次に淳と上田。まっすぐ駿府公園に行ってくれ。予定ではイチサンマルマル時にターゲットは到着するはずだ。
で、僕と絵里ちゃんは駿府公園から新静岡まで、ターゲットを尾行することにする。堂本の後輩の柴田君と茂田井君は
新静岡にイチヨンマルマル時までに行くことになっているから大丈夫。じゃあ、まずは新静岡まで移動。
それぞれの行動開始時間までを有意義に過ごしてくれ。」
僕らは静鉄電車に乗り、新静岡を目指した。
途中、ついつい電車の中なのに声が大きくなってしまう僕らだったが、そのつど上田に注意されるのだった。
そうそう、こいつは去年からこうだった。一年の最初から生活委員で、今もそうだ。
廊下で走っている先生をさえ注意する女として有名なのだ。
ま、きょうはそんな上田も目は笑ってるな。
淳もみんなと一緒に笑っているように見えたが、目は笑っていない。
目が合うと、決意の光みたいなものが見えた気がした。
新静岡に到着した。