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おだっくいLOVE
第二章 ともだち
【十】二学期期末テスト前後
十一月も終盤、北風が徐々にパワーアップしてきた。
いよいよ来週から期末テストだ。
この土日は最後の仕上げ、勝負の時だな、
なんてちょっとヒーローっぽく格好つけていた土曜の昼過ぎ、家のドアチャイムが鳴った。
はいはーい、どちらさま?とドアを開けて、
「!」
僕は三秒間絶句した。
「え、絵里ちゃん、どうしたの!」
「勉強しに来た。」
何が起きたかよくわからなかった。
何の前触れも無く、いきなりうちに絵里ちゃんがやってきたのだ。
以前に絵里ちゃんから、友達宣言をもらって以来、忠実によきライバル、よき友人として振舞ってきた僕にとって
これはどう理解していいのかわからない出来事だったんだ。
「どうしてもわからないところがあるの。亮介君、理科得意だっけしょ。」
そういうことか。ま、いいや。
なにしろ絵里ちゃんと二人きりで勉強できる機会なんてそうそうあるわけじゃないし。
絵里ちゃんが首をかしげて僕を見ている・・・・・・
あ、そうか。
「とりあえず上がって。どうしよう、とりあえずリビングでいいかな。」
自分の部屋は片付けなければ女の子を招き入れられるような状態じゃないことを思い出した。
「こんにちは、お兄さんにはいつもお世話になっています。」
誰に挨拶を?と思ったら双子が目を輝かせて部屋から顔を出していた。
いいからお前たちは引っ込んでろ!双子の部屋のドアを閉める。
絵里ちゃんをリビングに通してとりあえずお湯を沸かした。
どうしよう、自分の部屋の掃除なんか始めたら何時間かかるかわからないな。
ここでいいかあ。
僕の家のリビングには5人家族でもゆったり出来るようなダイニングテーブルがあり、
自分自身、よく深夜放送を聞きながらここで勉強したりするのだった。広くていいんだ。
絵里ちゃんをダイニングテーブルにつかせて、紅茶を淹れ、出してあげた。
意識したわけじゃないけど、絵里ちゃんの横に座る。
「理科の何、どこがわかんないって?」
「本当にあたし、文化祭の後ぼーっとしてて、ちょうど【酸とアルカリ】のところがすっぽりぬけちゃってたっけー。
亮介君、そのあたり大丈夫?」
「大丈夫だよ。どうしよう、問題出して答えてもらう感じでいい?」
「そうだねー。そうしてくれるー?」
「じゃあ、基本ね。水溶液にしたときに、酸性になる物質が酸で、アルカリ性になるのがアルカリだ、ってことはいいよね?」
「うん、大丈夫。」
「じゃあ、今から言う物質を水に溶かしたときに、酸性になるか、アルカリ性になるか、中性になるかを言って。」
「わかった。」
「じゃあね、まずは石鹸。」
「石鹸―?えーと、中性?」
「ブブー。残念。アルカリ性。次はー、塩化水素。」
「酸性?」
「正解!じゃあね・・・・・・」
てな感じで勉強会は続いた。いい感じで進めていると、
「おじゃましまーす。」
双子が乱入してきた。
「何だお前たち。勉強の邪魔だぞ。あっち行ってろ。」
「おやつの時間ですー。」
二人が恭しくささげ持ったお盆にはおいしそうなケーキと僕の好きな草加せんべいが並んでいた。
どういう組み合わせだ。
「ケーキはお姉さん、せんべいは亮介兄ちゃんでーす。」
「へえ、亮介兄ちゃんって呼ばれてるんだ。おふたりさん、ありがとう。お名前は?」
「康介です。」
「菜摘です。」
「康介君に菜摘ちゃんかー。栗崎絵里です。よろしくね。」
「よろしくお願いします!」
ステレオだ。
「亮介兄ちゃんを末永くよろしくお願いしますね、お姉ちゃん。」
末永くって、絵里ちゃんはそんなんじゃないの。それに、お姉ちゃんとか馴れ馴れしい!
「いいじゃない。かわいい兄弟ね。五年生?しっかりしてるのねー」
こいつらは外ヅラが良くてね。内心兄弟がほめられて悪い気はしていない僕だったりして。
「おまえたち用が済んだら部屋に戻りなさいよ。」
またまたステレオで返事が返ってきた。
「はーい。」
いつまでもニヤニヤしてないで早く行けっつーの。
和やかに勉強会は進み、一応絵里ちゃんの理科における不安要素はなくなったようだった。
「今日は本当にありがと。わりいっけね、突然で。ところで、ご両親は?」
「今日はボウリングの練習に行ったきり帰ってきてないんだ。」
「へー、ボウリング?ご夫婦で?」
「北海道時代からずっとハマってるよ。僕もその影響でちょっとはやるけどね。最近はしばらくやってないな。」
「期末が終わったらみんなで行かない?」
「ボウリング?いいねー。行こうか。」
「決まりね!また楽しみが出来た。じゃ、あたし帰るね。あさってからの期末、がんばろうね!」
「うん、じゃあまた!」
ドアが閉まったとたんに双子が飛び出してきた。
「ねーねー、栗崎さんって兄ちゃんの何?恋人?」とか言ってうるさいうるさい。
この分では夕食時の話題はこれ一色になりそうだ。そんな時の両親の反応も大体予想できる。
でもなんでいきなり一人で・・・・・・
双子がいなかったら、二人っきりだったんだ。何か事件が起きていたかな?
次の瞬間首を振っていた僕だった。
そして期末テストが始まった。
例によって全教科を三日間で消化するので、その日の組み合わせによって結構大変だったり楽だったりする。
今回の場合、
初日 ―社会・数学・技術家庭科
二日目―国語・音楽・保健体育
三日目―理科・英語・美術
人それぞれの得意不得意で重い軽いが決まるんだ。
僕にとってはまあまあの組み合わせかな。
(この場合、二日目が僕には軽めになるわけだ。)
社会は問題なくクリア。
数学もほぼ問題はなさそう。
技術家庭科も、まあまあかな。
国語の漢字の書き取りで一つ確実に間違えた。完璧のぺき。壁にしちゃった。
音楽は吹奏楽部員としては落とすわけには行かないので満点宣言。
保健体育では、またしても体育教師の遊びが発覚。
今回の解答は「コウチヨウミスムシ」校長は水虫だって。
まじめに答えを考えるより、選択肢を意味の通るように並べ替えた方が早そう。ホントにいいのか?体育教師。
理科の時間は、解答を書きながら、絵里ちゃんと過ごした土曜の午後を思い出してニヤニヤしていたらしい。
試験監督の先生に「山下、大丈夫か?」と聞かれた。
英語は問題なし。いつものうっかり間違いさえなければ大丈夫だと思うが・・・・・・
美術の最後の問題が、「利き手の反対の手を描きなさい。」こればかりは先生の主観にゆだねるしかないので結果がわからない。
と言うわけで三日間が何とか終了した。
クラスのみんなも何とか取り戻したやる気のおかげでそこそこ出来たみたいだ。
「亮介君、村中君、部活に行こう!」
絵里ちゃんが早速声をかけてきた。
久しぶりの練習だ。がんばろうっと!
そういえばいつのまにか「山下君」から「亮介君」に呼称が替わっている。
これって、出世?
ちょっとは近くなってる?
友達以上恋人未満・・・・・・ってか!
イヤイヤ、調子にのんなよ、自分。
吹奏楽部も代替わりをした。
前にチラッと言ったけど、先日の文化祭の演奏をもって三年生は引退となっていた。
「たまに練習に来させてね。」
元部長の斉藤さんが笑顔で僕らに言ってくれた時、胸の奥がキュンとした。
いや、恋しくてとかそんなんじゃなく、なんか寂しい気持ち。
カルテットと呼ばれた首脳陣をはじめとして、吹奏楽部の三年生には勉強のできる人が多いらしく、
半分くらいは東高を目指しているらしい。
トロンボーンの元パートリーダー、木下先輩は実のところ定期テストでは毎回学年で五番以内をキープしている秀才だったりするし、
カルテットのほかのメンバーも常に十番前後をキープしているんだそうだ。
部活と勉強の両立か。やっぱりすごい先輩達だ。あんなふうになりたいな、と改めて思った。
カルテットの後を引き継いだのが、二年生の新首脳陣だ。
部長はアルトサックスの杉山明彦先輩。
カルテットの大西先輩に雰囲気の似た二枚目のクールガイだ。
副部長は二人。
ユーフォニウムの海野桜子先輩。おかっぱ頭の似合う和風美人だ。
ホルンの望月正治先輩は、見た目はどすこい系。
性格は沈着冷静で、成績も優秀。まん丸メガネがトレードマークだ。
生徒指揮者は我がトロンボーンの渡部美里先輩。
不思議系のはいったアニメの世界から抜け出したようなかわいらしい先輩だ。
ただ、しゃべるとその世界観は一変する。男言葉なのだ。三年の吉成恵子先輩に心酔していたらしい。
学年が一個違うだけでずいぶん印象が変わるもんだなあ、と思った。
三年の先輩達は雲の上の存在って感じだったけど、二年の先輩達はもっとずっと近くの存在だった。
で、そんな二年の先輩達もとっても仲がよくて、いい感じなんだな、これが。
美里先輩にそんなことを伝えてみると、
「うちの部って、ずっとこんな感じだったらしいぜ。先輩達の仲のいいところを見て、自分達もああいう風に、ってみんな思ったみたいだな。
中にはそりゃ合わない人もいたりするこたあるだけーが、とにかくいつも一生懸命やってるもんで、
くだらない人間関係のトラブルなんてやってらんないみたいなところもあるんてな。」
と言う答えが返ってきた。
なるほど、そういうことなんだ。
人間関係のトラブルもないことはないけど、そんなことで悩んでる暇なんてないよ、くらいに忙しいところなんだ、ここは。
てことは僕らもこれからはどんどん・・・・・・
「そりゃそうら。代替わりしただんてあんたっちも今までみたいにしらっくらしちゃいらんないだからね。たっぷり可愛がってやるから。」
もともと静岡弁って、男女の区別がつきにくい感じがしてたけど、美里先輩がしゃべるとその境目が余計わかりにくい。
この期末明けから僕ら一年生に対する部活での先生や先輩の態度が明らかに変わった。
練習が厳しくなった。内容も、時間も。
大変だなあとは思ったけど、今までの「お荷物感」がなくなった分、僕たちは逆にちょっとうれしかったりもしたんだ。
「結構疲れたな、今日の練習。」
「うん、久しぶりってのもあったけーが、練習の内容自体が明らかに変わった。ていうか、先輩達と同じになった。」
と淳。
「そうだよねー。なんか、『お荷物』『お客様』って感じが無くなっていい感じだっけよねー。」
と、これは絵里ちゃん。
「唇が痛い。」
とはスズケン。それはあれだ、アンブシュア※が悪いんじゃねーの。
(※アンブシュア―マウスピースを口にあてるときの位置。これが悪いといい音が出ないし、疲れる。スズケンはトランペット。)
「いや、じつは口内炎ができてな。なかなか治らないんだ。」
じつはスズケンは一年生にしてはいい音がすると、先輩に可愛がられていたりするのだった。ははは、ごめんごめん。
僕らもだんだん「中学生らしく」「吹奏楽部員らしく」なってきたみたいだね。
そんなこんなで色々あった二学期も終わりを迎えた。