Many Ways of Our Lives

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おだっくいLOVE 番外編その8

スズケン
【四】 スズケン 大舞台に挑戦する!

二年生になって、オレはまたブー太と一緒のクラスになった。

実は今、川口とブー太は付き合っている。

簡単に話すと、一年の冬休みに、オレとブー太と田中と川口で、ヤングランドにスケートに行ったんだけど、その時以来、どうも川口の気持ちがブー太に
傾いたらしくて。まあ、オレもオレで川口に対しては、いい部活仲間、パート仲間以上の気持ちは持てなかったしね。なんてったってラッパが恋人だからさ。
あのスケートのときのブー太はホストとして完璧だった。(企画自体もあいつの立案だし。)誰に教わったのか知らないけど、スケートがめちゃ上手くて、
また川口(だけじゃなく、田中にも)に優しい優しい。それもすっごく自然な感じで。

後でいろいろブー太に聞いたら白状したよ。
裏でパーカッションの村中が動いたらしい。
あの影のコーディネーターがいろいろとブー太に教え込んだらしいね。
ホント、好きだねえ、そういうことが。

ま、おかげでオレもラッパに集中できるっつーもんだ。
「ちょっと寂しかったりするんじゃないの?」
と田中がにやりとして言う。
「な、何言ってんだよ。オレはあの二人を祝福してますぅ。」
二年になってから田中とは馬が合うな、と感じている。最初のイメージよりも明るくて、すごく自然に話ができるやつだ。川口とブー太の件でも、いろいろと川口の相談に乗ってやっていたみたいだし、面倒見もいい。一年生からも信頼されている。

今年のトランペットパートは、山野先輩を中心としてものすごくまとまっている。田中、川口も技術的にものすごく伸びてきた。そりゃそうだ。口幅ったいが、
オレや山野先輩の音を毎日聞いてるんだもんね。楽器の練習に関しては、正しい練習方法でまじめにこつこつやることも本当に大切。けど、いい音をよく
聞いていて、そのいい音をイメージして練習するとずっと伸びが早いんだ。
既にかつて無いほどの最強トランペットといわれている。

一年生も結構いい面子で、来年も多分強力トランペットパートは存続できるだろう。て言うか来年は史上最強のトランペットパートになることは間違いない。

で、今年のコンクールの曲が決まった。
今年の自由曲は、なんと、ショスタコービッチの「祝典序曲」!
冒頭のトランペットのファンファーレ!
おいしい所満載!

「鈴木、今回のパート分けなんだが、ちょっと相談に乗ってくれるか。」
楽譜が配られたその日、山野先輩に呼ばれた。いつもパートわけはパートリーダーにお任せだったので、どうしたんだろう、と思いつつ、先輩のもとへ。
当然ファーストは山の先輩だと思っていたし、何を相談することがあるのかな、と思った。すると、
「今回のファースト、お前に任せたいと思うんだが、どうだろう。」
「なるほど、ファーストがオレで・・・・・・って先輩!何を言ってるんですか!オレにそんな大役・・・・・・まだ早いっすよ。」
「いろいろ考えたんだ。普通にオレがファーストをやってもいい。でも最近のお前の音を聞いていて、音色が変わってきたのを感じてな。華やかになってきている。
あの音を一番上に乗せたい、と思ったんだ。それに、多分オレは二十回吹いて、十九回は当てられる自信がある。でもお前なら二十回中二十回当てられるんじゃないか と思っている。それだけ正確さが増してきてるよ。ある意味もうお前はオレを超えている。」

オレは自分の耳を疑った。
山野先輩からこれだけのことを言ってもらえるなんて、こんな嬉しい事があるだろうか!
この期待に応えなければならない。オレは心からそう思った。

「ありがとうございます、先輩。オレ、やってみますよ。」
「よく言ってくれた。俺もな、自分だけそう思ってるんじゃ困ると思って、実は先に小志水先生に相談してみたんだ。先生も同じ意見だと言ってくれた。いいな、鈴木。自信を持ってやれ。四中トランペットパートの力を見せ付けてやろうぜ。」
「ハイっ!」

胸が熱くなるのを感じた。

家に帰って、練習室に籠り、改めて山野先輩に言われたことを反芻する。
あの時は勢いで引き受けてしまったが、よく考えると大変なことを請け負ってしまった。冒頭のファンファーレでファーストがこけたら、もう曲はだいなしだ。
その後どんなにいい演奏ができたとしても、イメージは悪い。(プロの審査員にそんな事言ったら失礼かな。)ものすごい大役だ。背負うべき責任はあまりにも
大きいのだった。

「坊っちゃん、いかがなさいましたか?ずいぶん長いこと固まってらっしゃいますが。」
執事の中村の声で我に帰る。中村は僕が練習室で練習していると、時々練習を聞かせて欲しい、と中に入ってくるのだ。
「学校で何かありましたか?」
優しく深い声で聞かれると、ついつい答えてしまうんだよなあ。
「うん、実は・・・・・・」
コンクールの自由曲が決まったこと、その冒頭にトランペットのファンファーレがあり、ファーストパートを任されてしまったこと。任されるに際して山野先輩からいろいろ言われたことを気がついたら全部中村に話していた。

「左様でございましたか。これはありがたいことです。」
「ありがたいこと?」
「左様でございます。坊っちゃんの努力と才能が認められたこと、また、それを認めてくれる先輩や指導者がそこにいること。そして何より、この先の坊っちゃんの音楽のレベルを引き上げてくれるであろう試練の場を与えてもらえたこと。滅多にある事ではありませんぞ。ぜひこの機会を有効に活かして頂きたい。楽しみでございますな。」
中村が心からそう言ってくれているのがわかった。いつも親父の代わりに優しくオレを見守ってくれている中村だ。
「そうだね。うん、オレ、頑張るよ。山野先輩や小志水先生の期待にも応えたいし、中村や南、父さん母さんにもオレの音、聞いて欲しいし。よし、やるぞ!」
中村がうれしそうに頷いた。

気がつけばコンクールまであと二十日を切っていた。
曲もだいぶ仕上がってきている。
今日は金管分奏で徹底的に冒頭のファンファーレを吹かされたあと、合奏で最後のファンファーレからエンディングへの流れを徹底的に吹かされたため、もうへとへとだった。

それでもオレは頭の音をはずさなかった。

練習が終わり、オレたちは校門の所でだべっていた。もとはと言えば山下と栗崎の付き合っている二人が、帰る方向が違うもんでしばらくそこでおしゃべりしてから帰るようになったのがはじまりだったけど、いつ頃からか、なんとなくそれがみんなの習慣となっていたんだ。

「スズケン、お前、よく祝典の頭はずさねーよな。普段のお前からは考えられないカッコよさだぜ。」
村中がほめてくれた。
普段のオレならふざけて「何をおっしゃいますやら」とかごまかすところだが、ことトランペットに関しては冗談は言わない。
「命かけてるから。」
そう真顔で答えてしまい、村中にちょっと引かれてしまったようだ。

最近はブー太、川口、田中と四人でまとまって帰ることが多い。で、四人で帰ると、自然、ブー太は川口としゃべりながら帰ることになり、いきおいオレは田中と喋っていることになる。でもそれで悪い気はしない自分がいることに、最近気づいたんだけどね。
「本当にスズケンの音、変わったよね。なんて言うの?華やかになったっていうかさ。」
なんとなく話し始める田中。
「そうか?自分ではよくわかんないけど。でも、山野先輩にもそんな事言われたことがあるから、あながちその意見も間違っちゃいないんだろうな。」
「ほんとにあんた、山野先輩命ねえ。山野先輩の言うことなら何でも聞いちゃうんだ。」
は?何言ってるんだこいつは。別に山野先輩がどうのこうのという場面じゃないだろ、ここは。
「あたしの言葉は信用できないってわけ?」
何をすねてんだこいつは。何が言いたいんだ?
「もういいっ。山野先輩とだけ仲良くしてりゃいいじゃん。」
川口が助け舟を出してくれた。
「はいはい、そこ、喧嘩しない。チームワークがとりえの我がトランペットパートに波風立てない。恵、いい加減にしなさいよ。ごめんね、スズケン。恵、ちょっと虫の居所が悪いみたいで。」
「いやべつにオレは・・・・・・田中、オレ、べつにお前の言うこと軽く聞いてるわけじゃ・・・・・・」
「いいって言ってるでしょッ!」
そう言い放つと、田中は一人で走り出した。
「恵!」
川口が呼んでも振り返らず、田中はどんどん離れていく。
「ブー太ぁ。後で電話するんてやあ。」
「うん、わかった。じゃあまた。」
「うん、バイバイ。スズケンも!」
「あ、ああ。バイバイ。」
川口が田中を追いかけていった。

田中、真っ赤な顔して、なんか泣いてたみたいに見えた。
アネゴ肌でクールなイメージを勝手に作ってたから、こんなに激しい田中を見せられて、ちょっとショックだった。
なんか取り残された感じになっちゃったオレだった。ブー太が口を開く。
「田中、ずっと我慢してたのがはじけちゃったみたいだね。」
こいつは何を言ってるんだろう。
「どういうことだ?」
ブー太がオレを可哀想な人を見る目で見やがって言った。
「まだ分からないの?ほんと、こういうことには無頓着というか、鈍いというか、トランペット馬鹿というか・・・・・・」
なぜオレがそこまで言われなきゃならんのだ、と食って掛かろうとしたその時、やっと分かった。
「そうか、もしかして田中・・・・・・」
「そのもしかしてだよ。絵美ちゃんから聞いてたんだけど、口止めされてたから今まで黙ってた。田中、絵美ちゃんががスズケンを気にしてた頃から、ずっと好きだったらしいぜ、スズケンのこと。でさ、二年になってから結構いい感じだったじゃん。あんたは別に意識してなかったかも知んないけどさ。彼女としては鈍感なあんたにも少しは気づいて欲しかったんじゃないのかなあ、あんたへの気持ちを。」
「そんな事言われたって・・・・・・。超能力者じゃないんだから、黙ってちゃわかんないだろうが。それに・・・・・・べつに口に出さなくたって、一緒にいて喋ってて楽しくて、悪くないって感じがしてるんだから・・・・・・つーかなんて言うの?ほれ、えーと・・・・・・」
ブー太がニヤニヤしてやがる。
いつの間にそんなにお前が優位に立ったんだ。
「田中のこと、好きなのかい?」
そういう顔して聞くんじゃねえ。
田中のことをオレが好きかって?オレが?田中を?どうなんだ?

「好き・・・・・・なんじゃねーかな・・・・・・」

ブー太。いいからその笑い顔をやめろ。でもいいのかよ、田中のこと、オレにばらしちまって。川口に怒られるんじゃねーの?
「大丈夫だよ。スズケンは告げ口するようなやつじゃないもの。田中があんたの事好きだなんて知らないふりしてまた明日からちゃんとやってくれるはずだよ。」
よく分かってるじゃないか。くやしいけど、その通りだ。
「で、どうすんのさ。」
「どうって、何を?」
「田中にいつ、どうやって告るの?」
「ほっとけ。んなこと、好きなときに好きなようにやるわい。でもあれだ、田中の気持ちが分かっちまった以上、あんまり待たせるようなことはしないよ。ま、告ったところで、オレたちの関係が今とそう変わるとは思わないけどな。」
「それは別にいいんじゃない?田中にとっては、気持ちが通じたってそのことだけできっと嬉しいんだから。必要以上にべたべたすることはないし、無理に他のカップルみたいな真似する必要も無いんだし。ほれ、山下と栗崎んとこみたいに。」
「なんでそんなことが分かるんだ。つーかその、『カップル』って言い方が好きじゃねえ。」
「はいはい、あんたはやっぱりちょっと変わってるよ。トランペット馬鹿だよ。」
「うるせーよ。」
ブー太とオレは顔を見合わせ、吹き出した。

それにしても、ブー太が田中の気持ちをあんな風に理解するとは。これも川口とのお付き合いの成果のひとつなんだろうか。
もともとブー太は気を遣えるやつではあるけどね。

次の日、いつも通り、四人での帰り道。なんとなくみんな無口な帰り道。
いつものT字路でオレがみんなにさよならを言おうとしたその時だった。
田中が真っ赤な顔をしてオレの袖を掴んで言った。
「スズケン、昨日は・・・・・・ごめんね。なんか一人で勝手に興奮しちゃって。スズケンにとっての山野先輩の存在がどんなものか、ホントは分かってたんだけど。
あんな言い方するつもり、無かったんだけど・・・・・・」
「オレの方こそ、ごめんな。」
「何でスズケンが謝るの?悪いのは私なのに。」
田中の真っ赤な顔を見て、なんか胸にこみ上げるものを感じたんだ。
「いいや、お前は悪くないよ。悪いのはオレだ。オレが鈍感過ぎて、お前のこと泣かしちゃった。」
「スズケン、何言ってるの?」
田中が顔を上げてキョトンとしてオレを見つめる。
ブー太が期待に満ちた目でオレを見つめる。
川口が耳をダンボにしている。
「もうちょっと待ってから、とか思ったけど、今ここでちゃんと伝えとくよ。オレの勘違いだったら笑ってくれていいから。オレ、田中のこと、好きだよ。」
言っちまった。
田中の目が丸くなる。そのまま涙があふれるのが分かった。
田中はうつむいて、応えた。
「あたしも。」

川口が田中に抱きついた。
「よかったねー、恵!災い転じて福となす、とはこの事だね!」
田中が泣きながら笑ってる。川口、例えが渋いぞ。
「田中、オレ、トランペット馬鹿だから、気の利いた事言ったりとか、お前のして欲しいこと先回りしてやってあげたりとか、きっとできないし、たぶん、気持ちを伝えたからって、いままでとそう変わった付き合いはできないと思うんだ。だから・・・・・・」
「いいから。あたしだってスズケンにそんな事期待してないから。今まで通りでいいよ。気持ちが通じただけで、それだけであたし、嬉しくて・・・・・・」
また泣き出しちまった。川口、後は頼む。
「じゃあ、オレはここで。田中、これからもよろしくな。」
泣きながら頷く田中だった。
川口がウインクして「後は任せて」と言っているようだった。
ブー太はニコニコしてそんな二人を眺めている。

何かスッキリした。
明日からまた、頑張るぞ!

次の日から、なんとなく田中との間に暖かい空気が流れるのを感じながら、今まで以上に練習に励んだんだ。
「鈴木、なんかウチのパート、前よりもいい雰囲気になって来てる気がするんだが、お前、どう思う?」
山野先輩に聞かれて、
「はい、僕もそう思います。」
と、ぬけぬけと応えたオレだった。

夏休みに入り、いよいよ吹奏楽漬けになっていくオレたちだった。
本番前のリハーサル練習では、びっくりするような素晴らしい祝典序曲が出来上がった。
やるだけのことはやった。

そして地区大会本番を迎えた。
学校に朝早く集合して軽く音出しをし、楽器をトラックに積んで、オレたちはバスに乗り込んだ。揺られること四十分、会場の駿府会館に到着した。

楽器を出して整列、高校生のお姉さんの引率で小ホールへ。簡単にチューニングを済ませ、軽くリハーサル。うん。大丈夫。気になるポイントを少しさらって、
舞台袖へと移動した。

前の学校が演奏を終え、僕らの番になった。
いよいよその時が来たんだ。オレのシルキーがその音をホール一杯に響かせる時が。
先生の指揮棒が振り上げられる。
スネアドラムの音に始まる課題曲。問題なく演奏終了。つばを抜く。
さあいよいよ祝典序曲だ。
オレの緊張感も最高潮に達する。
指揮棒があがる。ブレスの音が響く。
ファンファーレが鳴り響く!ばっちり当たった。
オレの音を聞いてくれ!
オレと、オレの大好きな先輩と、田中と川口と、ブー太に村中、大竹、篠宮、栗崎に山下、そして、そして・・・・・・
とにかく素敵な仲間たちと作り上げた音を聞いてくれ!

演奏が終わった。
一瞬の静寂の後、嵐のような拍手。

誰にも気づかれなかったと思うけど、オレの頬を涙が伝った。

忘れられない演奏となった。
オレたちの演奏は、金賞を受賞し、県大会出場も決まった。
山野先輩とがっちり握手をした。田中も、川口もみんな泣いてた。

大役を果たした満足感にその日は浸った。

寝る前にシルキーを磨きながらオレは誓った。
これからもずっと、トランペット馬鹿でいようとね。

番外編 『スズケン』 完