Many Ways of Our Lives

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おだっくいLOVE

第四章 変化

【二】部活紹介
いよいよ部活紹介の日がやってきた。
特別に金曜日を四時間授業にして、弁当の後、一年生は体育館に集合、二、三年生は部活。
で、各部の代表が体育館で部活紹介を行う。
僕ら吹奏楽部の代表メンバーも控え室(体育館は二階で、一階がミーティングルームや武道場やらになっている)で出番を待っていた。
チューニングを済ませ、まもなく始まる演奏を前に緊張感が高まってきた。

「山下、なんか固くなってないか?」
美里先輩が僕に声をかけた。実は緊張していた。
人前で演奏するのは初めてではないのだが、こんなに少ない人数で演奏するなんて初めてだった。
楽団全体の中では多少のミスもごまかせるが(ごまかすな!)この人数だとごまかしはきかない。
「ちょっとだけ、緊張してる感じですね・・・・・・」
かろうじて答えた。絵里ちゃん(木管アンサンブルに参加)も心配そうにこっちを見ている。
大丈夫、と引きつった笑顔で答えた。絵里ちゃんの笑顔に少しだけ緊張が解ける。
「そうか、じゃ、これでどうだ?ちょっと楽器をおけ。」
言われるままに楽器を机の上に置く。
「椅子に座れ」
言われるがままに椅子に座る。
と、わわっ。何すんですか!イキナリ・・・・・・むぎゅっ!
次の瞬間僕の顔は美里先輩の胸に抱きかかえられていた。やわらかい・・・・・・ってオイ!
これは一体何がどうしたっつーんだ!ぷふぁっ。開放された。
「どうだ?緊張が解けたろう。」
そりゃもう、緊張どころの騒ぎじゃない・・・・・・って絵里ちゃん!絵里ちゃんが呆然としてる!
良く見ると周りのみんな呆然としてる!そりゃそうだろ。
「は、はい、緊張どころじゃないって言うか・・・・・・あの・・・・・・先輩?」
「なんだ?」
「一体何をなさったんでしょう。いや、僕が何をされたというか・・・・・・」
「うむ。うちの弟がな、ピアノの発表会のときにすごく緊張してたから今みたいにしてやったら
緊張が解けていい演奏をしたのだ。だからお前にも聞くかと思ってな。」
このひと・・・・・・天然なんだ・・・・・・だてに不思議系美少女張ってねえ・・・・・・
絵里ちゃんを振り返る。ああっ!怒ってるようにしか見えないっ!
てか絵里ちゃん、これは不可抗力でしょう!僕には何の落ち度もないはず・・・・・・
「吹奏楽部さん、袖にあがってください!」
進行係の声がかかって、僕らは舞台袖に上がった。
演奏自体はすばらしかった。
そりゃそうだ。誰一人緊張なんかしちゃいなかったし。
絵里ちゃんの演奏もこれ以上ないってくらい集中できてた。
まずい。
厭なことがあるといつも以上にいろんなことに集中しちゃうのが絵里ちゃんだった。
(唯一の例外が一年の一学期の期末テストだった。)
淳の奴は終始ニヤニヤしてやがった。
案の定、説明会後の仮入部申し込みにはものすごい数の新入生が殺到した。
「だからあれは不可抗力だって。」
僕は必死に抗弁した。誰だってあんなこと予測も何もできるわけがない。
「必死に抵抗したじゃないか。」
絵里ちゃんはちんぶりかえっている※。(※すねている)
「一瞬、うれしそうな顔をしたのを見た。」
うっ・・・・・・絵里ちゃん鋭い!鋭すぎる!なんていってる場合じゃない。
「そんなあ、それは気のせいだよお・・・・・・」
「美里先輩、胸大きいもんね。」
はあ?何言い出すんだこの娘は。
そりゃ言われれば大きいし、あの柔らかさといったら・・・・・・イヤイヤそうじゃなくて。
「厭なの。」
「え?」
「亮君の緊張をといてあげたのが私じゃないのが厭なの。」
「ああ・・・・・・」
そういうことか。だったらなおさら僕には何の落ち度もないじゃないか。
「美里先輩って、綺麗だよね。」
否定はしないが。
「ファンがたくさんいるんだって。」
それも聞いてるけど。
「毎日一緒に練習してるんだもんね。」
何が言いたいのかな?
「別に。もういい。今日は帰る。麻美、帰ろう!」
いつの間にか部活を終えて望月が合流してきていた。
もの問いたげな望月に首を振って答えた。
ここはとりあえず一緒に帰ってやってくれ。望月が頷いた。
「よう、亮チン。夫婦喧嘩はどうなった?」
部室の掃除当番だった淳がやっと来た。
「どうもこうもねえよ。一方的にいいたい事言って帰っちゃったよ。
望月が一緒だから帰ったら電話でなんか聞いといてくれよ。今回ばかりは俺に落ち度はない。」
落ち度は・・・・・・ないよな?
「まあまあ、これは単なる絵里ちゃんのじぇらしっくストームだって。
それにしても、美里先輩は大胆と言うかよくわかんないというか・・・・・・で、どうだった?」
「何が。」
「バーカ、美里先輩の胸に決まってんだろーが。どんな感じだった?」
「なんつーか、柔らかくてあったかくって・・・・・・って、何言わせるんだよ!」
「そういう表情を彼女、見ちゃったんじゃないのかなー」
「な・・・・・・」
「ま、今日麻美に電話して様子を聞いてみるよ。詳しい話はまた明日ってことで。」
「ああ、じゃあな。」
「おう!まあ落ち込むなって言ってもあれかもしんないけど、大丈夫だよ。絵里ちゃんもバカじゃない。じゃ、また。」

その頃、絵里と麻美
ぷーっとふくれたまますたすたと歩いていく絵里に追いつくと早速聞いてみた。
「絵里?さっきのはなんなの?一体どうしちゃったー?。」
山下君のSOSサインを見てしまったからにはちょっと手を貸してあげないとね。
「なんかひさびさにあんたっちの夫婦喧嘩見た気がするだけん、何があっただね。いいからお姉さんに話してごらん。」
「なんでもない。どうせ悪いのは私だもん。わかってるもん、そんなこと。」
なんか泣き出しちゃうし。山下君と付き合いだしてから性格変わったみたい。
「で、何?山下君にやつあたりしてみた、と?」
「そうよ。何よ亮くん、鼻の下伸ばしちゃって。みっともないったら。」
ちょっとなんだかわかんないんですけど。
「いいからもう少し前のところからちゃんと教えてくれないかな。」
ぶそくり※ながらもなんとか話し始めた。また泣くー。(※機嫌が悪い)
「いいからまず鼻をかめ。それから説明して。」
ちょっと冷たく言ってやった。
で、部活紹介の前に控え室で山下君が緊張してたこと、
その緊張を解こうとあの天然不思議系の渡部美里先輩が山下君を抱きしめたこと、
(絵里が言うには)山下君がでれっとしてたこと、
そんな様子を見てカーッと来た自分に腹が立ったこと、
で、部活終了後に校門のところで山下君を嫉妬の炎で焼き尽くして捨ててきたことを順に話してくれた。
あ、最後のところは私の脚色ね。
絵里も私に話しをしながらだんだん冷静になってきたみたい。
「どうしよう、わたし、亮くんのこと、傷つけちゃった・・・・・・」
大丈夫だよ、そこまで深刻にならなくても。亮君だってバカじゃないよ。
「そうかなあ、だってわたし、一方的に責めちゃったし。
亮君、不可抗力だとか何とか言うから余計に腹が立っちゃって・・・・・・」
あ〜あ、だんだんどうでもよくなってきちゃった。
ただの痴話げんかじゃない。しかも山下君はどう見ても無罪。
「そんな事言わないでよー。どうしたらえーかなー。」
「あんたがしなきゃいけないのはね、明日の朝山下君に会ったら、いつもどおりのソプラノでおはようって言ってあげること。
それで万事解決。あ〜あ、心配して損した。」
「それで大丈夫かなあ・・・・・・」
「大丈夫、お姉さんを信じなさい。あ、あたしここでバイバイだ。ヤオハンで母さんとお買い物。
どうせ荷物もちだけどね。じゃあね、またあした。」
「うん、バイバイ。」
女の私から見ても、ちょっと困った感じでさっきまで泣いてましたっていうこの子の顔はホント、可愛いんだよね。
山下君もきっとメロメロなんだろうな。
それにしても、あの渡部美里先輩、変人で有名だったけど、そこまでぶっ飛んでるとは思わなかったわ。
山下君、大丈夫かしら。ちょっと心配。
帰ったら淳に電話しとかなきゃ。

淳の部屋 午後八時三十分

「そうか、サンキュ。そんなとこだろうと思ってたよ。うん、じゃまた明日。」
望月から報告の電話が来た。まあ、思ったとおりだ。
美里先輩の天然攻撃で絵里ちゃんのじぇらしっくストームが爆発したというわけだな。
これはでも、亮チンにとってはいいことなんじゃないかな。
あいつの悪いくせで、絵里ちゃんがちんぶりかえるとおたおたしちゃって何にもできなくなる。
ああいうときに慌てず騒がず、どっしりかまえて絵里ちゃんを包んであげられれば、
あいつの彼氏としてのステータスもどーんとジャンプアップするんだけどなあ。
まだまだ初心者カップルってことか。なんつって。
まあ、彼女にジェラシーも感じさせられないようじゃこの先長続きしないさ、
くらい言っといてやれば大丈夫だろ。まあ、明日学校でそう言ってやろう。
それにしても、美里先輩だけはほんとに何考えてるんだかわかんない。
あれ、やっぱ天然なんだよな。
実は亮チンのことを・・・・・・なんちゃってな。
まさかとは思うが・・・・・・

副部長 海野先輩の部屋 午後八時三十分
「ところで美里、今日のあれだけど、いくらなんでもやりすぎじゃないの?」
例によって美里が勉強のことで私に相談の電話をかけてきた。
数学で分からないところがあるというので私の分かることは教えてあげた。
で、用件は済んだのだけれど、部活のことで一言言っておきたくて話を続けたのだった。
「今日のあれって何だ?」
とぼけてるのか本当に分からないのかが分からないのでこの子は困る。
しかもこの男言葉、何とかならないのかしら。
「山下君のことよ。中学二年の男子を自分の小学生の弟と同じに扱ってどうするの。みんなびっくりしてたじゃないの。」
「そうか?山下も村中もみんな弟みたいなもんだろう。」
本当にそう思ってあんなことしたのかしら。
「私と違ってあんたは発育がいいんだから、男の子には刺激が強すぎるんじゃないかって言ってるのよ!」
はっきり言ってやらないとこの子はわかんない。
「発育?俺が太ってるとでも言うのか?」
「そうじゃなくて、あなたの胸が問題なの。その巨乳が!」
「なぜ巨乳と?。」
「誰が見たって分かるわよ!」
「うむ。巨乳といわれる程のものではないと思うが、実際肩が凝ってかなわない。」
「あんた、Dカップどころじゃないんじゃない?」
「うむ。Eカップだ。」
そういうことを淡々と男言葉で話されるからこの子と話すと疲れるのだ。
「胸の大きさはどうでもいいけど、少なくとも健全な男子ならあんなことされたら意識しちゃうわよ。」
「そういうものかな。」
「そういうものなの。それにあんた、あの子がクラリネットの栗崎絵里ちゃんと付き合ってるの知ってるでしょ?」
「そう聞いている。」
「だったら絵里ちゃんの気持ちも考えてあげなさい。自分の彼氏が先輩の胸に顔をうずめてる姿を見てどう思うの?」
「別にどうとも思わんが。」
「あなたがじゃなくて、絵里ちゃんがよ!赤くなってうつむいてたじゃないの。」
「そういうものなのか。」
「そ・う・い・う・も・の・な・の!これから先の部活のこともあるんだから波風たてるようなことはしないで。
いい、いい、わかってる。そんなこと意識してやったわけじゃないのね。でもね、あんたが意識してるしてないじゃなくて、
周りがどう見るか、ってことを考えてちょうだい。」
「わかった。自重しよう。」
とりあえずは私の言った事が分かったように思えたので、そこまでで話を終えた。
電話を切った後でよく考えてみる。
あの子、確かに天然系だけど、バカじゃない。
山下君と栗崎さんのことも知っていたし、山下君の緊張を解く方法だって、
あんなバカな方法じゃなくてもっと何かあったはずだ。
まさか、とは思うけど・・・・・・

亮介の部屋 八時三十分

今日はマジでまいった。
美里先輩があんなことするから絵里ちゃんとケンカになるし。
あんな時、淳だったらもっと上手くやるんだろうな。
僕ときたら彼女の気持ちを落ち着けてあげるどころかおたおたしちゃって
かえって気持ちを逆撫でした感じになっちゃったし。
実際、僕に落ち度はないはずだ。
けど、彼女に言われた「うれしそうな顔しちゃって」という部分については、実を言うと完全否定はできない。
だってそうだろ?あの綺麗な先輩の巨乳に顔をうずめて(制服の上からだけどさ)だきしめられて、
うれしくない男なんていないっつーの。
てか、だめじゃん、僕。
絵里ちゃんが怒るのも無理ないよな。
落ち度、ありまくり。
なんか淳とか望月とか動いてくれてるみたいだけど、いいや。明日まず絵里ちゃんにあやまろう。
絵里ちゃんだもの、わかってくれてるさ。
なんてったって、入学したその日からずーっと大好きなんだから。
その気持ちに何の変化もないんだって、わかってくれるはずさ。


【三】美里先輩

俺は生まれてこの方、自分の事を女だと意識したことはなかった。
俺は俺、渡部美里だ、としか考えたことはなかったのだ。

渡部家の一員。
弟にとっては姉。
クラスでは三班の班長で、図書委員。
部活ではトロンボーンを吹き、生徒指揮者にも任命された。
小学校までは普通に女言葉を使っていた。
中学校に入り、部活のイッコ上の先輩、吉成恵子先輩に出会って、その影響で男言葉を使うようになった。
母親は文句を言うが、知ったこっちゃない。

恵子先輩はかっこよかった。
背が高くてすらりとして、手足が長くてモデルさんみたいで。
初めて人を好きになった。先輩が好きで、何でも真似をしてみた。
でも、見た目だけは真似できなかった。

俺の背は決して高くないし、手足が長いわけでもない。
太ってるわけじゃないけど、決してスマートじゃない。
そんな俺のコンプレックスを恵子先輩が振り払ってくれた。
「美里がうらやましいなあ。俺、ガリガリで胸も無くって、ちっとも色っぽくないもんな。
お前みたいな女の子らしい体型には、実はあこがれてるんだ。出るとこ出てて引っ込むとこは引っ込んでさ、
本当にお前はかわいいなあ。」
うれしかった。
先輩がそんなことを考えているなんて、思っても見なかった。
それからは少しだけ自分に自信が持てるようになって色々がんばった。
部活の引継ぎでも生徒指揮を任されることになった。
恵子先輩が卒業するときは、お小遣いをためて買ったプレゼントを渡した。
すごく喜んでくれて、俺は泣きまくった。
三年になったら自分は、見た目はぜんぜん違うけど、
恵子先輩みたいな上級生になるんだ、と心に決めていた。

新入生対象の部活紹介のアンサンブルも絶対に成功させたかった。
ステージに上がる前に後輩の山下亮介が上がりまくっていたから、
以前弟がピアノ発表会で出番直前に上がりまくってた時にやった方法で落ち着かせた。
優しく抱きしめてあげたのだ。
その結果、奴の緊張は解け、アンサンブルは大成功、入部希望者も山と押し寄せることとなった。
でもその後、おかしなことになってしまった。
山下はクラリネットの栗崎と付き合っているらしいのだが、
俺の行動により、二人の間がギクシャクしているというのだ。
昨日海野に電話をしたらそのことで怒られた。
別に悪いことをしたとは思っていなかったが、とりあえずは自重すると言っておいた。

ただ、ひとつだけ良く分からないことがある。
それは今まで経験した事のない感覚だった。
弟と同じ感覚で山下を抱きしめたはずだった。
しかしその後、微妙に胸が熱くなるような感じがした。
弟を抱きしめたときとは明らかに違っていたのだ。
あれはいったい何なんだったんだろう。

とりあえずは明日も変わらず、俺は俺。渡部美里である。

俺は今まで自分の事を女だと意識したことは無かった。

そう、今までは・・・・・・

   § § § § § §

「おはよう!」
校門のところで絵里ちゃんに声をかけられた。
よかった。いつもの絵里ちゃんだ。
「おはよう、あのさー・・・・・・」
昨日考えたとおりに謝るつもりで言葉を続けたんだけど、絵里ちゃんに先に言われた。
「ごめんね、昨日は。以前はあんなことあんまり無かっただけん、亮君とつきあうようになってから、
なんて言うか、前と違う自分が時々でてきちゃうだよねー。」
「いやいや、僕のほうこそ、絵里ちゃんの前でたーだおたおたしちゃって。あわてずおちついていられれば
絵里ちゃんに心配かけずに済んだのにね。」
「へへへ、またあたしっち謝りっこしてるね。」
「ほんとだ。」
本当に良かった。
たぶん望月がフォローしてくれてるんだろうけど、ありがたいありがたい。
淳にも後で報告しておこう。
昇降口にたどり着いたとき、後ろから声をかけられた。
「おう、おふたりさん、おはよう。昨日はなんか済まなかったな。」
「美里先輩・・・・・・」
思わず絵里ちゃんとユニゾってしまった。
「栗崎、すまん。昨日のあれは本当に何の意識もなくやったことだ。
後輩男子はみんな俺の弟みたいなもんだと思っているしな。」
そうなんですか。
「昨日海野に電話したときに怒られてな。もっと周りを見て行動しろ、だと。
いまだにどういう意味かはよくわからんのだが。」
わかんないんですか・・・・・・やっぱ天然だ・・・・・・
「そういうわけで、お前たちは今まで同様、仲良くやってくれ。じゃあな。」
言うだけ言ってさっさと行ってしまった。
「本当に美里先輩だけはよく理解できないな。あれで不思議系の男言葉じゃなけりゃ、もっとモテモテなんじゃないかな。」
「何言ってるだね。ファンクラブだってあるらしいよ。」
そう言った絵里ちゃんの口調がいつもとちょっと違うような感じがしたんだけど、気のせいだったかな?

「ねえねえ、山下君。」
青石一也が声をかけてきた。
新しいクラスになって最初に声をかけてきた男がこいつだった。
やたらと海外のポップスやロックに詳しく、レコードなんかもたくさん持ってることから、最近ちょっと親しい。
淳にも紹介し、時々一緒に淳の部屋を訪れたりもする。
「吹奏楽部の三年の渡部先輩って、彼氏とかいるのかなあ」
おいおい、青石、渡部先輩ならやめとけ。どんな人だか知ってて聞いてんのか?
「そりゃ知ってるさ。ていうかむしろ知らない人のほうが珍しいんじゃないの?あの人の変人ぶりは筋金入りだって。」
知っているならなおさらだ。
彼氏がいるとかいないとかじゃなく、自分が男だと勘違いしてるような人だからな。
青石、いいからあの人はやめとけ。
「みんなが言うほど変な人だとは思えないんだけどなあ・・・・・・あんなにかわいくて、胸がまた、なんというか・・・・・・」
ま、確かに「かわいくて巨乳」の部分は否定しないが。
「でも部活では結構後輩を厳しく指導してくれてるよ。頼りになる先輩だよ。お前がどうしても、って言うんなら聞いてやってもいいけど。
ま、『馬鹿言ってんじゃねえ』で終わりそうな気がするけどね。」
「マジで?うわあ、うれしい。たのむよ。お礼にキッスのニューアルバム録音してきてあげる。」
やった!「地獄の軍団」はマジで欲しかったんだが、小遣いが足りずまだ入手できていない。
「デトロイト・ロック・シティ」がすごいらしいな。うひょ。早く聞きてー。
その日の放課後、淳が僕を迎えに来た。
「うおーい亮チン。巨乳の先輩の待つ部活にいかじー※(※いこうぜ。通常は「いかざあ」)」
そういう形容詞をつけるな。青石が余計に反応する。
「じゃあ、山下君、たのんだよ!」
たしかこいつは幸利と同じ陸上部だったよな。
見た目の印象とはうらはらに中・長距離にめちゃくちゃ強いって聞いたけど、どのくらいなんだろう。
「ああ、わかった。まかしとけ!」
淳が聞く。
「何をまかしとけって?」
青石に頼まれたことを伝えた。
「ふーん。こりゃまたあいつもゲテモノ食い・・・・・・いやいや、変わった好みをおもちですねえ。」
「そんなに変わっちゃいないだろ。見た目だけならかなりレベルが高いぜ、美里先輩は。」
「そりゃそうだけどさ。」
「それはそうと、望月にありがとうって言っといてくれ。今朝、速攻で絵里ちゃんと仲直りできたってな。」
「そいつぁよろしゅうございましたねえ。ま、そんなとこだろうと思ってたけどさ。絵里ちゃんもお前も昨日今日の仲じゃないし。」
お前にも感謝だ。いつもいつもあたふたしてる俺の相談に乗ってくれて、落ち着かせてくれるのはお前だ。
ま、照れるだろうから口には出さないけど、分かってくれてるよな。
「ところで、美里先輩になんて聞くの?」
考えてなかった。
どんなタイミングでどんなシチュエーションで?
練習中に聞くわけには行かないよな。
まあいいや、なんとかなるだろ。キッスのアルバムがかかっているのだ。

いつものとおりに練習が終わり、楽器を片付けている時、たまたま周りに誰もいなくなった音楽準備室で、
これ好都合と青石の望みをかなえてやることにした。
「美里先輩」
「なんだ。」
「先輩って、彼氏とかいないんですか?」
そう聴いた瞬間、美里先輩の顔がかーっと赤くなった。
クールな仮面がはがれてものすごく女の子な表情をしている。
あんまり可愛くてドキッとした。
え?なんかまずいこと聞いちゃった?と思ったら、
あっというまにいつものクールな表情に戻っていた。
あれ?確かに今真っ赤になったよな、気のせいだったかな?なんて思っていると、
「馬鹿なこと聞くんじゃない。いないよ、そんなもの。」
青石がさぞ喜ぶことだろう。ナイスな答えが返って来た。「地獄の軍団」ゲットだ。
「何故そんなことを聞く?」
ときかれたので、適当に
、 「いや、ちょっと気になったもので・・・・・・」
と答えてしまった。
「そうか。」
と言ったきり、美里先輩はさっさと楽器を片付け、さよならも言わず帰ってしまった。
僕は鼻歌を歌いながらいつもより丁寧に楽器の手入れをしていた。
そこへバリトンサックスの篠宮が楽器棚の向こうからひょいと顔を出した。一瞬ビビる僕。
「山下くん、さっき美里先輩と何話してたの?」
「いやべつに、人に頼まれてさ、彼氏とかいるんですかって。でも何で?」
「だって、山下君が何か聞いた瞬間、美里先輩真っ赤になったでしょ。どうしただかと思って。」
え?やっぱりあれは気のせいじゃなかったんだ。つーかお前、何見てたんだよ。
「譜面台を片付けに来ただけんさあ、ただならぬ雰囲気だったもんで、つい、ね。」
ただならぬも何も、たあいもない後輩の質問に先輩が過剰に反応しただけだろ?
「そうなんだ」
といった篠宮が何か含みのある表情をしてやがるから釘を刺すつもりで言っておいた。
「お前さあ、くだらねー事ふれ回るんじゃねーぞ。」
「えー?何のことー?」
さらに何か思いついたようににやりとしやがった。
墓穴をさらに掘り進まないように、それ以上何か言うのをやめておいた。
別に何か悪い事したわけじゃないし。
それにこいつは面白がって色々ふれ回るようなそんな奴じゃない。
絵里ちゃんはその日、風邪を引いてしまって病院にいくので部活は休みだった。
だから校門での放課後ミーティングも早々に家に帰ったんだ。

家に帰ると青石に電話した。
「もしもし、ああ、山下君?早速電話してくれたって事は、ちゃんと聞いてくれたんだね?」
「ああ、聞いたよ。彼氏、いないってさ。案の定、『馬鹿なこと言うな』っていわれちゃったけどね。」
「そうかー。よし、じゃあ僕にもチャンスはあるかな。」
「チャンスって、改めて言うけどさあ、見た目だけで人は判断しちゃいかんよ、キミィ。」
「なんでそんなことばっかり言うのさ。ひとんこんじゃん※。」(※ひとのことじゃないか)
青石がちょっとむっとしたかんじでいったので、あわてて言い返す。
「そんなつもりで言ったんじゃないんだ。わりいっけわりいっけ。ま、がんばれや。」
「うん、頑張る。テープは明日持ってくからね。ありがとう!」
電話を切ってしばらくぼーっとしていた。

そういやあ、僕は不思議系に弱いのだった。
今日、一瞬真っ赤になった美里先輩に、ドキッとしちゃったんだ。
だもんで青石に「やめとけやめとけ」みたいなことしつこく言っちゃったのかもしれない、なんて自己分析をしちゃった。
一体何を考えてるんだ、僕は。
絵里ちゃん一筋のこの僕が、他の女の子に一瞬でも気をとられるなんて、ありえない。
ごめん、絵里ちゃん。一瞬の気の迷いだって許されることじゃないよね。
これっきり、あの一瞬のドッキリは封印することにした。
できれば青石に頑張って欲しい。そうすれば・・・・・・

なんだっていうんだ?

その日はなかなか眠れなかった。
真っ赤になった美里先輩が何度も頭に浮かんできた。
その都度僕は頭を振って心の中で「ちがう、そうじゃない!」と叫んだんだ。

次の日学校に行くと、篠宮が絵里ちゃんに話しかけていた。

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