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おだっくいLOVE
第五章 成長
【三】夏休み突入
いよいよ夏休みに突入した。
空梅雨はとっくにあけていて、連日の猛暑だった。
クマゼミも鳴きながら焼け死ぬんじゃないかと思うくらいだ。
黙って座っているだけで汗が噴出してくる。
そんな夏休み初日だったが、去年とは一味違う。
部活でコンクールへむけての仕上げの時期となる大切な日々が始まるからだ。
僕は「よしっ」と心の中で気合を入れて家を出た。
去年は漠然と「先輩達は大変だなー」と思いながら過ごしていた。
大体ぼくらが本気モードになったのは、先輩達が県大会出場を成し遂げ、
その応援に行って、実際に県大会の「音」を聞いてからだったんだ。
今年の1年生は去年の僕らよりも大変だ。
僕らの時は先輩達の練習優先でコンクールまでは下手をすると2日に1度くらいの練習(しかも午前のみ)だったが、
今年は、毎日。しかも僕ら上級生が交代でつきっきりで面倒を見るのだ。
先生からは結構厳しい課題が出ている。
今日は1年生の面倒を見るのが早番になるので9時15分前に準備室に到着。
「おはようございまーす!」
と元気な声が響く。1年生はほとんどみんな来ている。
どうも綺麗な譜面台を争奪する為、えらい早く来てしまうらしい。
早番以外の2、3年生は10時登校だ。
僕らは交代で後輩の面倒を見たり、自分の練習をしたりして午前中を過ごす。
午前中で1年生を帰し、午後は2、3年生のパート練習、分奏、合奏の流れとなる。
弁当の時間、僕らは音楽室で輪になって昼食を取るんだ。
基本的にパートごとにまとまって食べる。
トロンボーンパートの二年は僕のほかにもう一人、鈴木久美子がいる。
トランペットのスズケンと区別する為に、みんなスズクミと呼んでいる。ちょっと芸がないけどね。
「美里先輩のお弁当、おいしそうですねぇ。」
スズクミが美里先輩の弁当を覗いて言った。
「そうお?よかったらおかず、交換する?」
美里先輩が気軽にこたえる。
うーん、やっぱり美里先輩の女の子バージョンは美しい・・・・・
「山下君もどう?」
はうあっ。
いかんいかん、見とれてしまっていたっ。
「いや、僕は交換出来るような物がないんで・・・・・」
母さん、恨むぞ。なんだよ今日の弁当は。
そりゃ今朝いきなり言った僕が悪いんだけどさ。
「別にさ、なんでもいいじゃん。みしてこぉ?」
スズクミが僕の弁当を覗き込む。
しまった、見られた!覗き込んだスズクミが一瞬息を飲んだ後、申し訳なさげに言った。
「わ、わりーっけ、山下。あたし・・・・・」
いいから鈴木。何も言うな。何も。
あ、隣のトランペットパートからスズケンがなんだなんだと首を突っ込んできた。
「ナニナニ、どんな弁当・・・・・え?」
お前まで黙り込むな。
わりーか、今日の俺の弁当のおかずは、でっかい梅干が一個だ!
「なあに?お母さんとケンカでもしたの?」
美里先輩がフォローを入れてくれたので、今朝のやり取りを説明したんだ。
「なあんだ。そういうこと。じゃあ私の玉子焼き、あげるよ。」
スズクミ、おまえ、いい奴だな。
「おれのウインナも食えよ!」
スズケン、お前もいい奴だ!
「じゃあ、あたしはこの唐揚げをあげるわ。」
美里先輩〜〜〜。自分、感激ですぅ〜〜〜。
あ、絵里ちゃんが睨んでる。あぶないあぶない。
「じゃあおれは、この食いかけの沢庵をやろうじゃねーか。」
気が付くと杉山先輩が引きつった笑いを浮かべて目の前に立ちはだかっていた。
美里先輩が優しいのは僕に対してだけじゃないのに!
あ、絵里ちゃんが笑ってる。
結局この母の「怒りの日の丸弁当」のおかげで十数種類のおかずをいただけることとなったんだ。
かーさん、ありがと。(調子がいいっつーの!)
食事が終わると、午後の練習が始まるまでみんななんとなく食休みを取っている。
体力を温存する為、静かにしている者が多い。
自由曲の参考演奏を聴いてる者もいれば、バンドジャーナルを読んでるのもいる。
コンクールに限らず吹奏楽に関する話で盛り上がってる連中もいた。
休憩終了、みんなすばやくパート練習の部屋へ移動する。
先輩がさっさと移動するから僕ら後輩がそれに遅れるわけには行かない。
実は休憩中にもうパート練習の準備はしてあるんだ。
1年生を帰した後に、上級生用の椅子の配置に替えて、譜面台もセットしてある。
個人練習で十分吹き込んであるので、ウォーミングアップは短くすませる。
チューニング?個人で済ませてから部屋に来るのが基本なんだ。
「女の子」に変身(?)してから、美少女オーラ全開の美里先輩も、練習に入ると以前とあまり変わらなくなる。
「ブレス※が遅いだよ!だから頭が遅れて聞こえて来る!もう一度!(※楽器を吹く前に吸う息のこと。歌う前に吸う息も同じ)
違う違う、それじゃ早いだけでちゃんと吸えてないからすぐに音ん弱くなっちゃう。
素早く深く!はいもう一回!」
唐揚げをくれた時の優しい先輩はどこかへ行ってしまった・・・・・くすん。
十分の休憩を挟んで一時間半、みっちりしごかれた僕らは、金管分奏のために音楽室へと移動する。
すでにホルンの望月先輩が前に立ってスコア(総譜・・・全てのパートの楽譜が並んでいるもの。)を読んでいる。
つーか普通にスコアリーディングが出来る望月先輩にはもう、尊敬を通り越して驚異を感じる。
金管は望月先輩とユーフォの海野先輩がかわりばんこに指導してくれる。
海野先輩の時も気は抜けないけど、望月先輩の時は何かよりいっそう緊張する。
金管パートがそろう。打楽器は既にスタンバっていた。
「じゃあ頭の和音からきちんと合わせていこう。注意点はわかってるな。スズケン、言ってみよ。」
「はいっ。素早く深いブレスでびびらずまっすぐに、遠くへ音を飛ばす気持ちで吹きます。」
「よし、もうひとつ。山下、言ってみよ。」
「はいっ。ブレスをきちんとみんなで揃えることで、アインザッツ※を揃えます。」
(※フレーズの出だしの部分)
「よろしい。ではいくぞ。四拍伸ばしきること。」
先輩がシゴキ棒(菜箸なんだけどね)でカウントを取る。
「1とぉ2とぉハイッ」
パーーーァン
お?なかなか綺麗なんじゃん?と思ったら、
「ばかやろう、スズケン。もう何回も言ってるら!音がぶら下がっちゃってるだよ、最初から!
この期に及んでまーだびびってるだか。もっと気持ちを上に持っていかないと、上がりきんないだよ!えーか?」
「ハイッ」
望月先輩の耳はごまかせない。つーか、ごまかしたつもりもなかったよな、スズケン。
「じゃあもう一度!構えて。」
「1と2とハイッ!」
パーーーァン
一瞬の静寂ののち、望月先輩が口を開く。
「そう、それでえーだよ。今の呼吸を忘れんなよ!」
ほーっとため息。
そんな感じで一時間半、これもみっちりとしごかれた。
二十分間の休憩の後、いよいよ合奏だ。
合奏が楽しいかそうでないかは、個人練習やパート練習がどれだけしっかり出来ているかで決まる。
とくに顧問の小清水先生は、課題として出したことがクリアされていないと怖い。
音色とか音程とか、1日2日で出来ることではないことに関してはそれなりのスパンで見てくれるが、
リズムがおかしい、とか、音の読み間違い、音符の読み間違い、音形の解釈、強弱表現などについて注意されたことが出来ていないと・・・・
ブルブルブル・・・・・考えるだに恐ろしい。
でも今日はある程度練習できている自信はあるので、ちょっと合奏が楽しみだった。
自由曲の出だしの金管ファンファーレは見事に先生にほめられた。
望月先輩がユーホの海野先輩を振り向いて小さくガッツポーズだ。海野先輩も頷く。
プレスト(「きわめて速く」)に入り、山本先輩のクラリネットが滑らかに美しくスケールを奏でる。
木管楽器のことはよくわからないけど、絵里ちゃんが言うには、この編曲だと指使いがハンパじゃなく難しいらしい。
でも山本先輩からはそんなこと全く感じられない。
結局ほとんど問題なくソロの部分は通り過ぎた。
でも先生は山本先輩にリード※を再度選んでおくようおっしゃっていた。なぜそんなことまですぐにわかるんだろう。
(※クラリネットやサックスがマウスピース〜歌口〜に装着する。それが震えて音が鳴るのだ。)
「バーカ、長年やってるプロなんだから、先生は。」
とは練習後の淳のセリフだ。
顧問の小清水先生は、音大の出身であることはもちろん、先生になる前は消防隊の音楽隊に所属していたのだそうだ。
サキソフォーンが専門で、先生が吹くアルトサックスの音はなんていうか、甘く優しく、美しい。
文化祭で一度披露したところ、保護者〜特に母親達〜に大評判だったらしい。
「チューバ!しょろくたしてんなよ!そこの八分はどう吹けって言ったか忘れたのか!」
うわあ、つかまった。三日前くらいに
『2、3日でそこの8分音符の形、いいか、短すぎない、音の詰まったスタッカートだぞ、パートできちんと揃えておけ。えーな。』
と言われてたところだ。
ブー太はもちろん、パートリーダーの大山先輩も真っ赤になってがんばってるけど、なかなかOKが出ない。
「もうええ!大山!あとどんかい※時間あればできるだ!」(※どのくらい)
「ハイッ。後二日あれば何とかできます。」
「ほんとらあな?よし。じゃああと二日やる。何とかして来い!」
「ハイッ」
ブー太が汗をぬぐっている。
これまた僕には何がどう出来ていないのかわからなかった。
大山先輩にはわかっているのだろうか。
最後に、課題曲と自由曲の通しをやる。
毎日録音して、終わりのミーティングでみんなで聞くのだ。
そして、自分なりに反省点、課題をまとめる。
先生は先生で、翌日までに全体の課題をまとめてきてくれるのだ。
夏休み初日はそうやって部活一色で終わった。
ミーティングが終わって、楽器を片付け、練習場所の掃除が終わると、既に六時になっていた。
うひゃあ、これがコンクールまで続くのか、とこれだけ熱い中なのに背筋が寒くなった。
それにしても暑い。夕方だというのに、いつまでも暑い。
「ブー太、そんなに落ち込むなって。」
淳に声をかけられたブー太は、力なく笑った。
「結構気合入れて練習したんだけどなあ。でも大山先輩と話したんだけど、たしかに音形を気にしすぎてズルズル遅れちゃうって言うか。
大山先輩が言うにはだよ。俺には微妙に遅れる感じしかわかんないけど。」
ていうか、俺らにはその微妙なところすらわからないんだがな。やっぱこいつ、すごいかも。
「後二日で何とかなりそうなのか?」
と僕はブー太に聞いてみた。
「それは大丈夫。吉田先輩と3人で確認したけど、たぶん、明日1日で何とかできるよ。」
ほう、そいつは頼もしい。トロンボーンもうかうかしていられないぞ。
部長と美里先輩が一緒に校門を通り過ぎる。
「先輩、さようなら!」
「おう、さようなら。明日もあるけん、早く帰れよ!」
「はーい。お疲れ様でーす。」
みんなで挨拶、そして解散したのさ。じゃあね、絵里ちゃん。また明日。
と言いつつ、家に帰って夕食を食べると、早速絵里ちゃんに電話してしまったのだった。
「もしもし?ああ、亮くん。うん、大丈夫、もうご飯済んでるし、今部屋に行くから。」
電話の向こうで階段を駆け上がる音が聞こえた。ドアがバタンと閉まる音がする。
「ごめんごめん、おまたせ。」
「なんか、すごい音聞こえてたけーが、大丈夫?」
「大丈夫大丈夫っ。いっつもこんなんだから。それにしても今日の練習、すごかったっけねー。」
電話の向こうで絵里ちゃんが息を弾ませているのがわかる。
「いやあ、ホント、初日から死にそうだったよ。濃かったよなー。」
「スズケン、今日も調子よかったじゃない。」
「まったく。あいつはホント、信頼できるよな。あと、金管分奏のときの望月先輩。今まで以上に緊張したよ。怖かったぁ。」
僕は心から言った。
絵里ちゃんが返す。
「木管分奏のときの山本先輩も多分負けないと思うよ。普段あんなに優しそうな先輩が、今日は鬼に見えた。」
そう言いながら笑う声が本当に心地よい響きなんだよね。
「でも三年の先輩達さすがだよね。先生に何を言われてるかちゃーんとわかってるし、
何をどう練習したら良いかきちんとわかってやってるから、すげー勉強になるよ。」
「そうねー。あたしっちだと先生に合奏を止められても時々どうして止められたかわからない時あるもんね。」
「そうそう、そうなんだよ!」
と、こんな感じで今日の部活の反省会をひとしきりやって、電話はおしまい。
「じゃあ、明日もがんばろうね。」
「うん、がんばろう。バイバイ。」
「バイバイ。」
最近はこんな感じで2日に1度は絵里ちゃんと電話で話していた。
「あんた見てると、女の子みたいだね。」
と母親に言われた。
「なんでだよ。」
と僕が聞くと、
「だってさ、長電話だし、ほとんど毎日だし。おんなじ相手でしょ?どうせ絵里ちゃんとしゃべってるんでしょ?
学校で毎日会ってるのに、何をそうそうしゃべるネタがあるのかねえ。」
文句はそれだけじゃないらしい。
「絵里ちゃんとばっか電話してるから、淳君がかけて来ないじゃないの、最近は。」
そこかい!そこなんかい!
父親が口を出す。
「どうでも良いけど、君と僕も若い頃は毎日電話でしゃべってたじゃないか。」
母が怒って言い返す。
「そういうことは言わなくていいの!まったく、ちゃんと言ってくれないばかりか足を引っ張るような事を言うんだから。」
双子が興味津々で聞いている。
「お前たちにはまだ早い話かな。」
とやんわりと父に言われて引き下がる双子達だった。
「で、どうなんだ、部活の方は。」
父が聞いてきた。
「うん。結構大変。今日はものすごく疲れたよ。」
「コンクールはいつだっけ?」
「8月4日。」
「あと2週間か。それまでずっと毎日こんな感じかい?」
「うん、そうだね。でも進み具合によって多少変更もあるみたいだよ。」
「少しは休めるといいな。それもお前たちのがんばり次第っていうことか。」
「そうか、そうだね。ふう。がんばらないと。」
「先生もなかなかやるな。」
「え?」
「いや、何でもない。8月4日は金曜日か・・・・・むう、残念。聞きにいけないな。」
「県大会はお盆休みだから来られるんじゃないの?」
「おう?なんだ、自信たっぷりだな。」
「僕らは下馬評じゃ本命らしいよ。」
「そりゃすごい。期待に沿えるようにがんばりますってか?」
「もちろんだよ。」
「その意気や良し、だな。でもあれだ、気合入れすぎて本番より前にピークを過ぎないようにしろよ。
ま、先生もその辺はわかってると思うけどな。肩の力を抜いて、自然体でやれ。」
この人に「自然体で」と言われると、なるほどそうかな、と思う。
僕の父はいつも自然体だ。
母に怒られている時以外、慌てたりいらいらしたりと言うところを見た事がない。
「そういうところに惹かれたのよね〜。」
その歳で平気でのろけるんですよね、お母さん、あなたって人は。
母もある意味自然体だ。(別の言い方だと「天然」ですな。)
さすがにその日は9時くらいに疲れて眠っちゃったのさ。
2日後にはチューバの課題は本当に解決していた。大山先輩が誇らしげにブー太の肩を叩く。
なんかいい。とってもいい感じだ。
最後の「通し」の時には、本当、背筋がぞくぞくして、鳥肌が立った。こんなの初めてだ。
先生を含め、演奏が終わっても誰一人動かなかった。いや、動けなかった。
先生が口を開く。
「よし。今の呼吸を忘れるな。今日はこれまで。」
杉山部長の号令で挨拶。
「ありがとうございました!」
録音を聞いてみた。
すばらしかった。
課題曲も自由曲も、ほぼ完成したと言っていいだろう、と思った。
ところが、先生からはこんなコメントが発せられた。
「今のところはこれでいい。だが、まだまだ君らは良くなる。そのためにも本番まで気持ちの張りを無くすな。
きっと予選ではいい演奏が出来る。しかし、県大会に出られれば、君らはもっともっとすばらしい演奏が出来る。」
もっと良くなる?だとしたらすごいことになるんじゃないか?
父の言葉を思い出す。
そうか、これがピークを持続する為の技なのかな?なんて思ってみた。
(後から聞いたところによると、先生は素で言ってたらしい。)
本番まであと12日。
それからの5日間、練習は平穏に進んでいった。
ぴりぴりしたムードがあのすばらしい合奏以来少し和らぎ、先輩達の声も少しだけ優しく聞こえていた。
また、合奏の時には、アタック練習やハーモニー練習などの縦の線や横の線を揃える為の基礎的な内容の時間が増えていた。
明日は体育館での公開練習だ。
予選の本番を聞きに来られなかったり、普段から僕らの活動を応援してくれたりする保護者の方々、先生たちに僕らの音を聞いていただくのだ。
また、客席を設けて、本番と同じような進行をすることで、本番の緊張感を和らげるという意味もある。
本番まで1週間。いよいよ体育館での公開練習だ。
バレーボール部やバスケットボール部など、体育館中心の運動部も今の時期は大切な時期だったりするのだが、
このときばかりは外のコートで練習したりと、協力してくれるのだ。
そればかりか、演奏時間前には練習を中断して体育館に聞きに来てくれる。
進行どおりの通し練習の前に基礎練習や音響チェックなどをしている時から徐々に観客が集まってきた。
バスケットボール部も練習を中断して集まってきてくれている。
望月麻美が淳を見つけて手を振る。淳が小さく頷く。その緊張した顔に、望月も手を引っ込めた。
部活にきている生徒や、吹奏楽部の保護者、先生方などが集まり、50用意していた席があっという間に埋まってしまった。
1年生がてきぱきと動いて席を増設する。部の1年生を合わせるとなんだかんだで100人くらいの観客となった。
予選本番と同じタイムスケジュールで動く。チューニングを済ませて、体育館横に待機。
応援に駆けつけてくれている卒業生がアナウンスを担当してくれる。
「プログラム8番。清水市立富士見ヶ丘中学校。課題曲、1。
自由曲、ショスタコービッチ作曲・ハンスバーガー編曲、祝典序曲。指揮、小清水祐二」
アナウンスが流れ、僕らが着席する。
小清水先生が仮想の舞台袖から入場、正面で客席に向かってお辞儀をする。
拍手。
そして演奏が始まる。
課題曲、自由曲ともに、あの時の合奏と同じくらいの演奏が出来たと思う。
ちょっと気持ちが高ぶってテンポが速くなったかもしれない。
演奏が終わると、大きな拍手が体育館に響き渡った。
あちこちから「すげーぞ今年は」とか、「いいねえ、去年より上なんじゃないか?」とか聞こえてきた。
卒業生の先輩達も「すごい」を連発だ。
先生から応援に来てくださった方々へのお礼の言葉と、本番に向けての所信表明があった。
自信にあふれたその語りに、ぼくらも安心感を感じたんだ。
反省会で卒業生から励ましの言葉をいただき、僕らは感激した。
体を休める為、次の日は休みになった。
こんな時に休んで大丈夫だろうか、と僕らは思ったが、先生は
「焦る必要はないからやすみなさい。ただし、ちゃんと休むんだぞ。」と笑顔で言ってくれた。
その日は早めに寝たのだが、次の朝、目が覚めたら8時だった。
自分でも気付かないうちにかなり疲れていたらしい。
その日は本を読んだり音楽を聴いたり、本当にのんびり過ごした。
あ、ちょっとだけ絵里ちゃんに電話しておしゃべりはしたけどね。
翌日家を出ると、足が軽く感じられた。
練習が始まると、音がよく鳴っているように感じられた。
みんなもちゃんと休んだらしく、顔色がよろしい。
先生もそんなみんなを見て、満足そうに頷いていた。
本番まであと5日。合奏が終わった時、皆「あれ?」と思った。
演奏の質が落ちているのでは?と誰もが思った。
先生から雷が落ちるかと思ったが、皆の思いに反して、
「まあ、今日はこんなもんだろう。だが君らは一度ピークの演奏をしている。その感触は体に残っているはずだ。
それをあと4日間で取り戻す。いいか、この4日間をどう過ごすか、どう乗り切るかで本番が決まるぞ。
今までに身につけてきた事を徹底的に再確認するぞ!」
先生の檄にみなの顔が引き締まった。
「なるほどな。」
と淳が独り言のように言った。練習後の昇降口での会話だ。
「なんだ、なるほどって。」
と僕が聞くと、
「いや、先生が僕らをコントロールするやりかたっていうかさ。」
「確かに。」
確かにそうだった。
今度こそ父の言ってたこと―「先生も考えてるだろうが〜」―が思い起こされた。
さすが我らが小清水先生。僕らコントロールされちゃいます!
後4日。
後3日。
そして後2日。
「よし。取り戻してきたぞ。みんながんばれ。この調子で行けば本番でベストの演奏が出来る。いいな、最後まで気を抜くなよ。」
みんな「言われるまでもない!」って顔をしてる。
杉山部長も完全に部長の顔だ。
今まで以上に引き締まった顔をしている。
頼りになる部長の顔だ。
海野先輩も望月先輩も美里先輩も、なんていうか・・・・・かっこいいんだ!
いよいよ前日。
いつもより早めに練習が終わった。
「今日はゆっくり風呂に入って早めに寝るようにしなさい。明日はいよいよ本番だ。もう何も言うことはない。
君らは自信を持って自分達の演奏をしなさい。それだけだ。」
先生の笑顔が僕ら全員の胸に響いたんだ。
「いよいよ本番だね。お客さんが楽しんでくれるような演奏が出来るといいね。」
絵里ちゃんが微笑む。いい事言うなあ。お客さんが楽しんでくれるような演奏か。
「そうだね。せっかく演奏するんだから、お客さんと一緒に楽しもう。審査員と言う名のお客さんにも楽しんでもらえるようなね!」
ガ○スの仮面か!