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おだっくいLOVE
第四章 変化
【八】期末テストで挽回せよ!
桜並木の緑がその深みを徐々に増してきていた。
春も終わりに差し掛かっていたそんな時に、僕らはそんな季節のながれを楽しむどころの騒ぎではなかった。
学期当初からいろんな事件に巻き込まれていた僕たちはすっかり勉強をおろそかにしていたんだけど、
中間テストはそんなことにはお構いなしで僕らに襲いかかって来た。
平原先生の前では「がんばろうね!」と誓い合った僕と絵里ちゃんだったけど、
それまで集中できていなかった分を取り戻すのは並大抵のことではなかった。
結論を先に言うと、僕ら二人は今迄で最悪の結果をたたき出してしまった。
僕が学年で二十八番。クラスでは四番目。
絵里ちゃんも似たようなもので、学年で二十九番。クラスでは五番目。
僕らがそんな調子だったから、学年で十八番の篠宮がクラスで一番という担任の言うところの低レベルな争いとなったんだ。
さすがの小原先生もそんな僕らを放置はできず、僕ら二人はたっぷりとお説教を食らうこととなった。
ちなみにクラスの二番、三番は、佐島と青石だった。
青石はいつもは学年十番前後をキープしてるような奴なんだけど、
今回は実はちょっとしたショックの為に勉強に身が入らなかったらしい。
そう、美里先輩ショックだ。
「だってねえ、あの男言葉とかわいらしい中にもきりっとした顔つきが魅力だったのに・・・・・・。
今の渡部先輩は普通の美少女なんだもん・・・・・・。一体何があったんだろう・・・・・。」
青石がため息をつく。理想の女性像を失ってしまったショックは大きかったらしい。
すまんな青石。原因は僕たちなんだ。
それにしても「普通の美少女」に魅力を感じない君は、ちょっと変わってると思うぞ。
「亮くん、部活に行かない?」
絵里ちゃんのお誘いだ。でも今日は用事があるんだ。
「ああ、ちょっと遅れて行くから、部長か美里先輩にそう言っといてくれる?」
「そうなの?わかった。じゃ先に行ってるね。篠、部活に行こうよ。」
絵里ちゃんが篠宮を誘う。
「ちょい待ち、ごめん、篠宮に用なんだ。」
「わかったー。じゃあ後でね。」
「よろしくー。」
あれ以来すごく二人の関係が滑らかになった気がするんだ。
それまでは何かいつも焦ってたって言うか、一緒にいなきゃ不安だったって言うか。
でも今は何か離れててもいつもどこかで繋がっているような感じがする。
なんだかいい感じの空気が流れていたのさ。
で、用事用事。
「で、篠宮、ちょっといいか。」
「何?私に何か疑いでも?」
「いじめんなよ。あん時はわりいっけ。」
「ふふっ、だいじょうぶよ。全然気にしてないから。で、何?」
「中間テストの結果。だいぶ担任にダメ出しされたっけじゃん。」
「そうね。あんたっちがコケてくれたおかげで私はクラスのトップですって。
なんのことはない、学年順位はいつもと同じだっけだけんね。
知ってる?あたし一年のときから学年順位十六位から十八位の間から外れたことないのよ。」
「それはそれである意味すごいな。」
「何の自慢にもなんないけどね。あ〜あ、ちゃんと勉強してると思うだけんなー。」
顔をしかめて伸びをする篠宮だった。
グラウンドからサッカー部の上級生が下級生になにか指示を出しているらしい声が聞こえてきた。
ランニングの掛け声も聞こえる。この声はバレー部女子かな?
「で、相談って何なの?」
「一年の時、クラスでさあ、学習係と一緒に、クラスの勉強会ってのを企画したんだ。」
「そういえば六組、テスト前にクラスでわいわいやってたっけね。」
「まあな。そいつをこのクラスでもやんないか?」
「なんであたしに?」
「バーカ、学級委員だろうが。」
「ふふ。そうだった。で、さしあたって何すればいいの?」
「うん、明日のロング※でクラスに提案しようと思う。ただ、まだ中間が終わったばっかだからすぐにやろうって訳じゃなくて、
とりあえずやろうよってことと、こんな感じで進めたいんだけどっていう案の提示くらいをね。」(※ロングホームルーム)
「資料とかは?」
「作ってきてある。こんなかんじ。」
鞄からファイルを出してルーズリーフを一枚取り出し、篠宮に見せた。
「ふむふむ。なーるほど。これならそんなに負担とか感じないし、気軽に参加できそうだから、みんなOKなんじゃない?印刷は?」
「加藤ティーチャーに頼んどいた。やっといてくれるってさ。」
「わかった。じゃあ明日の司会は任せといて。質問の処理とかよろしく。」
「んじゃ部活行こうぜ。」
「誰かさんの待ってる、でしょ?」
「バカ言っちゃいんな。」
「へへ。じゃ行こか。」
篠宮と一緒に部活に向かった。
部活も一緒だし、学級委員だしってことで、篠宮もなんだか自然に僕らの一味って感じになって来た。
「あたしさあ・・・」
篠宮がなんか立ち止まってしみじみと話し出した。
「一年のとき、あんたっち六組の人っちがうらやましかっただよねー。」
「そうなん?」
「そうよ。テストだって言っちゃ放課後みんなでわいわいお勉強会でしょ、文化祭の劇だって、ものすごくレベル高かったじゃない。
やたらめったらカップルも出来ちゃってラブラブな感じ?だったし。小原先生もかっこよくってさ、面倒見もよくって。」
「男女大戦争もあったけどな。」
「あれが原因で学年全体が集会だよ?あんたっちの痴話げんかにみんな巻き込まれたってブーブーだったんだから。」
「でもみんな平原先生の話ずいぶん一生懸命聞いてたじゃん。」
「そう。そこは平原先生のすごいとこよね。最後はみんなしーんとして聞いてたもんね。」
「平原先生、メガネ取ると綺麗なんだぜ。」
「ふーん。絵理に言っちゃおう。」
「いいよ別に。」
「あれれ?ずいぶん余裕じゃん。ちょっと前だったら『ふざけんなよ、そんなこと触れ回るんじゃねーぞ』とか言って
人に食ってかかってたと思ったけど?あれ〜?もしかしてあんたっち、何かあった?」
「色々お話しただけ。それよりさ、そんなに元六が羨ましかったんだったら、この三組をその上を行くクラスにしちまえばいいんじゃねーの?」
「えー?できるかなー。」
「僕はできると思ってる。元六からのメンバーもおもしれーし、お前とか青石とか、いいメンバー揃ってんじゃん。」
「そっかー。うん、そうだね。そう言われるとなんか出来そうな感じがしてきちゃった。」
「よろしく頼むぜ、学級委員。」
「うん。がんばる。」
「だいぶ遅れちゃった。部活、急ごうぜ。」
「うん。」
駆け出す僕らだった。音楽室からは基礎合奏の音が聞こえていた。
部活が終わり、例によって校門で集まった。
篠宮も誘ったんだけど、家が遠いから先に帰るって言って帰っちゃった。
「あいつんち、増の苺農家じゃなかったっけ。」
事情通の淳だ。ほんと、よく知ってるよなあ・・・・・
「石川っちほどは遠くないだよ。そういえば石川っちも苺農家だっけね。」
「そういえばそうだっけ。」
と僕。で、篠宮と話した内容について絵里ちゃんに報告しがてらみんなに聞かせた。
「わ、楽しみ。みんな結構乗ってくれるんじゃない?」
と絵里ちゃん。
「元六組みたいに上手く行くかねえ。」
「なんだよ淳、ケチつけるっつーの?」
「なんつーか、ほれ、三組には、オラんいないもんで、な?」
「言ってなさい。」
望月だ。
「あんた、今回は山下君に先ー越されそうだもんで、悔しくてそんなこと言ってるじゃーないの?」
「なーにを言うか。余裕よ、余裕。ウチにはなんつったって中ムという学年トップがついてるかんな。」
「中ムひとりでがんばってもねえ・・・・・・」
「うるさいっつーの。いくら俺様でもそうそういつもいつもうまく行くとは限んないんだよ。
はいはい、三組さんは勝手にがんばって下さいねー。」
淳がすねて見せる。ポーズだけなのは僕にはわかる。
頭の中に二つや三つじゃきかないクラス盛り上げ案は持ってるはずだ。こいつは。
「おやおや?全部わかってるよってな顔でわしを見つめているのはだれかなー?」
ほらみろ、すねてなんかいやしない。
「ま、とにかく、期末テストでは我が三組が見事に花を咲かせて見せましょう。四組は我等が後塵を拝するがよいぞ。」
「そうはいかないね。そっちこそ見てろ。」
「困った男達だこと。勝手に盛り上がってなさい。さ、絵理、帰ろう。」
女子達が歩き始め、男子達は慌てて後を追う。絵里ちゃんがにっこり笑って、
「じゃあね、亮くん、バイバイ。」
そう。僕だけ方向が違うのだ。
「うん。バイバイ。また明日ね。」
だいぶ日が長くなってきた。
帰り道も明るいまんまだ。
上着を着ていると汗ばむ感じになってきた。
天王山遺跡のあたりにさしかかったところ、見慣れた姿を見つけた。先に帰ったはずの篠宮だった。
「あれ?篠宮じゃん。どうしたっけ?」
「あんた待ってただよ。」
いつもの篠宮とはちょっと違った雰囲気だった。
微妙に視線が合わない。どうしたんだろう。
「なんか用事だった?思い出したら学校に戻ってくりゃいいっけじゃん。」
「みんなの前で言える事じゃないもんで。話を聞いてくれる?」
あれ?珍しく深刻なムードだぞ。
「ええよ。ここじゃなんだから、座って話そうぜ。」
遺跡(とはいってもほんとに跡だけなんだけどね。)の脇のベンチに二人で座った。改めて篠宮に聞いた。
「話って?」
「うん・・・・・・あのね、今から話すことは、ここだけの話にしてほしいの。」
「他言無用ってことだね。大丈夫。口は堅いから。」
「うん。でね、聞くだけでいい。ほんと、聞いてくれるだけでいいから。」
こんな篠宮、始めて見た。
恥ずかしそうにうつむいて、うっすら赤くなってるのがわかる。
こんな言い方はおかしいと思うけど、決してこいつは美人じゃない。
でも育ちがいいって言うか、きちんとしてるって言うか、品のある顔立ちしてるんだ。
でも、いつもの颯爽としてきりっとした表情でみんなの先頭に立っている篠宮じゃなかった。
いや、マジで可愛く見えたんだ。
「わかった。じゃあ聞かせてくれる?」
「私ね、好きな人がいるの。」
「へえ!篠宮が好きな奴ってどんな奴だろ。誰なんだい?」
「山下君。」
「山下ね、山下・・・・・・誰だっけ、それ。」
素で聞き返した僕だった。
篠宮は一瞬いつものクールな表情にもどったあと、またほほを赤くして視線を僕からそらして言った。
「馬鹿、あんたの事よ。」
ピカッ!ドーン!ゴロゴロゴロゴロ・・・・・・どっかーん!
思いもよらない話だった。びっくりさせてくれるにも程があると思うんですけど。
「篠宮、お前・・・・・・」
「何にも言わないで。聞いてくれるだけでいいって言ったでしょ。」
一瞬、いつもの篠宮の口調に戻ったもんで、僕は口を閉じた。
「今日ね、勉強会のことで私に声をかけてくれて、クラスで二人でお話してたとき、私、すっごくうれしかったんだ。
このまま時間が止まればいいって・・・・・・」
少し間があって、篠宮が続けた。
「一年の時、六組が羨ましかったぁ。山下君や村中君が中心になってみんなを引っ張って、みんなも結構楽しくそれに乗っかって。
何か行事があるたびにかわりばんこに出てくるヒーローやヒロイン達。私、ああいうのが理想だったっけだよねー。
そんな中でも山下君は、表のリーダーで輝いてたっけじゃんね。村中君は影のリーダだったんでしょ?
村中君は早くから望月さんと仲が良かったよね。私、山下君のことはずっと見てたんだ。絵理が羨ましくてしょうがなかったの。
学級委員会でいつでも山下君の隣にいて。私が六組にいたら絶対学級委員は譲らなかったと思う。山下君の隣にいたかったから。
二学期くらいから山下君が絵理のことを好きなんじゃないかなーってなんとなくわかるようになったんだけど(みんなもそう言ってたしね。)
絵理のほうじゃ全然気付かないって言うか、鈍感娘というか(あたしには気付かない振りをしてたように見えたけどね)
そんな感じだったので、私にもチャンスがあるのかなって思ってたんだ。
でも、それまで「山下君」って呼んでたのが「亮君」とかなっちゃって。そして三学期に入って、二人が急に仲良くなった・・・・・
望月さんと村中君が後押ししたんでしょ?
二学期の終わりの日だったと思うだけん、絵里を部活に誘おうと想って六組に行ったら二人がそんなこと絵理と相談してたのを
廊下で立ち聞きしちゃったんだ。
で、この気持ちはもうしまっておこう、と思ったの。
そしたら、二年三組で山下君と同じクラスになった。絵理も一緒だったけどね。
私、うれしかったんだ。ううん、山下君と絵理のことは知ってたよ。でもうれしかったの。
だから絵理に言って、学級委員を譲ってもらった。絵理が立候補したら、みんなが山下君とくっつけようとして当選させちゃうのがわかってたし。
美里先輩の事件の時は、自分で自分の事が嫌いになっちゃった。だって、それが原因で二人が別れちゃえばいい、なんて思っちゃったんだから。
えへへ、ひどいでしょ、あたし。
あの時だって・・・・・そう、美里先輩が真っ赤になっちゃった時の事。次の日に絵理と話をした時、山下君が来なかったら、
あたし、しゃべっちゃってたかもしれない。
本当に、本当に好きだったんだよ・・・・・大好きだったんだから!」
気の強い篠宮だった。顔を上げたまま、歯を食いしばって涙をこらえている。
心の蓋が開いちゃったんだな。今までキッチリ蓋をしてた思いがあふれちゃったんだな。
(絵里ちゃん、いいよね、今だけは。)
心の中で絵里ちゃんにそう言って、僕は今にも泣き出しそうな篠宮の肩を抱き寄せた。
そのとたん、
「うわーん、えーんえん、えーん、ひっく、えーんえんえん」
篠宮は僕の肩につかまって思いっきり泣き出した。
僕の右肩は篠宮の涙でびっしょりになった。
五分くらいはずっと泣いていたと思うな。
泣き止んでもしばらくそのまま動かなかったので、僕もそのままにしていた。
風がそよそよと吹いている。何の鳥だろう、鳴き声が聞こえる。
あのクールな篠宮が自分をさらけ出して泣いたんだ。
その思いは受け止めなくちゃ。十分くらいそのままでいただろうか。
篠宮が僕の肩から離れた。
「ごめんね、山下君。肩がびちょびちょになっちゃったね。恥ずかしい・・・・・」
「大丈夫、気にすんなよ。でも、びっくりした。君がそんなこと思ってたなんて。わかってあげられなくてごめんね。」
「ふふっ。山下君ってそういうとこあるよね。自分が悪いわけじゃないのに謝っちゃう。そんなのわかったら超能力者よ。
でも黙って聞いてくれてありがと。何かスッキリしちゃったっけ。もう大丈夫。明日からは学級委員としていいパートナーになれるわ。」
「頼りにしてるよ。」
僕は心から言った。
まだ空は明るいままだった。
僕のアパートの前で、篠宮と別れた。
しばらく見送って、篠宮が見えなくなってから僕は家に入った。
こんなこと、考えたことも無かった。
僕が絵里ちゃんを想っていたように僕のことを想ってくれてる人もいたんだ。
人の気持ちなんてほんとうにわかんないけど、だからこそ面白い。
また、だからこそ大切に扱わなきゃいけないんだな。
ちょっとしたことで人を傷つけたり、喜ばせたり。
相手の気持ちになって考えることって、口ではいえるけど、普段からそうそうできてるわけじゃないよな。
これからも色々あると想うけど、篠宮の気持ち、絶対に忘れない。
さてさて、期末に向けて、わがクラスは頑張れるか?
つーか、頑張んなきゃいけないのはホントは僕と絵里ちゃんなんだけどね・・・・・
あ、あと青石もだった。頑張れ僕たち!