Many Ways of Our Lives

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おだっくいLOVE

第一章 出会い

【一】中学校入学
入学式当日、僕は保護者と出かけることをせず、えらく早くに一人で家を出た。
暖かな春の日に優しい風が吹いていた。満開の桜の枝は風にそよぎ、花びらをはらはらと散らせていた。
少し大きめの学生服を着た僕は、見ようによってはロボットみたいに見えたかもしれない。
ほとんど人の歩いていないバス通りを、僕はゆっくりと歩いて行った。

学校に到着した。まだ7時20分。なぜこんなに早く来たかというと、一番乗りを狙ったのである。
(生徒は教室集合、とあらかじめ聞いていた。)
そうしておけば集団の中に恐る恐る入っていく哀れな状況を避けられると思ったからだった。
でもちいっと早すぎたかな?と入室20分くらいで思った。
誰も来やしない。

それにしても校舎の周りの桜は見事だな。
夏前にはさぞ毛虫が糞をしまくるだろう。
どうしよう、トイレにでも行こうかな。
でも探すのもなんだしな。
などといろいろ考えていると、彼女は現れた。

「おはよう!」




その声は、鈴の音というか、教会の鐘というか、天使の羽音というか(聞いたことはないが)
とにかく僕のボキャブラリーでは到底表現できないような美しい響きを持って僕の心臓を貫いたんだ。
声がしたほうを向くと、そこにはおそらくここまで走ってきたのだろう、上気したほほで
にっこりと僕に微笑みかける天使 ―そう、確かに天使― がいた。
声のイメージと姿のイメージが速攻で合致した。いや、マジで羽根まで見えたって。
輝く瞳、サラサラと音が聞こえそうなストレートヘア。
すっと通った鼻筋に何か語りたげなサクランボのような唇。
少し大きめのセーラー服とスカートから伸びたすらりとした脚。

僕は絶句した。理想の女の子がそこに立っているんだもの。
恋に落ちる瞬間の音ってものがあるならその場に響いたと思う。

不自然な間があって、僕は怪訝そうな顔で首をかしげた彼女にかろうじて言葉を返した。
「お、おはよう」
すると彼女はさらに首をかしげて、
「あれ?富士見小じゃないよね。駒小から来た?」
「あ、いや、僕は・・・」
「違う?えー?どこから来た?」
「横浜・・・だけど・・・」
「横浜ー?じゃあ中ムと同じじゃんね。私は栗崎絵里。よろしく!」
中ムって誰?と突っ込む間もなく手が差し伸べられた。え?握手?
僕はぎこちなくその手をとって言った。
「僕は、えーと、山下亮介。よ、よろしく。」
「よろしくねー。あ、万規たちが来た!またお話しましょうね!まーきー!」
僕の心臓は口から飛び出す寸前で止まっていた。

絵里ちゃんって言うのか。そうか。

その彼女はあっという間に「万規たち」と合流し、ピーチクパーチクとおしゃべりの応酬に突入していた。

試合開始早々、ものすごく強烈なパンチを食らったボクサーの気分だ。
目がチカチカして何にも見えない感じ。
教室はすでに子雀たちの社交場と化していて、誰かに声をかけられたような気もするが、
何て返したかも覚えていない。
やがて先輩のお姉さまがやってきて、ものの見事に僕ら子雀どもをまとめ上げ、
保護者たちの待つ体育館へと導いてくれた。

入学式のことは何にも覚えていない。
何しろ式の間中、僕の頭の中では天使がラッパを吹いてくるくる回っていたんだから。
その後教室に戻り、担任からいろいろ事務的な伝達を聞いたらしい。
上の空で聞いていたのだが、かろうじてメモだけは取っていたらしく、
家に帰って次の日の準備をするのに困ることはなかった。

夕食時、ぼくはどうもニヤついていたらしい。
「何かいいことでもあったの?」
と母に聞かれた。
「かわいい娘でも見つけたんだろう。」
父が言う。時々えらく鋭いんだよな、この人は。
「別に。何でもないよ。」
と言いながら、僕の顔は少し赤くなっていたかもしれない。
双子が顔をあわせてにやりとした。

その晩はなかなか寝付けなかった。
今までに経験したことのない感覚が脳内をぐるぐると回っていた。
不意に心臓がドキドキする。

たぶんそうだ。これが恋ってやつに違いない。

目を閉じると絵里ちゃんの顔が浮かぶ。ていうかそれしか浮かばない。
賭けてもいいが、僕の目を拡大表示したら瞳の部分がハート型になっているはずだ。
どうしても眠れないので、起き出して机の前に座る。ノートを開いた。
明日の自己紹介のアイディアを練ろう。絵里ちゃんの前で失敗は許されないからな。
眠りに就いたのは午前3時を過ぎていたと思う。

オールナイトニッポンの第2部が始まっていたからね。


【二】自己紹介の日

結局気の利いた自己紹介文などまとまらなかった。

眠い目をこすりながら起き出して、顔を洗って朝食の用意された食卓へ移動する。
小さい頃、朝食はパンだった気がするのだが、いつからだろう、和食に切り替わっていた。
今度母に理由を聞いてみよう。
朝食を終え、母が用意してくれた弁当をピカピカの学生鞄にしまい込み、
パンパンに膨らんだその鞄を持って家を出た。

バス通りには一定間隔で桜が植えられている。
散り始めた桜の花びらが雪のように舞う中を僕は学校へと歩き始めた。
なんていうんだろう、春の匂い?そんなうきうきするような匂いのする風が吹いていた。
僕を含め、「制服が歩いている」状態の新入生がチラホラ見える。
先輩達はそんな新入生達を意識してか、おそらくいつもよりその声を張り上げながら、
いつもより颯爽と歩いていたんじゃないかと思う。

1年6組。それが僕のクラスだ。
男子20人、女子18人の計38人。何しろ今年1年よろしくだ。
担任は小原先生。女性の体育の先生だ。28歳、独身!ではなく、
2歳になるお子さんを抱えるママさん先生だった。
きりっとしていつもまじめな顔をしているが、目はいつも温かかった。
しゃべり方は男っぽいけど、きっと優しい先生なんだと思う。

先生が黒板の前に立つ。話し声が止み、みんなが先生に注目した。
先生が静かに話し出した。
「改めてみんな入学おめでとう。これからの3年間よい中学校生活を送れるよう、
全力で応援するから、がんばってくれ。みんなそれぞれに勉強、体力づくり、友達づきあい、
色々とがんばりたいこと、大切にしたいことがあると思う。
でもいいか、中学校生活は決して楽しい事ばかりじゃない。
もちろん楽しいこともたくさんあるよ。楽しい時はいいんだ。全力で楽しんでくれ。
でも、楽しいはずのことが楽しくなくなる時、いきなり辛くなる時が必ずある。
そんな時には私が君らの力になれるようにと思っている。
がんばって自分自身にとって大切なものを見つけてくれ。」

なんかいい感じだった。この先生とならうまくやっていけそうだ。
「じゃあ今度は君たちの番だ。なあに、格好つけることなんかない。素直にみんなに自分を紹介してみろ。
じゃあ、五十音順に行くぞ。相沢からだ。」

いよいよ始まった。

先生はあんなふうに簡単に言うけれど、このドキドキ感はどうしようもなく僕を包み込む。
ああ、どうしてみんなあんなふうに普通にしゃべれるんだ?
どうして普通に気の利いたことが言えるんだ?
いろんなことを考えちゃって頭の中が真っ白になろうとした時、
また天使の声が聞こえて、僕を現実に引き戻してくれた。
絵里ちゃんの番だった。

「栗崎絵里です。富士見小出身です。好きなことは歌を歌うこと、友達とおしゃべりすること。
あと、ペットのお世話をすること。あ、ペットなんですけど、今6種類飼っていて、犬が1匹、
ピラニアが2匹、そして亀が2匹と蛇が1匹。後スズ虫とカブト虫。あ、スズ虫とカブト虫はまだ卵なの。
これからちゃんと育てて、大人になってまた卵を産んで、って感じで毎年楽しいんですよ!それでえ・・・」
しゃべったしゃべった15分。小原先生が止めなかったらきっとまだコロコロとしゃべり続けたことだろう。
何人かがやれやれとあきれた顔をしている。同じ小学校の出身者だろうな。
僕にとっては至福の時間だったんだけどね。

とうとう自分の番が来た。
いざしゃべり始めてみると、夕べ色々悩んだ末にまとまらなかった割には、
また、頭が白紙同然だった割には、フツーの自己紹介だったと思う。
それなりに笑いも取れていたみたいだし、変に噛んだりもしなかったし。
でも何を言ったかは実はあまり覚えていないんだ。
絵里ちゃんのほうを時々チラ見したけど、何か一生懸命ノートに書いていて、
僕のほうなんか見ちゃいなかったさ。

全員の自己紹介が終わった。何人か印象に残ったヤツらがいた。

絵里ちゃんは別格。
男子では高橋幸利と村中淳。
女子では遠藤由美、望月麻美。
基準は「オモシロそう。」
お笑い系でも変人系でもなんでもいいから基本「面白い」人。
あと、何かが「できそう」な雰囲気を持った人が好きな僕なのだ。

休み時間に、村中淳が声をかけてきた。
いつも何か面白いことを探しているようなよく動く目と、
相手が緊張感を思わず解いてしまうような笑顔が印象的だ。客観的に見てイケメンだな。

「君はどう思う?」
初対面の僕にいきなりこう来た。ちょっと考えてためしにこう答えてみた。
「かなりレベルは高いね。」
村中はニヤリとして言った。当たったようだ。女の子のルックスの話を振ってきたな。
「うん。君なら分かると思ったよ。なんか俺と同じ匂いを感じた。で、誰だ?イチ押しは。」
思ったとおり面白そうな奴だ。正直に意見を伝える。
「うむ。栗崎絵里だな。」
「そう来たか。俺は望月麻美を推す。でも君の目も悪くない。俺は村中淳。よろしく頼むよ。
あと、名字で呼ばれるのは苦手なんで、淳でも淳ちゃんでも淳君でも何でもいいから、名前のほうで呼んでくれ。」
了解した。僕のほうはなんと呼んでくれても構わないと伝えた。
高橋も予想通り淳の一味だった。背が高くすらりとしたしなやかな体つきをしている。
細く鋭い印象的な目だ。あまり多くを語らないが、陸上部に入るつもりだと言うことはわかった。納得である。

淳のおかげで滑り出しは順調だった。

その週の終わりごろには出身小学校を基礎にしたいくつかの集団がクラスに出来始めていたが、
淳のグループは富士見小でも有力なグループだったらしく、早くもクラスの中心的な存在となってきていた。
淳のすごいところは、自分は決して前に出ようとはせず、周りの人間の面白い面やすごいところを
さりげなく引き出してしまうことにあった。
「だってその方が面白いし、みんなで盛り上がれるら?※自分だけ目立ってもつまんないじゃんねえ。」
(※〜ら=〜だろうの意味の静岡弁語尾)
将来は名プロデューサーだ。

次の日、僕がプロデュースされた。

「それでは今日は、クラスの係とか委員とかを決める。」
そう小原先生が言って学活が始まった。
クラスの係は順調に決まっていったが、委員決めになると決定のスピードは極端に落ちた。
それでも何とかそれぞれのポストが埋まっていったが、学級委員だけが残ってしまった。
「誰か立候補しないか?うーん。推薦とか言ってもまだ何日も付き合ってない仲間だからなあ・・・
どうしたものかなあ・・・」
その時いきなり淳が手を挙げた。
「ハイッ!」
「ん、村中、立候補か?それとも何か意見があるのか?」
「はい。山下君を推薦します!」
は?なんですと?淳、淳君!、いきなり何を言い出すかと思えば・・・・・・。
この数日間であなたは私の何を知ったとおっしゃるのか。
学級委員などというメンドーな、イヤイヤ責任ある役目は僕には向いてない。
っつーか、むしろムリだって。

「理由?みんなも覚えてるっしょ?あの楽しい自己紹介。背も高めで見た目もいいし。
まだわかんないけど勉強もできそうだし、ってか、何か頼りになりそうじゃん!」

まとめましたねえ、淳君。そんなに持ち上げられてしまうと、僕はその気になっちゃいますよ。
昔から乗せられやすい体質であるぼくは、どうもまんざらでもない顔つきになっていたらしい。
満場一致の拍手をもらってしまい、気が付いたらクラスの前に立っていた。
とりあえずの初仕事は、女子の学級委員を決めること。
「念のため聞くけど、立候補者はいないよね?」
と投げかけてみた。すると、おお!夢のようだ!
「私、やってもいいよ。」
そういったのは誰あろう、絵里ちゃんだったのだ!対立候補もなく、コレも満場一致で承認された。
それにしても、絵里ちゃん、どうして?イヤイヤ理由なんてどうでもいいや。
二人でクラスの前に立ち、学級目標をまとめた。
『認め合い、伸ばしあえるクラス』
原案を出したのは淳の一押しの望月麻美だった。
イヤイヤ、淳のプロデューサーとしての目はホント、たいしたものだ。むしろ怖いくらいだ。

学級会が終わると、淳が僕に声をかけてきた。
「どうだ?君の望みどおりになっただろ。今度『うちの』の焼きそばパンおごれよ。」
まだ僕は『うちの』の焼きそばパンがどれほどのものかは知らなかったが、しっかりと請合った。

その日の帰り、下校生徒でごった返す昇降口で絵里ちゃんに声をかけられた。
「学級委員、よろしくね!あたし、おだっくいだけん、時々迷惑かけるかもしれないけど、がんばるからね!」
その時僕はまだ「おだっくい」の意味がなんだか分からなかったけれど、
絵里ちゃんがかけてくれる迷惑なら、何だって受け止めちゃう覚悟はできていた。
むしろ大歓迎の方向だった。
「うん、こちらこそよろしく!」

初めて会った時とは比べ物にならないほど元気に、心から言ったのさ。

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