Many Ways of Our Lives

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おだっくいLOVE

第五章 成長

【九】目指せ普門館!

「ここまで来たらさあ、目標は全国大会だろ。」
スズケンが不敵に笑って言った。
淳がそれを受けて言う。
「大きく出たね?でもね、言わせてもらうけど、俺はずっとそう言い続けて来たぜ。」
確かにそうだ。
淳はいつも言ってた。
目標はでかく持っておかないとそのずっと手前で終わっちまうって。

県大会出場なんて目標を持っている間は出られる出られないの線を行ったり来たりの実力しか身につかない。
県大会に確実に出たいと思ったなら、その上の東海大会を目指して練習しなきゃだめだ。
東海大会に出たいなら全国を目標としなきゃだめだ。と、そんな感じでね。

「じゃ、全国大会に出たいと思ったら何を目標にしなきゃいけないわけ?」
と突っ込んでみたら、
「世界大会に決まってるら!」
と淳は言った。

ないし。

「全国大会ってのはな、おまけみたいなもんなんだよ。東海大会くらいになると、どこもレベルが高いからな。
上位校はどこが全国に行ってもいいレベルだ。そっから先は、そん時の調子だとか、運だとか、実力にプラスアルファがないとだめなの。」
それらしいことを言うけど、じゃあ全国大会の常連さんってのはどうして存在するんだ?
「そりゃあれだ、顧問の先生がものすごい運の持ち主だったりするわけさ。」
淳の話も眉唾だった。

言いたいことは半分はわかる。
東海大会出場が決まって満足してちゃいけないってことだろ?
島田西中の部長も言ってたよな。
「そうそう、それさ。その場所で満足しちゃったらその先伸びない。常に高みを目指せ、という、
古代エジプトはプトレマイオス朝時代の格言にあったろ。『青年よ、踏みとどまるな、高みを目指せ』。」
うそつけ。

淳の冗談はさておき。

県大会へ向けての練習のときにも感じたんだけど、
以前はそれが精一杯、完成形だと思っていたものが実はそうではなく、
よりよいものへと変化してゆく可能性を秘めたものだったってこと。
自分たちの力が練習によってより高まっていることもあるけど、
それをより効率的によりよい形へと纏め上げることのできる小清水先生の力量にあらためて感服しちゃうんだな。
また先生が「君らの演奏はまだまだ良くなる。」なんて自信たっぷりに言うもんだから、
僕らはその気になっちゃうんだ。

夏休みが終わるまであと一週間。
吹奏楽漬けの一週間。
大好きな先輩たちと信頼できる仲間たちで音楽を磨き上げることのできる一週間。

一日一日が濃密だった。

すでに表現しつくしたと思っていたさりげないフレーズが新しい輝きを放った。
だれもが気負ってしまうフォルテのアンサンブルで肩の力が抜けたとき、今までとは違う音の幅が出た。
ピアニシモなのにどこまでも広がりゆくようなハーモニーを感じた。
スタカートの音形を少し変えただけなのに、場面の説得力が増した。

どこまでも磐石な低音グループの上に豊かに音の幅を広げる中音部が重なり、
その芳醇な香りすら漂うハーモニーに支えられて、高音セクションが華やかに舞った。
音のピラミッドが見事に出来上がっていた。

毎日、僕らは進歩していた。また、それがわかった。
ああ、そんな日々が終わる。
夏休みが終わる。
終わりたくない。
終わらせたくない。
このままずっと僕たちの音楽を磨き上げて行きたい。
僕らはそんな風に感じていたんだ。
ちょっと大げさに聞こえるかもしれないけど、僕らは本当にそう感じていたんだ。

僕らはこの夏、小清水先生の指導の下、大切な大切な時間を共有した。

夏休み最後の午前中の合奏で、みんな自分たちの演奏に感動し、泣いた。

小清水先生が合奏の最後に言った。
「この夏は・・・この夏は本当に楽しかった。僕はこの夏『打てば響く』って言葉を噛み締めたよ。
君らは、打てば打つほど、すばらしい響きで返してきてくれた。
三年生はもちろんのこと、二年生も僕の期待以上にがんばってくれたね。
講師の先生方とも話したんだが、これだけのバンドをコンクールだけで終わらせるのは惜しい、と思ってるんだ。
そう、三年生の卒業に合わせて、演奏会を開きたいと思っている。第一回の定期演奏会だ。」
みんなが「わっ」とどよめいた。
定期演奏会・・・
定期、というからには毎年続いていく。
その第一回、記念すべきスタートの時をこの仲間たちでまた共有できる。
夏休みの最後に素敵なプレゼントをもらった気分だった。

「詳しいことはもう少しつめてから発表するからな。とりあえずは目の前の東海大会に向けて、気持ちを緩めないようにな。」
僕らは先生がびっくりするくらいのでっかい返事で答えたのさ。

その日の午後は夏休み中みんなで練習に使った校舎の大掃除をした。
先生の口癖である「愛される吹奏楽部」であるために、練習以外の部分でも僕らに対する要求度は高いのだ。
また、そうすることによって僕らもいい意味で「その気」になることができた。
吹奏楽部員であることに誇りを持てるようになっていたのだ。

よく考えると、使った場所をきれいにして返すのは当たり前。
何か言われたら、聞かれたら、元気良く返事をするのは当たり前。
富士見中生として守るべき決まりを守るのは当たり前。

ただ、先生が仰るには、そういった当たり前のことが当たり前にできる人は実はそんなにいないんだそうだ。
僕らにはそうなって欲しい、ということなんだ。
また、それができて、「愛される吹奏楽部」になることができれば、
練習場所も進んで提供してもらえるし、体育館も譲ってもらえるし、予算だってそれなりに・・・
(先生いわく『これは冗談だけどね』)
要するに自分達の行動如何で自分達が活動しすくなるかどうかが決まる、って事なんだな。

僕らもそこまでわかってたわけじゃないけど、
さっき言った吹奏楽部員としての誇りをもってやるべきことをやっていたんだと思う。

八月三十一日の練習が終わった。

例によって校門に集合してお喋りをする僕たちだった。運動部も続々終了し、下校していく。
「終わっちゃったねえ、夏休み。」
ブー太が切ない声を出す。スズケンがそんなブー太にハッパをかけるように
「情けない声を出すなよ。おらっちのコンクールはまだ終わっちゃいないんだぞ。夏休みが終わったくらいでなんだ!
それに、宿題はもう全部終わってるだろ!おらっちんちで済ませたんてな。」
「そりゃそうだけどさ・・・」
篠宮がブー太を慰めるように言う。
「ブー太の気持ちもわかるよ。今年の夏休み、濃かったもんね。特にこの一週間と言ったら・・・
いつまでも続いて欲しい、なんて思っちゃったよ。」
ブー太の顔が明るくなった。
「そうそう、そうだろ?オレ、それが言いたかったんだよ。」
「大会も楽しみだけーが、実は前日の宿泊も実は楽しみだったりするだよねー。」
フルートの大竹がうれしそうに言った。
そう、大会前日、長野市内の宿泊施設に僕らは泊まることになっていた。
で、当日は市内の協力校で練習をさせてもらってから大会に臨めるのだ。
東海大会といいながら長野県も含まれているのは不思議だが、そんなことはどうでも良くて
清水から遠く離れたところで行われる、と言うのがミソなのだ。
しっかり者の篠宮が釘を刺す。
「美穂、小清水先生の言ったことを忘れちゃいないよね。」
「大丈夫だよお。何しに行くのかはちゃんとわかってますっ。羽目ははずしませんっ。」
大竹が口を尖らせた。マジでリスみたいだ。
「そう言いつつ私もわくわくしてるだけんね。」
と篠宮が笑って言うと、大竹も「なによぉ」と笑い返した。
そりゃそうだ。大好きな仲間達と宿泊だよ?中学生だよ?わくわくしない方がおかしいって。
淳がまとめた。
「まあ、羽目をはずそうにもニューカルテットが君臨する限りは、無理だね。
おとなしくしてた方が身のためってやつだ。」
その通り!
なんとなく区切りができた感じだったので、そこでお開きとなって、皆下校した。

僕らの方面隊は、例によって大竹、浅野、篠宮と僕。
大竹と浅野は本当に仲が良い。
この四人で帰るときは、大抵は大竹と浅野、篠宮と僕でお喋りして帰ることになる。

大竹と浅野はさっきの続きで、宿泊のときの持ち物とかのことで盛り上がっている。
篠宮はいつものクールな雰囲気で歩いてる。
僕もなんか今日は静かな気分で黙って歩いてた。
ふと篠宮が僕の方を向いて言った。
「亮君、この夏、いろいろありがとうね。」
いつの間にか淳も僕も篠宮には「淳君」「亮君」と呼ばれていた。
それにしても唐突にありがとうとはなんだろうか。
「一也くんのこと。」
そうか、青石ね。
「絵里とふたりでいろいろしてもらったおかげで、すごく自然に、気楽に付き合い始めることができたんだ。
本当、感謝してる。」
ちょっと照れながら感謝の言葉を述べる篠宮もなかなか・・・いや失礼。
「ホント失礼ねえ。まじめに言ってるんだから茶化さないでよ。」
本気で怒ってる訳じゃない事はその笑顔でわかる。
「わりーっけ。でもさ、僕らは正直ほとんど何もやってないよ。
君らが勇気を出して一歩前に出られるようにほんの少し背中を押しただけ。
実際に一歩踏み出したのは君らだ。」
絵里ちゃんにいたっては「ほっとけばくっつく」なんて言ってたなんて言えねー言えねー。
「やーっぱそうなんだー。」
いきなり大竹が割り込んできた。さっきまで浅野と盛り上がってたのに、どこから聞いてたんだこいつ。
「へっへへー。この夏ありがとうのあたりから全部聞こえてたよん。」
「やっぱりってなんだよ。」
僕が聞き返した。
浅野が代わりに答える。
「山下君とか村中君とか、恋のキューピッドが趣味だって。
この二人に恋の相談をすると、その恋が成就するって、すでに伝説になってるわよ。
海野先輩と望月先輩がいい感じになってきたのも、山下君が裏で関わってるって聞いてるよ。」
伝説って・・・僕らまだ生きてるっつーの!
「別に、趣味でやってるわけじゃないよ。たまたまそこに僕らがいたってだけだよ。」
「へえーっ。ホントだったんだ!詳しく聞かせてもらおうか!ボン、カツ丼取ってくれ。これから取調べだ。」
太陽にほえろじゃねえ。お前は山さんか!
「部活も本当に楽しかった。ていうか、この夏、みんなに感謝だね!」
篠宮がそう言うと、大竹、浅野もそれに同調して、
「そうそう、部活のみんな、先生、講師の先生、応援してくれたみんな、ありがとー!」
篠宮ナイスアシストだ。取調べは回避できたぞ。
ていうか、僕もおんなじ気持ちだよ。心からそう思う。

この夏、みんなにありがとうだ!

明日は九月一日。

二学期が始まる。

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