Many Ways of Our Lives

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おだっくいLOVE

第二章 ともだち

【三】胆試し

その時はそんなに大事になるとは思っていなかったんだ。
実際、その事自体はものすごく楽しかったしね。
それにしても大人が本気で怒ると、結構怖いもんだよね。

夏休みも中盤に差し掛かる八月の頭の正午過ぎ。
部活を終えた僕らは校門のところにたむろしておしゃべりをしていた。
門を出ると帰り道がばらばらになるので、
ここでおしゃべりをしてから帰るのが僕らの常だったんだ。

そろそろ帰ろうか、という時に、絵里ちゃんがつぶやいた。
「胆試しやりたいな。」
たまたま同じ時刻に部活を終えたバスケ部の望月麻美も一緒だった。
当然隣には淳がいる。あとはバスケ部の女子数人とトランペットのスズケンとチューバのブー太。
ブー太は背が高くやせているのにどうしてブー太なんだろう。
小学校のときからずっとブー太はブー太だったらしい。
「胆試し?いいねえいいねえ。夏の風物詩だねえ。いつやる?どこでやる?」
こらスズケン、調子に乗るんじゃない。絵里ちゃんはお前に話しかけたんじゃないっつーの。
「でもね、夕方にお寺で、とかってあんまりにも普通じゃん?そんなんじゃなくてもっとこう、
日常とかけ離れた世界でさまよう、みたいな。そんなところってないかなあ。」
「絵里。」
望月麻美が諌めるように言う。
「あんたっていつもそうよね。この夢見る少女は。そんな場所、そうそうあるわけないっしょ。
胆試しなら竜華寺でも鉄舟寺でも学校の木造校舎でも出来るじゃん。」
望月らしい現実的な意見だ。淳がこっちを見てにやりとする。
「そんなに現実的なことを言うなよ」とでも言いたいのだろうが、
こんなときにも絵里ちゃんに気を遣って言葉を控える淳だった。
そのとき僕ははっと思いついたんだ。
「ある、あるじゃないか。日常とかけ離れた、胆試しにもってこいの場所!」
絵里ちゃんがものすごく期待に満ち溢れた目で僕を見た。
淳も思いついたようだ。うんうん頷いている。

ヤングランドプールだ。

夜中のあそこは実にいい。実に非日常的だ。
そのときの僕らはちょっと変になっていたかもしれない。
まずいんじゃない?なんてことは誰一人口にしなかった。
思いつきもしなかったんだと思う。なんか、妙に気持ちが高揚しちゃってた。
「じゃあさ、一旦家に帰って、おらんちに集合しようぜ。そこで計画を立てよう。参加したい奴は来いよ。」
淳が言った。

その日淳の家には男子四名女子二名が集合した。
男子は淳と僕、ブー太とスズケン。
女子は絵里ちゃんと遠藤由美。
望月麻美も参加予定だが、今日は塾なのでこられないとの事。
バスケ部女子の杉山千秋も参加を希望しているそうだ。
すると当日は男子四人と女子四人。ちょうどいいね。(何がだ!)

「せっかくだからさ、時間もね、思いっきり非日常的に行きたいわけよ。」
淳が切り出した。
「非日常的な時間って?」
と遠藤が聞く。
要するに、徹底して非日常空間を作り上げるために、夜中に家を抜け出して集合しようというのだった。
とにかくがんばって夜中の一時にヤングランドに集合する。
そして、夜中の二時、すなわち昔で言う「丑三つ時」に胆試しを実行するというわけだ。
これには絵里ちゃんが食いついた。赤毛のアンもかくありなん、とばかりの最高の笑顔で言ったものさ。
「素敵!そうよ、それこそが私の求めていたものなの!ああ、わくわくする!」
夏休みも半ばに差し掛かる八月十日に決行日が決まった。
スズケンもブー太もハイテンションだった。
とりあえず胆試し自体の細かい内容は僕と淳で決めておくことにして、この場は解散した。
今日いなかった二人には絵里ちゃんから伝えておいてもらうことにした。
そのあと僕と淳で細かい内容をああでもないこうでもないと計画したんだ。

今考えればありえないことだよね。
中学生が夜中の一時に町をうろうろしていたら速攻で補導されるか悪者に拉致されるかだ。
平和な時代だったんだなーと思うよ。

でもって八月十日はやってきた。

うっかり眠ってしまいはしないかとの不安は無用だった。興奮で眠れやしなかったのさ。
僕の家では両親、双子、僕がそれぞれ別々の部屋で寝ている。
問題は双子の寝ている部屋を通らないと外に出られないことだった。
ものすごく注意して抜き足差し足、双子の寝ている脇を通り過ぎる。
畳のふちが沈み込む時の「ミシッ」という音が雷みたいに巨大な音に聞こえ、
一瞬固まって双子の顔を見る。
大丈夫、寝ている。そしてまた一歩また一歩と進んでゆく。
三十分くらいかかったような気がしたけど、実際は二、三分しか経っていなかった。
玄関のドアを慎重に慎重に開け閉めする。最後の鍵を閉める瞬間がドキドキだった。
「カシャン」という金属音がやっぱり金槌でレールをたたいたような音に聞こえ、
家の中に動きが発生していないかと、しばしドアの前にたたずみ、気配をうかがった。
とくに変化はないことを確認、静かに自転車置き場に移動し、
これも細心の注意を払って自転車を通りまで押してゆく。
通りに出てようやく安心し、ペダルに足を乗せてこぎ出した。

みんなも無事に家を出られたかなあ。

真夜中の町は静寂に包まれていた。
こんなに静かなんだ、真夜中って。
この間淳たちとヤングランドに忍び込んだ時の帰り道は、夜の十時半くらいだったが、
今よりもまだまだいろんな音がしていたと思う。だが今は本当に静かだった。

自分のこぐ自転車のキーキーという音。
タイヤが道路をつかんで突き進むシャーシャー言う音。
そして生暖かい夏の夜の空気を肌がかきわけて行く音。
すべてがはっきりと聞こえ、僕に滲みこんできた。
なんかもう、気分がどんどん高まっていったんだ。

ヤングランドにつくと、だいたいみんな揃っているようだった。
時計を見ると、一時三分前。ぎりぎりセーフ。みまわすと、スズケンがいない。
「あいつのことだ、寝ちまってるんじゃねーの?」と淳。
たぶんそんなとこだろう。

絵里ちゃんが期待に満ち溢れた目をしている。やっぱかわいいや!
その横で遠藤が不安そうな顔をしている。よく考えればこれが正常な反応。
バスケ部の杉山がいる。望月も来ていた。淳の横でいつもの冷静な顔を見せている。
ブー太もなんか顔が紅潮している。

あ、幸利がいる。淳に僕が視線を送ると、
「俺が誘ったら、頷いたから連れてきた。」とのことだった。
スズケンがいなくても男女四人ずつだ。計画通りに行きそうだ。
計画といっても、胆試しのときに、男女のペアで臨む、ってことだけだけどね。

例の侵入口から入る。
絵里ちゃんたちが小さな声できゃあきゃあ言っている。
回るプール横のベンチに集合。
ペアを組む。一応くじで。
でも淳が作った仕掛けで僕らの思い通りのペアが出来た。

淳と望月。
ブー太と杉山。
幸利と遠藤。
そして、僕と絵里ちゃんだ。

早めに来た淳があらかじめ胆試し用のお札をウォータースライダーの入り口に置いておいた。
それを目指して、ローソクを持った僕らが進むのだ。

出来るだけ静かに移動するように、と、あらかじめ決めておいたのだが、
そんなもん誰も守りはしなかった。ていうか無理だった。

一組目が淳と望月。でも聞こえてくる悲鳴は明らかに男子のものだった。淳、おまえ・・・・・・
二組目と三組目のペアは順当に女の子の悲鳴を聞かせてくれた。
どの組もちゃんとお札を持ってきたのはえらかった。
いよいよ僕らの番だ。

なんか自然に手をつないで出発しちゃった。
心臓もそんなにドキドキしていない。
ごく自然なペアになっていることがなんとなくうれしかった。
とその時、何かが目の前を通り過ぎた!
絵里ちゃんが「キャッ」と叫んで僕の腕にすがりつく!

心臓ドッキーン!
通り過ぎたのは猫だった。
猫ナーイス!
「大丈夫、猫だよ猫。」
「なんだあ、猫か。あ、ごめん・・・」と、僕の腕から離れる絵里ちゃん。
でも手はつないだまま。
お札を手にして戻ろうとするとき、思わず言っちゃったんだ。
「僕、今とってもうれしいんだ。」
「え?何が?」
「絵里ちゃんと今ここでこうして一緒にいられることがさ。」
絵里ちゃんはきょとんとして僕の顔を見つめる。
「えー何ー?それって、どういう意味?」
あちゃー、そう来たか。遠まわしすぎたかなあ。
でも普通、わかるだろう。でもな、改めて説明するのもなんだし・・・・・・
「いや、なんでもない。気にしないで。さ、行こうぜ。」
本気でわかってないんじゃないかな、この娘は。と僕は思っちゃった。
まだまだ先は長いな、とね。
「あの時ちゃんと言ってればよー。俺がこんなに苦労することもなかったのになー。」
とは後から淳に言われた言葉。(こればっかりだ。)

四組とも無事お札を持ち帰ることが出来てジ・エンドになるかとおもっていたら、そうはならなかった。
ブー太がプールに落ちたのだ。

「ブー太!おい、大丈夫か?」
なかなか浮いてこないブー太を心配して淳が声をかけた。
ザバッと浮き上がったブー太、
「うわあ、なんか、気持ちいい!」
だと。
ブー太がこんな事いうもんだからみんなが調子に乗っちゃった。
男子はTシャツを脱ぎ、女子はTシャツを着たままプールに飛び込んだ。
「うわあ、ほんとに気持ちがいいねえ!」
絵里ちゃんが言った。
普段冷静でこんなことしそうにない望月麻美までがほんとに楽しそうな笑顔で浮かんでいた。
しばらくの間僕らはゆったりと泳いだり星を見上げて漂ったりして非日常空間を心行くまで楽しんだ。

プールから上がり、プールサイドに座って星を見上げる絵里ちゃんを何気なく見上げた。
月明かりに照らされた絵里ちゃんの横顔はこの世のものとも思えないほど美しかった。
次の瞬間、心の中で「あっ」と叫ぶ。
いわさきちひろでもここまで可愛く描けないだろうと思われる横顔。
目を落とすと、水で濡れたTシャツに普通なら浮かび上がるであろうブラのラインがなく、
つつましく美しい曲線と、その先端のささやかなポッチがくっきりと浮かび上がっていたのだ。
女神だ、女神がここにいる。
拝まんばかりの僕は視線をそらすことが出来なかった。

「さ、そろそろ帰らざあ!見回りの時間になるんてやあ!」
淳の声で我に帰る。
大時計が三時三十分を指していた。

夏休み最大の隠しイベントを終えた僕らは高揚した気分のままそれぞれの家に帰った。
そのままなら楽しいだけの思い出で終わったのだけれど・・・・・・

アパートに着くと僕は凍りついた。
二階の自分ちの電気がついているではないか。
一旦家に入るのを躊躇したが、ここしか帰るところはなく、
五分くらい逡巡した後、ドアを開けて家に入った。

鬼のような顔をした父と真っ青な顔をした母がそこにいた。

次の日の夜、(正確にはその日の夜)僕らは学校に集められ、担任と生活指導教諭、
そしてそれぞれの親たちに囲まれて小さくなっていた。
スズケンが夜中の脱出に失敗し、捕らえられていたのだった。
夜中に家を出て何をしようとしていたのかを聞かれ、がんばって黙秘を通そうとしたのだが、
母親の涙に負け、三時間で陥落、すべてを白状し、夜中にそれぞれの家に電話が回ったらしい。
大人が本気で怒るところは想像以上に怖く、自分たちがどれだけとんでもないことをしでかしたかを
いやが上でも思い知らされた。
何もなかったからいいようなものの、万が一・・・・・・と想像できるあらゆる悲惨なことを聞かされ、
自分らがいかに親に心配をかけたのかを理解したのだった。
絵里ちゃんと目が合った。微笑が帰ってきた。
ちょっと、絵里ちゃん、うれしいけどこの場面では・・・・・・
これがきっかけで、我が富士見中と彼の門中の教師達により夜中のヤングランドプールへの侵入路は封鎖され、
警備も強化されてしまい、僕らの手の届かぬ世界となってしまった。

淳は門中の知り合いにえらく怒られたそうだ。そりゃそうだよね。

怒られたのはつらかったけど、僕にとっては忘れられない楽しい思い出となった。
後でみんなに聞いてみたけど、みんなもそうだってさ。

夏休みも後半にさしかかっていた。

部活ではなんと先輩たちがコンクールで県大会に出ることになっていた。
先輩たちにお盆休みはない。
と思ったらぼくらもそのとばっちり(?)でお盆も部活に出る羽目になった。
宿題がまだ大量に残っているのに・・・

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