Many Ways of Our Lives

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おだっくいLOVE

第六章 たびだち

【三】東海大会本番!

目が覚めたら朝六時だった。
夕べの夢の記憶がよみがえる。僕は「よしっ」と拳に力を入れた。
部屋を見回す。スズケンが一人起きて窓から外を眺めていた。
「おはよう!おかげでよく眠れたっけよ!あんたはどうだっけだね。」
スズケンが振り返った。グーサインとさわやかな笑顔が答えだ。
「よーし、みんな、朝だぞ!起きろーっ!」
「しーっ。ちょっと待て、見てみ、コレ。」
スズケンが指差した先にはブー太の下半身が布団からはみ出ている。
パジャマのズボンが脱げかけてパンツが丸見えでしかも半ケツ状態だった。
「おい、カメラカメラ。」
スズケンが言うと、木村が鞄からカメラを出した。
カシャ。しっかりとブー太の恥ずかしい姿をカメラに収める。
ブー太が起き出す。周りを見回しておかしな雰囲気を感じたらしい。
「えー何?何んあった?」
あんまりブー太が間抜けだっけもんで、僕らは爆笑した。
つられてブー太もわけもわからず笑っていた。

朝の支度を済ませ、六時五十五分に僕らは全員大広間に集合していた。
朝食の号令は金管楽器。望月先輩が前に立った。
「いよいよ今日、本番の日を迎えたわけだ。しっかり朝食をとって、エネルギーを蓄えておくように。
あ、ブー太は食いすぎるなよ。」
笑いが起こる。
「じゃあみんな静かに。いただきます!」
「いただきまーす!」
皆普段からわりと規則正しい生活をしているらしく、ちゃんと食べている。
まあ、女子の中にはもともと小食な子もいるので、
そういう子は周りが気を使って少なめにご飯を盛り付けてあげたり、
食べきれないおかずをまわりがもらってあげたりしていた。

西野先輩が早速おかわりだ。僕が「さっすがー」と言う感じで見ていると、
「コラコラ山下。あたしに惚れるんじゃないよ。」
そういうなりウインクだ。
もともとあっけらかんとした性格の先輩で、そんなパフォーマンスも日常茶飯事なのだ。
「ホラ、栗崎が心配そうに見ているぞ。アハハハハッ」
かなわない。絵里ちゃんも笑ってる。
ブー太はやっぱりよく食べる。朝からご飯山盛り三杯だ。なんでこいつ太らないんだろ。
見ていて気持ちがいいくらいの食べっぷりだ。僕もつられて朝からご飯をおかわりしちゃった。
わいわい楽しく朝食が進む。結構みんな、リラックスできてるな。

「よーし、みんな食べ終わったようだな。ブー太、もういいか?」
「はーい。腹八分目でやめときました!」
笑い。
「しょんねーな、こいつは。よし、じゃあ静かに。いただきました。」
「いただきました!※」
(※僕の過ごした清水の仲間は「ごちそうさま」ではなく、「いただきました。」と言った。中学校の昼食の最後の挨拶もコレだった。)

食後の挨拶の後、手分けしてすばやく食器を片付ける。
テーブルも片付け終え、部屋長を残してみんなは部屋に戻った。
「特に今日の予定に変更はない。このあと荷物をまとめて、九時半出発に間に合うようにきちんと行動できるように。
部屋の片付け、現状復帰が済んだらロビーに報告のこと。では解散。」
先生からの指示をうけ、僕らも部屋に戻った。
部屋では既に皆着替えを済ませ(もちろん制服だ。)荷物の整理をしているところだった。
「手を休めないでいいから聞いてくりょお。今日の行動は予定通り。しおりの予定をもう一回見て、
その通りに動けるようにな。」
僕もすぐに着替え、荷物をまとめた。
部屋の片付けと掃除を手分けして進める。
まあ、片付けと言っても、布団からシーツをはぎ、枕カバーもはいで廊下のカートにいれ、
布団を種類別にたたんで、テーブルを外に出しておくだけなんだけどね。
掃除って言ったってそうそうゴミなんか出るわけもないし。
適当なところで見切りをつけて、荷物をロビーに運ぶように伝えた。

どこの部屋も似たようなものだったらしく、9時くらいにはもう殆どの荷物がロビーに集まっていた。
集まったみんなの目が今日これから始まる1日への期待と決意と、ほんのちょっとの不安をたたえて輝いている。
まだ9時半まではかなりあったが、みんな集まってしまったので、バスに乗り込むことになった。
杉山部長の号令の下、みんながどんどんバスに荷物を積み込む。
荷物を積み終えると、宿の方に挨拶だ。大きな声に感謝を込めて挨拶した。
「ありがとうございましたッ」
昨日の挨拶で宿の人もなれたらしく、今回はびっくりした顔ではなく、笑顔で僕らに答えてくれた。
バスに乗り込み、練習場所に向かう。

国道18号線に出て、北長野駅に向かう。
ま、長野と北長野の駅の位置関係とか、まったくわかんなかったけどね。
途中「古戦場入口」という交差点があり、そこからすぐのところにある八幡原史跡公園というのが古戦場跡だとのことだった。
30分程バスに揺られる。
北長野の近くに練習場所を提供してくれる中学校があった。
西部中学校。長野市内でも歴史のある中学校だそうだ。合唱部がなかなか優秀らしい。
吹奏楽部もあって、こども音楽コンクールなどに出場してなかなかの成績を残しているのだと言う。
バスが止まると、先生らしき人と、生徒らしき数人が出迎えてくれた。
「やあ、いらっしゃい。待ってたよ、小清水。うちの奴らに案内させるから。準備できたら声かけてよ。」
「お世話になります!吉田先生もお変わりないですね。すぐに準備させますんで。杉山、ちょっと来い。」
「はい。」
杉山部長が先生たちのところへ言って一言二言指示を聞くと、すぐに僕らのほうにやってきてそれを伝える。
「楽器をトラックから出したら、手持ちの連中はすぐにこちらの部員の人に案内してもらってまず体育館に楽器を運べ。
その間に打楽器、ここで組めるものは組んじまえ。で、準備できたものから順次体育館へ移動。手持ちの連中のうち、
男子は戻ってきて打楽器を手伝うこと。女子は体育館でイス並べだ。テューバ、弦バスは運んだら向こうでどんどん準備しろ。
わかったな!」
「はいっ。」
号令一下みんなが動き出す。10分後には全員が体育館にいた。
打楽器の配置やらイスの位置の微調整やらをしている横で、西部中の吉田先生が小清水先生に話しをしている。
「さすがに動きが違うな。うちの連中、目を丸くして見てるよ。こりゃ音も楽しみだな。」
「何をおっしゃってるんですか。先生のとこだってすぐでしょ。まだ2年目だっていうのに、先生のとこの生徒さんもなかなかの動きしてますよ。
北信大会、金賞だったんでしょ?」
「まあな。でもまだまだだ。ま、後2、3年あればお前んとこと勝負になるくらいにはできると思ってるがな。」  うわあ、すごい自信だ。
後で小清水先生に聞いたところによると、この吉田先生、
一昨年までいた中学校の吹奏楽部を全国大会まで連れて行ってた実力者なんだそうだ。
それを聞いて僕も納得した。

  準備が整い、先生の指示で個々に音出しを始める。
管が暖まったあたりで、先生がパンと手を叩いた。
それが合図だ。全員、音出しをやめて待機の姿勢をとる。
気がつくと、西部中の吹奏楽部の生徒たちが客席を作って座っていた。
真ん中には吉田先生が陣取っている。
コンミスの山本純子先輩の指示のもと、チューニングが始まった。
僕ら金管楽器は、自分たちの楽器の癖で大体どのくらい調整官を抜き差しすればいいかを感覚で身に付けている。
なので、チューニングはほぼ微調整となる。
ロングトーンが始まる。進むにつれて全体の音がぴったり合ってくるのがわかる。
途中からハーモニーでのロングトーンとなる。バランスがいい。今日も悪くないぞ、僕らは。
基礎合奏を済ませ、曲の最終調整を行う。ここまで来ても小清水先生は更に良い演奏をめざす姿勢を崩さない。
時々吉田先生に何か聞いている。それに答える吉田先生の眼差しも真剣そのものだ。
と、いきなりテナーサックスの八幡先輩が立ち上がって先生のところに駆け寄った。
楽器が壊れたらしい。
一瞬部員に動揺が走るが、小清水先生がまったくあわてず、ツールボックスからなにやら出してちゃっちゃっと八幡先輩の楽器をいじると、
すぐに直る。動揺はすぐに収まった。
何があってもあわてない先生に、僕らは磐石の信頼を置いているんだ。
西部中学の生徒は、僕らの音が出始めた瞬間から、目を丸くして固まっていた。
調整練習が終わり、最後に通し演奏をしよう、と言うことになった。
みんなの顔が引き締まるのがわかる。
ティンパニーのチューニングを再度やりなおす。
準備完了。小清水先生が指揮棒を構えた。
課題曲から自由曲まで、緊張の糸は途絶えることなく、11分弱の演奏が終わった。
思わず拍手をする西部中学の生徒たち。吉田先生も拍手をしていた。
「ここでこんなことを言うのもどうかとは思うが、小清水、いいぞこのバンド。下手すりゃ全国でも通じるんじゃねーのか。
いや、テープで聞いた去年の演奏とは段違いだ。正直ここまでとは思っていなかった。」
そして今度は僕らに向かって、
「生徒の諸君、天狗になっちゃあいかんが、あえて言っておくよ。ぜひ自信を持って演奏してくれ。楽しみにしているよ。」
もちろん僕らは元気よく返事をしたのさ。

僕らが楽器をトラックに積み込み、早めの昼食を食べている間、小清水先生は吉田先生とずっと話しをしていた。
その後、パートリーダーが呼ばれてなにやら指示を受けている。
あとで美里先輩から聞いたところ、県民会館のホールの癖をもとに、
イスの配置や打楽器、弦バスの配置などの注意点を確認したそうだ。
そこまでやるんだ、と感心した僕だった。ただ感心してるだけじゃいけないんだけどね。

西部中の皆さんに別れを告げ、僕らは今日の決戦場、川中島ならぬ長野市民会館へと向かった。
バスの中でぼくらは静かだった。
いや、緊張で声も出なかったとかじゃなくて、ここちよい高揚感につつまれて、
おしゃべりをするような気分じゃなかっただけなんだ。
みんな静かだったけど、笑顔だった。
いよいよ会場の市民会館に到着した。
バスを降りた僕らは粛々と行動した。
駐車場のトラックから楽器を下ろす。楽器置き場に移動する。
ここから先はほぼ県大会までと同じ動きだった。
勝手知ったる駿府会館ではないが、案内のお兄さんについて館内を移動するので、迷うことなど無かった。
舞台袖に整列し、順番を待つ。前の団体の演奏が始まった。地元長野の団体だ。演奏が始まって驚いた。
上手い!
一瞬僕らはお互いの顔を見合わせ、そこに驚きの色を見、すぐに先生に視線を集める。
先生の顔に動揺の色はない。笑顔で僕らの視線を受け止める。そして頷く。僕らは皆安心する。
そうだ。今ここで行われているのは東海大会なのだ。各県の代表が集まって来ているのだ。
高いレベルで競うことになるのは当たり前だった。
そう、僕らは自分たちにできる最高の演奏をすればいい。昨日吉田先生に言われたことを思い出した。
「ぜひ自信を持って」と言われたじゃないか。
隣の木村と拳骨をぶつけ合い、目と目で「ガンバロウ」と伝え合った。

前の団体の演奏が終わり、打楽器の搬入、イスの並べ替えがすばやく行われ、声がかかった。
「準備完了です。では入場してください。」
深呼吸する。そしてステージへと歩み入る僕らだった。
打楽器の淳と視線が合ったように思った。後で聞いたら淳もそう思ったって。
紹介のアナウンスが流れる。
「プログラム十四番。静岡県代表 清水市立富士見ヶ丘中学校 課題曲 一 
自由曲、ショスタコービッチ作曲、ハンスバーガー編曲 祝典序曲 指揮、小清水祐二」
客席に頭をたれる先生。
振り返り、指揮台に上がり、僕らを見渡す。
いつもどおりだ。指揮棒が構えられ、予備拍をとる。
そして僕らの東海大会での演奏が始まった。
地区大会、県大会を経験しての今年のコンクール三回目となる演奏だ。
最初からみんなの音が聞こえた。
大丈夫、僕らは落ち着いている。
うん、課題曲は問題なく終わった。
さあ、祝典序曲だ。
ラッパ部隊、スズケン、頼むぞ!ブレスの音に続いて、決まった!
いつものスズケンの華やかなFの音が心地よく響く。
落ち着いたテンポのファンファーレのあと、プレストに入ると、純子先輩のクラリネットが軽やかにスケールを奏でる。
相変わらずうっとりするような音色と雰囲気だ。
誰かが言ってたけど、純子先輩のソロには色気があるって。
さらりとさりげなく吹いているけど、本当は結構大変なんだよね。(前にも言ったっけ。)
なんかテューバの細かい動きも今までで一番軽やかな感じがする。

実に気持ちがいい。
みんなで一つの楽器になった気がした。
僕らは今までそれだけ鍛えられてきていた。
そして約十分の僕らのステージは終わった。

先生の表情は優しかった。笑顔だった。
僕らもなんともいえない達成感で、自然と笑顔になっていたと思う。
暖かい拍手をいただいて、僕らはステージを去った。
袖で待機していたOBの先輩たちも「よくやったぞ!すばらしかった!」と口々にほめてくださった。
楽器運搬の一年生の中には泣いている子もいた。
どんな結果だろうとかまわない、満足のいく演奏だったと心底思ったんだ。
ティンパニーを運んでいる淳もすがすがしい笑顔だった。
みんなの顔をみていると、いつの間にか頬を一筋、涙が伝っていた。
誰かに見られなかっただろうな、とか思いながら袖でぬぐおうとした瞬間、スズケンにばっちり見られた。
でもスズケン、何も言わずににっこり笑って頷いただけだった。

楽器置き場ですばやく楽器をしまうと、僕らは例によって手際よくトラックに楽器を積み込み、ホールのロビーに戻った。
すでに参加十八団体の最後の団体が演奏をしているところだった。
最後の団体の演奏が終わると、僕らは座席を確保するため、ホール内に入った。
さすがにまとまって座れないほどに人が入っている。
絵里ちゃんたちクラリネットは早々に席を見つけて座った様だ。
僕らも三つ並んで席が空いているところを見つけ、たまたま一緒だったスズケンと淳と三人で座った。
「スズケン、どう思う?」
前置きなしで淳が聞いた。スズケンが答える。
「うん、悪くないと思う。今の俺たちにあれ以上の演奏はできなかっただろう。」
さらっと言いやがった。淳が頷く。
「俺もそう思う。それだけ今日の俺たちは出来上がってたな。だとすれば、後は比較の問題だ。」
僕も会話に加わる。
「賞が何色かってことだな。」
「うん。亮チンはどうだね、悔いはないかね。」
淳に聞かれても戸惑うことは無かった。
「ああ、全然。でもスズケンほど自信はないけどな。僕の精一杯は出せたと思うよ。」
スズケンが続く。
「そうだよね。俺だって別に自分に自信があるわけじゃないけどさ、俺たちがやってきたことを振り返れば、
それくらい言ってもええずら?」
その通りだと思った。

  今年、僕らが春から積み上げてきたもの。
それが十分に発揮された演奏だったと、僕らは心から思えたし、
そう思えることがうれしくてたまらなかったんだ。

「でもあれだね、他の団体の演奏、聴きたかったね。」
スズケンが言った。それに対し、淳は、
「いや、俺は聞かなくて良かったかもって思ってるよ。変に色々意識せずに演奏できたんじゃねーの?」
僕が割ってはいる。
「ま、スズケンは純粋にアレだろ?いろんな音楽を聴きたかったって事だろ?勉強のためっつーかなんつーか。」
「勉強?ちいっと違うかなあ……でもまあそんなとこか。せっかくの機会だんてね。」
「ほらやっぱスズケンには余裕があるって。」
この話題はそこまでってな感じでスズケンが笑った。
余裕があるように見えるとしたら、それはそう見えるまでに練習したからだ。
お前が誰もかなわないほどの練習の虫であることは、みんな知ってるぜ。

  ブザーが鳴った。そろそろ閉会式だ。結果発表が待たれる。
ふと振り返ると、今まで虫食いだった座席が完全に埋まっていた。
さっきまでは『満足のいく演奏ができたから賞なんてどうでもいい』みたいなことを言っていたけど、
発表が近づくにつれて、ドキドキしてきた。
かっこよくねーな、なんてことを感じた自分を『まだまだだな』と思った。
そういう、ドキドキしてしまう自分やなにか、
全部まとめて自分なんだってことに気がつくまでにはまだ時間がかかった。

落ち着かない。周りを見回してみる。
西野先輩が見えた。と、目が合う。おおらかな笑顔で答えてくれた。
反対側を見る。山本先輩と目が合った。
なんか、女の先輩ばっかりと目が合うな、と照れ笑いする僕に、先輩も笑顔を返してくれた。
横にいるのは望月先輩だ。
長野に来てからこっち、望月先輩が海野先輩と急接近していると感じているのは僕だけじゃないはずだ。

集中できなくなってきている僕の気持ちだったが、緞帳がすーっとあがり、
ステージに立つ各校の代表者が現れると、一気にそこに気持ちは釘付けとなった。
自然と杉山先輩に海野先輩を探す。左から五番目にちゃんと立っている。
杉山先輩のちょっと洋風のハンサムっぷりと海野先輩の和風美人っぷりはここ東海大会会場でも目立っていた。
大会会長の挨拶が意外と短く、ぼくらもいらいらせずに済んだ。
審査員の先生方の紹介が終わり、いよいよ結果発表となる。
余計な前置きなどせずにいきなり発表が始まると、やはり黄色い声がそこかしこから立ち上る。
島田西中は・・・・・・金賞だ!さすが!顔なじみの部長さんが笑顔で賞状をいただいている。
次々に発表は続く。
長野県勢は強い。松本の中学と長野の中学がそれぞれ金賞を取った。
愛知県勢もなかなかのものだ。名古屋と刈谷の中学がやはり金賞だ。
すでに金賞が五校。
いよいよ我が富士見中だ。握ったこぶしの内側に汗がにじむ。
「清水市立富士見ヶ丘中学校 金賞!」
悲鳴にも似た歓声があがる。やった!僕らはやったんだ!
思わず淳と、スズケンと、ハイタッチに握手、肩を抱き合って喜んだ。
たまたま銀賞、銅賞になってしまった学校もあるけど、東海大会まで来てる各県の代表校だ、遠慮もいらないだろう。

周りを見回す。確認できた限り、富士見中生は皆歓喜の中にあった。
すべての学校の結果が発表となり、十八校中、金賞は七校だった。
この中から三校が全国大会への切符を手にする。僕らにもその可能性は残っていた。
緊張が高まる中、発表が始まった。
「静岡県代表、島田市立西中学校!」
島田西中がやった!きっとすばらしい演奏だったに違いない。胸の鼓動が更に高まった。
「長野県代表、松本市立筑間野中学校!」
後一つだ。神様!
「愛知県代表、刈谷市立刈谷第三中学校!」

  僕らはダメ金だった。
全国大会への切符は手に入れられなかった。
収まらない歓声もどこか遠くに聞こえていたんだ。
握っていたこぶしから力がスーッと抜けるのを感じた。

自信があったわけではない。
何が何でも全国大会に行く!なんて思っていたわけでもない。
やれることはやったし、悔しさなんてない。
でもなんだかわからないけど涙が流れてきた。
あれ?おかしいなあ。顔は笑ってるはずなんだけど、何で涙が流れるんだろ。
ふと横を見ると、スズケンも笑いながら泣いていた。
そんな僕たちに向かって、淳が言った。
「器用だな、お前ら。笑いながら泣いてんじゃないよ。」
そういう淳の目じりには、明らかにぬぐった後が見えた。
スズケンと三人で手を握り合って頷いたのさ。

代表に決まった学校にトロフィーが渡され、大会会長から激励の言葉があった。
挨拶が終わり、閉会の言葉が述べられると、各校の代表が順次ステージから退場する。
場内は大きな拍手に包まれた。
急いでホールを出て、駐車場の脇のあらかじめ打ち合わせてあった場所に向かおうとするが、
ロビーがごった返していてなかなか外に出られなかった。
ふと気がつくと五メートルくらい先に担任の加藤ティーチャーがいた。
来てくれてたんだ!思わず声をかける。
「加藤先生!」
加藤先生が振り向いた。その向こうには小原先生とほかにも何人か富士見中の先生方がいらした。
「おう、山下!お疲れ様!いやあ、さすが東海大会ともなると、どこの学校も上手いな!そんな中で、お前ら良くやったよ!
今までで一番感動したぞ!」
興奮気味に僕の手をとってそう言ってくれる先生の顔が不覚にも涙でにじんだ。
小原先生が僕の涙に気づいたようだった。
「山下、今の気持ち、忘れるなよ。誰にでも味わえるってもんじゃあない。いいな。」
僕は何度もうなづいた。
「ありがとうございます。ありがとうございます。」
それしか言えなかったんだ。

人ごみに流されて外に出ると、集合場所に急いだ。
僕らが着く頃には、殆どみんな集まっていた。
泣いてる子も結構いたけど、そんな子も含めてみんなさわやかな表情だった。
改めて思った。
全国大会にいけないのは残念だけど、それ以前に僕らは精一杯やったんだ、とね。
部長、副部長を連れて、賞状を手にした小清水先生が到着した。
先生を中心に僕らは半円を作る。
先生の向こう側では応援に来てくれた保護者、教職員の方々、
OBの面々が笑顔で僕らの健闘をたたえてくれていた。

  小清水先生が口を開いた。
「みんな、ありがとう。本当に良くやってくれた。すばらしい演奏を、本当にありがとう。」
そこまで言うと、涙をこらえるかのようにぐっと顔を上げた。
言葉が続かない。女子たちはもうだめだ。洪水状態だ。僕を含め、男子の何人かも涙を流していた。
小清水先生が顔を元に戻す。あ、涙の筋が。でも満面の笑顔だ。
「良くここまでついてきてくれたな。本当に長い時間、君たちはがんばってきた・・・・・・。
うん、もっともっと言いたいことはあるんだけど、今は上手くまとまらない。
一つだけ言っておきたい。君たちは俺の自慢の生徒だ。俺の宝物だ。俺は・・・・・・俺は心からうれしいよ。」
もうだめだった。それまで我慢していた残りの男子たちも、全滅だ。
あの望月先輩ですら顔を上げて頬に涙を伝わせている。
しばらく僕らはそうやって泣いていたんだ。
講師の小沢先生が助け舟を出した。
「小清水先生が柄にも無くいっぱいいっぱいになってるみたいだから、杉山、お前後を頼むよ。」
指名された杉山先輩が一歩前に出てみんなに声をかけた。
僕たちほどじゃないけど、涙の筋が見えたぞ。
「よし、じゃあみんな、応援に来てくださった保護者の方々、先生方、OBの先輩がたにちゃんと挨拶だ!
ほれ、しっかり顔を上げて!いいか?よし、じゃあ気をつけ!みなさんに礼!」
「ありがとうございましたッ!」
小清水先生があらためて応援の方々にお礼を言い、この場はお開きとなった。
みんなでバスに乗り込む。既に時間は午後の5時になろうとしている。
これから帰って、下手をすると清水に着くのは夜中の零時をまわることになるだろう。

「全員いるな!よし、出発だ!」
小清水先生のテンションが珍しく下がらないままだ。
横に座ってる小沢先生に何か言われてる。笑いながら何かうれしそうに答えている。
みんなもはじめはテンションが張ったままでおしゃべりがとまらない様子だったが、
途中のドライブインで夕食をとった後は、一気に疲れが出たのか、静かになってしまった。
僕の横で木村も眠ってしまったようだ。
「亮君、起きてる?」
うしろから絵里ちゃんが声をかけて来た。
「うん、起きてるよ。なんか、興奮が収まらない感じでさ。」
「あたしも。美穂は寝ちゃうし、なんかつまんなくて。でもさ、今日の興奮って、
いままでの地区大会や県大会のときのとはちょっと違う感じよね。」
「そうだね。もう一歩で全国だった、とか、これで今年のコンクールは終わっちゃったんだ、とか、
今までにない感覚が色々あってさ。」
「そうそう、そうなのよ。あたしもおんなじ。」
「ロビーで加藤先生や小原先生と話したんだけどさ、」
「へえー、いいなあ。」
「その時、小原先生が『今の気持ちを忘れるなよ。誰もが味わえるようなものじゃないんだから』
みたいなことを言ってくれたんだ。」
「誰もが味わえるわけじゃない、か。そうだね、あたしたち、がんばったんだよね。」
「うん。でね、」
「なあに?」
周りの連中が眠っていることを確認して、僕は言ったんだ。
「そんな気持ちを絵里ちゃんと共有できたってことがすごくうれしいのさ。」
言ってから恥ずかしくなって顔が赤くなるのを感じた。
絵里ちゃんはにっこり笑ってこう言ったんだ。

「あたしも。」

  窓の外は真っ暗。バスは静かに、たくさんの笑顔を乗せて清水を目指していた。

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