Many Ways of Our Lives

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おだっくいLOVE

第一章 出会い

【五】部活動本格化

中間テストが終わり、部活動が本格的になってきた。

運動部の1年はグラウンドの周りやコートの周りで中腰で声出しをさせられていた。
もちろん玉拾いもね。ランニングの距離もどんどん伸びて来ているって。
そんなんで楽しいのかよって野球部のやつに聞いてみると、
先輩もみんなそうやって来たんだし、今は体力をつける時期だし、とか色々言ってた。
とにかく野球が好きだからそんなの楽勝で我慢できる、だってさ。

僕らも練習の内容が徐々に変わってきていたんだ。
テスト前は楽典の座学とか呼吸法の練習とか、金管楽器だと「バズィング」とか、
マウスピースだけでの音出し練習とか、ホント、基本的なことばっかりで、
少々飽きてきたところだったのだが、テストが終わって練習時間も長くなると、
いよいよ楽器本体での音階練習とか先輩達の合奏の見学とかブラスバンドらしくなってきた。

先輩達に言わせると、僕らはブラスバンドではないらしい。
「吹奏楽部」だそうだ。
音楽室横の部室の看板にもそう書いてある。
そもそもブラスバンドとは金管楽器だけの編成に打楽器が加わっているタイプのバンドを指し、
木管楽器や、場合によっては弦バスなども加わるような編成は吹奏楽と呼ぶらしいのだ。
そう聞くと、なんか「ブラスバンド」よりも「吹奏楽」のほうが格好よく思えてきて、
これ以降は「吹奏楽」だなっ、なんて淳と盛り上がった。

トロンボーンのパートリーダーは3年の木下先輩だ。
背が高く、肩幅もあり、あごひげもチラホラしているところから、
「おじさん」と仲間内では呼ばれていた。もちろん一年生にそんな呼び方は許されていない。

この先輩が結構厳しくて、ぼくらトロンボーンの一年は、楽器を組み立てる前に必ず、
@腹筋運動50回。
A腹式呼吸練習10分以上。
Bバズィングで5分以上
Cマウスピースで音階練習
をやらされるのだった。何しろこの先輩、部活を休むとか、練習をサボるとかいう事がまったくない。
僕らが基本練習をしている間は必ずついていてくれる。
自分はいつ練習をしているんだろう、と思ったりもするけど、
楽器を吹くと実にいい音がするんだなこれが。
「あいつはな、性格が暗いから人の見ていないところで1人で練習しているのさ。」
そういうのは打楽器の大西先輩。
少女漫画から飛び出してきたような繊細できれいな顔をした3年の先輩だ。
性格はクールで吹奏楽部で一番のモテ男らしい。
不思議なことにこの対照的な雰囲気の2人の先輩は実はとても仲のよいコンビなんだそうだ。
淳に言わせると、いい加減そうに見える大西先輩も、かなりまじめに打楽器の後輩達を鍛えているらしい。

サックスの吉成先輩は、みんなには「恵子先輩」と名前で呼ばれている。
ショートヘアでスポーティな感じ。手足が長くてかっこいいので、
陸上とかバレーボールとかすごく似合いそうだった。
「おい山下、しっかりやってるか。」
てな具合に、男言葉でしゃべるのだが、それがやけに似合っていて、
後輩女子諸君の憧れの的にもなっているらしい。
すこしくじぇらしっくなことに絵里ちゃんも恵子先輩のファンを自認している。
「恵子先輩ってかっこいいよねー。何食べたらあんなんなるだかねー。」
普通の日本食だと思うぞ。(ちょっと投げやり。絵里ちゃんごめん。)
ていうか、この部活の女子の先輩達にはきれいな人が多いね。
「当然調査済みさ。」
淳に言われた。なぜ上から目線?

クラリネットのパートリーダー兼部長の斉藤先輩に以上の3人を加えた4人が中心となって
吹奏楽部をまとめているのだそうだ。
和田慎二のマンガになぞらえて「カルテット」なんて一部では呼ばれてるらしい。
いいなあ、自分達もあんな先輩達みたいになれるかなあ。

そんなことを考えながら練習に励んだんだ。


【六】天中殺

ある日のこと、僕はひどい目にあった。

その日は朝からいやな予感がしていたんだ。

家を出るときに急におなかが痛くなりトイレに駆け込んで遅刻しそうになるし、
教室に入るなり教壇に躓いて教卓に頭をぶつけるし。
(もっともクラスメイトたちはいつもの僕の冗談だと思って思い切り笑ってくれていたが。)
授業にもなんとなく身が入らず、4つの教科で先生に怒られたりからかわれたりした。
最後の時間の体育では、教科係として体育教官室に先生を呼びに行ったら、
先生の虫の居所が悪かったらしく、
「ノックの仕方が悪い!」と、ゲンコツをもらう羽目に陥った。
帰りの会の間中、僕は「今日は部活を休んで帰ろうかな・・・」と考えていたのだが、
帰りの会が終わったとたん、絵里ちゃんに「部活に行こうよ!」と言われて、
うっかり「はーい!」といい返事をしてしまったんだ。

いつものように楽器を出してパート練習の部屋に行くと、
部屋の雰囲気がいつもと違っているのを感じた。
パートリーダーの木下先輩の姿が今日は無く、3年の加藤先輩が1年生の面倒を見ていた。

加藤先輩はとても明るく楽しい先輩で、冗談を交えながら後輩の指導をしてくれるのだが、
その日はその加藤先輩がえらく静かなのだった。

僕は勘違いをしてしまった。
静かに進んでいく練習を、
(これは加藤先輩のギャグに違いない。いい頃合できっと「なーんちゃって!」とやってくれるに違いない)
と踏んだのだ。

あまりに長い間加藤先輩が静かなので、とうとう我慢できなくなった僕は
「先輩ー。冗談がきついっすよ〜。そろそろいつもの先輩に戻ってくださいよー。」
とやってしまった。すると、加藤先輩が一瞬にやりと笑い、すぐに鬼のような形相になり、
「うるせえ!この野郎!」
と叫んだ。そして
「ええい、こうなったらお前が生贄だ!覚悟しろ!」
というと、僕につかみかかってきたんだ。

驚いた僕は逃げた。校舎内を走り回って1階のトイレの個室に逃げ込んだ。
(どうしたっていうんだ、僕がいったい何をしたと・・・・・・)
と個室の中で震えていると、トイレの入り口のドアが開く音がした。
加藤先輩の声がした。
「こーこーだーなー。わかってるんだぞー」
といいながら、ひたひたと近づいてくる。悪夢を見ているようだった。
僕の隠れている一番奥の個室の前で足音が消える。
僕はひたすら震えてちぢこまってるだけ。
するとまた足音が離れていく。
僕は一瞬(助かったのか?)と思ったのだが、向こうからバケツに水を入れる音がし始めた。
(なんだなんだ?どうなるんだ僕?)と思った瞬間、個室の上から大雨が降ってきた。
一瞬にして僕はずぶぬれになった。
半泣き状態でトイレから出てきた僕は、他の生徒の通報で呼ばれた先生に捕まえられて
ひきずられていく加藤先輩を見た。2年の吉田先輩が声をかけてくれた。
「大変だったなあ、山下。加藤先輩、いやなことがあると時々ああやって切れちゃうんだよな。
お前も空気を読まないと。してなかったっけ?加藤先輩が切れちゃう話。」
聞いてなかった。
先輩、頼みますよ。そういうことは早めに教えといてくださいよ。

空気を読めだの人には二面性があるだの、中1の小僧にはわからないっつーの。
その日はジャージで家に帰った。
帰りに仕上げで犬のうんこを踏んづけた。
家族には何も言わなかった。心配かけるかとか何とかじゃなくて、馬鹿馬鹿しくて。

次の日加藤先輩は何事もなかったかのように明るい調子で
「昨日はわりーっけ、山下!」
と謝ってきた。
「はあ、どうも・・・」
と答えるのがやっとだった。
ただでさえ静岡弁で「わりーっけやー」とやられると、謝られてるんだかなんだかよくわからないのに、
笑顔で言われたもんだから、もう、何がなんだか。

それにしても中学1年生にとって3年生の迫力はすごいものがある。
ほんと、大人にいじめられているような感じで、ちょっとした恐怖だった。
僕はこのことをしっかり覚えておこう、自分が3年生になったら、
そのことを踏まえて1年生に相対しようと思った。いや、本当に。

それにしてもついてない日というのはあるもんだ、と思ったのだった。

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