Many Ways of Our Lives

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おだっくいLOVE 番外編その6

スズケン
【二】 スズケン 吹奏楽部に入る

  オレのクラスは一年五組。
担任は数学の村松先生。四十台後半の中年男性教師だ。
クラスはまあまあ、といったところだ。面白そうな男子もいるし、それなりにかわいい女子もいる。でも、あんまり興味はないんだ。

今のオレの興味は、ブラスバンド入部。それだけ。
どんな仲間が待っているのか、どんな先輩が待っているのか。小志水先生はどんな指導をしてくれるのか。早いところ仮入部期間にならないか、
そればっかり考えていたのさ。

ある土曜日、一年生対象の部活紹介が体育館であった。
ブラスバンド以外まったく眼中になかったオレだったが、まあ、他の部活の先輩たちも一生懸命宣伝してくれていたので、それなりには見させてもらったさ。
ブラスバンドの宣伝は、アンサンブルの演奏を含むかっこいいものだったので、オレは満足だった。紹介が終わったあと、体育館内に設置された各部の臨時
申し込み所(ただの机だけどね)の中のブラスバンドのところで、速攻で申し込んだ。
名前・鈴木健二
希望楽器・トランペット

その後オレたちは練習場所につれていかれることになっていた。
「へえ、君もブラスバンドに入るんだ。」
後ろから声をかけてくる奴がいるので振り向くと、同じクラスのブー太がニコニコとオレに笑いかけていた。オレは昔から外面は良くするように仕込まれて
いるので、ニコニコと笑い返し、
「おう、よろしくな!望月、だっけ?」
「ブー太でいいよ。みんなそう呼ぶから。」
「わかった。ブー太、君?」
「ブー太で止めてくれよ。気持ち悪いから。」
そうなんだ。
「わかった、じゃあブー太、改めてよろしく。」
「よろしくね。君は鈴木健二君だったね。スズケンでいい?」
はぁ?スズケンだぁ?そんな安直なあだ名をつけてくれるなよ。小学校では「ケンジ」って呼ばれてたんだぜ。そのほうがいいのになあ。
「じゃあスズケン、よろしくね。」
聞いちゃいねえ。
結局こいつのせいでオレのあだ名はスズケンに決まっちまったのさ。

練習場所の第一音楽室に到着。
希望の楽器ごとにまとまって並ばされた。
女子にはあんまり興味のないオレだったけど、リーダークラスの先輩女子が全員美人であること、同学年の入部希望者がかなりの高レベルのルックスを持つこと
はわかった。
あ、クラリネットの希望者に栗崎絵里がいる。この娘は綺麗なんだが、俺に言わせるとちょっと変。小学校時代もこいつの言動には少々悩まされたものだった。
うわ、こっちむいて笑ってる、こら、手を振るんじゃねえ!ほら、注意されたじゃねえか。
一緒にされてマークされたくないんでね。オレの目標は高いのだ。

部長先輩の話が始まった。
な、なにい?パートは必ずしも希望通りになるとは限らない?先輩と先生が適性を見て、バンド全体のパートの人数バランスを考えて決めるだとお?
楽器を持ってる持ってないは関係ない?
上等だ。
オレの適性をよーく見てくれ。トランペットしかないだろう?

パート選抜のための参考のためにいくつかテストを行う、だと。
リズムうちのテスト。(先輩のたたくリズムと同じリズムを拍手でたたき返した。)
歌唱テスト。(校歌を歌わされた。)

テストが終わると、小志水先生の面談があった。テスト結果の書かれた紙を持ち、一人ずつ音楽準備室に入って、小志水先生と話しをするのだ。
オレの番だ。
準備室に入って先生に近づく。緊張したまま気をつけをして待つ。
ゆっくりと振り向いた小志水先生は、笑顔だった。
でも、その姿全体からは、何か力強いオーラのようなものが立ち昇っているように感じられた。
「鈴木君だね。まあ、座りなさい。」
「は、はいっ。」
情けないことに声が上ずった。
「そんなに硬くなることはないよ。君は、トランペット希望だと言ったね。」
「はい、そうです。」
今度はちゃんと返事ができた。
「そうか。うん、リズム感もいいし、歌も、ほう、こりゃすごい、部長がSをつけてるよ。」
Sとはどうも一番いい成績らしい。
「どうしてトランペットを希望したんだい?」
「はい。僕の父の友人に、トランペッターの安岡圭三って人がいまして、この人の演奏にあこがれて希望しました。」
「安岡圭三?へえ、君、彼知ってるんだ。ケイゾーさんの友達のお子さんかあ。」
「安岡さんも、小志水先生のこと、話してらっしゃいました。」
「へえ、ケイゾーさんが?俺のことを?なんて言ってた?」
「はい。『あいつならちゃんと指導してくれるぞ』って言ってました。大学の後輩だとも。」
「うっわあ、そうなんだ。でも、そんな風に言ってくれてたとはありがたいね。え?じゃあもしかしてもうトランペット持っちゃってたりするんじゃないの?」
「はい、安岡さんが選んでくれたシルキーのB5を。」
「シルキー?ケイゾーさんが選んだ?じゃあ何、もう練習してるとか?」
「はい、先日も安岡さんが来てくれて、いろいろ教えてくれました。」
「こりゃ参った。こういうことか。いやね、この間ケイゾーさんから電話が来て、なんだか秘密めいた事言ってるから何だろうと思ったんだが・・・
君のことだったんだ。うん。わかった。みんなの手前、発表はきちんとしないといけないから、今はまだ決定とは言えないけど、悪いようにはしないよ。
君もその辺、心得といてくれ。この意味、わかるかい?」
よーくわかったので、にっこり笑って返事をしておいた。
「はい。わかりました。」

面談が終わった後、ブー太が寄って来て色々聞いてきた。
「どんなこと聞かれるだかねえ。怖くなかった?どうしよう、正直に色々話さなきゃダメかなあ・・・」
「大丈夫、自分の気持ちをストレートに話せばいいよ。第一君の希望の楽器はチューバだろ?まず大丈夫だよ。」
定員二名のところにブー太だけだ。何を心配してるんだろう、こいつは。いいからさっさと行って来い!

一週間後、正式にパート発表があった。
たまたまだとは思うけど、希望通りにならなかったのはひとりだけだった。バリトンサックスに決まった篠宮。でもこいつがまた気が強そうな女で、発表のときも
しっかり顔を上げて「はいっ」といい返事をしてやがった。これが栗崎だったらふえええんとか言って声上げて泣いたに違いない。
ブー太は予定通りチューバに決まってホッとしていた。
あと、気になる奴といえば、打楽器の村中と、トロンボーンの山下かな。こいつらはなかなかデキると見た。

オレには別にそんな気はないのだが、ブー太のやつがなついてくる。別に拒否する理由もないので流れに身を任せる。
「スズケン、思ったよりも大変だよ、チューバ。肺活量には自信があるつもりなんだけど、息が続かないんだよねえ。トランペットはいいなあ、
マッピが小さいから、息がもつでしょう?」
中一でそんなに息の続くチューバがいたらサプライズだっつーの。(覚えたての英語を使うのが今マイブームなのだ。)
めんどくさいのでとりあえず慰めておいた。
「なに言ってんだよ。一年生だぜ、オレたちまだ。はじめたばっかで普通に吹けたら先生なんて要らないっつーの。先は長いよ。がんばろうぜ。」
周りからは底抜けの笑顔(馬鹿みたいに、と言う響きが隠れているのはわかっているが)と言われる笑顔で言ってやった。すると、
「そうかー。そうだよね。まだ始まったばっかだもんね。」
と、ブー太がこれまた嬉しそうに言うので、ちょっとこっちも照れてしまった。
しょうがない、仲良くしてやるか。

一年の練習は最初はやはり基本の基本からだ。
安岡さんの指導があるので、オレにとっては知ってることばっかりだった。だからと言って適当にやったりはしないんだ。オレの事情を知って、
それを酌んでくれた先生の気持ちに答えたい。それに、基本の練習はやって絶対無駄になることはない。おかしい、と思うことがあってもすぐに
先輩に口答えなどせず、一度安岡さんに確認してから、先生経由で何とかしてもらう。人間関係も大切だからな。オレは最初から目立っちゃいけないんだ。
時間が立てば本当の実力がついて、それがみんなにも判るときが来る。
実力でわからせることができるようになるまでは、口は閉じておくんだ。
そのためにはどんな事だって耐えられる。

オレの目標はプロなんだから。

だからと言って回りを見下すようなことはしないさ。
周りのみんなだって好きで音楽をやってるんだから。
それなりにあわせることはオレにだってできる。
もし部活の練習が物足りないものだったら、オレはみんなの何倍も家で練習ができる。せっかく親父が与えてくれた環境なんだから、使わない手はない。
(でも、この心配は徐々に無用になっていった。この部活、結構レベルが高くて厳しいんだ。周りの奴らもたいしたものだと、一年後、二年後にわかる
ことになる。)

ある日のパート練習の時の事だった。
「鈴木、お前、なかなか筋がいいな。もしかしたらちゃんとした人に習ってるんじゃないか?」
二年の山野先輩がしげしげとオレを眺めて言った。このひと、なかなか鋭い。ペットの技術も相当なものだし。(オレには三年の先輩たちよりうまいと思えた。)
正直に言うのもなんだから、少し濁して答えておいた。
「あ、はい。父の音楽仲間にトランペットの専門家のかたがいらっしゃいまして、時々指導してくださるんです。」
「そうか、やはりな。小学校でやってた、とかいう奴は意外と変な癖がついちゃってなかなか伸びなかったりするんだけど、お前はちがう。
うん、この先楽しみだな。田中や川口もまだまだだけど、お前と一緒で素直でおしえたことをきちんとやろうとするからな。この先伸びてくると思うし。
ホッとしたよ。」
この山野先輩の言葉には重みがある。先輩は二年でたった一人のトランペットなのだ。
一緒に入った後のふたりは練習のきつさに声を上げてやめてしまったのだそうだ。幸い三年生が三人いるのでコンクールは問題なさそうだけど、来年に向けて一年生が伸びてくれないと・・・という心配が常にあったんだそうだ。山野先輩の練習熱心さと人柄の誠実さは、入ったばかりのオレにも十分わかる。一緒に入った田中も川口もすげーまじめな奴らだし。
山野先輩、大丈夫、オレたちはやりますよ!

その日の練習の帰り、例によってブー太がすり寄ってきた。
「スズケンー。ちょっと聞いてくりょお。」
なんだっていうんだ。暑苦しい。
「オラ、恋しちゃったみたいなんだ。」
はあ?何を言ってるんだこいつは。勝手に恋してろよ。何でオレにそんなことを!
でもオレはすぐに普段の仮面をかぶる。
「ほほう、恋ですか。ブー太がねえ。で?誰に恋したって?」
「あんたんとこの川口。かわいいと思うだろ?あんたも。」
ブー太、悪いがあれはかわいい、と言うんじゃないんだ。ちいさい、と言うんだ。とは言え、むげにそう言い放つのもいけないので、
「まあな。身長がかわいいよな。」
「そうだろ?そう思うだろ?」
こいつ、「身長が」の部分だけとばして聞いてやがる。
ま、よく見れば川口ももともとそこそこかわいいんだとは思う。で、つくりが小さいからひょろ長いブー太から見ればすごくかわいく見えるんだろうな。
「で、オレは何をしなきゃいけないんだ?」
「何って?」
きょとんとするブー太。
「だからー。お前、恋の相談とかしちゃってんじゃないの?このオレに。」
ブー太は笑って言った。
「いやいや、聞いてくれたじゃん。それで十分。べつに川口に告るとかそんなんじゃないから。」
あいた口がふさがらないオレ。
「なんつーかさ、あいつのことを考えると胸がほんわかするんだ。部活であいつの事を見るたんびにうれしくなるんだ。そんな気持ちが楽しくてさ。
誰かに聞いてもらいたかっただよ。」
「それだけ?」
「それだけ。」
オレはため息をついた。ま、ブー太だからな。こんなとこだろうし、こんなのもありかな、って思ったんだ。
「あ、あとさ、スズケン?」
「なんだね。」
「川口には内緒だよ。」
わかってるよ。俺には人のそういうのに口を突っ込む趣味もなければ興味もないから。
しばらくオレは恋などしないだろう。

オレの恋人は、トランペットだもの。
さ、ブー太、帰ろうぜ。

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