Many Ways of Our Lives

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おだっくいLOVE

第六章 たびだち

【二】大会前夜

長野市中心部のまだ少し手前、篠ノ井の宿に着いたのは夕方の五時半だった。
近くに川中島の古戦場もあると言う場所だ。
そう聞くと、ああ長野に来たんだなあ、と思う。
夕方ということも手伝ってか、清水を出発したときよりもかなり涼しかった。
駐車場に見慣れたトラックがある。すでに楽器は到着していたのだった。
バスのトランクルームから次々に荷物を取り出す。
すべての荷物が出たところで小清水先生から声がかかった。
「まずは各自部屋に自分の荷物を運ぶこと。今日は予定通り練習はせず、ゆっくり過ごすことにするからな。
しおりを見て、各自時間通りに行動できるように。よし、では宿の方に挨拶だ。杉山!」
「はい。ではみんな、これからお世話になる宿の方に向けて……」
みんなが一斉に玄関に立つ宿の方のほうを向く。
「気をつけ。礼!」
「よろしくお願いします!」
宿の人たちがびっくりするくらいの大合唱で挨拶したのさ。

部屋に荷物を運び込む。部屋割りの基本は同パート同学年だ。
ただし男女は別。(あたりまえだ!)
トロンボーンとトランペット、ユーフォニウムとテューバ。この四つのパートで二年男子が五名。
僕とスズケン、もう一人のトロンボーンの木村、ユーフォの野田とブー太だ。
木村は物静かであまり目立たないが、トロンボーンの腕前はなかなかのもので、楽器もコーンの30万位するやつを持ってる。
ユーフォの野田は音楽だけじゃなく美術も得意で、性格も飄々としていてあだ名がそのまんま「芸術家」。
長いので僕はそのまま「野田」と呼んでいる。
部屋長は僕だ。

夕食が六時半だと言うことだったので、それまでは適当に時間をつぶすように指示を出す。
五分前行動が基本なので、6時25分までに食堂に集合するように言っておいた。

  野田にちょっと頼んでみた。
「野田、ちょっと頼みがあるだけん、えーかな?」
「なんだね。」
「いや、ちょっとさ、このしおりの裏に、トロンボーンの絵なんてちゃっちゃっと描いてくれないかな。」
「僕の絵は高いよ。」
「1号でガム3枚では?」
1号がはがき大くらいと聞いたことがあるので、そんな感じで言って見た。
「いいだろう。」と言って野田が描き始めた。
実にうまい。陰影とか輝きとか、僕には決してまねのできない正確な線で描いてゆく。
しかも速い。十分くらいで描きあがってしまった。
うむ。実にすばらしい。
しおりの裏に斜めに描かれたトロンボーン。鉛筆で描いたのに、輝いている。
「ありがとう!これは報酬のガムだ。梅ガムとクールミント、どっちがいい?」
「梅1枚にクールミント2枚で。」
「了解。じゃあこれ。」
「なくすなよ。将来えらく価値が出るはずだからな。」
「そりゃあもう。家宝にでもしようかって勢いだぜ。」
それくらいすばらしい絵だったのさ。

「じゃあ、移動しようぜ。」
6時25分。しおりを持って食堂に移動する。食後に部屋長会議があるのだ。
部員全員が入っても余裕のある大広間だった。
パートごとを基本に座席が決められていた。
僕と木村は美里先輩の横に並んで座る。
反対側には野田やブー太がやはり同じパートの女子メンバーや先輩たちと座っていた。
夕食の号令は木管楽器。コンミスの山本先輩だ。
「いただきまーす。」

男子部員は実によく食べた。
特にブー太が大盛りご飯を何度もおかわりする。
あのスリムな体のどこに入っていくんだろう。
お世話してくれている保護者の方もびっくりしている。
「ちょっとブー太君、大丈夫なの?お腹壊したら明日、大変よ。」
美里先輩のお母さんだそうだ。
「お気遣いありがとうございます。実は僕、普段からこんな感じで。これでも今日は少し遠慮してるんですよ。」
望月家のエンゲル係数はかなり高そうだ。
女子部員も結構食べていた気がする。
何人かはご飯をおかわりしていたし。
ちょっとだけ、どすこい系の(失礼!)バスクラの西野先輩が二回おかわりしていたのを見逃さなかった。
「野沢菜がおいしすぎるのよ。」
それは単なる言い訳です。

夕食が終わり、部屋長が残された。
先生からの伝達事項をメモする。
練習はしないが、イメージトレーニングをするので、食休み後再度この部屋に集合するように言われる。
集合時間は9時半。それまでに入浴等、済ませて置くようにとのことだった。
部屋に戻って伝達事項を伝える。
遅くとも9時25分には楽譜を持って大広間に集合するように。 「みんな、急がないと、僕らの風呂の時間、すぐだぜ。」
みんなをせかして自分も着替えを持って部屋を出る。
8時半からの25分間が僕らの入浴時間の割り当てなのだ。

風呂場に行ってみて驚いた。でかい。
これなら男子部員全員で入っても大丈夫じゃねーのか、などと言ってる奴がいるが、その通りだと思った。
のびのびと入らせていただいた。
「ブー太!おまえ、おっとなだなー!」
いきなり大山先輩が叫んだ。先輩の視線はブー太の股間に注がれている。
うおおっ。先輩のせりふに納得。ブー太の股間はすでに大人な感じに仕上がっていた。
そういう大山先輩もすでに仕上がっている。
木村と僕は……まだ成長途中であります。
野田は関係ないふうですでに体を洗い始めていた。
「あんまり言わないでくださいよ〜。ちょっと気にしてるんスから〜。」
尊敬する大山先輩に尊敬の目(?)で見られて照れた感じのブー太だった。
「ま、人それぞれな、成長の度合いが違うのは当たり前だ。いつかはみんなおんなじ様な感じになっちゃうんだけどな。」
いつの間にかホルンの望月先輩が入ってきていた。これまた仕上がってる。
「あれ?ホルンと打楽器と木管男子は後半だろ?」
大山先輩が望月先輩に言った。望月先輩が答える。
「おう。実は風呂がかなりでかいんで全員で入っても大丈夫だろうということでな。
早く入りたい奴は入っても良いとのお達しがあったんだ。俺はもともと長風呂なんでな。」
なるほど、そういうことか。
「はいはーい、おじゃましますよー。」
淳たち打楽器メンバーが入ってきた。一気に風呂場がにぎやかになる。
「ばっかやろー、男なら隠すんじゃねえ!」
淳が調子に乗って他の奴のタオルをはぎ取っている。しょうがねーな。

  さすがに全員分の洗い場はないので、さっさと体を洗って湯船に入った。
バスに乗っていただけなのに体は疲れていたらしく、しみじみリラックスできた。
「おい、露天風呂があるぜ。行って見よう。」
淳が言うのでみんなでぞろぞろ移動した。
「でっけーなあ。ここってどういう施設なんだろ。いわゆる温泉宿じゃないみたいだけど。」
「なんか大学生が合宿とかで使うみたいだよ。ロビーにいろいろ写真とかあったし。」
「へえー、木村、よく見てるな、そういうとこ。」
そう。木村は注意力が高く細かいところによく目が行くのだ。
まったりしている僕らを尻目に風呂の外でうろうろしてる奴がいる。淳だ。
「おまえ、湯船に入んないでうろうろしてんと風邪引くぞ。何やってんだよ。」
「バーカ、露天風呂の壁際で探すものと言えば、秘密の花園に通ずる光の道だろうが。」
「は?」
「覗ける穴はないか探してんだよ!」
「バカ、やめとけって。ばれたらどうすんだよ。明日本番なんだぞ!もめ事は御免だぜ!」
「いいからいいから。まかしとけよ。」
「何を任せるんだ?」
「だから、覗き穴探索を……はうっ。」
いつの間にか望月先輩が淳の背後に立っていた。
「このお調子もんが!」
望月先輩の拳骨が淳に炸裂した。淳が首をすくめるが、先輩が加減してくれたらしく、淳は照れ笑いだ。
「ま、気持ちもわからんではないが。むこうに海野がいるかもしれん以上、お前の行為を許すわけにはいかんのでな。」
淳をはじめ、まわりにいた奴ら全員の目が丸くなって望月先輩に釘付けとなった。
望月先輩が女子がらみの冗談を言った!
しかも海野先輩に対する自分の立ち位置を明らかにするような発言を!
「ほう、お前も言うようになったじゃないか。」
今露天風呂に入ってきたばかりの杉山部長が笑って声をかけた。
「人間、変わらずにはおられん様だ。」
そう言って笑う望月先輩に、周りの僕らは改めて親近感を深めたのだった。

淳も風邪を引かないようにしっかり湯船で温まってから風呂を出た。
ちょうど女子風呂からは山本先輩、美里先輩、海野先輩の三大美人が出てきたところだった。
上気した肌の色とぬれた髪の毛の効果で、いつにもまして美しい先輩たちに、僕らは見とれるしかなかった。
「くーっ。惜しかったなあ・・・・・・」
とは淳の弁。
僕らと一緒に出てきた望月先輩を海野先輩が見つけて、
「望月君!ちょうど良かった!聞きたいことんあるもんで、一緒に行こう。」
「うむ。えーよ。」
純子先輩が冷やかす。
「あらうらやましいこと。桜子さんもお盛んねえ。」
海野先輩も負けてはいない。
「美里たちのところほどじゃないけどね。」
純子先輩が肩をすくめる。
「美里、桜子も変わっちゃったわね。」
「そうね。良かったわ。」
美里先輩がつぶやいた。僕と目が合う。僕も笑顔で頷いた。
純子先輩は美里先輩の答に首をかしげていた。

いきなり後ろから小突かれて振り向くと、絵里ちゃんたちがいた。
「な、何すんだよいきなり。」
「鼻の下伸ばして先輩たちに見とれてるからよ。」
「な、ば、バーカ、何言ってんだよ、僕たちはそんな……」
睨まれた。
「すいません、見とれてました。」
絵里ちゃんたち二年女子が吹き出した。
「まあね、三大美人の先輩が風呂上りで一緒に歩いてたらあたしたち絶対かなわないわ。しょんないね。」
篠宮が笑いながら言った。
「それにしても髪の毛を下ろした純子先輩の色っぽさったら、すでに凶器の域よね。」
そんなことを話しながらみんな部屋へと戻っていった。

9時25分。全員が楽譜を持って大広間に集合した。
「それじゃあ、先日の体育館リハーサルの音源を聞きながらイメージトレーニングをする。
ブレスは実際にするように。運指やタンギングをやりながら聴いてもいい。では行くぞ。」
テープのヒスノイズが微妙に聞こえた後、課題曲が始まった。
全員が座って楽譜を目の前において指を動かしたりしながら聞いている様子は傍から見たら怖い感じかもしれなかった。
自由曲が終わりになる頃、ふとスズケンが目に入った。正座して目をつぶって聞いている。
曲が終わってすぐにまたスズケンを見る。目をつぶったまま笑みを浮かべている。
明日も冒頭のファンファーレ、任せて大丈夫そうだ。
通して二回聞いてイメージトレーニングは終了した。
「明日も早起きになるからな。気持ちは高まっているとは思うが、できるだけ早く眠れるようにしろよ。
午前中練習して午後本番、予想以上に体力を使うことになるからな。よし。では解散する。」
「起立!」
部長の声が響く。
「気をつけ。礼!」
「ありがとうございました!」
僕らはそれぞれの部屋へと戻っていった。

みんな歯磨きや洗顔を済ませ、布団に入る。部屋長の僕が電気を消す。
しばらくがんばったが、なかなか眠りに入れなかった。
「木村、寝た?」
寝てれば答えはないだろうから、「寝た?」と言う質問もどうかとは思うが、返事が来た。
「いや、まだだ。つーか眠れない。」
「僕もなんだ。羊でも数えようか。羊が一匹。」
「羊が二匹……って、これじゃかえって眠れないって。」
「そりゃそうだ。」
「コラ、部屋長。うるせーぞ。」
「スズケンか?」
「そうだよ。ええか、体の力を抜いて、そう、布団に体がスーッと沈み込んでくような感覚。
でもって自分の頭ん中で羊を数えてこぅ。そうすりゃ眠れるら。」
「サンキュ。やってみるよ。」
スズケンに言われたとおりに体の力を抜く。布団に沈み込むようなイメージを思い浮かべると、
本当に沈んでいくような感覚に包まれた。羊が一匹、羊が二匹、とまじめに数えているうちに、僕は眠りについたようだ。

その晩、僕は夢を見た。
夢の中で僕らはすばらしい音楽に包まれていたんだ。
七色に輝く大きなシャボン玉が舞っていた。
僕らの音に合わせて舞っていた。
みんな笑顔だった。

夢の中で僕はとっても幸せな気分になっていたのさ。

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