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番外01 番外02 番外03
おだっくいLOVE 番外編その2
杉山明彦の義 U〜海野桜子先輩〜
「桜子?今大丈夫?」
美里から電話が入った。なんだろう、また数学がどうこうって話かしら。私の分かることなら教えてあげるけど。
「大丈夫だけど、何?また数学の問題?」
「ううん、そうじゃないの。」
美里が女言葉をしゃべるようになってもうずいぶんたつけれど、まだ慣れない。
「じゃあ何?何の相談?」
ちょっとイラついた感じに聞こえたかな?でもいいや、試験前の大事な時なんだから。
「前にいろいろ相談に乗ってもらったりして、こんなこと相談できるのは桜子くらいしかいないからって思って・・・・・」
だから何の話なんだ、この娘は。まあいい、聞いてあげよう。お人好しな私。
「わかったわ。聞いてあげる。どういうお話?」
少しの間があって、美里が話し始めた。
「だいぶ前だけど、平原先生とお話しをしたこと、言ったっけ。」
「聞いてないけど。」
「そう・・・・・細かいことは置いといて、先生とのお話の中で、目が覚めたって言うか、今までかぶってた仮面がはがれたって言うか・・・・・」
「いきなり女の子言葉になったもんだから、みんなびっくりしてたよね。」
「うん。自分でも驚いてるんだ。自分がこんなに女の子だったってことに。」
わかりづらいけど、なんとなく言いたいことは伝わって来た。でも、平原先生とどんなお話をして目が覚めたのかしら。
「山下君のね、ほら、部活紹介の時のことがきっかけになって、男の子を異性として意識し始めたんだろうって言われた。でね、あたし、
そのきっかけになった山下君にもしかしたら恋しちゃったかもしれない、なんて勘違いしちゃったんだ。」
「勘違いでよかったわよ。栗崎さんの事だってあるし。でもその勘違いであの二人にはずいぶん迷惑かけちゃったんじゃないの?」
「ふふ。そうね。でもそれもこれも平原先生が解決してくれたんだ。先生のおかげであの二人も元通りになったって聞いて安心した。」
で、いったい何が言いたいのよ、と切れそうになっている自分を感じてハッとした。
あたし、何でこの子にこんなにイラついてるのかしら・・・・・
この子が分かりづらいのは今に始まったことじゃないし、いらつくこともあった。
でも、ここまでイライラしたことはなかったはず・・・・・
「桜子?どうしたの?」
私が黙り込んだので美里が聞いてきた。
私は努めて明るく答えた。
「ううん、なんでもない。どうぞ続けて。」
「うん。それでね、それからいろんなことをすっごくたくさん考えたんだ。」
「いろんなことって?」
「自分の周りの男の子のことが大半。」
「あらあら、楽しそうね。」
『女の子』に戻ったとたんにお盛んだ事。って、あたし何考えてるの?
「でね、一人の男の子の事を考え始めたら、そこから離れられなくなっちゃったの。」
来た!これだ。
私の中で答えは出た。
イライラの原因。おそらくこれから彼女の口から出てくる名前がそれ。
努めて冷静に、できるだけ明るくしたつもりだったけど、声が震えちゃったかもしれない。
「ふうん、いったい誰なの?その男の子って。」
そして美里はさらっとその名前を言ってのけた。
「部長の杉山君。」
「えーっ。マジで?そうなんだー。」
声の震えはとまった。自分でも驚くくらいに明るく聞き返していた。
その後も美里の話は続いた。
部長とは中学校に入るまで兄弟みたいに育ってきたこと。中学校に入ってからは恵子先輩の影響で男友達みたいに接してきたこと。
でも良く考えてみるとこの二年間を含めてずっと彼には好意を持っていたのじゃないか云々。私はすばらしい聞き手として彼女の話を聞いてあげて、
最後にはこんなことを言ってあげさえした。
「素敵じゃない。きっとお似合いのカップルになるわ。頑張りなさい。きっと気持ちは通じるわよ。」
明るく話す為に無理に笑顔を作って話していたのに、涙があふれてきた。
傍から見たら感激の涙を流しているように見えたかもしれない。
電話の向こうでも勘違いしてるかもしれない。
明るく話そうとしても涙で声が詰まったりすれば泣いてるってわかっちゃうよね。
「桜子、ありがとう。あたし、頑張るね。」
「うん。頑張れ。応援してるからね。じゃあね。勉強もしっかりするんだぞ。」
「大丈夫。ちゃんとやってるから。それじゃ、バイバイ。」
「うん、バイバイ。」
受話器を置いても涙が止まらない私をみて一コ上の兄貴が心配そうに言った。
「大丈夫かお前。笑ったり泣いたり・・・・・っつーかおまえ、さっきからずっと笑いながら泣いてたろ。」
「・・・・・大丈夫。本当、大丈夫だから。」
「お前、なんでも自分でしまいこんで消化しちゃおうとするけど、我慢することないんだぜ。俺じゃ役不足ってんなら、母さんにでも姉貴にでも相談しろよ。」
「ありがとう、兄さん。でも本当に大丈夫。美里の相談に乗ってあげてただけだから。」
「美里って、あの、男女?」
「ふふふ、もう女の子に戻っちゃったのよ。兄さんも会ったらびっくりすると思うわ。」
「本当に大丈夫なんだな。」
「うん。」
「じゃあいいや。試験前だろ、あんまり無理すんなよ。」
「うん。おやすみ、兄さん。」
そう言って私は部屋に戻った。
私の大うそつき。
なにが「応援してるから」よ。
何が「頑張れ」よ。
本当はそんな事これっぽっちも思っていないくせに!
ひどいよ、美里。
中学校に入ってから、男の子なんてまったく興味ないって顔してここまで来ておいて今になって「杉山君が好き」だなんて。
入学してからずっとよ。同じクラスになって、同じ部活になって、部長と副部長になって、
いろんなことを一緒にやってきて・・・・・・
ずっとずーっと好きだったんだから。あんたなんかよりずっとずっと杉山君の事が好きだったんだから!
また涙があふれてきた。止まらなくなった。
いい。泣けるだけ泣いて、忘れよう。
私が黙っていれば済む事なんだから。今まで通りしっかり者の副部長でいればいいんだ。一緒にいられればそれでいいんだ。
今の美里に告白されたら、杉山君だってうんって言うに決まってる。
ていうか、あんなかわいい子と兄弟みたいに育って来たならとっくに好きになっていたっておかしくない。
そうよ、あの二人はもともと結ばれる運命にあったのよ。
本当にそうなの?
どうして私が美里を応援しなきゃいけないの?
私が杉山君の事を好きでいちゃいけないの?
この気持ちを伝えちゃいけないの?
いや、違う。私にだって杉山君を好きでいる権利はある。
彼に告白する権利だってあるはずだわ。
でも、もう美里に「頑張れ」って言っちゃったのよね・・・・・
そう、これが私。
美里は「女の子」に変われたけど、私は変われない。
控えめで、しっかり者の副部長。
杉山君にとってそれ以上の存在にはなれない。
でも、本当にそれでいいの?
向こうとこっちを行ったりきたりしている間にいつの間にか私は眠ってしまっていたらしい。あわてて飛び起きた。
朝五時四十分。いつもより少し早く目が覚めた。
パジャマに着替えもしないで寝ちゃったんだ。
顔を洗わなきゃ。
洗面台の鏡に映った自分の顔を見る。目が赤くて目蓋がはれぼったい。夕べ泣きまくったのがありあり。洗面器の冷たい水にしばらく顔をつける。
顔を上げると、目蓋の腫れが少し治まったみたいだった。
あらためて自分の顔を見つめ直した。
ストレートのおかっぱ頭。いつも笑ったように見える一重の目。(切れ長とは言われるけど。笑うとチェシャ猫みたい。)。鼻は・・・・・決して高くはないよね。
小さい頃は「くちばしみたい」といわれた口・・・・・
自分では決して美人ではないと思う。
それに対して美里ときたら・・・・・
かるくウェーブのかかったやわらかい栗色の髪。これも茶色がかった不思議な雰囲気を持つ二重の大きな目。すっと通った鼻筋。
ふっくらしたさくらんぼみたいな唇。透き通るような白い肌・・・・・・それにあの胸・・・・・
十人中十二人は美少女と呼ぶでしょうね。
このあいだまでは男言葉できりっとした感じにして不思議な雰囲気を出していたけど、今はすっかり美少女オーラをまとっちゃって。
まったくの別人といってもいいくらい。
あ〜あ。同じ人間でどうしてこうもつくりが違うのかしら。
夕べはあんなに落ち込んだり奮起したりしたけど、今はなんだか気持ちが落ち着いてきちゃった。
鏡の中の私に言って聞かせた。
「どう頑張ってもメイドはお姫様にはかなわないの。魔法使いは決して現れやしないの。」
制服に着替え、朝食をとって、兄貴に目配せする頃にはいつもの私に戻っていた。
もう大丈夫。学校で美里に会っても変な感じになる事はない。
・・・・・・はずなんだけど、ちょっと自信がない・・・・・・
「桜子、おはよう!」
うわ、いきなり美里に会っちゃった。
私が駿府病院の裏で、この子が緑町。通学路が一緒なんだから会う確率は限りなく高いんだけれども。いつもと道を変えようなんて頭も働かなかったし。
「おはよう。」
努めて笑顔で答えてあげた。
「夕べはわりーっけね。長電話しちゃって。あんたがあんなに応援してくれるなんて、嬉しかった。」
やっぱり勘違いされていたか。でも、まあいいや・・・・
「いいのよ。勉強中にあんたから電話がかかってくるのはいつもの事だし、それにしてもねえ、杉山部長ねえ。やっぱり、って言うべきかしらねえ。」
え、何?応援確定?私の気持ちは?私、何言ってるの?
内心の葛藤とは裏腹に、口からは調子のいい言葉が次々に出てくるのだった。
「まだ彼の気持ちは確かめてないけど、なんとなくうまく行きそうな気がしてるんだ。」
そう言って微笑んだ美里は、女の私から見てもドキッとするくらいに本当に可愛かった。
やっぱり私には無理。この子には絶対にかなわない、って思っちゃった。
「おはようございます!」
元気のいい声がしたので振り返ると、二年の栗崎さんだった。この子もある意味美里の被害者よね、なんて事を思いながら努めて明るく振舞う。
もちろん副部長としての威厳も込めちゃう。
「おはよう。今日も元気ね。」
そう言えばこの子も可愛らしいわねえ。なんとなく今の美里に通ずる物を持っている感じね。不思議系って言うのかしら。
「元気だけが取り柄ですから!お二人で並んでると、なんか迫力ですぅ。」
そんな風に見えるんだ。でもそうね、私に対する形容詞といえば、「落ち着いた」とか「貫禄がある」とか「冷静な」とか「信頼できる」とかそんなんばかりだし、
副部長になったのだってそんな意見があったからだし。
一度でいいから「可愛い」とか「きれい」とか「もてる」とか、そんなキーワードで後押しされてみたいものだわ。
校門のところで栗崎さんはそこで待っていた山下君と一緒になって昇降口へと向かっていった。うらやましいこと。
「じゃあね、また部活でね。」
そう言って美里と別れた。
昼休みの頃には夕べあれだけ波立っていた気持ちも何か落ち着いてしまった。あきらめの気持ちが私を支配していた。今までと何も変わらないんだ。
だって何も始まっていなかったんだから。と、無理やり自分を納得させていた。
何とはなしに廊下に出ると、向こうから杉山君が歩いてきた。
いつも通り軽く会釈して通り過ぎるだけ・・・と思ったら、何?私のほうに向かってきている?気がついたら目の前に彼が立っていた。
「海野、今いいか?」
「大丈夫ですけど?」
そう、私、杉山君とは丁寧語で話してしまう。部活でもそれがいい感じに規律を生み出してくれていると思うのよね。
でもそうやって二人の間に自分で距離を置いてしまっているんだわ。
「ちょっとな、今悩んでることがあって、誰かに相談したいんだが、誰にでも相談できる内容じゃないもんで。海野くらいしか相談できる相手がいなくてな。」
「私でお役に立てるなら構わないですよ。」
「ありがたい。昼休みじゃ時間が足りないと思うんて放課後、部活の前にな。迎えに来るから教室で待っててくれ。」
「了解。待ってます。」
あきらめたはずだったのに、冷静を装って話を聴いている私の胸のうちは杉山君と話しをすることで再びときめきで一杯になっていた。
だめ、桜子。あきらめるって決めたんだから・・・・・・でも・・・・・・思うだけなら・・・・・
また泣くと分っているのに?そう分っていても自分の気持ちに蓋をする事はできなかった。
思うだけ・・・・思うだけだから・・・・・
いったい何の話だろう。楽しい話だといいんだけど。そんなことばかり考えて午後の授業を無駄にした。
杉山君と二人で話ができることで胸が一杯で、当然予想できたはずの事もまったく頭をよぎらなかった。
いつもの冷静な私なら杉山君の話が何なのかその時点でわかっていたはずなんだけどね。
学活が終わって五分くらい過ぎた頃、杉山君が教室にやってきた。
「わりいっけわりいっけ。学活が長引いたもんで。」
「うちのクラスもさっき終わったばかりですよ。で、お話って?」
わくわくする気持ちを抑えて冷静に話す私。
「ここじゃちょっとな・・・・・部室にももう誰か来てるだろうし・・・・・ああ、そうだ。多目的ホールの奥なら誰もいないだろ。行こうぜ。」
何を期待していたんだろう。二人で多目的ホールに向かうときも、私は勝手に胸をときめかせていた。
ホールの奥に着く。杉山君が話し始める。
「話ってのはさ・・・・・うーん、言いづらいな。」
「いったい何なんです?」
「うん。思い切って言っちまおう。実はな、美里の事なんだ。」
・・・・・・・・あ、そうか。
バカな私。自分がどんなに舞い上がっていたかその時初めてわかった。
これが真実。
でも、それをこんな形で杉山君から聞かなきゃいけないなんて・・・・・。
泣きそうになるのをこらえて笑顔を作る。
「美里がどうしたんですか?」
「いやその・・・なんつーか・・・ええいもう!海野、このところの俺、おかしかったろ?」
そう、おかしかった。美里が女の子に戻って(?)からというもの、部活での彼の態度は明らかにおかしかったのだ。
美里だってそのことに気づいているに違いない。ホルンの望月君もその度にニヤッとしていたし、二年の山下君や村中君なんて、あからさまに笑っていた。
美里が「部長?」と話しかけるたびにどもったり赤くなったり。部員のほとんどが「わかって」いたはず。
冷静に冷静に。落ち着いて話すのよ、桜子。
「そうですね。確かにおかしかったと思いますよ。」
「だよな。望月もニヤニヤしてやがったし、山下や村中に至ってはあからさまに笑ってやがった。よく考えると、もう俺の気持ちなんて
みんなにバレバレなんだろ?」
杉山君の気持ち?あなたが美里を好きだっていうこと?
それを今ここで、この私に確認しているの?
「たぶん、そうでしょうね・・・・・」
「やっぱりなあ・・・まあ、そんな中でも笑ったりせずに見守ってくれてたというか、いつも通りにしてくれてたのが海野だったんで、
相談できるのはお前しかいないと思ったんだ。」
「そうですか。で、何をお聞きすればいいんですか?」
もうギリギリ。だれかが指で一突きすれば私の涙腺はパンクする。頑張れ桜子、何とか耐えて・・・・・
「うん。結局俺はずっと前から美里の事が好きだったんだと思うんだ。ここ二、三日でまたその気持ちが固まった。
ほら、あいつんちとおらっちんちは隣同士だもんで、ちょっといろいろあってな。でも、肝心のあいつの気持ちがよくわからん。
で、それとなくあいつに・・・・・・あれ?海野どうした?何笑いながら泣いてんだ?」
気持ちは我慢していたのに、涙腺がはじけてた。
「あれ?私どうしたんだろ・・・・・なんでもないです。何か目に入ったみたい。美里なら大丈夫ですよ。あの子も部長の事を想ってます。
私に相談して正解ですよ。あの子からは色んな事を聞くんです。ついこの間聞いたばかりだから間違いないです。お二人、お似合いだと思うな。
じゃ、失礼します。」
そこまで一気に言って私はその場を逃げ出した。
また作った笑顔のまま涙を流しちゃった。どうしても我慢できなかった。気持ちは我慢してるんだけど、涙が勝手に流れてきちゃうんだから・・・・・
教室に戻って鞄をつかむと昇降口へ向かった。だめ、今日は部活には出られない。このまま帰ろう。
こっちの階段を通ると部室へ向かう部員とすれ違っちゃうから向こう側の階段に回ったほうがいいかな、なんて考えながら涙を拭いていると、
二年の山下君と鉢合わせになった。
「あれ?海野先輩。どうしたんですか?」
誰かに会うことを想定していなかったので、必要以上にびっくりしてしまい、感情のたがが外れたらしい。また涙が溢れ出してしまった。
「せ、先輩?」
山下君ごめんなさい、それはびっくりするよね。いきなり目の前で女の子に泣かれたりしたら。するとどうだろう、彼、落ち着いた調子で私に言った。
「何かあったんですね、そのままじゃ帰れないでしょう。良かったら落ち着くまでこの教室で休んじゃどうですか?」
山下君に促され、三年四組の教室に入った。
入ると同時に私、ふっと力が抜けて教壇に座り込んじゃった。
そのまま倒れちゃうのかと思ったらしく、山下君が私の肩を支えてくれた。
「先輩、大丈夫?」
我慢できずに私、山下君に抱きついてわんわん泣き始めた。
驚いたのは、山下君がその間やさしく私の肩を抱いていてくれたこと。
だもんで私、安心して泣き続けちゃった。
私が泣き止むと、山下君が言った。
「落ち着きましたか?スッキリしたでしょ?泣きたい時は思いっきり泣くのが一番です。」
笑顔でそんなことを言われたものだから、不思議と気持ちが落ち着いた。
そして、無性に私の気持ちを聞いて欲しくなった。
「山下君?」
「なんですか?」
「私の話、聞いてくれる?もちろん、迷惑じゃなければ、だけど。」
「迷惑だなんて、そんな。むしろうれしいです。尊敬する先輩にそんな事言われたら。」
この子は信頼できる、と直感した。
一年の頃はちょっと頼りないところもあったけれど、二年になって中間テストが終わった頃からずいぶんと責任感が増してきて、しっかりしてきたと思ってた。
「ありがとう。聞いてくれるだけでいいんだ。で、聞いたら忘れてくれていいから。」
「はい。」
「私ね、杉山部長のことがずっと好きだったの。」
山下君が表情を買えず笑顔で聞いてくれているのでまた私は安心して話を続けた。
「吹奏楽部に入部してすぐ。彼のことが好きになったの。出来るだけ一緒にいたいと思って部活は絶対に休まなかった。彼が部長に立候補した時、
迷わず副部長に立候補したわ。決まった時は本当にうれしかったなァ。しっかり者の部長の補佐役として誰からも認められる存在になって、それがまた
うれしかった。それだけでよかったの。そのままでいられればいい、と思っていたのに・・・・・
今日ね、部長に呼ばれたの。二人で話がしたいって。相談があるって。多目的ホールの奥で話を聞いたの。そしたら、彼、好きな人がいるんだって。
で、その子の気持ちを確かめたいから協力して欲しいって・・・・・」
また涙があふれそうになってきた。
山下君が続きを言ってくれた。
「美里先輩ですね?」
何とか涙をこらえた。
「そうなの。わかっていたはずだったのにね。それでも直接彼からそう聞いて、ものすごくショックだったんだ。
実を言うとね、ついこの間美里から『杉山君が好き』って聞いたばかりだったの。だからそのこと部長に教えてあげちゃった。
バカみたいに恋のキューピッドやっちゃった。へへへ。これで私の恋も終わっちゃったの。」
また胸が詰まって声が出なくなっちゃった。しばらく二人で黙って座ってた。
「ごめんね、変な話聞かせちゃって。」
私が話し終えると、山下君がまじめな顔で言った。
「本当にそれでいいんですか?」
え?どういうこと?
「そんな中途半端な状態で先輩の恋を終わらせちゃいけないと思います。」
びっくりした。この子がこんなこと言うなんて。でもどうしようもないじゃない。彼の気持ちは私には無いんだから。
「そういうことじゃないんですよ。先輩の気持ちは今宙に浮いている。言い方は悪いけど、終わらなきゃならないにしても
終わり方って言うものがあると思うんです。」
終わり方?
「そうです。先輩のその気持ちをきちんと部長にぶつけることで、ケリをつけなきゃいけない。でないと次の恋に向かうことが出来なくなる。」
次の恋?そんなものがあるって言うの?またあんな思いをするくらいなら、もう恋なんて・・・・・
「だめです。そんなことじゃあ。僕の予感だと、じきに先輩、新しい恋に気付きますよ。」
あたしのこと励ましてくれてるのかな。
「そうです。きちんとこの恋に片をつけましょう。僕が何とかします。」
え?君が?何とかするってどういうこと?
「もし先輩がいやじゃなければ、部長ともう一度きちんと話をする場をセッティングします。僕からもちょっと部長には言いたいことがあるし。」
「ちょっといやだ、何を言おうというの?」
「あの男に恋に目がくらんで周りが見えていないって事をちゃんと言ってやらないと。以前のクールな二枚目に戻ってもらわないと僕ら後輩もしまりませんから。
今年のコンクールで金賞を取るには、部長にはしっかりしてもらわないといけませんからね。」
そうだった。杉山君と私は部長と副部長。期末が終わればコンクールは目の前だし、微妙な関係を続ける訳には行かない。山下君の言いたい事が分ってきた。
「もちろん先輩の気持ちが一番大切なんですよ。部長は二番目です。」
そういって笑う山下君を見て、栗崎さんの気持ちや、美里の勘違いの意味がちょっと判った気がした。
この子、とっても素敵に優しく笑うんだ。
「ありがとう。私はどうしたらいいの?」
「普通にしてて下さい。今日は部活には出ないつもりでしょう?」
「ええ、そうだけど・・・・・」
「だったら、明日から普通に。段取りが出来たら電話しますから。ああそうだ、海野先輩は今日は急に具合が悪くなったので帰ると聞いた、
と先生には伝えておきます。」
「ありがとう。そうしてくれると助かるわ。」
栗崎さんはあなたのこういうところが好きなのかも知れないわね。
「そんなこと無いです。彼女と付き合うようになって、いろいろあったから・・・・・。彼女のおかげで少しずついろんなことが分かってきた、というか・・・・・。
まあ、僕のことはいいじゃないスか。じゃ、僕は部活に出て帰りますね。」
「うん。じゃあさようなら。今日は本当にありがとう。」
昇降口で靴を履き替え、校門を出る頃には今日の放課後あったことを冷静に振り返ることができるようになっていた。
山下君とのやり取りのあたりのことを思い出して顔が赤くなった。あたしったら、彼に抱きついて泣いちゃったんだ。何もかも話しちゃったけど大丈夫かしら。
でも彼のあの笑顔を思い出して、大丈夫、何とかなる、と思い直した。
それにしても彼、本当に「いろいろ」あったみたいね。女の子の扱いに慣れてるみたい。
機会があったらいろいろ聞いてみたいものね。
「ケリを付ける」なんてなんかすごいことになっちゃったけど、ちょっと面白そうよね。
そう思った私は、気持ちが少し軽くなっていることに気付いてちょっと笑った。
そして顔を上げて、胸を張って家に向かって歩き始めた。