Many Ways of Our Lives

01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50
番外01 番外02 番外03 番外04 番外05 番外06 番外07 番外08

おだっくいLOVE

第五章 成長

【七】そして県大会へ

「亮チン、栗崎、恩に着るぜ。」

部室で淳が僕らに向かって言った。

束の間の休日を終え、頭を真っ白にして部活に戻ってきた僕らだった。
たまたま今日はぼくら三人とも一年生指導の当番で早番だったので、部活開始前に部室で顔をあわせたのだった。
うれしそうな淳に聞いてやった。
「望月、何て言ってた?」
「あの二人に免じて許してやるから感謝しなさい。」
うっわー。すっげーあいつらしい。
「あと、罰としてキスはしばらくお預けだってさ。」
僕は思わず周りを見回した。一年生を前に刺激的な言動は慎んでいただきたい。
と、周りにはだれもいなかった。
絵里ちゃんと目を合わせると、僕同様、顔を赤くしていた。
「おまえな、そこは言わなくていいとこ。」
「へへ、失敬。ま、でもいいさ。俺はあいつのそんなとこも合わせて丸ごと好きなんだから。」
言う言う。いい顔してやがるな。ま、なんにしても良かった。淳が笑顔だと僕もうれしい。
「亮チン、愛してるよん。」
いきなり淳が抱きついてきて口をタコみたいにして迫ってくる。
絵里ちゃんがそれを阻止しようと淳を引き剥がしにかかる。
そこに杉山部長と望月副部長が現れた。
「コーラお前ら、何部室で朝からじゃれてんだ!」
この二人の威厳と言うか、上級生オーラは半端じゃない。さすがの淳も姿勢を正す。
「おはようございます!」
「おう、おはよう。パートごとの今日の一年の課題を配るから、しっかり頼むぞ。」
「はいっ。」
三人で目を合わせて笑うと、パートの練習場所へと散ったんだ。

「それにしても・・・・・・」
 杉山部長が目を細めて何か言いかけたので、思わず望月副部長が聞き返した。
「ん?」
「いや、あいつら、ほんとに仲がええな、と思ってな。」
「確かにな。来年以降もこの部のええ雰囲気、守ってくれそうだな。」
「ああ。そうだな。」

そして県大会へ向けての練習が始まった。

県大会へ向けての三つの大きなポイントはこうだった。

一、音量アップ
二、ピッチ※(※音程)
三、よりダイナミックな表現力

いまさらと思う無かれ、という感じで、ロングトーンとハーモニー練習などで音作りにじっくり時間をかける。
クレッシェンドやデクレッシェンドのかけ方をより効果的にするために、最大の音量をアップする。
それも音質を維持した上でだ。
ピッチに関しては、音量アップに取り組むことで、自然と良くなっていく。
要するに、楽器自体が良く鳴っている(本来の響きを出している)ポイントが音程のポイントとなる、ということだ。
で、今度はピアノ(弱奏)でのピッチをいかにして良くするかを突き詰めていく。
「鳴った」状態でのピアノ。この一見逆説的な状態を追及するのだ。
また、ピアノやフォルテ(強奏)は、バンドの持つ音量の幅によって決まるわけで、
より豊かなフォルテを表現できれば、その対価として豊かなピアノも表現できるはずだった。
で、音量とピッチの問題が解決の方向に向かえば、自然、よりダイナミックな表現ができるようになる、ということなのだ。
頭を真っ白にして来い、と言うのは、地区大会で一度作った表現をいったん忘れ、
よりダイナミックで効果的な音楽表現を早く身につけるためだった。

暑い。とにかく暑い。
真夏のこの時期、練習中の音楽室の温度はものすごいことになっている。
ピッチがものすごく高くなることを計算に入れなければならない。
汗が滝のように流れるので、練習中はTシャツ、短パンも可となっていた。
「チューニングは442だぞ!※」
夏恒例のピッチだった。
(※Aの音の周波数は通常440Hzだが、夏場は気温のせいで音程が―特に金管楽器は―上がってしまうので、 周波数を少しだけ上げてチューニングする。上げすぎると鍵盤楽器とピッチがずれすぎてしまうので注意が必要だ。)

午前中の一年生の指導も、県大会の五日前にはなくなっていた。
一年生は自由練習となったのだが、それでもほとんどの一年生が毎日練習に出てきていた。

大会の四日前の合奏では、地区大会とはまったく違った僕らの祝典序曲が出来上がっていた。
自分たちでも録音を聞いて驚いた。
いやまったく。
地区大会のときはもうこれ以上仕上げ様がないなんて思ってたけど、明らかにより良くなっている。

  \豊かな倍音が形作るハーモニー。
時折弦楽器のような響きを聞かせる木管楽器。
金管楽器の響きも数倍豊かになっている。
ホルン、ユーフォ、サックスあたりの中音部に艶がある。
低音部のアンサンブルが格段に良くなっている。
パーカッションのキレがとてもいい。
豊かなフォルテと響きのあるピアノに支えられる曲のメリハリ。

結果として全体のバランスがものすごく良くなってる。
「文句なし。今のバンドのベストに近いんじゃない?」
今年から練習を見てくれている講師の先生方も太鼓判を押してくれた。

本番三日前、保護者向けの発表会兼体育館練習が行われた。
地区大会前と同様、本番と同じ時間帯、同じタイムスケジュールで行う。
演奏が始まった。
気持ちがいい・・・・・
みんな同じ気持ちみたいだ。
フレーズにあわせて自然に体が動く。
涙が出そうだ・・・・

演奏が終わると、思わず保護者席から「ブラボー」が飛び出した。
僕らはしばらくボーっとしてその声、拍手を聞いていた。
その日の反省会で、先生は僕たちにこう言ってくれた。
「よくここまでやってくれた。去年よりもかなり無理をさせてきたとは思うだけーが、誰一人文句を言わずついて来てくれたな。
君らは僕の自慢、誇りだ。ありがとう。今日の演奏、あれができたなら僕はもう、満足だ。県大会本番でもあれだけの演奏はできるかどうか。
いや、本番へ向けての気持ちを盛り下げようと言うわけじゃない。それほど今日の演奏はすばらしかった。」
講師の小沢先生が引き継ぐ。
「いや、まあ大丈夫でしょ。この子ら、だいぶ安定してきてるから。本番でもそうそう崩れはしないよ。でも君ら、
今日の演奏の感覚?呼吸?忘れないでよ。もう先生、あれだね、明日明後日は細かいことやんないほうがいいね。」
「そうだな。基本の音作りを最後まで、って感じだな。あとは約束事の確認だ。君らはとにかく楽譜を常に身に着けておけ。
もう大丈夫だとは思うが、自分が注意すべきポイントがはっきりわかるようにしとけよ。」
僕らの楽譜にはすでに音符なんてなんだか分からないくらいの書き込みがなされていて、それが見ようによってはデザイン画みたいになっていた。
クレッシェンドやデクレッシェンド、強弱記号、表現記号や雰囲気を表す言葉、注意書きなどが、殊更大きく、大げさに書かれているのだった。

そして僕らは県大会の当日を迎えた。
各地区の精鋭たちがその音楽を披露し合う。
せっかく来てくれたお客さんたちに喜んでもらえる演奏がしたい!それが僕らの合言葉だった。
それができれば結果として自分達も楽しめるはずだ。
そのために苦しい練習を乗り越えてきたんだ。

午前の部、最後の演奏が僕らだった。
楽器を出して、音出し、チューニングと地区大会とは全然違った雰囲気の中、時間は進んでいった。
おかしな緊張感は無かった。
僕らは練習をやりきった満足感と、その成果をたくさんの人に聞いてほしい、という気持ちで歩いていた。
舞台袖に整列している時も、皆笑顔だった。
例によって小清水先生が一人一人と握手する。
最後に部長とがっちり握手。
舞台の下手袖ではパーカッションの連中も出番を待っている。
気持ちは一つだ。

前の団体が演奏を終える。
なかなかいい演奏だった。そうか、浜松北星中だ。
去年の代表校の一つじゃないか。
えらそうなこと思っちゃったな。
椅子が並ぶ、打楽器が運び込まれている。
準備が出来た。係員のお兄さんが「入りまーす!」と僕らに声をかける。
先生が珍しく両手でパンパンとほほを叩いた。そして部長と目を合わせて、
「行こうか。」
と一言。
僕らはステージに上がった。

全員着席。微妙に椅子の位置をあわせ、準備完了。ステージのライトがぱっと明るくなる。
「プログラム七番。清水市立富士見ヶ丘中学校。課題曲、一。
自由曲、ショスタコービッチ作曲、ハンスバーガー編曲、祝典序曲。指揮、小清水祐二。」
先生が客席を振り向き、お辞儀をする。沸きあがる拍手。
指揮台に上り、僕らの方を向いた先生が、指揮棒を上げた。

一瞬の静寂。
続くブレス音。
僕らの音の世界の扉が開いた。

課題曲、自由曲共に、三日前の合奏の時と同じくらいの演奏が出来たと思った。
また、鳥肌が立った。
最後の音が響き終わった瞬間、客席から嵐のような拍手が沸きあがった。
僕らが起立し、先生が深々とお辞儀をする。

僕らが舞台をはける間も、客席のざわざわは続いていた。
地区大会ならまだしも、県大会の客席が、である。
僕らはみんな満足だった。
先輩達が涙を流している。が、それは皆嬉し涙に違いなかった。
海野先輩はもちろん、部長さんでさえ目が潤んでいるように見えた。
絵里ちゃんも泣いている。(女子の半数以上が泣いてるな。)
きびきびとティンパニーを運んでいる淳と目が合った。
言葉はいらない。笑顔で頷きあう。
誰も結果など気にしていなかった。(この時点ではね。)

楽器をケースにしまい、トラックに積み込むと、僕らは駿府公園に出て昼食を取った。
パートごとに出来るだけまとまって食べるように、と言う指示が出ていたので、
僕らトロンボーンパートはちょうどいい芝生を見つけ、そこに陣取った。
すると例によって、クラリネットパートも後からやってきて僕らの横のスペースを自分達の領土とした。
美里先輩と山本先輩が目を合わせて笑う。こんな時まで気を利かせてくれなくていいのに。
(後で確認したがこの点は絵里ちゃんも同意見だった。)

木陰ではあったが大変暑い中での昼食となった。
時折絵里ちゃんと目を合わせながら(だって、先輩達がせっかく気を利かせてくれたんだから・・・ねえ。)
母の作った弁当をおいしく頂く。
ゲンを担いで「カツ煮弁当」だ。とんかつとたまねぎを醤油だしで煮込み、卵でとじたものがドーンとおかず入れに入っている。
さめても結構おいしいのだ。
「あら、今日は日の丸弁当じゃないのね。」
美里先輩に指摘され、微妙に赤くなる僕。それを見て笑う絵里ちゃん。
「それにしても純子」
呼ばれた山本先輩が美里先輩を振り向く。
「なあに?」
美里先輩が続ける。
「今日のソロ、よかったわよ。ていうか、自分で自分に酔ってたんじゃない?すっごく気持ち良さそうだった。」
「わかるぅ?そう、気持ちよかったぁ。なんていうか、『私を見て、私の音を聞いて!もっともっと』みたいな?」
表情と「振り」付きで返事をする山本先輩を美里先輩がたしなめる。
「ちょっと、公衆の面前でそれはやめなさいよ。ただでさえあんた、男子の目を引きやすいんだから。」
「あ〜ら、あんたには言われたくないわね。そこにいるだけで目を引くその巨乳はどうなの?」
お互いにお互いをけなしあってるんだか褒めあってるんだかわからない。
僕はまた絵里ちゃんと目を合わせて笑った。
けど、実際目立つよな。この先輩達は。
私服で東京の繁華街とかを歩けば間違いなく芸能プロダクションのスカウトに声をかけられるだろうね。
そんなやり取りも出るほどに僕らは本当にリラックスしていた。
一年生達は僕らの演奏をどう聴いただろう。
模範になるような演奏が出来てたらいいけど。
(一年生達は去年の僕ら同様、勉強の為に朝から全ての演奏を聴いている。いや、疲れんだろうな・・・・・・)

昼食タイムが終わり、会館の入り口前に集合すると、僕らはホールのロビーに入場した。
午後の部の残りは六団体。僕らの事をライバル、といってくれた島田西中もこれからだ。
せっかくだから演奏を聴こう、と言うことで、プログラムの合間でホールに入った。

午後の部も半ばになると座席もだいぶ埋まってきている。
本来ならできるだけまとまりたいところだが、しょうがないから空いている席に分かれて座ることになった。
「山下君、こっちこっち。」
呼ばれた方を向くと、純子先輩と美里先輩が手招きしている。
なんか当然のように絵里ちゃんの横の席が空いていた。
もうこうなったら開き直るしかない。
ちなみに、美里先輩の向こうには杉山部長が座っている。
各校の演奏が終わると急いで舞台袖に集合しなきゃいけないので、列の端の席だ。
その前列には海野先輩。その横にはおやおや、ホルンの望月先輩の巨体が。
(後で聞いてみると、望月先輩は『ば、ばか。偶然だ。決まってるだろうが。』と赤くなっていた。わかり易いっスよ、先輩。)
席に着き、鑑賞の体勢に入る。

どの学校も各地区の代表だけあって素晴らしい演奏だった。
(そりゃ僕らの耳もだいぶ肥えてきているので細かいところで気になることはあったが)
同じ中学生として、ここまで仕上げるのに彼らがどれほどの努力をしてきたかを思うと、胸が熱くなった。
特に島田西中の演奏には感動した。
ファリャの「三角帽子」。
去年は直接聞いていないので比較できないが、ダメ金だったことで今年にかける思いは半端じゃなかったのだろうことが容易に想像できる演奏だった。
ていうか、オーケストラみたいな音がした。
部長さんは僕らの事をライバルといってくれたけど、はるか上を行ってる気がした。
周りを見てみると、部長をはじめとして、みんなやっぱり恍惚とした表情で聞いていた。
うん、僕も聞いていて気持ちよかった。
自分たちの演奏を客席では聴いてないから比べられないけど、こんな風に聞こえていたならいいんだけど・・・・・
なんて少々あつかましくも思っちゃったりしてね。

島田西中の演奏が終わると、やはり客席のどよめきは続いた。
その時後ろの方からこんな声が聞こえてきたんだ。
「やっぱり今年の島田西中は気合が・・・・・てるねえ・・・・・でも、ダントツ・・・・・けど、午前中の・・・・・、
清水富士見ヶ丘?あそこも島田西中に並ぶ・・・・・の二校がダントツかな・・・・・」
全部はっきり聞こえたわけじゃないけど、言葉の断片から言ってることはわかった。
僕は思わず隣の絵里ちゃんを見た。
絵里ちゃんも今の声を聞いたみたいだった。目を丸くしている。
二人でうんうん頷いたんだ。
嬉しくなって思わず絵里ちゃんの手を取ろうとしたんだけど、あぶないところで手を引いた。
そりゃそうだ。場所をわきまえなきゃね。

最後に浜松庄内中が演奏を終えた。
杉山先輩と海野先輩は例によって表彰式の準備のため舞台袖へと急ぐ。
うっかり荷物をおかずに席を立つとあっという間に取られてしまうので、
トイレに行きたい人は誰かにお願いしてしかも荷物を置いて席を立つ。
振り返ると場内は満席だった。
二十分の休憩時間があっという間に過ぎた。
でもまだ表彰式は始まらない。すると、場内放送が入る。
『表彰式に先立ちまして、本大会審査員長の風間守弘氏より、ご講評を頂きます。』
風間先生はクラリネットの専門家だった。
木管楽器奏者としての視点からいくつか、そして音楽全般の視点からいくつか話をしてくださった。
どの内容もためになるものばかりだった。
のだけれど・・・・・さすがに僕らはまだ中学生、結果が気になり始めて微妙に会場がざわめき始めた。
その時、ステージの緞帳がすーっと上がった。
各校の代表がひな壇に並んでいる。
向かって右側に審査員が、左側に役員が座っている。
役員席の横に、東海大会への推薦団体に贈られるトロフィーが並んでいる。
(あれがもらえたらなあ・・・・・なんて、出来すぎかなあ・・・・・)なんて思っちゃったりした。
風間先生が結ぶ。
「さて、準備も整ったようです。皆さんの気になる結果発表に移ってもらいましょう。」
会場から拍手。風間先生が席に付くと、表彰式が始まった。

『これより、昭和五十年度静岡県吹奏楽コンクール、中学校A編成の部の表彰式を始めます。
表彰に先立ちまして、大会会長、田丸義弘より、挨拶がございます。』
地区大会のときの挨拶はとても短くて中学生の喝采を呼んだが、さすがに県大会、会長の挨拶も長く、僕らは忍耐力を試されることとなった。
『続きまして、審査集計係の吉田輝元より、審査結果の発表を行います。』
会場に緊張が走る。
「では発表を致します。金と銀がわかりにくいという声がありますので、金賞の時は右手を上げます。笑わんで下さいね。」
面白い人だ。分かりやすくていいけどね。
発表が始まった。最初の五団体、吉田さんの手は上がらなかった。
「六番、浜松市立北星中学校。金賞!」
初めて右手が上がった。会場は黄色い歓声に包まれる。北星は女子が多いらしい。
いよいよ僕らの番だ。やるべきことは全てやった。気持ちよく演奏も出来た。思い残すことはないはずだったが・・・・・
やはり結果が付いてきてほしい、それが人情だ。
「七番、清水市立富士見ヶ丘中学校。金賞!」
右手が上がった!
やった!僕らはやったんだ!
男子が比較的多い僕らの歓声は、黄色に茶色が混ざったような・・・・・
そんなことはどうでもいいや。
壇上で杉山部長が頷いたのがわかった。
絵里ちゃんと思わず手を繋いでた。
周りは大騒ぎだったので、誰も気にしてない。
つーか、望月先輩の目から涙が流れてるぞ?
僕は胸にジーンと来るものを感じた。
左後方から「亮チン!」と言う声が聞こえた気がして振り向くと、淳がいた。
パーカッションの仲間何人かと座っている。
その後ろには篠宮もいて、涙でくしゃくしゃになってる。
淳がガッツポーズを見せる。僕もガッツポーズで返した。

発表は続いた。
当然のように島田西中も金賞だった。
結果、六校が金賞を受賞した。
ここから今年は四校が東海大会に推薦される。

『引き続き、来る八月二十九日に長野県民文化会館で行われる東海大会への推薦団体を大会副会長の初音美玖蔵より発表いたします。』
「それでは発表いたします。プログラム順に発表いたします。最初の団体は・・・・・」
変な間を空けないでほしい・・・・・
「浜松市立北星中学校!」
キャーーーーーー!
黄色い歓声が上がる。
「続いて、清水市立富士見ヶ丘中学校!」
うおぉぉぉぉぉ!キャーーーーー!
清水市立の段階ですでに歓声が上がっていた。
壇上で海野先輩が両手で顔を覆っている。
杉山先輩の目が潤んでいるように見える。
美里先輩と山本先輩が握手をしている。
絵里ちゃんもぐしゃぐしゃだ。
後ろを振り返ると、淳が腕を天井に向かって突き上げて咆えている。
僕も・・・・僕の目からも気が付いたら涙が流れていた。
この先輩達と、この同級生と、今のこのメンバーで掴んだ東海大会への切符だ。
大好きな先輩達と、大好きな仲間と共に喜びを分かち合える。
何て幸せなことだろう。
これ以上の幸せなんてあるんだろうか、位思ったね、この時ばかりは。

残りの代表は、島田西中と、富士宮北中だった。
ちなみに島田西中が朝日新聞賞を、僕ら富士見ヶ丘中が教育長賞を頂いた。
あの「後ろから聞こえてきた声」の言ってた事は本当だったんだ。

駿府会館前の広場で僕らは集合した。
小清水先生、OBの先輩方を中心に輪になって座った。
みんなが緊張して見つめる中、先生が話し始めた。
「みんな、よくがんばったな。おめでとう。そして・・・・・ありがとう。」
そこまで言って、声を詰まらせた。ダメだよ先生、みんなつられちゃう。
「ぐふぅ、ぐふっ。」
嗚咽が漏れた。音の元を探すと、杉山部長だった。これが決定打だった。
女子達が泣き崩れる。嬉し泣きだけどね。
先生が気を取り直して続けた。
「これじゃ話が出来ないな。通行の邪魔にもなる。続きは学校に戻ってからだ。とりあえず、応援に来てくださった方たちに挨拶だ。
全員起立!よし。じゃあ杉山、気を取り直して頼むぞ。」
「はいっ。」
部長がぐいっと涙を拭いて気を引き締める。
「きをつけ!」
ちょっと間を空けて、
「今日は暑い中、応援、ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
みんなが呼応した。保護者を中心とした応援団から温かい拍手が僕らに贈られた。
父の姿も見えた。来てくれてたんだな。嬉しかった。

バスに向かう。
駐車場で、僕らのバスの何台かむこうに島田西中のバスが見えた。
やはり生徒が乗り込んでいる。すると一人の見覚えのある男子生徒がこっちに走ってきた。横田部長だ。
「うおーい、杉山!」
息を切らせて杉山先輩を呼ぶ。杉山先輩が答える。
「おう、横田!やったぜ、俺達!」
「うむ。俺がライバルと認めただけのことはあるってもんだ。さあ、いよいよ東海大会だ。
ここから先はどれだけ自分たちを磨き上げられるかってとこだからな。県代表になって満足、なんて中途半端は許さねーぜ。」
さすが横田部長、わかってらっしゃる。
「まだ俺達のことがわかってないな。まだまだいけるぜ、俺達は。期待してもらっていいぜ。」
「うむ、その意気だ。楽しみにしてるからな。俺達も負けない。長野で会おう。」
「おう!」
横田部長は、小清水先生に一礼すると、また駆け足で自分のバスに戻っていった。
その小清水先生が杉山部長に声をかける。
「横田君だったな。いい男じゃないか。さすが須藤先生、部長もきちんと育ててらっしゃる。
ま、お前もそう負けてはいないと思うがな。どうだ?杉山。」
「はい。僕もそう思います。」
「ははっ。自分でそう言えるあたり、俺の教育もまあ間違っちゃいなかったっけだな。」
杉山先輩も釣られて笑っている。
カッコいいな。
僕もあんな風になりたい。
そう思える先輩がいることが嬉しかった。

帰りのバスは思ったより静かだった。
皆祭の余韻に浸っている感じだった。
バスの中で杉山部長に聞いたところによると、島田西中の横田部長は実は小学校二年まで富士見ヶ丘小にいたのだと言う。
親同士の仲が良くて、その後も交流があったのだそうだ。
常に顔をつき合わせることがなくても親友でいられるってことがあるんだ、って思った。

学校に到着し、楽器の片づけを終え、ミーティングになる頃には既に七時をまわっていた。
明日改めて反省会を行うので、今日はここで解散、と言うことになった。
まだまだみんなと一緒にいたかったけど、しょうがない。
みんなもそうだったと後で聞いた。
何人かの保護者は既に昇降口に迎えに来ていた。
その中に意外なことに僕の父がいた。
「じゃあまた明日!」そう言い合って解散したあと、僕は父と一緒に家路についた。

「男の子なんだし、迎えなんて良かったのに。家もそう遠くないしさ。」
と、ちょっと文句っぽく言ってみた。テレもあったしね。
「まあそういうなよ。今日は父さん、嬉しくてなあ。今日、お前たちの演奏を聞きながらなんだけどな、自分の息子ながら、
テレビのスターかなんか見てるような感じがしたんだよ。で、家についてからも一刻も早くお前に会いたくてな。なんつーか・・・スターの出待ち?」
相変わらず風変わりな言い回しをする父であった。
「なに言っちゃいるだか・・・・・」
「ふふっ。まああれだ、自分の息子にしては今日は出来が良かったって奴だ。」
最初から素直に褒めてほしいもんですけど。
「東海大会、聞きにいけるといいんだが、仕事でまだ予定が決まってないとこだもんでな。うーっ!聞きに行きてえ!
仕事が入ってもサボって行っちゃおうかな。」
本気でやるかもしれない、この人なら、と一瞬思った。
「バーカ、そんな目をするな。父は意外にまじめなんだよ。」
ほっとする。つーか、冗談を見抜けなかったことがちょっと悔しかったりして。
「それより、栗崎さんだっけ?今日俺は確認したぞ。」
何を見ているんだ、この親父は。
「俺の事を見て、ニコって笑って会釈してくれた可愛い子がいた。きっとあの子に違いない。」
たぶん間違いないな。後で絵里ちゃんに電話して確認しとこう。
「それにしても亮介。」
「なんだね。」
「お前の部活、可愛い子が多いな。」
だからこのおやぢは!俺に早く会いたくて、じゃなくて可愛い子達を見たくて来たんじゃねーのか?
「なに言ってんだ。今日昇降口でしっかり確認したからこそ言えるのだ。これからは部活のイベントには必ず顔を出すようにしよう。」
頼むよ、父さん。
「またマジに取る。だーからお前は・・・・・まあいいか、そこがお前のいいところだからな。」
なんか父さんに手玉に取られているようだった。
このとらえどころのない、そのくせいざと言うときに頼りになる、そんな父さんを結局のところ、尊敬している僕なのだ。
しょうがない、一言言っとくか。
「父さん。」
「なんだ?」
「今日は応援、ありがとね。」
父さんはおおっ?と言う風にちょっと僕を眺めた後、僕の頭に手をのせて言った。
「どういたしまして。こちらこそ素敵な演奏をありがとう。」
こういうことを全く照れたりせずに言い放てるあたり、かなわないよなあ。
風が少し出てきて少しだけ涼しくなった夏の夕暮れ、僕らはゆっくりと歩いて帰ったのさ。

結構すごい事をやっちゃったんだなあ、と思いながらね。

お話の続きへ