Many Ways of Our Lives

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おだっくいLOVE 番外編その4

杉山明彦の義 W〜エピローグ 望月正治の義〜 
俺は今まで人にどう見られるかなんて考えたことがなかった。
大抵の奴は俺に対して「どっしり構えている」「頼りになりそう」「貫禄がある」系の印象を持つらしい。
ま、体格がこうだし。(口の悪い奴には「どすこい系」とか言われてるらしいな。)
口数も少ないのでそう見えるんだろう。
今まではみんながなんと言おうと、俺の事をどう見ようと気になぞしていなかったのだ。

しかし、三年に上がった頃から、それが少し気になるようになった。
どうにも気になる女子が出来したからなのだ。

海野桜子。俺と同じ吹奏楽部の副部長だ。

おかっぱ頭で知的な和風美人、というのだろうか。控えめで物静かだが、やるべきことをきちんとやり、後輩指導なども丁寧にこなしている。
二年まではそんなに気にしたことはなかったのだが、三年になって急に気になり始めたのだ。

俺の辞書にはむこう五年くらい、恋などという文字はないと思っていたんだがなあ。
でもまあ、このルックスと性格なので、海野に向けて何らかの働きかけをするなどということは考えられないがな。
部活で一緒に活動できるだけで(見ていられるだけで)よしとすべきだろう。
周りを見るとあちこちで恋の花が咲き乱れているようだが、まあ俺には関係ない。
大好きな音楽に没頭し、時折桜子を眺めて癒される。いいじゃないか。
ふむ。これで結論がでた。なんてな。

が、落ち着いていられない状況が出来した。
元々海野はクールで感情を面に出さないから、割と安心して眺めていられたのだが、数日前から表情が暗いのだ。
何かあったのだろうか。気になってしょうがない。
でもそんなことは聞けない。普段から海野のことを気にしていることがばれてしまう。
ううむ。どうしたらいいのか。

そんなことで悩んでいたら、なんと海野が今日、部活を休んだ。
具合が悪いから、と二年の山下に伝言したらしいが、昼間あんなに元気だったのに。
体育の時間、あのすらりとした格好のいい足でトラックを思い切り走っていたではないか。
あいつは結構足が速いのだ。
いやいや、そんなにじろじろ見ていたわけではないが。
どうしても気になって、山下を捕まえて聞いてみた。

「おい、山下。」
「はい、なんスか、望月先輩。」
この山下と言う奴、たしか同じ学年の栗崎と付き合っているんだったな。しかもなぜか俺の学年の女子にもウケがいい。
確かパーカスの村中も付き合っている子がいるとか言ってたな。ふむ、生意気な小僧らだ。ま、でもわかる気はするな。
こいつ、なかなかいい笑顔を見せる。
「お前、海野の伝言を受けたんだよな?」
「そうですけど。」
「具合が悪いって、だいぶ悪そうだったか?」
「そ、そうですね。だいぶ参ってるみたいでした。」
ん?なんだこいつ、珍しく目が泳いでる。どういうことだ?
「本当か?間違いないな?」
「は、はい。でもなんでそんなこと聞くんですか?」
うっ。そりゃそうだ。なんで俺がそんなことを確認せねばならんのだ。

「いや、なんでもない。すまんな、行っていいぞ。」
山下が一瞬ニヤリとしたような気がしたが、気のせいだろう。
すると山下は杉山のところに行って何か二言三言話した。なぜか杉山は慌てて楽器を片付け、山下と一緒にどこかに行ってしまった。なんだあいつら。
まあ、俺には関係ないことだろう。

それにしても海野は大丈夫だろうか。心配だ。
どうしてって?そりゃああいつがいてくれないと、ユーフォニウムパートが心配だし、なにより俺が癒されない・・・・・
って、何を考えているのだ、俺は。
いかんな。色ボケのやつらに影響されているかもしれない。
それとも、海野に恋しているとでも言うのか?この俺が・・・・・?

翌日、海野は元気に学校に出てきた。一安心だ。
帰りの学活が終わると、海野が廊下側の窓から顔を出して俺を呼んだ。
「望月君、わりーけん、今日、ちょっと遅れるってパートの子に伝えといてくれる?」
昨日までの暗い表情が嘘のように明るい笑顔で言われて、安心する俺がいた。
いつもなら頷いて終わりのところだが、思わず声をかけてしまった。
「海野、なんか久しぶりにお前の笑った顔を見るような気がするな。いや、まあどうでもいいことかもしれんが。」
柄にもなくそんなことを俺が言ったりするから海野もちょっと戸惑ったらしい。
「そ、そう?そういえばこのところちょっと落ち込んでたかも。もう大丈夫だけどね。」
「うむ。じゃあ部活で。」
「うん、伝言よろしくね。」
笑顔で手を振られて俺はなんと言うか、まあ、癒されたな。
何にしろ、あいつが元気になったのは良いことだ。これでまた部活が楽しくなる。
いや、更に楽しくなる、の間違いだな。音楽をやっている時は楽しいに決まっているのだから。

その日の部活はパート練習の後、分奏練習(金管打楽器と、木管弦バスに分かれてそれぞれ合わせをするのだ。)だったので、
俺のホルンと海野のユーホも同じ部屋での練習となる。的確に指示を出す海野の横顔に見とれて自分の出番を忘れるという失態を演じたが、
後輩達は少し驚いた顔をしただけだった。いかんいかん。俺もそこで気持ちを引き締め、それ以降はいつものように分奏をまとめたので、
後輩達も安心したようだった。

「どうしただね、望月君。らしくないミスしてたっしょ。」
海野に明るく指摘を受けた。まさかお前に見とれていたから、とはいえないので、口ごもってしまった。
微妙に顔も赤くなっていたかもしれない。
海野が変な顔で俺を見ている。
「大丈夫?具合が悪いんじゃないの?だからあんなミス・・・・・」
海野のむこうで山下と村中がこっちを見てニヤニヤしている。あの小僧ら、もしかしたらこの俺の気持ちを見抜いているのかもしれない。
「うむ、ちょっと今日は調子が悪いようだ。帰ったら早めに寝るとしよう。」
「それがいいわ。望月君がいないと、金管パートが締まらないからね。早く直してよ!」
ちょっと後ろめたかったが、心配してくれたことがうれしかった。
「あ、ああ。そういうことだから、今日は急いで帰るよ。」
「うん、さよなら。」
「ああ。じゃあな。」

何とかその場をごまかしてさっさと部室を出ることに成功した。
自然の呼び声がしたので、トイレに寄って帰ることにした。用を足し、手を洗ってトイレから出た途端にいきなり声をかけられた。
「もーちーづーきーせんぱあい。」
はうあっ!
山下がトイレ脇の階段ホールからいきなり現れた。
なんだ?なぜこいつはニヤついているんだ?
「なんだ山下。何か用か?」
山下が口を開く。
「具合悪いんですか?」
俺は戸惑いながらもここはごまかすしかないと思い、答えた。
「あ、ああ。ちょっとな。頭が痛くて・・・・・」
山下は俺の顔をしばらくの間じっと見ると、言った。
「先輩は、海野先輩の事が好きなんじゃないスか?」
あ?何を言い出すのだこいつは。
しかもまったくの正解だし。
気を取り直して答える。
「いきなり何を言い出すかと思ったら。バカな事言っちゃいんなよ。くだらねー事言ってんと怒るぞ。」
山下がいきなり真剣な顔になった。少し何か考える様子を見せた後、顔を上げて言った。
「本気で海野先輩が好きなんだったら、その想いで海野先輩を支えてあげてください。これから海野先輩には望月先輩の支えが必要になると思うんです。」

なんだこいつ。何を言い出すのかと思ったら。海野のやつ、昨日まではちょっと心配だったが、今日のあいつは元通り、明るく過ごしていたではないか。
言うに事欠いて俺の支えが必要だなんて・・・・・
「詳しいことは言えないけど、望月先輩に頑張って欲しいんです。すいません、いきなり変なこと言って。じゃ、失礼します。」

俺の頭の中に無数の「?」を残して山下は帰って行った。

どういうことだろう。海野に俺の支えが必要だというのは。
山下は後輩の中では村中と並んで信頼できるやつだ。根拠のない軽口を叩く奴じゃない。
その山下が真剣な顔で言った台詞だ・・・・・気になる・・・・・
困ったことにこういうことには俺は疎い。また、相談できるような奴もいない。自分で考えるしかないのだ。

考えた。その日の夜、寝ずに考えた。でもわからなかった。
ひとつだけはっきりしたことがある。
俺が海野桜子を好きだ、という事実だ。
山下があんなことを言ったからじゃなく、副部長として一緒に活動してきて、大切な時間を共有してきた上での結論だ。

山下がどういうつもりであんなことを俺にいったのかは知らんが、俺も少しその気になろうと思う。
俺の柄じゃないかもしれんが、この際、周囲の雰囲気に合わせるのも悪くない。
まあ気長にやるさ。
とりあえず卒業までには海野にこの気持ちを伝えよう。

柄じゃないがな。

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