Many Ways of Our Lives

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おだっくいLOVE

第二章 ともだち

【東西線 東陽町駅】

ぷわーっ。またこれだ。
チョーマンの東西線から吐き出された僕は、
改札への階段とエスカレーターに向かう幾重にもなった人の列に溜息をついた。
毎朝がっかりだね。
電車を降りてから改札を出るまで五分もかかるってどうよ。
やっとの思いで改札を出た。
ま、改札を出さえすれば会社まで5分とかからないからね。

そういえば中一の頃(昭和四十九年)ってまだうちのアパートのすぐそばの道を
少し山の方に歩くだけできれいな沢があって、沢蟹とかフツーにいたなあ。
蛍とかもいたんじゃないかな。

現在の静岡市清水区では船越堤の公園で蛍の養殖みたいなことをしていて、
たぶんそこから逃げ出したやつだろうと思うけど、普通に野生化しているね。
先日娘と蛍狩りに行ったよ。
蛍たちの為にみかん農家の方々が農薬を減らしたとか何とか聞いた覚えがあるんだけど、どうなんだろ。

おっと、会社に着いちまった。
今日も一日がんばろう。

帰りの電車で思い出の続きをつづっていこう。(ほとんど妄想だけどね。)


【八】燃え尽き症候群

文化祭が終わると、僕らは抜け殻みたいになっていた。
授業に身が入らない。
先生の話も聞いてるんだか聞いてないんだか。
クラス全員、燃え尽き症候群だった。

文化祭の劇には「なんでそこまで」ってくらい没入していた僕らだが、
その反動で完全に気が抜けてしまって、何をするにも気力が出ないのだった。

「どうしたもんかなあ。山下に栗崎。文化祭ではあんなに輝いていたクラスが、今はなんだか鉛の塊みたいになってるぞ。
期末テストも近いと言うのに、勉強に身が入らないとはなあ。」
「はあ、そうですね・・・・・・」
「そうですねって、お前たち、いつものリーダーシップでクラスを盛り上げられないか?」
「はあ、クラスを・・・・・・・そうですねえ・・・・・・」
「山下は駄目だな。栗崎、お前はどうだ?何かいいアイディアはないか?」
「・・・・・・・」
「栗崎!」
「あ、は、はいっ」
「ブルータス、お前もかの心境だよ。なにしろクラスの中心人物がみんな燃え尽きちゃってるからなあ・・・・・・
数学の村松先生が嘆いていたぞ。六組の生徒は目がうつろで怖いって・・・・・・」
そう、僕ら学級委員の二人も使い物にならなくなっていた。

そんな中、やはり立ち上がったのは淳だった。

  十一月も半ばに入り、そろそろ北風もその実力を見せ始めていた。
部活動では三年生が文化祭で引退し、一、二年による新体制が作られていた。
練習終了後、いつものように校門に集まる僕らだったが、しゃべっているのは一の六以外のメンバーだけだった。
僕や絵里ちゃん、一の六メンバーは、ただぼーっとしているだけだったのさ。
いきなり淳が叫んだ。
「いかん、これではいかん!せっかく文化祭で得た六組の名声が地に堕ちてしまう!」
お前の言いたいことはわかるけど、クラスのみんなの気の抜け方は普通じゃないぞ。
夏休み明けの高校生よりもっと気が抜けているし、
栓を抜いて三日くらい放置しておいたコーラよりもっと気が抜けているし、
「虫ゴム」が腐りかけている自転車のチューブくらい・・・・・・
「うるさいうるさいうるさーい!言ってる場合じゃないだろ!何とかしないと、
我がクラスは期末テストで全滅の憂き目を見るに違いない!」
全滅って何だよ。戦争じゃあるまいし。
「いーや、これは国家存亡の危機だ。これを乗り切れないと、俺達は将来の日本を背負って立つことは出来ないのだ!」
大げさなやつだ。
「荒療治が必要です。」
何をするつもりだ?淳?

淳はその日の放課後、小原先生のもとへと赴いた。当然のように僕を引き連れて。
「村中か。お前は大丈夫そうだね。目が輝いてる。」
「当然です。俺がやらねば誰がやる、です。」
「山下はどうなんだ、復活したのか?」
「僕は、ええと、なんとなく・・・・・・・」
「まだみたいだな。で、村中、何か案があるのか。」
淳の目がきらりと光った。
「はい、先生。数学の村松先生にご協力をお願いしてまいりました。」
こいつ、いつの間に・・・・・・
「ほう、で、何をしようというのだ?越後屋。」
「ははっ。お代官様、お聞きください・・・・・・・」
小原先生もノリが良すぎ・・・・・・・。

淳の説明を聞いてあきれた。
淳のやつ、村松先生が学年全体を教えていることから、
全クラスで「プレ期末テスト」をやって欲しいとお願いしたと言うのだ。
で、その結果をクラスごとにまとめ、出来の悪かったクラスを発表して欲しい、
そしてペナルティを与えて欲しい、と加えたらしい。

万一六組の成績が悪くなかったりしたらどうするつもりだ。
「その点に関してはまず大丈夫だ。最近のうちの様子はお前も見ての通りだけーが、村松先生から見ても明らかに無気力、
授業も聞けてないからちゃんと得点が取れないはずだ、とのお墨付きをいただいた。」
うれしくないお墨付きだこと。
「予告無しに来週早々にいきなりやってくれるそうだ。その結果をみて、みんなの目に光が戻ってくれれば、ということだな。」
だけど、いきなりそんなことをやったら、村松先生が悪者になっちゃうんじゃないのか?
「それは大丈夫。後できちんとフォローするから。」
おまえ、本当に十三歳か?
将来が恐ろしいよ。

で、プレ期末テストの結果。
六組は断ラス(断然トップの反対)。
他のクラスはどこも平均が三十五点前後なのに、六組だけ二十八点。
ペナルティの中身がよかった。期末テストの数学の範囲で、今まで僕らがぼけていた部分の復習プリント全十枚。
この結果を受けて担任の小原先生が僕らを叱咤激励。親むけのプリントまで!
これにはいかなボケボケの我がクラスメートも目を覚ました。
案の定、村松先生への反発の声はそこかしこから上がったが、さすが村松先生は大人、全く気にする様子も見せず、
張り切って授業をしてくれていた。
で、淳が学活で前後の事情を説明、クラスのみんなの村松先生憎しの声も収まったってわけ。

期末テストまであと十日と迫ったその日、僕と絵里ちゃんで六組の各学習係を集め、放課後会議を開いていた。
「村松先生のおかげで目が覚めたけん、目覚めるのがちょっと遅かったんて、
かなりがんばらないと期末が大変なことになるのはみんなわかってるよね。」
絵里ちゃんから檄が飛ぶ。
みんなも十分わかっていた。
クラスでの放課後の学習会について日程を決め、
各学習係がそれぞれの教科担任を取材して効率よく勉強できるようにがんばることとなった。
小原先生もようやくほっとした顔になった。

部活停止期間に入ってからは、六組は学習塾と化していた。
もちろん、全員が燃えていたわけじゃない。中にはどうしても勉強には気が向かない奴もいた。
でもそんなやつが帰ろうとしても誰も責めはしなかった。
人には向き不向き、得意不得意があるということを僕らは文化祭を通じて理解していたから。
何とかやらせようと言う努力はしたんだけどね。無理強いはしなかったんだ。
それにしても、残った者たちはよく勉強した。
実際に塾に通っているので途中で帰る者もいたけど、そいつらもクラスに残っていたそうだった。
結局僕らはみんなで何かをしているのが楽しくてしょうがなかったんだ。
それが文化祭の劇でも、勉強でも。

「これでもう、何かが終わって気が抜ける、なんてことはなくなるはずさ。」
と淳が言った。
そこまで計算して今回の作戦を実行したのかな、君は。
「ふっふっふっ。当の然次郎でしょ。なんつって、実際はそんなこと考えちゃいなかったよ。
とにかく、何とかしなくちゃ文化祭の成功が無駄になっちまう、って強迫観念に後押しされてね。結果オーライだよ!」
さすがの淳でもそうだよね。そこまで考えてのことならなんて恐ろしいやつだ、ってことになるけど、
でもわかんないな、口ではこんな事言ってるけど・・・・・・
「いいじゃんか。そんなことより、亮介君は期末の準備はできているのかなー?」
抜かりはないさ。でも相手が絵里ちゃんだからなあ・・・・・・
いやいや、出来るだけのことをやるだけだ!
「俺も麻美には負けらんないけん、がんばってるぞ!」

  いよいよ週明けから期末テストが始まる。

土日がラストスパートだ。


【九】テスト前放課後の教室

テスト前のクラスの学習会が終わり、みんなが帰った後、
数学の問題でわからないことがあったので、職員室の村松先生のところに行って教えてもらった。
もう誰もいないだろうな、と思いながら教室に戻ると、見慣れた後姿が目に入った。
「どうしただね、ぼーっとして。何考えてんの?」
私、望月麻美が声をかけたのは、口を半開きにして遠くを見つめたまま固まっている絵里だった。
この子、返事もしなけりゃ身動き一つしない。重症だね、こりゃ。
「絵里!絵里ったら!ちょっとどうしちゃったー?」
肩を軽く揺さぶると、やっとのことでこっちを向いた。
「文化祭が終わってからこっち、抜け殻みたいだったクラスがやっと復活したってのに、
あんたはまたどうして腑抜けに戻っちゃいるだね。」
「ああ、麻美かー。」
やっとのことで口を開いたと思ったらこれだ。私の質問なんて聞こえちゃいない。
「だから、あんたは何をぼーっとしてるの?」
「え?あたしが?ぼーっとしてる?」
「もういい。質問を変えようか。誰のことを考えてたの?」
絵里の目が覚めたらしい。顔つきがいつもの絵里に戻って、私をまっすぐ見つめなおした。
かと思ったらすぐに目をそらして言った。
「な、何言っちゃいるだね。べつに誰のことも・・・・・・」
ほっぺたまで赤くしちゃって。わかりやすいったら。追い討ちをかけよう。
「山下君のことでしょ。」
「ば、な、な、なんで?なーにいっちゃいるー。」
「そうなんだ。」
「だーかーらー」
「周りに誰もいないし、聞かせてよ。ずっと気になってたんだから。」
「ずっと・・・・・・気になってたって?」
「そうだよ。だって、あんた、淳のことあきらめたでしょ、あたしのせいで。」
「そんなこと、麻美のせいでもなんでもないし、ていうか、何でそんなこと知ってるの?
えー、何、もしかして・・・・・・亮介君から聞いた?」
私はあきれた。
「ふーん、山下君に相談したんだ、そのこと。」
「ふわっ・・・・・・」
「ふわっ、じゃない。山下君は誰にも何にも言ってないでしょうよ、きっと。
でもね、あんた以外のみんなが私にそう言うんだもの。
ま、私は別に自分のせいだとは思ってないけど。だって、淳から言ってきたことだし。
そうは言ってもあの時あんたが落ち込んでたのを知ってる身としてはね、
少しは責任を感じてやんなきゃいけないかな、位は思ってたの。」
「そうだったのかー」
「で?」
「で?とは?」
「だから、それでどうなの?山下君のことを考えてたんでしょ?」
「おぬしにはかなわんのー、越後屋。相変わらずのワルよのう。」
この子はすぐそうやってごまかす。
でも私がごまかされないのをこの子は知ってるから、すぐにまじめな顔に戻って、
「気になってるの。」
あっさり白状した。
「そうなんだ。どんな風に?」

また少し遠くを見る目に戻って絵里は話し始めた。
「盆踊りの時のことは知ってるしょ?」
「うん。詳しくは知らないけん、あの後あんたは淳を『村中君』って呼ぶようになったね。」
「へへ、わかり易いよねー、あたし。あの時、亮介君に話を聞いてもらって、泣いちゃったんだ。
亮介君の肩で。でね、ヤングランドの肝試しのとき、一度さりげなく亮介君に告られたんだ。
そのときはあたし、とぼけちゃって。村中君のことあきらめたすぐ後だったし、なんかそんな気になれなくてね。
挙句の果てに吹奏楽部の県大会の後で、『良いお友達でいて下さい』なんて言っちゃったの。」
うわー、言っちゃったんだ。それって、事実上の拒否宣言じゃないの。
「そんな事言っちゃったら今まで通りに付き合えないんじゃないかって心配しただけん、亮介君、
全然気にしない風でそれまでどおりだったから、わたし、安心しちゃってた。」
「で?」
「文化祭の練習の時。」
わかんねーっつーの。
「亮介君、村中君と一緒に沙弓ちゃんのところに行ったでしょ。そこでなんか沙弓ちゃんを一生懸命励ましてあげたとか聞いちゃって・・・・・・」
 なるほどね。
「誰に聞いた?」
「村中君。」
あのバカは・・・・・・でも結果的には上手くいったわけか・・・・・・・
「あのね、絵里。」
「何?」
「山下君はついていっただけ。弁舌揮って沙弓を劇に引きずり戻したのは淳。」
「えー?そうなの?そうなんだ・・・・・・」
ほっとした顔してー。
「でね、文化祭の後、亮介君に『沙弓ちゃんって可愛いよね』って言ったらそうだって言うのね。
それを聞いた時になんか頭にきちゃって帰っちゃったの。」
それは淳の言うところのじぇらしっくビームってやつでは・・・・・・
「これって、わたしが亮介君の事を好きだってことじゃないかなあって思うのね。」
正解。別段突っ込みどころも何もありませんね。
「でも、きっと亮介君、私にあきれちゃってるから、今更そんなこと言えないと思うのね。」
は?何を言ってるんだこいつは。
「ふーん。」
「何よ、ふーんっって。どうせあたしなんてすこし勉強が出来てちょっと可愛いだけの不思議の国のお姫様よ!」
そういうことを自分で言っちゃうところが『変』だといわれる所以なのだけどね。
「あんたのそういうところを淳は苦手なのよねー。でまたあんたのそういうところを好きで好きでたまらないのが亮介君なんじゃないの?」
「へ?」
「あたしに言わせれば亮介君も変わってるわよ。少し勉強が出来てちょっと可愛いだけの不思議系を一途に想ってるんだから。」
「どうして?どうしてそんなことがわかるの?」
「亮介君の親友は誰?」
「村中君、かな?」
「その彼女は誰?」
「麻美。」
「で?なんか文句ある?」
やっと絵里が笑った。漫画だと「パアアッ」とか効果音が鳴るところだ。本当に世話の焼ける子だこと。
その後私は、淳から聞いてる山下君情報を事細かに絵里に伝えた。

入学式の日に絵里に一目ぼれしたこと。それ以来ずっと一途に想い続けていること。
気が優しすぎてつい一歩引いたような感じになってしまうのでその想いが伝わりにくいこと。
口で何と言おうと絵里以外の女子は目に入っていないこと。
絵里に恥ずかしくないように一生懸命勉強していること等々、
どれも絵里は大きな目を皿のようにして、耳をダンボにして聞いていた。
次の日から絵里の様子が変わった。

さてさて、これからどうなることやら。
上手くいってくれないと、私の胸の底にある小さな罪悪感みたいなものが消えないのよねー。
ふふふ。越後屋、お前もワルよのう。なんちって。

淳、あんたもちゃんと山下君を盛り上げてあげなさいよ!

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