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番外01 番外02 番外03
おだっくいLOVE 番外編その3
杉山明彦の義 V〜いくつかの恋の行方〜
それにしても今日のあれはなんだったんだろう。
笑いながら泣いてたな、海野のやつ。泣きながら笑ってたのかな。
とりあえず見事に俺の知りたいことを教えてくれた。やっぱり海野は頼りになる。
けどあの涙はなんだったんだろう。
それに、あんなに急いで戻らなくても。
結局海野は今日、部活に来なかった。具合が悪いって言って帰っちゃったらしい。
「部長、この後ちょっといいですか?」
楽器を片付けながらぼーっとしていると山下に声をかけられた。いつになくまじめな顔をしている。どうしたんだろう。俺、こいつに何かしたっけかなあ?
「ああ、かまわないけど、どうした?」
「他人に聞かれるとまずいので出来れば二人でお話したいんですが。」
二人で?ますます謎が深まるな。
「なんだよ大げさだなあ。他人に聞かれてまずいことなんて俺にはないと思うがな。」
すると山下が耳を貸せと言うのでそうしてやった。山下が囁く。
「海野先輩。」
俺は飛び上がらんばかりに驚いた。今日の放課後俺に謎を投げかけて帰ってしまったあいつの名前がこいつの口から・・・・・
なんだ、こいつは何を知っているのだ。
「多目的ホールの奥のスペースがいいんじゃないスか?」
うーわー。多目的ホールだと?こいつ、あそこにいたのか?色々聞いてたのか?
「とにかく行きましょ。詳しくはそこで。」
俺は超特急で楽器を片付け、山下と一緒に多目的ホールに移動した。
「話って何だ?お前、海野と俺の何を知ってる?」
俺は山下に問いただした。山下はあくまでも冷静に答えた。
「多分全部だと思います。部長と副部長だって事だけじゃなくて。」
「どういうことだ?」
「今日この場所でどんなことがあったか、とか。杉山先輩がどんなに残酷な人か、とかですかね。」
ぬあにおう?今日ここであった事?海野と俺の会話?で、俺が残酷?ワケが分からん。
「僕は部長って本来クールで思いやりのある人だと思ってます。今は目の前の恋に舞い上がってるだけだと。」
何だとこの野郎!俺が舞い上がってる?・・・・・・いや、その通りかもしれない。でも思いやり云々って・・・・・
「今日ここで、部長は海野先輩に恋の相談をしたでしょ。」
「ど、どうしてそれを?お前、どっかそのへんに隠れて聞いてたのか?」
「そんなんじゃないです。いいから最後まで聞いて下さい。」
山下のいつもと違う雰囲気に気圧されてしまった。
「う、うん。わかった。」
「先輩は美里先輩に恋している。これは先輩以外の誰もが知っている公然の秘密。」
「うむ。そうだろうな。海野にも言われたよ。」
「で、海野先輩に美里先輩の気持ちを確かめて欲しいと頼んだ。それがどんなに残酷なことかも分からず。」
「何を言ってるだよ。美里と仲のいい海野に美里の気持ちを聞くのがどうして・・・・・・」
そこまで言ってようやく俺は気づいた。
そうか!それがあの海野の泣き笑いの答えか!
俺は・・・・・俺はなんて・・・・・なんて鈍い・・・・・
周りが見えなくなってた・・・・・舞い上がってたというのはこういうことなのか・・・・・
俺は海野になんてことをしたのだ!なんと言うことを!
「ようやく分かったみたいですね。」
山下の表情が和らいだ。俺は逆に真っ青になっていたに違いない。
「山下・・・・・俺と言う奴は・・・・・それにしてもどうしてお前が・・・・・・」
山下は今日の放課後のことを話してくれた。学級委員の用事で遅れて部活に行こうとしたところ、三年四組の教室の前で泣いてる海野に鉢合わせし、
彼女を落ち着かせて話を聞いたとの事だった。
俺だけじゃない、美里にも自分の気持ちを隠して・・・・・
「山下、俺はどうすれば・・・・・」
「今更どうすることも出来ないですよ。」
「やましたぁぁぁぁ」
「情けない声を出さないで下さい、杉山部長ともあろう人が。部長と美里先輩が好きあっているという事はどうしようもない事実なんです。
そのことで海野先輩が悲しい思いをしたとしても、残念ながらこれはしょうがない。部長に責任はない。」
「そうだろうか。」
「部長に責任があるとすれば、目の前の恋に舞い上がって必要以上に海野先輩を傷つけたことです。」
「そ、そうだよな・・・・・。」
「だから杉山先輩は、海野先輩の恋にケリをつけてあげなければいけないと思うんです。」
「俺が?海野の恋にケリを?」
「そうです。」
「どうすればいいんだろう。」
「そこです。」
「どこだ?」
「この期に及んでギャグを言ってる場合じゃありません。どうすればいいか、それをお伝えしたくて残っていただいたんですから。」
杉山に睨まれた。
「すまん。俺はどうしたらいい?」
「今さらですけど、海野先輩の気持ちを聞いてあげて下さい。早い方がいいと思います。明日、時間作れますか?」
「かまわないけど、いつ、どこがいいかな。」
「放課後ならここは誰も使ってないからやっぱここがいいでしょう。学活が終わったらここに集合で。部活に遅れることは
誰かに言っておいた方がいいと思います。」
「お前はいてくれないのか?」
「先輩はそのほうがいいんですか?」
「うん、まあ、そうだな・・・・・」
「海野先輩がOKならそうします。あ、そうだ。このこと、美里先輩には言わないで下さいね。」
「うん。でもどうしてだ?」
「海野先輩はきっと自分の口で伝えたいと思ってる。少し時間がたって、笑って話せるようになってから。」
「そうか、わかった。」
「じゃあ今日はこれで失礼します。」
それにしてもこいつ、どうしてここまでしてくれるんだろう。それに、どうしてこんなに「わかって」るんだろう。
聞いてみた。
「山下。」
「なんですか?」
「お前、どうして俺なんかの為にここまでやってくれるんだ?」
山下は俺の目をまっすぐ見て言った。
「本来の部長に戻って欲しいから。でもなにより、先輩達が好きだからかな。高一の先輩達もそうだったけど、今の三年の先輩達って、僕らの憧れなんですよ。
クールで音楽に厳しい杉山先輩、落ち着いていて頼りになる海野先輩、不思議な魅力で後輩を引っ張る美里先輩、大きな存在感と高い音楽性で黙っていても
まわりを引っ張ることの出来る望月先輩。このカルテットだけじゃなく、今年の三年の先輩達みんなが。そんな先輩達と今年のコンクールで結果を出したいって、
僕らは心からそう思ってるんです。」
俺は金槌で頭を殴られたような衝撃を受けた。
後輩達がそんな気持ちでいる中で、一人舞い上がって・・・・・大切な友達をそうとは気付かず傷つけて・・・・・
やっと目が覚めた。こいつらの為にもしっかりしなきゃ。
海野の気持ちも受け止めよう。
「山下。すまん。そしてありがとう。」
「僕だけじゃなく、後輩達みんなへの言葉としてお受けします。」
「ああ。目が覚めたよ。明日からは以前の俺に戻っているはずだ。海野の気持ちもきちんと受け止める。そして美里には俺からちゃんと気持ちを伝える。
そして山下、今年は金賞、狙うぞ。」
山下がやっと笑った。
「そうこなくっちゃ。」
こいつの笑顔はいい。見ている者の気持ちを優しくさせる。俺が女だったら惚れてるかも。
ちょっと褒めすぎか。
「いっけない、最終下校のチャイム、鳴っちゃいましたよ。急ぎましょう!」
俺達はダッシュで昇降口に向かった。ぎりぎりで部活を終えた連中もたくさんいて、昇降口はごった返していた。
先に出た山下が校門で待っていた。
「それじゃ先輩、また明日!」
「おう、さよなら!」
明日からまた可愛い後輩達のためにがんばらなきゃ。部長たる者、恋と部活と勉強の三つくらいまとめて面倒見られなくてどうすんだっつーの。
顔を上げて、胸を張って家に向かって歩き出した俺だった。
「桜子。部活の後輩の山下君って方から電話よー。」
お母さんが私を呼んだ。
ちょっとドキドキしながら電話に出た。なかなか電話が来ないからどうしたのかと思っちゃった。
「山下君?私だけど。」
山下君が明るい声で話し始めた。
「すいません、遅くなっちゃって。今大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫よ。」
「例の件ですけど、明日の放課後です。場所は多目的ホールの奥のスペース。」
「わかったわ。えーと、山下君も来てくれるのよね?」
「先輩がそのほうがいいなら。あ、ちなみに杉山先輩もそのほうがいいって言ってました。」
「助かるわ。なんか一人だと言えない事もあなたがいてくれれば言えそうな気がするのよね。」
「そんな弱気でどうするんですか。これでケリをつけるんですから。しっかりしてくれないと。」
「ふふっ。そうね。で、どう言えばいいか、ずっと考えてたんだけど、やっぱりストレートに私の気持ちを伝えるのが一番いいと思うのよね。どう思う?」
「僕もそう思います。今回は先輩の気持ちを部長にぶつけるだけでいいんですから。こんな言い方はおかしいかもしれないけど、
相手の気持ちはもうわかってるんだし。」
「意地悪ねえ。うそうそ。大丈夫、私ももう開き直ったわ。これで気持ちを整理して、部活と勉強に集中しないと。君たち後輩にも迷惑かけちゃう。」
「それもあるけど・・・・・杉山先輩にも言ったんですけど、僕ら後輩一同にとって今の三年の先輩達は憧れなんです。首脳陣はもちろん、三年の先輩みんなが
作ってる部活に対する厳しい中にも暖かい雰囲気が大好きなんです。だからいつでも、いつまでも先輩達にはそのままでいてほしいって、そう思ってます。」
私たちがそんな風に思われていたなんて、ちょっと感動だった。
彼の傍にいたいと思って始めた部活だったけど、今は自分にとって何より大切な仲間と大切な時間を分かち合う為の大きな存在になっていることに気が付いた。
そしてそれに気付かせてくれた後輩に感謝しなくちゃ、と思った。
「山下君?」
「はい?」
「ありがとう。コンクール、がんばろうね。」
「はい!よろしくお願いします!」
電話の向こうに彼の素敵に優しい笑顔が見えた気がした。
「あ、それからもうひとつ確認したいんですけどいいですか?」
何かしら。
「杉山先輩に、このことは美里先輩には言わないで欲しいって言ったんです。」
この子はどうしてこういうことがわかるんだろう。改めて驚く。
「ありがとう。美里には時機を見て伝えたかったの。笑って話せるときが必ず来ると思うから。」
「わかりました。それじゃまた明日。学活が終わったら多目的ホールの奥スペースで。」
「わかったわ。明日はよろしくね。」
今はもう、気持ちがあっちこっち揺れることはなかった。
明日、私の恋にケリをつける。
今日は朝から気持ちよく過ごせた。
授業にも集中でき、自然に笑顔になっている自分を感じる。
六時間目が終わる。そうじを済ませ、学活が始まる。日直が明日の予定の確認をし、担任が訓話をして、帰りの挨拶となった。
みんなが部活へと向かう中、隣のクラスのもう一人の副部長、ホルンの望月君に伝言を頼んだ。
「望月君、わりーけん、今日、ちょっと遅れるってパートの子に伝えといてくれる?」
望月君は笑顔で答えてくれた。彼はめったに言葉を発さないのだが、その分彼の言葉には重みがあるのだ。この歳でこの貫禄。
うん、ホルンの子達が黙ってついてくのがわかる。
今日は珍しく言葉を返してくれた。
「海野、なんか久しぶりにお前の笑った顔を見るような気がするな。いや、まあどうでもいいことかもしれんが。」
望月君にそんなことを言われるとは全く予想もしていなかったので、ちょっと戸惑う。
「そ、そう?そういえばこのところちょっと落ち込んでたかも。もう大丈夫だけどね。」
「うむ。じゃあ部活で。」
「うん、伝言よろしくね。」
望月君に窓越しに手を振ると、私は多目的ホールに急いだ。
そこには既に杉山部長と山下君が来ていた。何か話していたけれど、私が来るのに気が付いて、二人とも私に笑顔を向けた。
山下君の優しい笑顔と杉山君のはにかんだ笑顔。良く見るとどっちも結構イケメンだ。普通なら結構おいしいシチュエーションだな、
なんて軽いことまで考えられるようになっていた。
「ごめん、待った?」
杉山部長が答える。
「いや、俺もさっき来たばっかだ。」
山下君が話を進める。
「じゃあ、海野先輩。さくっといきましょう。さくっと。でもホント、僕も聞いてていいんですか?」
私は笑って答えた。
「ええ、あなたは私の恩人ですもの。私がケリをつけるところをきちんと見ていて欲しいわ。」
「ケリをつけるか・・・穏やかじゃないな。」
杉山君が頭を掻きながら言い、私たちは笑った。
改めて杉山君に向き合って、私は話し始めた。
「じゃあ話すね。ううん、部長、っていうか部長達の気持ちはちゃんとわかってるから聞いてくれるだけでいい。答えは私にもわかってるから。
でも、今まで私がどんな気持ちであなたを見つめていたかだけわかって欲しいの。」
「うん、わかった。」
杉山君が真顔で答え、山下君が頷いた。
「中学校に入って、私、同じクラスになったあなたを一目で好きになっちゃったの。日を追うごとにその気持ちは強くなった。
あなたが吹奏楽部に入ると聞いて、私もそうした。あなたが部活でがんばれば私もがんばった。体育祭でも文化祭でも、委員会や何かでも
出来るだけあなたのそばにいられるようにがんばった。毎回毎回うまく行くわけじゃなかったし、私、顔に出さない方だから周りにはそのへん、
わからなかったみたいだけど。あなたと美里が幼なじみだと聞いたとき、美里に嫉妬したりしたんだけど、あの子、あの調子で男の子みたいに振舞ってたから、
二人が好きあう事なんてないだろうな、なんて勝手に思い込んだ。卒業まで一緒にいられればいい、今まで通り部長と副部長で一緒にやっていければいい、
なんて思ってたんだ。でも、美里が変身して、しかもその美里からあなたへの恋の相談なんてされて私・・・・・もうこの気持ちは封印してしまおうって思った。
そしたら今度は杉山君から美里への恋の相談なんてされちゃって・・・・・封印したつもりだったんだけど、涙が止まんなくなっちゃって、
杉山君をびっくりさせちゃったり、山下君を驚かせたり。特にここ数日でいろんなことがあった。」
ここまで一気に話すと、一息ついて続けた。
「結論。私、杉山君が大好きだった。初めて会ってから、今までずっと。ううん、今だって好き。この気持ちはすぐには消えないと思う。
今この気持ちをあなたにまっすぐ伝えることが出来て本当にうれしい。山下君、ありがとうね。」
山下君、泣いてるの?ほほを涙がつたってるよ。
杉山君が何か言いたそうにしてるけど、私はすぐに言葉を繋いだ。
「今まで杉山君のことを考えてるとき、私、すごく幸せだった。だから今杉山君にはありがとうって言いたいの。あなたを好きだったという気持ちは
大切な思い出として取っておくつもり。山下君の言うところの新しい恋も見つけたいしね。今はまだちょっとそんな気にはなれないかもしれないけど。
それに、美里と違ってわたし、そんなに綺麗じゃないから・・・・・」
いけない、また笑いながら涙が流れてきた。でもこれは悲しい涙じゃない。新しい自分になる為の、悲しみを洗い流す為の涙だ。
「海野先輩。」
山下君が口を開いた。
「先輩は自分をわかっていないだけです。先輩は、とっても綺麗です。その気になれば部長以上のいい男、いくらでもゲットできますから。
それに、僕の予感、当たるんです。」
この子は本当に女の子の扱いがうまいわね。私もその気になっちゃうじゃない。栗崎さんも注意しないとね。
「ま、俺以上のいい男なんてのはそうそういないとは思うがな。」
杉山君が変なこと言うからみんなで笑っちゃった。
杉山君がまた真顔に戻って言った。
「海野。本当にごめんな。お前の気持ちに気付かないどころか、この間は傷つけるようなことをしてしまった。
いや、お前がなんて言ってくれようとそれはそのとおりなんだ。
お前のその気持ちに応えてあげる事はできないけど、ちゃんと受け止めたよ。お前が俺を好きでいてくれたこと、忘れない。」
うれしかった。
でもこれで本当に私の初恋が終わったんだ、と思うとまた涙があふれてきた。
「海野がこんなに泣き虫だとは俺、全然知らなかったよ。なあ、山下・・・・・って、お前も泣いてるんかい!」
「へへへ。でも、僕、なんかすごく感動しちゃって。先輩達の後輩でよかったって・・・・・」
「うまいこと言うじゃないか。本気ならありがたいがな。」
「本気に決まってるじゃないですか!」
「わりいわりい。わかってるって。お前の気持ちもありがたく受け止めてるよ。本当に今回は世話になった。ありがとうな。」
山下君が微笑む。
杉山君が続けた。
「海野、今日からまたしっかり者の副部長として、俺を支えてくれ。やっぱ、海野がいて、望月がいて、美里がいてこその俺だ。
みんなでがんばって、県大会で金賞、狙おうぜ!」
私は力強く頷いた。
今日からまた、私はしっかり者の副部長。みんなと一緒にがんばっちゃうんだから!
新しい恋も探せるかな?