メシアな彼女
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【九】夢喰い狩り前夜
下北沢に着いたオレ達は、いったんそれぞれの部屋に戻って荷物を置いたり着替えたりした後、オレの部屋に集合した。
未だ目を覚まさないカオルは、カオルの部屋に布団を敷いて寝せておいた。
二人が部屋にやってきたので、オレは聞いた。
「コーヒーと紅茶、どっちがいい?日本茶もあるけど。」
「あたしはコーヒー。」
「僕もコーヒーでお願いします。」
「了解。」
二人を座らせておいて、用意しておいたペーパーフィルターでコーヒーを入れた。
「はいよ、お待たせ。」
コーヒーを配ると、俺も座る。
「今回の件は、どうだろ、微妙なプラスってとこかな、と思ってるんだが。」
彩子さんがフンと鼻で笑って答えた。
「そうね。少なくともマイナスではないわね。プラスも限りなくゼロに近いとは思うけど。」
吉田君が笑顔で加わった。
「でも、プラスはプラスですよ。今回知りえたことをまとめるとこんな感じですかね。
1.夢喰い端末は僕らに比べると自律性に欠ける。
2.夢喰い端末の行動規範は親玉の利益になるかならないかだけ。自分の生死に関心はない。
3.どうやって知ったのか、松下さんをこっちのキーパーソンだと思ってる節がある。」
オレが付け加える。
「夢喰いの親玉は日本語が下手だ。」
二人は笑ってオレに同意した。
「まあ、でも今吉田君の言ったことは、今後の夢喰い狩りにも役立つ内容だよな。」
「そうね。あいつらがこのままならば、という条件付でね。」
「うむ。今回の件で夢喰いが学習をして、端末に余計な知恵をつけたりすると少々面倒なことにはなるな。」
そうしてしばらくオレ達は、カオルがさらわれてから今日、ここに戻ってくるまでのことをふりかえり、反省し、情報をまとめたのだった。
「ところで、君らに聞きたいことがあるんだが。いや、聞きたいというよりも、伝えたいことかな。」
吉田君が怪訝そうな顔をする。彩子さんが聞き返した。
「伝えたいこと?」
「そう。カオルのことなんだけど、マスターからは何か聞いてるかい?」
「僕は特に何も。大家さんから松下さんの生き別れの妹だって聞いてるだけですけど。彩子さんは何か聞いてます?」
「いんや。あたしもマスターからは何も聞いてないわよ。やっぱり大家さんから聞いたことくらいしか知らない。
えー何、何かあるわけ?」
少し恥ずかしい感じもあったのだが、正直に伝えておくことにした。
「うん。まず、オレ達は、本当の兄妹じゃないんだ。」
二人同時に目を点にし、また同時に声を発した。
「ええーーーーー?」
先に我に帰ったのは彩子さんだった。
「ちょっとちょっと、あんた、血もつながっていない年頃の女の子と一緒に住んじゃったりしてるってわけなの?
たしかあんた、いもうと属性持ってたんじゃなかった?危険だわあ。あぶないわよぉ。」
そう言いながら彩子さんの目は確実に笑っていた。吉田君も驚きから回復したらしい。
「ということはですよ?うーん、よけいにわからないですねえ。お二人はどういう関係なんですか?」
「うん。二人は、というよりも、カオルがどういう存在なのかを理解してもらったほうがいい。
俺も確実に確かなことは実はわかっていないんだが、カオルは、マスターたちフレイムキーパーにとって、
ものすごく大切な存在らしいんだ。で、マスターの命を受け、俺が保護しているってことなんだな。」
二人とも納得したようなしないような微妙な顔でオレを見ていた。
そりゃそうだ。確かなことはオレにもわかっちゃいないんだから。
「でもって、彼女が特別な存在であるという証拠はほかにもある。」
吉田君の目が好奇心でキラリとした。
「それは、どういう?」
「うん。彼女は、不可視域の中のオレたちが見えてしまうんだよ。」
そしてオレは、カオルとオレとの出会いから、夢喰い狩りの現場を目撃されたこと、マスターに彼女を紹介し、
保護するように指示を受けたことなどを順に話し伝えた。もちろん、デートまがいのエピソードは省いておいた。
特に彩子さんにどうこう言われたくなかったからだ。(話を聞いている間中、彩子さんの目は笑っていたが。)
話し終わっても、しばらく誰も口を開かなかった。
「なにしろ、彼女は守ってあげなきゃいけない存在だ、ということなんですよね。」
最初に口を開いたのは吉田君だった。彩子さんが続く。
「そうね。知る必要ができればマスターのほうから何か言ってくるでしょうし。あたしたちはあたしたちの
やるべきことをやるだけだわ。」
「そのあたり、松下さんがあいつらに狙われる理由にも関るんでしょうね、きっと。」
吉田君が推理した。そういうことか。なぜそこに思い至らなかったんだろう。
まあ、カオルと出会ってからいろいろあったし、何よりも、カオルのことを深く考えようとすると、
思考が停止するというか、ほかの事を考えてしまうというか、深く考えること自体ができなかったのだ。
これはマスターによるコントロールなのか、それとも他に何かあるのか・・・・・・まあいい。
・・・・・・と、これだ。この「まあいい」が常にオレをコントロールしている気がする。
「まっつん?」
彩子さんの声で我に返った。
「ああ、すまん。で、これからのことなんだが。」
二人の表情が引き締まった。
「こっちがイニシアティブをとらなきゃいけない、ってのが今回の教訓だ。で、都合のいいことに、今度の週末、
11月23日から25日が三連休で、しかもアキバはイベントの嵐だ。やつらは確実に集まってくる。
ここで俺たちがどれだけやつらを狩れるか。それだけじゃない。やつらがどれだけいて何をやってくるのか、
更なる今後を占う意味でも重要な戦いとなるのは明らかだ。というわけで、今週末、チームで動いてもらうことになるが、大丈夫だよな?」
彩子さんがにっこりと笑った。
「あいつらじゃないけど、あたしたちの行動原理はそこよね。そのために作られた端末よ。」
吉田君も笑っていった。
「あいつらのことを笑えないですよね。ま、でも彩子さんの言うとおり、そのために作られた端末なんですから、
やるべきことに疑問の余地はありません。それに・・・・・・」
「それに、なんだい?」
「あいつらと違って、僕らには、みんなの夢を守る、という大切な使命があるじゃないですか。」
そうなのだ。オレたちは少なくとも、マスターに言われたから、という理由だけじゃなく、オレたちがみんなの夢を守っている、
ひいては地球の未来を守っている、位の自負を持って夢喰い狩りをしているのだ。いままでも少なくともオレはそう思っていた。
改めて仲間の口からそれを聞けたのがうれしかった。彩子さんも頷いている。
「よし。じゃあ今日のところはこれで解散としよう。木曜の夜、カオルの作った晩飯でも食いながら作戦会議をしよう。
それまでにオレが方針をまとめておくよ。」
コーヒーの残りをグイっとあおって彩子さんが言った。
「了解。じゃあ、木曜日に。」
「木曜日に。」
吉田君もそう言って力強く頷いた。
二人を見送った後、カオルの部屋をのぞいた。暑いのか布団をはいでいるので、暖房を止め、布団をかけなおしてやる。
罪の無い寝顔を見つめる。まったく、こいつの寝顔は天使みたいだ。いつまでも見ていたいと思わせる。
すまなかったな、怖い思いをさせて。これからはちゃんと、しっかりと守ってやるからな。
心の中でそう誓うと、オレはカオルの部屋の明かりを消して、ドアを閉め、リビングに戻った。
明日はカオルに、危機に陥ったときの対処方法をきちんとレクチャーしておかなきゃ、なんてことを考えながら
オレはいつの間にか眠ってしまった。
翌朝、オレはいつものように朝食の準備をしていた。
「おはよう。朝飯、できてるぞ。早いとこ顔洗って来いよ。」
夕べは着替えもさせずに寝せちまったので、普段着のまま起きてきたカオルに気がつき、声をかけた。
「お兄ちゃん・・・・・・へへ・・・・・・いつもどおりだね。顔、洗ってこなきゃ・・・・・・」
笑いながら涙を流すという器用な真似をする、と思ったら、いきなりカオルはオレに飛びついてきた。
戸惑うオレ。あやうくコーヒーをこぼすところだった。
「ど、どうしたんだよカオル。おいコラ、痛いって。コーヒーこぼれちゃうって。」
「あたし、お兄ちゃんが助けてくれるって信じてた。お兄ちゃん、ちゃんと来てくれて、ちゃんとあたしのこと、助けてくれた。
でもね、でも・・・・・・」
オレの背に回した腕が少しゆるんだ。カオルがオレを見上げる。涙が止まらないようだ。
「怖かったんだよ!あたし、どうなっちゃうのかわかんなくて、本当に怖かったんだから!」
そこまで言ってカオルはえーんえーんと泣き出した。オレは思わずそんなカオルを抱きしめた。
きれいな黒髪をなぜてあげる。
「すまなかったな、怖い思いをさせちまって。でももうこれ以上そんな思いはさせないからな。
オレが、いや、オレたちが絶対にお前を守る。守ってやるからな・・・・・・」
カオルが泣き止むまでオレたちはそのままでいた。
カオルの華奢な体をやさしく抱きしめたオレは、この子を心から愛しいと思った。
いや、あくまでも兄としてだ。
オレは夢喰い狩り用の端末に過ぎない。
異性に対する恋愛感情など、不要だ。
不要なのだ。そう作られているのだから。今までもそんなもの、感じたこともなかった。
もちろん、向こうから寄ってくる場合はしょうがないから合わせてやったが。
(そんな物好きはめったにいなかったしな。)
でも、本当にこれは兄としての感情なのだろうか。
もし、違うとすれば、マスター、オレを作るときに何か失敗したんじゃ・・・・・・
そんなことを考えてる時点で、おかしいでしょ?オレ。
朝食後、オレはカオルに身を守るための道具をいくつか渡した。
主なものとしては、可視光線変調装置。(要するに透明マントだ。逃げるために使う。)携帯ケース型スタンガン。
あと、救難信号発信機。(携帯電話での連絡もできないくらいのケースで、すぐにSOSを出せるよう、常にポケットに
入れさせておくようにした。ボタン電池くらいの小さなスイッチだ。小さいが出力は強力で、アキバで発信すれば、関東一円で受信できる。)
簡単に使い方を説明すると同時に、普段から気をつけて行動するように伝えた。
もともと頭のいいカオルは、自分がどういう立場にいて、どう行動すればいいのか、すぐに理解したようだ。
今回のことでやつらも少しは慎重になるだろう、とふんではいたが、用心に越したことはない。
とにかく敵はまだカオルの本当の価値を知らない。
オレたちもだけど。
家を出る。
会社に着いたオレは、その日の仕事を午前中には終わらせてしまい、午後はずっと今週末の狩りについて思いをめぐらしていた。
相当数の夢喰いが集まってくると思われた。三人でどれだけの狩りができるだろう。個別に動いたほうがいいのか、
常に三人で行動したほうがいいのか。イベントごとに掃討していくのがいいのか、区域ごとにつぶしていくのか。
考えるべきことはいくらでもあった。
家に帰ると、カオルに身の守り方をレクチャーし、寝る前に昼間考えたことをまとめる作業をした。
いろいろと考えをまとめていくうちに、はたと思い当たる。
万が一、夢喰い端末の数がものすごく多かったら、不可視域を設定した瞬間にそのものすごい数の人間もどきが消えてしまうことになる。
いくらなんでも不自然すぎて、何かが起きていることが人間にわかってしまって、それを追求する動きが発生してしまうかもしれない。
そうなるとオレたちの仕事もやりづらくなること必至だ。夢喰いどもの数は予想できないのだろうか。
マスターはそのあたり、把握できていないのだろうか。考えてもしょうがないので、聞いてみることにした。
DVD棚をスライドさせ、コントロールパネルでマスターとコンタクトをとる。
「認識コードJPN001YM・OP。受信確認願います。」
ややあってモニターの下のスピーカーから例の機械的な声が返ってきた。
「JPN001YM。受信を確認した。定時連絡の時間ではないが、用向きは何か。」
「はい。このたびマスターの指示を受けて大規模な夢喰い狩りを実行に移すことになったのですが、懸念事項がありまして、
それについてマスターにお尋ねしたく、連絡を取りました。」
「申告せよ。」
「このたびの夢喰いの大攻勢ですが、夢喰い端末はどの程度の規模で増加投入されたとお考えでしょうか。
何らかの数字をお持ちではないでしょうか。」
「われわれの把握するところでは、すでに夢喰い端末は今までの三倍になっているはずだ。」
三倍?たったそれだけ?大攻勢と聞いてたけど、そんなもんなの?
「三倍、とおっしゃいましたか?大攻勢という割には少ないような気もするのですが・・・・・・」
「よく考えてみよ。我々の作った端末であるところの君らがどのように作られたか。もともとある有機体がその生命力を
失おうとしている時に作り変えるのがそのやり方だ。夢喰いも同じ方法をとっている。
君らのように一旦その消息が失われてから一定期間で再度見つかる、というプロセスをとらないと人間社会に溶け込ませることはできない。
まったく別な有機体を創造して人間社会に混ぜるという方法は取れないのだ。いきなりそれまでいなかった人間が隣に現れたら
それはそれは警戒されるだろうが。我々にできる範囲があやつらにもできる範囲であることから導き出された数字がこれなのだ。」
相変わらず回りくどい言い回しだが、マスターの言いたいことは十分理解できた。
そういうことならばやり方もそう難しくは無いだろう。マスターに対夢喰いツールの新しいやつを用意してもらおう。
「了解しました。ではマスターにお願いがあります。不可視域の設定装置の広範囲版をご用意いただきたい。
最大で秋葉原全体を覆いつくせるような出力を出せるものを。」
「明日までに用意しよう。他には何かあるか。」
「いいえ、聞きたいことは以上で終わりです。では通信を終了します。」
「了解した。よい報告を待っている。あと、くれぐれもカオルを危険な目に会わせないよう。」
言われなくてもわかっている、とのどまで出かけたが、飲み込む。通信終了のボタンを押すと、パネルのランプが消えた。
木曜日は平日休みだった。
マスターに用意してもらった装置をリュック型の次元ポケットに入れ、アキバに出かけ、
それとはわからないように設置してきた。ポケットのスイッチを押すだけで、アキバ全域が不可視域となる。
さあてと。いったい何人の夢喰いが集まってくるのか。わくわくしてる自分を感じ、気持ちを抑える。
狩ることが目的なんじゃない、その結果夢喰い対フレイムキーパーの争いがなくなり、
精神生命体世界が平和になることが目的なのだ。そう、これは代理戦争なのだ。
気持ちを引き締め直すオレだった。
夜になり、二人がいつ来てもいいようにコーヒーを用意していると、呼び鈴が鳴った。
午後7時。狩人の三人がカオルの作った料理の並んだテーブルを囲んだ。
「幸いなのは、夢喰いが夢を食うには、相手を誘ってその気にさせると言うプロセスが必要だってことなんだな。」
カオルの料理に舌鼓を打ちながら明日のことについて話し合うオレたちだった。カオルが質問する。
「プロセスって・・・・・・それ、どういうこと?」
大きなジャガイモをほおばるオレに笑いかけ、説明を吉田君が引き受けてくれた。
「夢喰いが夢エネルギーを吸い取る方法なんですけど、いきなり隣の人間にとびついて夢を吸うってわけにはいかないんですよ。
あいつらが夢を吸い取る器官は、口なんです。」
カオルが首をかしげる。
「口?」
吉田君が続けた。
「そう、口です。どうしてかはわかりませんが、いわゆるキスをすることで相手の夢エネルギーを吸い取ることができるんです。」
「まあロマンチックですこと。」(棒読み)
彩子さんがまぜっかえす。
オレが吉田君の後を引き継ぐ。
「そういうことだから、夢喰い端末の連中は、これと目星をつけた対象にまずできるだけ自然に近づき、人間関係を作り、
二人きりになり、というプロセスを経ないと夢エネルギーの摂取にいたらないわけさ。不特定多数に対してどんどん攻撃できるのなら、
もうとっくに人間の夢エネルギーなど吸い尽くされて無味乾燥な世の中になっているはずだろ?」
「だからあたしたちも今までたまに現れるやつらをたまたま見つけたときに狩る、くらいのことしかしていなかったわけ。」
カオルはそんなオレたちの説明を熱心にうなづきながら聞いていた。すると、何かを思いついたような顔をした。
「ちょっと疑問に感じたんだけど。」
「何?」
「うん。夢喰いの数がそれほど少なくて、夢を吸い取るのにも手間がかかるとすれば、ほしいだけの夢エネルギーを得るのに、
ものすごい時間がかかるんじゃないのかなあ。」
当然の疑問だ。
「そうだね。そのとおりだ。けど、やっぱりそこには理由があるんだよ。」
「どんな理由?」
「うむ。まず、人間の持っている夢のエネルギーと言うのが、じつは夢喰いとかフレイムキーパーとか言う精神生命体にとっては、
かなり大きなエネルギーだ、といことだ。精神世界に生きる彼らは、いわゆる三次元的な質量を持たない。詳しくは知らないが、
一人の人間の夢エネルギーで、夢喰い一体(一体という表現もおかしいとは思うが)の寿命を三割方延ばせるらしい。
人間とは比較にならない寿命を持つ連中だけどね。
次に、それだけ長い寿命を持つ連中だから、エネルギーを集めるのに僕らの感覚で多少長い時間がかかるとしても、
彼らの感覚ではそう長い時間とは感じない、ということがあるんだ。」
「そういうことかぁ。うん。納得。」
いつの間にかテーブルの上の料理はあらかたオレたちの胃の中に納まってしまっていた。
皆で片付ける。彩子さんが皿洗いを手伝う、と言ったのだが、カオルがいいからいいからと彩子さんを押し戻した。
鼻歌を歌いながら皿洗いをしているカオルの背中を吉田君が優しい目で見ている。
「コラ。それはオレの役目だろうが。」
オレらしくない冗談にどうリアクションをとっていいかわからない吉田君だった。
「はいはい、本題に入りましょうね。」
彩子さんに促されて、オレたちは明日の動きについての話を始めた。
「今日の昼間、拡大不可視域設定装置をアキバに仕掛けてきたよ。」
吉田君が普段の顔に戻って、
「それはそれは、お疲れ様でした。」
彩子さんが首をかしげて、
「アキバ全体を一気に不可視域で覆っちゃうってことなの?」
予想された質問に、オレは用意しておいた答えを返す。
「いや、それじゃあ、複数の夢喰いがいっぺんに様子がおかしいことに気づいて逃げ出してしまうことになる。
そこで、そうならないよう、アキバを六つの区域に分け、一つずつ潰していくことにしたいと思っている。」
リモコンスイッチを押すと、いつものDVDラックがスライドし、ディスプレイパネルが現れた。そこにアキバマップを表示する。
「まずはこのメインイベントの行われるUDXを含むエリアBからがいいと思うが、どうだ?」
吉田君が反論する。
「それはどうでしょう。いきなりメインイベント会場付近となると万一四体以上の夢喰いが集まってしまった場合、
対応しきれなくなる可能性が高くないですか?」
彩子さんも吉田君に同調する。
「そうね。あたしも吉田君の意見に賛成。周りから絞っていくほうがいいんじゃない?」
「うむ。もっともな意見かもな。よし、じゃあエリアD・E・Fから始めて、その後A・C、最後にBと言う流れで行こう。
それでどうだい?」
吉田君がうなづく。
「そうですね。僕もそれがいいと思います。でもあれかなあ、結局Bに集中しちゃうのかなあ。」
「そうでもないと思うわよ、あたしは。メインイベントは文庫原作のアニメフェアでしょ?もちろんアニオタであふれるとは思うけど、
この連休、パソコンオタクも結構あふれんばかりの夢しょってくるはずよ。エリアAとDにも結構来るわよ、夢喰い。」
なるほどそうか、と納得するオレたちだった。
大きなアニメイベントもある一方で、この連休、PC関連の安売りフェアをショップ合同で開く予定になっているのだ。
パソコン雑誌にもかなり大きく宣伝されていた。
海外からの観光客もかなり集まってくる。海外のオタクは特に大きな夢を持ってやってくるし、
メイド姿の夢喰いに誘われでもしたら一発で落ちてしまうだろう。
いずれにしてもかなり大規模な狩りになるはずだ。普通の人間にはわからないように大きな戦いを繰り広げねばならない。
「じゃあ、明日はよろしく頼むぜ。集合は八時。下北の改札だ。」
「了解しました。」
「了解。がんばっちゃうわよん。じゃあねー、カオルちゃん!」
「おやすみなさい!」
二人を見送ったあと、カオルと改めて話をした。
「そういうわけで、オレたちは明日、アキバを飛び回ることになった。お前、早番だったよな。」
「うん。そうだよ。」
「あれか?チラシ配りとかもやんのか?」
「うん。だって、明日から三連休でしょ?うちらもお客さん呼ばなきゃだし。」
「そうだな。できれば外に出てほしくなかったんだが、しょうがないか。万一俺たちが夢喰いとかかわってるところを見ても、
見えないふりとか、できるか?ほら、お前、見えちゃうから。」
「うん。大丈夫。」
「あとオレが心配してるのは、夢喰いがまたお前にちょっかいを出そうとするんじゃないか、ってことなんだ。
ま、この前のことがあるからやつらも慎重になるとは思うけど。」
「大丈夫だって。何かあっても、ここんとこお兄ちゃんが教えてくれてたようにちゃーんとやるから。」
「本当に大丈夫か?いいか、基本は『逃げる』だからな。最初からやつらと戦おうなんてするなよ。最近はやつらも武器なんぞ手にして
かなり物騒になってきてるからな。それに・・・・・・」
「お兄ちゃん!」
カオルがほっぺたを膨らませて割り込む。その勢いに圧されるオレ。
「はいぃぃ。」
「心配しすぎ。私も不安だけど、なるようにしかならないんだから。お兄ちゃんは自分のやることに集中して。
わたしが原因で集中できないなんて、イヤだ。」
しょうがないな、オレ。どうしてもこいつの兄貴的な気持ちがどんどん脳内を侵食してきてる。
本気で妹を心配してるおにいちゃんになっちまってる。マスター、これはどういうことでしょう。
これもすべてマスターの思惑通りですか?
「すまんな、カオル。オレもお前の兄貴になりきっちまってたってことかな。マスターからお前のこと、くれぐれも頼む、
なんて言われちまってるからかな。」
カオルが笑顔に戻る。
「ううん、あたしこそ生意気なこと言ってごめんなさい。明日はおにいちゃんも気をつけてね。それにしても・・・・・・」
「それにしても、なんだい?」
「その、マスター?マスターがあたしを大事にする理由ってなんなんだろう、って思うんだけど。お兄ちゃんは何も聞かされてないの?」
「うん。ただ、お前のことを守れ、とだけしか言われてないんだ。」
「うーん、普通の女の子だと思うんだけどな、あたし。」
「普通じゃねーだろ。」
思わずつぶやいたオレ。カオルがまたふくれた。
「えー?どういう意味よぉ。」
ごまかそうとするオレ。
「いや、なんつーか、ほら、普通よりかわいい、みたいな?」
すると、カオル、真っ赤になってうつむいた。
「な、何言っちゃってるのかな。ごまかそうったって、だめなんだからね。」
ヤバい。かわいい。かわいすぐる。マジヤバい。本気でごまかそう。
「さ、明日も早いからな。さっさと寝ようぜ!」
カオルがあきれた顔でつぶやいた。
「まだ九時半だよ。どんだけ寝ようっていうのかしら。」
オレたちは顔を見合わせてオタがい、吹き出した。
ひとしきり笑った後、くだらないことをだらだらとおしゃべりして、結局寝たのは12時を過ぎていたのだった。
めったに見ない夢を見た。
中学生くらいのオレが公園で小さなカオルを遊ばせている。
ベンチに座って砂場で楽しそうに遊ぶカオルを目を細めて眺めているオレがいた。
カオルがオレを見る。ふにゃふにゃの笑顔でその目線に答えるオレがそこにいた。
カオルが砂場からオレのもとへ駆けてくる。
オレはカオルを抱き上げると、やわらかなほっぺたにキスをした。
気がつくとカオルもオレも現在の姿に戻っていた。
18歳のカオルをひざの上に抱きかかえるオレ。
カオルと目が合う。そして目を閉じるカオル。そしてその唇に・・・・・・
その瞬間、目が覚めた。時計を見る。午前4時50分。心臓がドキドキしている。
なんてえ夢をみたんだ。
だからオレはマスターの単なる対夢喰いの三次元端末に過ぎないんだって。
マスター、オレ、やっぱどこか壊れてるよ。
今度真剣にマスターに診てもらうこととしよう。
その日の朝食時、様子のおかしいオレは、カオルに真剣に心配され、更に落ち込んだ。
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