Many Ways of Our Lives

メシアな彼女

01 02 03 04 05 06 07 08 09 10
【三】露見

「お兄さん、フルメタルパニック、好きなんですかぁ?」
休日のアキバにはモノトーンのゴシックロリータに身を固めた
高校生くらいの女の子など珍しくない。
しかし、そんな女の子が自分に声をかけるかどうかと言えば、
答えは否である。
従って、すぐにはそれが自分に向けて発せられた言葉とは
彼にはわからなかった。
「ねえ、お兄さぁん。」
女の子に自分の前に回られて再度声をかけられ、
ようやく自分が話しかけられているのだと理解した。
理解はしたものの、なぜこんな子が自分に声をかけてくるのか
わからなかったので、返事はしどろもどろになってしまった。
「え?僕?僕に話しかけてるの?」
「そうですけどぉ?」
甘ったるい声で返事を返され、彼はさらにどうしていいかわからなくなった。
さらに女の子の次の行動で、彼はパニックになりかけてしまった。
女の子は彼の腕をとり、こう言ってきたのだ。
「あたしもぉ、フルメタルパニックの大ファンなんですぅ。
静かなところでいろいろ話を聞かせてほしいなぁ、
なんて、ダメですかぁ?」
大きなかわいい目で見上げられてそんなことを言われたものだから、
彼は完全にパニックに陥った。
普通ならこんな怪しい話には乗らない自信のあった彼だったが、
いきなりの攻撃に、完全に自分のコントロールを失ってしまい、
女の子に導かれるままに小路へと入っていった。

「あたし、横山みゆき。みんなはみゆみゆって呼ぶよ。お兄さんは?」
「ぼ、僕でありますか?僕は、田中裕二。通常呼称は田中氏であります。
横山殿・・・・・・」
「みゆみゆ。」
「は、はいっ。みゆみゆ殿、なぜあなたのような美少女が自分のような者に・・・・・・」
「えー?言ったじゃなぁい。あたしもフルメタルパニックのファンだってぇ。
お兄さんのデイパックから顔出してるの、ボン太くんでしょ?
いろいろお話聞きたかったの。お腹もすいたしぃ。」
「そ、そうでしたか。わかりました。で、で、では何か食べながら、
ということでよろしいでしょうか。
何かご希望など、おありでありましょうかっ?」
パニックになりながらも、このチャンスをなんとか、
などと考えてしまう自分にあきれる彼であった。
女の子は彼の正面に回ると、彼の手をとって言った。

「お兄さんが食べたいな。ねぇ、いいでしょ?」

彼は女の子が何を言っているのかわからなかった。冗談を言っているのだと思った。
女の子の手が自分の背中に回り、顔がどんどん近づいてきているのを感じて、
ああ、自分は夢を見ているのかな、と思った。
自分の唇にやわらかいものが触れた瞬間、やっぱりこれは夢なんだ、と思った。
現実に美少女がこんな自分に(同僚に「キモオタ」といわれたことすらある。)
キスしてくれるなんて、
そんなことありえるわけがない、と思った瞬間、
彼は何かものすごい違和感を感じた。

何かが吸い取られている?
なんだ?一体何が起きてる?

そして自分の意識が薄れていくのを感じた。

目が覚めると、彼は手にしたボン太君のぬいぐるみを見て、
首をかしげた。そしてつぶやく。
「なんだこりゃ。」
彼はボン太君のぬいぐるみをそばにあったゴミ箱に捨てた。

       ◆ ◆ ◆

末広町に向かって歩き出したオレだったが、
今日発売の月刊コンプティークを買い忘れたことに気づき、
きびすを返してアニメイトを目指した。すると、
先程別れたばかりの田中氏が若い女の子と話をしているのが目に入った。
ちょっとだけ違和感を感じるが、田中氏と女の子の組み合わせ、
というのがその原因だろうと思った。
邪魔をするのも何なので、手を振ったり声をかけたりすることをせず、
そのままアニメイトに向かい、目的の本を購入した。

ただでさえ荷物が多く、紙袋の紐も切れそうな感じだったので、
本はデイパックにしまうことにする。
さてさて、改めて末広町に向かおうかとしたその時、
田中氏と若い女の子が手をつないで歩いているのが目に入った。
すると、先程感じた違和感がいきなり大きくなった。いかん、あの女、夢喰いだ!
オレとしたことが、コン○ティークに気持ちを持っていかれていた分、
感覚が鈍くなっていた。
田中氏が危ない!

夢喰いのやつ、オレに気づかれたと知ってか知らずか、
田中氏を小路に誘い込み、オレの視界から消えた。
アキバの小路ならどこがどうなっているか知り尽くしているオレだ。
逃げられると思うな!

信号が変わらない。灼眼のシャナの「封絶」みたいなものがあればいいんだが、
オレにできるのは不可視域の設定くらいで、信号無視をして車道に突っ込めば
車に轢かれてお陀仏なのだ。
やっと歩行者用信号が青になる。
重い荷物を持ったまま夢喰いが逃げ込んだ小路に入る。
時間が微妙だ。
通常、夢喰いが人の夢エネルギーを吸い取るのに必要な時間は三分。
夢喰いにとって安全な時間は、オレに追われてると気づいてから夢を吸い取り、
逃げることを考えれば最低でも七分。
オレがさっきの女に気づいてからすでに五分が経っている。

田中氏がいた。ほっとしたのも束の間、田中氏の顔つきを見て愕然とする。
遅かった。すでに夢を食われた後だった。
さっきまでの楽しそうな、いつでも妄想にふけっているような
あの独特な表情は失われていた。
手にしたボン太くんのぬいぐるみをみつめ、首を振り、ぬいぐるみを捨てた。
「田中氏、田中氏、なんてことを!ボン太くんを捨てるなんて!
田中氏、私が分かりますか?」
「ん?ああ、松下氏。ボン太くん・・・・・・それは、ボン太くんというのですか。
でも、なぜ私がそんなものを・・・・・・。そんな子供のおもちゃみたいな・・・・・・。
いや、早く帰って明日の仕事の準備をしないと。それでは失敬。」
なんてことだ・・・・・・。田中氏はこれで一生、夢を見ることなく過ごすのだろう。
夢喰いを追わねば!

勝手知ったるアキバの小路だ。ここ数分で移動できる範囲ならだいたい分かる。
周りに誰もいないのを確認し、不可視領域を設定する。
これで周りからはオレと夢喰いは見えなくなる。
また、不可視領域には、夢喰いのエネルギー反応が
無機質の向こう側にあっても検知できる、という特質がある。

いた。

このビルの地下に潜んでいる。
ここでオレの頭の中で危険信号が発せられた。

なぜだ。なぜこの夢喰いは逃げないで隠れた?

夢喰いもオレたちが不可視域を設定すること、
その中ではたやすくオレに検知されてしまうことは知っているはず。
なのにこいつは逃げずに隠れている。ここから導き出される結論は、
奴がなんらかの武器、またはそれに類する
オレに対抗する手段を持っている、という事だ。慎重に行かねばならない。

ゆっくりと階段を下る、夢喰いの存在を示すシグナルが、
オレの視覚領域で赤く点滅している。
そいつは動かない。シグナルが徐々に大きくなる。近い。
おそらくこの階段の終わり、その壁の向こう側にやつはうずくまっているに違いない。
それにしても先日のレーザー野郎といい、夢喰いのやつらに何が起きているのだろう。
20年近くのんびりと夢を食ってたやつらが、なぜ今になって急に攻撃的になったのだろう。
そんなことをチラッと考えて、すぐに意識を階段の向こうに集中する。

よし、やつはどうも座り込んでいるようだ。
下から何かを打ち込まれるのはいやだから、
低い姿勢で飛びかかってやれば・・・・・・
ちょっと待て、やつのシグナルのすぐ脇で急に大きくなってきたこの赤い光は何だ?
真ん中が黄色くなっていく。ものすごいエネルギーだ。つーかヤバいんじゃねーかコレ。
オレは思いっきり床を蹴って階段の真ん中あたりまで飛び上がった。
次の瞬間、ジャッという音がして今さっきまでオレがいた辺りの壁と
階段の一部が蒸発していた。
間一髪だった。
すぐに驚きが怒りに成り代わる。
オレはいつにないスピードでやつを追いかけていた。

あのエネルギー兵器は連続使用には耐えられないらしい。
怒りに身を任せてはいたが、オレのセンサーは冷静にやつの存在シグナルと
そのまわりのエネルギーを計測していた。
無人のビルの地下をやつは駆け抜け、反対側の階段を駆け上がる。
いかん、ビルの外に出てあんなものぶっ放された日にゃ
いったい何人犠牲者が出るかわかったもんじゃない。
やつが地上に飛び出したと思った次の瞬間、ドンという音とともに
やつは階段を落っこちてきた。
立ち上がり、何が起きたかわからずふらつくそいつの背後からオレは近づき、
首筋に手をかざす。
奴は驚いた顔でオレの顔を振り返ったが、あっという間にその人型が崩れ、
鶉の卵大の塊と化した。

今回は危なかった。それにしてもやつは何にぶつかって落っこちてきたんだろう。
塊を拾って袋詰めしながらオレは階段の上を見上げた。そして言葉を失う。

そこにはメイド姿で立ち尽くしてこっちを見下ろしているカオルがいた。

「おじさん・・・・・・」
不可視域を設定してあるにもかかわらずやはりオレが見えている。
自分にぶつかって階段を転がり落ちた女性が立ち上がってすぐにオレに何かされて消えた、
その様子もすべて見ていたに違いなかった。

「カオルくん、そこを動かないで。大丈夫、君には何もしないから聞いてくれ。」
カオルは身動きひとつしなかった。
「今の、見たね?」
カオルはかろうじて頷いた。そして声を絞り出す。
「うん、見た。」
オレは言葉を続けた。
「後でちゃんと説明してあげるから、今は何も聞かないでバイトに戻るんだ。
何時に終わる?」
「5時半。」
「わかった。じゃあ、バイトが終わったら、
ダイビルの1階のエクセルシオールカフェの前で。
いいね?」
「うん・・・・・・」
「よし、じゃあもう行きなさい。また後で。」
カオルはぎこちなく向こうを向き、一度首を振ってから顔を両手で
パンパンとたたき、そのまま歩き去った。

彼女の姿が見えなくなってから、オレは奴の持っていた武器らしきものを手に取り、
しげしげと眺めた。
いきなり爆発したりはしないと思うが、念のため、腰に巻いている次元ポーチにしまう。
次元ポーチとはまあ、ドラえもんのポケットみたいなものだと思ってくれればいい。
傍からはおじさんぽいウェストポーチにしか見えない。

さてどうしたものか。
今日は上位裁定者に第三四半期の報告をしなければならないのに、
その前にカオルの面倒を見なくちゃいけない。
報告の時間は一応決められちゃいるが、状況によっては変更も可能だ。
とりあえず遅れるという連絡はしておこう。
次元ポーチの右ポケットから携帯電話を取り出す。
見た目は普通の携帯電話だが、あるボタンを押すと上位裁定者に連絡が取れる。

「いつもお世話になっております。はい、松下です。」
傍から見ていればサラリーマンの連絡電話だろうな。
「はい、そうです。定例報告なんですが、ええ、緊急事態が発生いたしまして、
18時では無理かと。
ええ、22時までには間違いなく。申し訳ございません、よろしくお願いいたします。」
これでとりあえずはよし、と。

カオルとの待ち合わせまでの時間を取り合えず潰さねばならない。
しょうがないので、荷物を全部持ってエクセルシオールカフェに入った。
今日買った本を読み倒そうかとも思ったが、
傍から見るとちょっとイタい図になるかと思い、やめておいた。
おとなしく西の善き魔女の続きを読む。(マンガではなく、原作のほうだ。)
約3時間、コーヒーも4回おかわりをして読み続けた。
うむ。帰ったらマンガのフィリエルにも挨拶をしておかねば。

5時半を少し回ったあたりでエクセルシオールカフェを出た。
カオルはまだ来ていなかった。

どんな顔をして会えばいいのかな、なんて考えてる自分をふと冷静に見直し、
アホらしくなる。
そんな風に感情を交えて接すべき相手ではないだろうし、
自分にはそんな感情そのものも不必要なものだと思っていた。
本当に不必要なものなのかな・・・・・・
一瞬そんなことを考え、またため息をつく。

お前は単なるフレイムキーパーの人型端末に過ぎないのだ。
わかっているのか?

首を振っておかしな考えを振り払い、顔を上げると、
向こうからカオルが小走りで近づいてきていた。
「ごめんなさーい。待った?」
傍から見ると恋人同士の待ち合わせみたいだし。
つーか、この軽い海苔、じゃない、ノリはなんだ?
あの時カオルがショックを受けたように見えたのはオレの勘違いなのか?
「夜番の子が一人ぎりぎりに来たものだから、遅くなっちゃった。どこ行こっか。」
いやだから、デートとかじゃないし。
「カオル君?」
「なあに?」
なんてえ笑顔をするのだ、この子は。もうどうでもいいや。
「いや、なんでもない。何か食べたいものはあるかい?」
「何でもいいけど・・・・・・そうね、お寿司!」
お寿司と来たか。まあいい。万世橋交差点の元祖寿司なら
コストパフォーマンスも高い。
「じゃあ、行こうか。」
「わーい、お寿司なんてひさしぶりっ」
無邪気に腕を組んでくるカオルだった。
いまさら女の子にドキドキするような年でもないのだろうが、
おそらく髪からただよってくるのであろうよい香りに、
ちょっとだけ土器、じゃない、ドキっとしたオレだった。
ま、こんなのも悪くないかな。

回転寿司を堪能して、店を出るとまだ19時半だった。
結構食べた割にはそう時間はたっていない。さすが回転寿司。

じゃあね、と、危うく当初の目的を忘れるところだった。
あぶないあぶない。
「カオル君、今日の昼間のことなんだけど・・・・・・」
「うん。お家でゆっくり聞くね。」
「そうですか・・・・・・って、オイッ!」
「なあに?」
「お家って誰のお家のことを言ってるんですか?」
「ユッキーのだよ。」
「何を言ってるんです。もう8時前なんですよ。
私の家になんか行ったら、着いた時点で9時。子供は寝る時間でしょうが。」
「え?大丈夫だよ。着替えとか持ってるから。」
は?何を言ってるんだこいつは。
「そうですか。・・・・・・いやだからそういう問題じゃ・・・・・・」
「お泊りセット、持ってるから大丈夫。
それに今日はもともと友達のうちに泊まることになってたしね。
あ、電話はしておいたから。さ、行こ!」

自分でもどうしてきちんと断らなかったのかが理解できなかった。
半分、どうにでもなれ、という気持ちだった。
というよりも、識域下に潜む何かがオレの行動を制御しているような、
そんなおかしな感覚もあったのだ。
気づいたらすでにオレたち二人は御茶ノ水で中央線快速に乗り換えていた。
傍らで楽しそうにしているカオルを眺める。そうだ。きっとこの子には何かがある。
いまこうして二人でオレの部屋に向かっているのは予定された流れなのに違いない。
この子の持っている何かがオレの存在、ひいてはフレイムキーパーの存在に
大きく関わって来るのではないか、
と、そんな気さえしていた。

そしてそれが正しかったとわかるのは、もっとずっと後のことになる。

下北のオレの部屋に到着したのは9時10分過ぎだった。
カオルがコンビニに寄ろうとか言い出し、
ジュースやらお菓子やらいろいろ買い込んだからだ。
しかも全部オレ持ち。いいけどさ。

とりあえず飲む分を残して飲み物を冷蔵庫にしまい、
テーブルに買ってきたお菓子を並べると、カオルがオレに聞いた。
「コップとかどこにある?」
「そこの戸棚。ちがうちがう、冷蔵庫の横。」
コップを戸棚から取り出し、テーブルに並べると、
今度は自分の鞄からなにやら着替えらしきものを取り出し、
あろうことかいきなり着替え始めた。
「ば、こ、この子は、バカ!何やってんだ!
ちょっと、着替えるなら向こうに行って着替えなさい!」
カオルがな邪気な顔で振り向いて言う。
「そっかー。でもユッキーの前だとなんか普通に平気。」
そう言われてふと気づく。なんというか、今目の前で着替えシーンをみせている
カオルに対して、妙な気が起きない。
なんというか、うーん、そう、妹をたしなめているような感覚だ、これは。
人の言うことを聞かずにこの娘は着替えを続ける。
17歳の肢体は、こういうと変だが、色っぽくなかった。
成熟しきっていないその背中は、守ってあげたくなるような、
そんな初々しさと危うさを含む輝きを放っていた。

「お待たせー。」
そう言ってテーブルのまえにぺたりと座ったカオルはスウェットに着替えていた。
地味なグレーの上下。
「なんつーか、色気ないなー、お前。」
「ふふっ。」
カオルが笑った。
「何を笑ってるんだ?」
「ユッキー、やっとタメ口になったね。」
う・・・・・・しまった。すっかりカオルのペースだ。でもいい、めんどくさいから。
「さて、じゃあちゃんと説明してくれる?今日の昼のこと。」
ああ、だめだ。主導権を握られてるなあ・・・・・・
「うん。じゃあ説明しよう。もうわかってると思うけど、
あれはトリックでもなんでもない。
本来なら関係のない一般人に話すようなことじゃないし、
普通はわかってもらえる話でもないと思うんだけど、君は特別だ。」
「あたしが特別?」
「そう、特別。なぜかというと、君には僕が見えていたからね。
正確に言うと、オレと夢喰いの連中が。」
「夢喰い?何それ。」
「後で説明する。とりあえず簡単に言うと、
今この世界に他の世界から忍び込んできて悪さをしているやつらがいて、
オレがそれを退治してるって感じかな。で、その悪者退治の時に、
オレと夢喰いのバトルが一般人の目に触れないように、
不可視域ってのを設定するんだ。すると、普通の人にはオレと夢喰いの姿が見えなくなる。
でも君には見えた。
どうして君だけに見えたんだろう。君はいったい何者なんだろう。」
オレにそう言われたカオルは、困った表情でオレを見つめ返した。
「何者だとか言われても困るけど・・・・・・槙原カオル、17歳、もうすぐ18。フリーター?」
ま、本当だろう。この子はおそらく何もわかっちゃいない。
自分に見えていたものが他の人間に見えちゃいなかったということも、
オレからの説明がなければわかったはずもないし。

ふと時計を見るとすでに9時50分になっていた。いかん、上位裁定者への連絡をしなければ。
「カオル君。」
「なんかそれ、やだな。カオルって呼び捨てにしてもらえないかな。」
見上げるな、その目で。わかったから。もうやけだ。
「カオル、今からオレは、このオレをこの世界に狩人として送り込んだ、
まあ、会社で言えば上司みたいな存在に
連絡をしなきゃいけない。そう時間はとらないから、待っててくれ。
その辺の本でもDVDでも適当に見ててくれてもいいから。
あ、バカ、その引き出しは開けちゃだめだ!中身を出すんじゃない!」
「『おにいちゃんの○○』だって。ねえ、○○って何?」
「いいから閉めろっつーの!し・め・な・さ・い。」
「そんな怖い顔しなくてもいいのに。健康な男子なんだからさ。
その辺のことには理解があるつもりよ。」
したり顔でそういうことを言うな。
「いいな、変なとこ開けるなよ。見ていいのは見えるところに置いてある本と
DVDだけ!頼むからおとなしく待っててくれ。」
「はーい。」
オレは隣の部屋に移動し、DVDの整理棚をスライドさせ、
現れたコントロールパネルの右上のタッチパッドを二回タップした。
コントロールパネルの上部のモニターが明るくなる。接続完了ランプが点灯した。
「上位裁定者への定期連絡。認識コードJPN001YM・OP。受信確認願います。」
モニターの下のスピーカーから機械的な声が返ってきた。
「JPN001YM。受信を確認した。報告を。」

オレは報告を始めた。
「2007年第三四半期の夢喰い狩りの状況を報告します。日本国内では、
北海道・東北地域にて3件。関東・甲信越においては25件。
東海・近畿で12件、中部・四国・九州地域で3件でした。
やはり秋葉原を抱えるこの関東・甲信越地域での夢喰いの出現率が
圧倒的に高くなってきています。」
「うむ。そのようだな。」
「で、今回は二つ報告があります。ひとつは、やつらがここへ来て
急に武器を携帯するようになりました。この一週間で二回、
武器による攻撃を受けております。幸い二回とも撃退することはできましたが、
今後これが増えてくるとちょっと厄介なことになると思われます。」
「その武器を押収したか。」
「はい、一つはレーザー銃のようなもの。でもう一つ、
これは本日押収したものですが、おそらく分子破壊銃ではないかと思われます。」
「両方の武器を転送せよ。」
「了解しました。本報告終了後、転送いたします。
で、二つ目の報告ですが、未知の因子を確認いたしました。」
「どのような因子か。」
「はい、上位裁定者およびその端末にも、夢喰いどもにも属さない、
どうみても一般の人間としか思えない存在なのです。
実際、私のアナライザにも変わった反応を示しませんし。
ただその存在には、不可視域の設定されているエリア内である
にもかかわらず、我々が見えるらしい、いや、見えるのです。
私が狩人として再生されてからこっち、初めてのケースです。
また、私のセキュリティレベルで閲覧できるデータベース内にも
そのような情報はありませんでした。上位裁定者レベルの情報データベースにて
ご確認いただくことを要望いたします。」
「しばし待て。」
1分もたたないうちに返事が返ってきた。
「JPN001YM、受信確認をせよ。」
「受信、確認しました。」
「先ほどの報告における第二要素、未知の因子に関する情報を
情報データベースにて検索した。
結論を先に伝えると、君に伝えるべき情報はない。」
「え?上位裁定者のデータベースにも情報がないのですか?」
「正確に情報を受容せよ。『君に伝えるべき』情報がないと言ったのだ。
『君に伝えるべきではない』情報は存在する。」
「は?いえ、では私にどうしろと・・・・・・」
「当面、その存在を自己の情報管理下に置くようにせよ。」
オレの情報管理下にカオルを置く?
「・・・・・・おっしゃることの意味がよく理解できないのですが。」
「人間の言い方に則れば、しばらく付き合ってみろということになる。」
「は?」
上位裁定者からこんな言い方をされたのは初めてのことで、
一瞬どう反応したらいいのかわからなかった。
「私たちから君に伝えられるのは、君にはその存在を大切に扱う必要がある、
ということだけなのだ。実際、今回の情報の核心部分については、
上位の方たちにしか情報が下りなかった。私たち狩人上位裁定者ーレベルでは
触れられない秘密がその存在にはあるらしいのだ。
私たちに上位の方たちから下された指令によると、君をして
その存在を我々にとって有為なものとする鍵とするべし、ということなのだよ。」
「具体的な方策については何か情報はないのですか。」
「ない。」
取り付く島もなかった。
「了解いたしました。では報告終了後、押収物を転送いたします。
未知の因子に関しては、引き続き監視対象として
情報管理下に置きます。」
「うむ。ごくろう。押収物については分析でき次第情報を携帯端末に送る。
未知の因子の形状に関してはたった今視認した。」
「ありがとうございます。では本日の報告はここまでといたします。
JPN001YM・ED。」
通信終了となり、モニターが暗くなった。
え?上位裁定者、最後になんて言った?未知の因子を視認した?

振り返るとそこにカオルがいた。

「待ってろって言ったろう。」
オレはちょっと不機嫌な物言いでカオルに言った。カオルは悪びれた風もなく、
「へへ、ごめんなさーい。でも、別にいいでしょ?どうせそのうちわかるんだし。」
「物事には順序ってもんがあるの。君についてもきちんと上位裁定者に報告して、
君にもちゃんといろいろ説明して、
それから上位裁定者に紹介するとか何とか・・・・・・」
いきなりカオルはオレに飛び付いて来て腕をつかむと、
隣の部屋へと引っ張った。
「はいはい、わかりました。めんどくさいことはいいから、さっきの続き、
ちゃんといろいろ説明してください。」
ああもう、しょうがねえな。だめだ、完全にいもうととお兄ちゃん的
シチュエーションになってる。
これではオレには逆らうチャンスはない。パーフェクトにツボっちまってる。
自分の妹属性がこれほど高いとは思っていなかった・・・・・・

あらためてテーブル(といってもほぼちゃぶ台だ)をはさんで
顔を見合わせる二人だった。
オレが真剣に話し出そうとすると、カオルが吹き出した。
「ユッキーのマジ顔ウケるぅ。」
「ちゃんと聞かないなら話すのやめるぞ。」
「わかった。わかりました。聞きますぅ。」
「じゃあさっきの続きな。まず、このオレ。カオルが前にオレのことを
『非常識な存在なんでしょ』って言ったことがあるけど、
まさにそうなんだ。オレは、正確には人間じゃない。」
「ふーん。」
ふーんっ、てこいつ、わかってんのかなあ。
「オレの言ってること、わかる?」
「わかるよ。で何、わぁーとかきゃあーとかリアクションとらないといけない訳?
で、人間じゃないとすれば、なんなの?」
かわいくねえなあ。てか、なんで上から目線なんだ?まあいい、わかってるなら。
「さっきオレが通信してた存在―魂の継承者、フレイムキーパーっていうんだけど―
その存在が作り上げた対夢喰い用人型戦闘端末なんだ。昔は人間だったんだけどね。
18のときに一度死んでるんだ。正確に言うと死にそうになったって言うか・・・・・・
とにかく家族全員でレインボーブリッジで自動車事故にあってさ、
その時オレ以外の家族は全員車の中で焼け死んだらしいんだけど、
オレだけ車から弾き飛ばされて、海に転落、そのまま行方不明ってことになった。
で、海の中でほぼ死んだも同然の状態のオレを拾ったというか、救ったというか、
それが上位裁定者っていう、フレイムキーパーのうちの一グループなんだ。
拾われたオレは、細胞の再構成をうけて、一見、健康な男子に見える状態で
『狩人』として再生されたってわけだ。
その後奇跡的に生還したかわいそうな少年として、親戚に引き取られ、
とりあえず大学を卒業するまでは面倒を見てもらった。
で、今の職場に就職してそれ以来ここに住んでるってわけさ。」
「一つ質問。」
「はい、槙原カオルさん。」
「あのね、18の時に再生したって言ったでしょ?なのになんで今ちゃんと
おじさんになってるの?」
「なかなかいい質問だ。いいかい、見た目が18のまま、10年も20年も変わらなかったら、
周りから不審に思われちゃうだろ?だから上位裁定者は半年に一度ずつ、オレを
『成長』させてきたんだ。まわりに不信感を抱かせないためにね。」
「なるほど、そういうことか。」
「次に、フレイムキーパーとは何か。ひとことでいうと、異次元生命体。
今オレたちが存在している三次元とは違う次元に生きる生命体。
オレも実は詳しくは知らないんだけど、アクセスできるデータベースの情報によると、
どうも精神だけで成り立っている生命体らしい。言うならば精神エネルギーの塊?
で、夢喰いっていうのがやはり同じような精神生命体らしいんだけど、
このふたつはそっちの世界で対立する二つのグループらしいんだ。
体を捨てて精神エネルギーのみの生命体としていわば高みに上った存在が
そこでまた対立してるなんて笑っちゃうけど、実際のところ、そうらしいんだ。
で、夢喰いの連中が夢喰いと呼ばれるようになったのには訳があってね。
ある時、それまで優位に立っていたほうの精神生命体に、
生きる気力を減退させるような病気がとりついたらしいんだ。
で、どんどん衰退していってそのままもう一方の生命体の勝利、となるはずだった。
ところが病気に取り付かれた生命体の中に、その病気の進行をとめる薬を
発見したやつがいたんだな。その薬というのが、オレたち人間の『夢』とか『希望』
とか呼ばれる精神エネルギーだったんだ。
で、そいつらは薬となるエネルギーを収集するために三次元で行動できる
オレみたいな端末をこの世界に送るようになった。
その端末を夢喰いと呼んでたんだけど、そこから派生して、
ぼくを作った生命体―フレイムキーパーの敵対生命体全体を
夢喰いと呼ぶようになったんだ。」
そこまで一気に説明すると、オレはコップに注がれたコーラを一気に飲み干した。
飲み干しておいてせきこんだ。ウイスキーが混ざってるぞ、これ。
カオルはと見ると、ほっぺたがほんのり赤くなってる。
戸棚からウイスキーのビンが一本消えてる。こいつ、やりやがったな。
「おまえ、未成年の癖にウイスキーなんぞコーラに混ぜやがって。
コラ、やめ・・・・・・あ〜あ、飲んじまったよ全部。」
「へへへ。コークハイなんて、ジュースと一緒らよん。」
よく見るとほっぺたは赤いわ目はトローンとしてきてるわ、あきらかに酔っ払ってる。
「こぉのバカちんがぁ。ああもう、いいから今日はここまで!もう寝なさい!」
「らいじょうぶらよお。さいごまでおはなしきくんらからあ。」
そう言い残してカオルはテーブルに突っ伏し、あっというまに寝息をたて始めた。
しょうがねえなあ。布団は一組しかない。オレは寝袋に寝るとしよう。

テーブルの上を片付け、テーブルも片付け、布団を敷く。
完全に「落ち」ているカオルを抱き上げて布団に寝かせた。かわいい寝顔だ。
いきなり寝返りを打つと、スウェットの上がめくれ上がった。
かわいいおへそが丸見えになる。
スウェットを静かにもどし、掛け布団をかぶせてやった。

妹ってなこんな感じなんだろうか。
ま、悪くはないな。

それにしてもこいつを明日からどうやって情報管理下に置く・・・・・・
いや、どうやってこいつと付き合っていけばいいんだ?
よく考えると結局まだわかんないことばかりだ。
上位裁定者お願いしますよ。ちゃんと調べてくださいよ。

とりあえず明日は日曜日。どうやって過ごそうか・・・・・・

続きはこちら