Many Ways of Our Lives

メシアな彼女

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【二】カオル 十七歳

「おじさん!オタクのおじさん!」
あの子だ。まさかいきなりあの子に出会ってしまうとは・・・・・・
じきにもう一度会わねばならないとは思っていたが、
別に急ぎじゃなかったし、今日はゆっくりしたかったし。
休日がパーだし・・・・・・。

「ねえねえ、おじさん、今日はどこ行くの?一緒に行っていい?」
てか、既に一緒に歩いてるじゃないですか。
「あのねえ・・・とりあえず一緒に来ても構わないから、
人のこと『おじさん』と連呼するのはやめにしていただきたい。
私はこう見えてもまだ35歳なんですから。」
「おじさんじゃん。」
ミもフタもない。
まあ、でも、そりゃそうかな。17歳から比べればオレの年はダブルスコア以上だし。
「じゃあなんて呼べばいいの?名前は?名前教えてよ!」
「松下雪之丞と言います。」
失礼なことにこの娘は吹出しやがった。
「プーッ ゆきのじょうだって!いつの人よぉ!
うひ、うっひっひっ、うひゃあははは。」
なんて笑い方をするのだ。

ま、オレの名前を聞いた人間のリアクションとしては
決して突出したものではないけれどね。
自分では、ふざけちゃいるが結構美しい名前だと思っているんだけど。

「雪之丞かあ・・・・・・じゃあ、ユッキーでどう?
うん、ユッキーって呼ぶことにするね!」
ユッキーだあ?何一人で勝手に納得してくれちゃってるんだろう。
「いいでしょ?」
うっ・・・・・・下からそんな目で見上げるんじゃない!
か、かわいいじゃないか・・・・・・
オレはいきなり弱点を突かれて彼女の軍門に下った。
ま、ある意味カモフラージュにもなるだろうし。
かわいい女子高生(中退してるんだっけ)に付きまとわれるのも
悪くはないだろう。それに、つまらん中年男と一緒なのだから、
おかしな興味もそう続くまい。そのうち飽きて勝手に離れていくだろうさ。
「勝手にしなさい。で、槙原君?」
「カオルって呼んで。」
疲れる・・・・・・
「では、カオル君?」
「なあに?」
「私はね、これから、同人誌と呼ばれるマンガ本を購入しに
この店の3階に潜入する。」
「それがなあに?」
「うむ。ここはね、成人向けと言って、18歳未満お断りの世界なのだよ。
君はまだ17歳。一緒に入る訳にはいかない。ここで待っててくれないだろうか。」
「えー!そんなのやだよお。一緒に行く。ユッキーと一緒なら大丈夫でしょ?」
「だめです。」
「やだ!一緒に行くの!」
そう言い放つと、先にたってずんずん階段を上りだした。
「おいおい、こら、待ちなさい!」
あわてて追いかけるが、あっという間に彼女は
とらのあなの3階に到達していた。

「えーなにー、かわいい絵じゃない、これなんか。」
彼女はロリータものと思われる1冊を手に取り、ページをめくり始めると、
あっという間に顔を真っ赤にして本を元に戻した。
オレを振り返り、真っ赤になったまま下を向く。
「だから言ったでしょう。ここは特別な場所なんです。」
「知ってたけど・・・・・・こんな・・・・・・」
刺激が強すぎたようだな。
「下で待っててくれますね。」
「やだ。一緒にいる。」
オレの袖をつかんで離さない。困ったものだ。
しょうがないなあ。

基本的にオレは物事にとらわれないので、
袖に絡まったカオルを引きずりながら
気になる同人誌をチェックしまくる。
傍で見ていても理解に苦しむ絵になっていたものと推察する。
しばらくすると、慣れてきたのか、カオルも再び本を手にとって
今度は興味津々、眺め始めたのだった。
見ているのはBL本だ。ま、この子はやおいとか腐女子とか言う
言葉なんぞ知らんのだろうが。

最終的に目的の本をレジに運ぶ頃には、
カオルは一人で熱心にBL系の同人誌を読み耽っていた。
コラコラ。

「行きますよ、カオル君。ちょっと、いい加減にしなさいって。」
尻に根が生えたようなカオルを無理やり引きずって
地上へと上がったのだった。

「わあー何ー?あんな世界があったんだあー。」
ふやけた顔をして、もう。
「やおい、って言葉、知ってますか?」
「やおい?」
「はい。やおい、です。もともとは、小説やマンガ、脚本などで、
『山なし、オチなし、意味なし』の駄作をさす言葉で、
頭をとって『やおい』と言ったんですけど、
それがいつからか、ボーイズラブをさす様になったんですね。
ま、ボーイズラブといえばかっこいいけど、ホモのお話ですから、
どうせ山も落ちも意味もあったもんじゃない、ということでそのまま、
『やおい』が定着したんでしょう。
ボーイズラブはBLとも言われていますね。」
「ユッキーだったらオヤジズラブ?OL?」
「想像するだけで鳥肌が立ちますな。私は基本的にアニメ系の
同人誌が好きなのですよ。」

何でオレはこの子とこんな話で盛り上がっているのだろう、
とふと我に返る。
「次に行きますけど、どうします?」
「とーぜん、一緒さっ。」
ウル目での見上げ攻撃以来、徐々にこの子に参りつつあるオレであった。
いやいや、いけない。
うっかり気を許せばすべてが露見し、オレの大切な使命の邪魔となってしまう。
でも、なあ、こんなのも悪くないかなあ、なんて思いながら
傍らで楽しそうにはしゃぐカオルを
目を細めて見ているオレなのであった。

今のところ夢喰いのやつらの気配はない。
この間の今日だからまあ、大丈夫だろう。
開き直ってこの状況を楽しんでやろう、そんな感じ。

「さて、次に行くのはアニメイトです。まあ、ここでは
成人向けのものではなく、一般的なアニメ関連グッズを収集します。
今日の目標は、ARIAグッズの収集と、ARIAカレンダーの予約ですな。
ARIAというマンガまたはアニメはご存知ですか?」
「えーと・・・・・・ごめん、わかんないや。」
「天野こずえという漫画家の名前は?」
「それなら知ってる!ええと、ええとね、そうだ!浪漫倶楽部描いた人でしょ?」
「ほう、なかなかじゃないですか。結構前の作品ですが、
リアルタイムではありませんね?」
「うん。読んだのは最近だよ。つっても去年だけど。
ねーちゃんの持ってた奴を借りて読んだ。」
「お姉さんがいらっしゃるんですね。」
「あ・・・・・・う、うん。そう。」
うっかり感満載の表情でカオルが答える。
なにもそこまでわかりやすく目をそむけなくても。
「事情がおありの様子ですね。ともあれ、ARIAは
その天野こずえさんの今や代表作と言って良い作品なのです。
アニメも第一シーズン、第二シーズンと放映され、現在第三シーズンの
ARIA THE ORIGINATIONが予定されているのですよ※。
OVAも出ているのです。」(2007年11月現在)
「よく知ってるんだ。」
「このくらいは誰でも知っていることです。」
「誰でもって・・・・・・オタクの人なら、でしょうが。」
「ファン、と言ってください。というわけで、今日は・・・
おうっ、このガシャポンはっ!」
四階のアニメグッズフロアに入った瞬間、ARIA社長のガシャポンが目の前に!
オレは躊躇せずにレジに急ぎ、2000円を100円玉に両替してもらった。
200円をとりあえず5回。
むむっ、キリンさんARIA社長がだぶっているっ。
ええい、連続して200円を5回。
ラッキーなことにこれで正面に描かれているARIA社長の
六種類がコンプリートできた。
満面の笑みを浮かべるオレに、カオルが言った。
「うわあ・・・・・・それって・・・・・・大人買いってやつ?
ちょっと違うかな・・・・・・ねえ?」
「なんですか?」
「その、だぶってる奴4個、どうするわけ?」
「基本的には別途保管します。ある程度たまったら、
友人たちに情報を流し、ほしい人がいればあげたり
その人のもつダブり品と交換したりますね。最後まで残るものはまあ、
ネットオークションにかけたりすることもあります。」
「そうなんだ。ねえ、そのおなかにパンダみたいのがくっついてるやつ、
あたしにくれない?」
「パンダではなく猫ですが・・・これがほしい、というのですね。
いいでしょう。これを選ぶあたり、なかなかあなたも筋がいい。
ちなみにこの猫ですが、『まぁくん』といいます。
『くん』とついてはいますが、実はARIA社長のことを
大好きな女の子なんですな。現在はオレンジ・プラネット社の社長で…」
「わかった!わかったからちょうだい!」
むう。ついつい語ってしまった。これはオレたちオタクの弱点でもある、
「好きなことを語りだすと止まらない」症候群だ。
いやいや、気をつけるようにはしていたのだが、
カオルと一緒だと、つい地が出てしまって…
まぁくんつきのARIA社長をカオルにあげた。

引き続きARIAグッズを物色。ARIAグッズには女性向けの小物が多く、
男性にも買えるものが少ないのが難点なのだ。
今回はカップ&ソーサーのフェリシアさんと灯理ちゃんのセットと、
キャラクター勢揃いのキーボードカバー、姫屋の社長「ヒメ」と、
藍華ちゃんのノートセットを購入した。

最後にレジでカレンダーの予約をする。壁掛けタイプと卓上タイプ、
当然両方を予約した。

ここまでの出費。15000円なり。

「へえー。オタクってこういうお金の使い方をするんだ。
けっこう贅沢に使ってるよね。」
「実は今日は決して贅沢な方ではないのですよ。
同人誌も時には宅配してもらうほど買ったりしますしね。
年二回のコミックマーケットの時など、うっかりすると5万や6万は
あっという間です。フィギュアとかを
いくつか買えば簡単に万札が飛んでいきますし。
今日はフィギュア関連はありませんでしたから。」
「よくお金が続くねえ。うらやましいぞっ。」
「その分ほかを切り詰めているのです。私の部屋を見たでしょう?
アニメやマンガ関連以外になにかありましたか?
パソコンと最低限の生活必需品しかなかったはずです。」
「ああ、そういうことか。それはそうと、お腹空いたな。」
「そうですね。ああ、もう1時半じゃありませんか。
すっかり時間のことを忘れていました。
何か食べたいものでもありますか?つきあわせたお礼におごりますよ。」
あれ?違ったっけ。つきあわせたんじゃなくて、
つきまとわれたんじゃなかったっけ……
もうどうでもよくなっていた。
「えー?いいのー?じゃあね、じゃあね…ラーメンがいいな。九州じゃんがら!」
「行列に並ぶのですか?」
「いいじゃん、あそこの行列って、見た目ほど長く待たないよ。」
なかなかわかってるな、この子は。
本当に、いったいどういう事情を持った子なんだろう。
まあいい、久しぶりにじゃんがらのラーメンをいただこう。

「あたし、めんたいこ!」
「では、私は味玉といきましょう。」
結構並んでいたが、回転が速いためか15分も待たずに入店できた。
カオルは、熱々の明太子入りラーメンの麺をあっという間にたいらげ、叫んだ。
「替え玉!」
ついついつられてオレも替え玉を頼んでしまった。
炭水化物は控えていたのに…

じゃんがらを出ると、カオルが「アイスを食べたい」
とか言い出したので、ドラゴンアイスへと向かった。

カオルは「ドラゴンマンゴー」を、
オレは「グリーンドラゴン」を注文。

お店の前でオタク談義をしながら楽しくいただいた。

アイスを食べ終わると、オレはカオルに言った。
「さて、私はこれで帰りますが、今日はついてくるとか言わないですよね。
ていうか、だめです。
今日は大切な用事があるので、邪魔をされては困るのです。」
本当に大事な用があった。「上位裁定者」への定例報告が今夜あるので、
第三四半期の夢喰い狩りについての
報告書をそれまでに精査しておかねばならないのだ。

「うん。わかった。今日は行かない。デートみたいで楽しかったよ。
ユッキー。ありがとう。」
ユッキーはやめてほしい。でも、意外と素直で助かった。
「今度はいつ会えるかなあ。もっといろいろ話したいこと、あるんだけどな…」
うわ、これ、わざとだろ。ウル目の見上げ攻撃。
いやいや、かわいいからとか何とかじゃなくて、
彼女には調査の必要があるので、また会わねばならない。
しょうがないので、携帯番号を教えることにした。
「え?いいの?じゃ、赤外線でプロフィール交換しよっ!」
赤外線通信でお互いの番号をやり取りすると、再会を約束して別れた。
「あたし、これからバイトだから。」
「へえ、アキバで?」
「そう。」
「何のバイト?」
「へへ、アキバと言えばメイドでしょ。」
「メイド喫茶か。」
「あったりー。一度いらしてください、ご主人様。じゃあね!」
「はいはい、さようなら。そのうちまた。」
彼女が秋葉原駅方面に向かって歩き去ってゆくのを確認し、
オレは末広町駅方面に歩き始めた。

歩き始めてすぐに声をかけられた。
「松下氏ではありませんか?」
振り向くと、何度かアニメ関連のサイトのオフ会で会ったことのある顔がいた。
誰だっけ…ええと…
「私ですよ。ほら、千島かなめの話で盛り上がった!。」
思い出した!ああ、あのフルメタマニアの。フルメタマニアと言うか、
千島かなめのディープなファンの田中氏だ。
「田中氏!いやいや、お久しぶり。奇遇ですな。」
「お久しぶりです。いやいや、松下氏もやりますな。見ましたぞ見ましたぞ。
あのかなめちゃん似のかわいい娘は誰です?どう見ても女子高生ですが、
まさかまさか、犯罪的な所業に及んでいるわけではありますまいな?」
そう言われれば千島かなめに似てなくもないな、カオル。
いやいやいや、そうじゃなくて。
「いやいや残念ながら、あの子はそういうのではないのですよ。
知人の娘さんで、オタク文化に興味があるので、
そういった視点でアキバを案内してほしいと頼まれましてね。
貴重な時間を割いて案内していたわけです。」
「そういうことでしたか。いや、安心しました。」
何を期待していたんだろう。
「それはそうと、これからどうなさるのですかな?
お時間が許せばまたコーヒーでも飲みながらアニメ談義など、
と考えているのですが。」
それもいいな、とは思ったが、やるべきことがある。
「お誘いは大変ありがたいのですが、残念ながら今日は少々大切な
用事をかかえておりましてね。もう帰らねばならんのです。」
「それは残念。ではまたの機会に。掲示板でお会いしましょう。」
田中氏と別れて、改めて末広町をめざした。


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