Many Ways of Our Lives

メシアな彼女

01 02 03 04 05 06 07 08 09 10
【一】狩人と夢喰い

オレの名は松下雪之丞。
雪之丞などと言う響きは美しいがふざけた名前をつけた両親は
ずいぶん前からこの世にいない。
三十五歳。独身。
メタボリックシンドロームを気にしている割には
好きなものを食べたり飲んだりしている。
その辺は典型的な日本人の中年男性、というところか。
世間的にはどうもさえないアニメオタクで通っているらしい。
面倒くさいから否定もしない。実際アニメはオレの宝物だし。
今こうしてアキバで「とらのあな」とか「メロンブックス」とかを
ふらふらしていたり、好きなアニメキャラのガチャポンで
希望のキャラが出てくるまで回しまくったりしている
自分がいるわけだし。(すでに1000円札を三回両替した。)
「いい年をして・・・」と人は言うが、好きなことに年齢は関係ない。
この年だからこそ好きなだけ好きなことに金をかけられるのだ。

秋葉原がオタクの聖地「アキバ」として世界中に認識されるようになって
どれくらいになるだろう。

自分が小学生のときは、ラジオの聖地だった。
北海道でゲルマニウムラジオを作ったときは大変だった。
自分の町にはパーツ屋がなくて、何時間も汽車に揺られて札幌まで行った。
横浜に引っ越してきて、初めて秋葉原に行ったときには感動した。

いろんなもの、作ったなあ。

お風呂の湯張りブザー。
触るとビリビリするいたずらおもちゃ。
トランジスタラジオ。
「コンデンサ」「抵抗」「リレー」「ダイオード」なんて言葉を
口にすることでちょっとその気になってた。

1990年代の後半からだろうか、秋葉原は「アキバ」に変わっていった。
ラジオ、オーディオの街から白物家電の街へ。
そしてパソコンの街に遷移し、2000年を超えると、
サブカルチャーの街、オタクの街になった。
エヴァはちょっとオレには哲学的に過ぎて、
乗り切れなかったのを覚えてるけどね。

オレのことに話を戻そう。
仕事は普通のサラリーマンだ。
勤めているのはシステム開発の会社なので、
オタクの認知度は高い。
オレのようなアニオタはもとより、
ガンオタ、美少女オタ、最近では鉄オタ(単に「テツ」とも)
もカミングアウトしてきて、普通に受け入れられている。
そういう意味では理想的な職場だ。
妹系の着ボイスがうっかり鳴ってしまってもだれも引かない。
それどころか、入手先を聞いてくる。

家に帰ると、無数のフィギュアがオレを迎えてくれる。
ほとんどはガチャポンの成果だが、DVDや漫画の限定版のおまけなど、
希少価値のついた物も多い。
他に金の使い道はほとんどないので、生活費と僅かな貯金以外は
ほとんどアニメのDVD、漫画本、ライトノベル、フィギュア、
同人誌等の購入費用に充てられている。
中でも一番のお気に入りは、天野こずえの「ARIA」の
アリシアさんの特大フィギュアだ。
これは実はオレ以外の誰も持っていない。市販されていないものだからね。
オレが自分で作ったのだ。
パソコン用の机と、フィギュア製作用の机は別にある。
オレの部屋の家具といえば、ほとんどは整理棚と陳列棚だ。
隣の部屋のDVDの整理棚はスライド式になっている。
実はそこにオレの秘密があるのだが、詳しくは後で。

今日も何事もなく過ぎた。
明日は夜勤になるので、今日はこのまま朝までDVDを見たり
フィギュアの改造をしたりする予定だ。
フィギュアの改造に関しては、ネット上のコミュニティで
盛んにやり取りをしている。
ごくまれにオフ会とかやることもある。
今日は借りてきたDVDの鑑賞をすることにした。
アニメ「灼眼のシャナ」T〜[、全部通して見ちゃう予定。
ラノベはすでに読み進んでいるけど、
事前の学習ではかなりお話が変わっているらしい。
でも友人に言わせるとアニメはアニメとしてちゃんとまとまっていて
それなりに楽しいらしい。楽しみだ。
うむ、ラノベのいとうのいぢさんの挿絵もいいが、アニメもなかなかだ。
挿絵ならシャナの幼児体型萌えだが、アニメではマージョリーさんが
オレの心を捉えて離さない。
アニメのキャラデザの大塚舞さんは
なんとすばらしい仕事をなさったことか。
中の人たちもすばらしい。

少し前はフルメタル・パニックで笑ったりはらはらしていた。
GONZOもいいけど、京アニもいいね。
(ていうか、アニメなら何でもいいんだろっつー話。)

てな具合に1年のほとんどを二次元相手に過ごしているオレだけど、
時々、そんな愛すべきオレの日常を乱す出来事が起こるんだ。
ホントに、迷惑なんだよね・・・
ここしばらくはそれがなくってまったりと日々をすごしている。
続いてくれるといいんだけどね。
さて、夜勤に出かけるとするかね。

3日間、夜勤が続いて、今朝明けた。
夜勤明けは昼夜を元に戻すため、頑張って夜まで寝ないようにしている。
まあ、モード切替をしてしまえばすぐに昼夜を元通りにすることもできるのだが、
人間的な感覚を忘れたくないので、オレはこうしているんだ。
まずは吉野家で朝定食を食べて、アキバに出かけるとしよう。
うむ、今日はちょっとリッチに「特朝定食」にするぞ。

朝から豊かな気持ちになることが出来た。正解だったな、特朝定食。
(安上がりな自分がちょっと好きだ。)

錦糸町から秋葉原まではすぐだ。
以前、寝ぼけたまま快速に乗ってしまい、
そのまま眠ってしまって逗子まで行ったことがある。
今日は大丈夫。覚醒状態が続いている。
きちんと各駅停車に乗ってアキバに着いた。
時間は丁度10時。
日曜日だけど、まだそんなに街は混雑していない。

さてと、今日はまず「とらのあな」で同人誌を物色するとするか。
このところ、ハルヒ系の同人誌にマンネリ化が感じられていけない。
同人誌にオリジナリティを求めるのもどうかと思うかもしれないが、
実際のところ、「いい本」にはオリジナリティがあるものなのだ。
うむ。今日はなかなかいいものが手に入った。
オリジナル作品とのリンク、絵の綺麗さなど、
かなりレベルの高いものが見つかった。
ホクホクである。
あっという間に正午を回り、昼食の時間が来る。
今日は海鮮丼の「鮪DON家」で
「ツンデレらいす」を食して帰るとしよう。
中央通を末広町方面へと進む。

ぽよぽよと歩いていると、奴が目に入った。
あいたたた。よりによってこんな日にオレに見つかるなんて。
荷物も多いのに・・・・・
でもしょうがない。これがオレの本当の仕事だから。
奴の後をつける。なかなかのイケメンだ。
かわいい女の子を連れて歩いてるな。
おっと、モスバーガーの手前で左に入りやがった。
ちょっと急いで、探るように路地をのぞき、
奴が普通に歩いているのを見てそのまま普通に後をつける。

ん?また左に曲がりやがった。どこへ行こうというんだ?
続いてオレも左に曲がる。まだオレには気づいてないようだ。
奴は更に右に曲がった。その先には確か小学校があるな。
案の定奴は小学校の校庭へと入り込みやがった。
今時の小学校だから当然門という門に鍵がかかってるはずだし、
普通の人間なら簡単には入れないはずだが、奴は簡単に入った。
間違いないな。

奴の入ったところから慎重に後をつける。
校舎伝いに進み、裏庭に入ろうとした時、
奴のほうから声を掛けてきやがった。

「ようこそ。お初にお目にかかります。狩人殿。」
女の子が奴の横で目を丸くしている。
ま、気づかれないはずもないか。
「なんだ、気づいてたのか。それで何、
オレをここに誘い込んだつもりなわけ?」
そう言いながらオレは荷物を傍らにまとめて置いた。
女の子が目を丸くしたまま口を開いた。
「えー?何?これって何かの撮影とか?
あたし、どうしたらいいの?」
奴が答える。
「君、運がいいよ。狩人の前ではさすがの僕らも食事はできない。
けちがついちゃったな。今日はお帰り。僕はこの人と話があるんだ。」
「わかった。あたし日曜日は大体アキバにいるから。
見かけたら声を掛けてね。」
何が起きているのかわからない女の子はとりあえず頭の周りに
「?」をくるくる回しながら帰っていった。
オレは感心して奴に言った。
「ほう、夢喰いにしちゃなかなか礼儀正しいな、お前。
普通オレに気づこうが何しようが
食い気を優先させる奴ばっかなのにな。」
奴が言い返す。
「で、あっけなくあんたに狩られるんだろう?
オレはそんな馬鹿じゃない。
さて、ここから先もオレは普通じゃないぜ。」
そんな気はしていた。夢喰いの連中、大抵は逃げるばっかりで、
逃げ切れずにオレに狩られるパターンがほとんどなのだが。
こいつはいつもの奴らとは違ったオーラを見せていたもんな。
「ほう、どの辺が普通じゃないのかな。見せていただきましょうかね。」
そう言いながら周りにオレたちを見ている人間がいないことを確認し、
半径50mの不可視領域を設定した。
これで奴とオレは普通の人間には見えなくなる。
「こいつでどうだ!」
奴がいきなり懐からなんか長いものを取り出してこっちに向けた。
え?飛び道具?オイオイ、光ってるぞ。レーザーみたいな?
オレが飛び去った跡に焦げ後と白い煙が残ってる。
しょうがないなあ。今までこんな物騒な武器を持った奴なんて
いなかったのに。しとめたと思ったオレがすぐ横に立っているのを見て
奴はびっくりしている。
「そこまでだお。」
オレの右手が奴の首筋に置かれ、中指から伸びた針が
奴の急所に差し込まれた。
次の瞬間、人間の形をしていたものが、見る見るうちに縮まってゆき、
鶉の卵大の塊が残った。
これはオレの雇い主に渡さなければならないものなので、
大切に保管ケースにつめ、背広の内ポケットにしまった。

それにしても、あいつらが飛び道具を手にしたとは。
ちょっとだけ面倒だ。
珍しく大立ち回りになっちまったな、
と思いながら不可視域を解除する。
奴が侵入した裏門を修復しなきゃ、と思いながら振り向いた瞬間、
目を丸くして固まっている女の子と目が合った。

さっき夢喰いに連れられていた子・・・・・・じゃない。

オレは一瞬何が起きたかわからなかった。
不可視域を設定するとき、半径そう、30m以内には人間の気配はなかったし、
解除するときにも人間の気配はなかったはずだ。
なのに、この子はここにいる。装置が故障?考えられない。

瞬間的に脳内回路をフル回転させ、何もなかったように
この場を去るのが最善との結論に達した。
大事な荷物を手に取り、女の子ににこっと微笑みかけて
裏門のほうに歩きかける。
すると、
「ちょっと待って。」
と女の子に呼び止められた。
オレはゆっくり振り返ると、しょうがないから答えた。
「なんでしょうか?」
女の子はゆっくりとふりかえると、微妙な表情でオレに問いかけた。
「今の、何?」

何・・・だと・・・?
今の、何?って聞いた?
ということは、この子はさっきのオレたちの様子を全部・・・・・・

もちつけ、オレ。

聞いて見た。
「今の、とは、何のことです?」
特段感情的になっているふうではなく彼女は続けた。
「あなたと、もう1人いたでしょ。で、何か光ったと思ったら、
あなたがもう1人の横に立ってて・・・・・・
首に手をかざしたと思ったら、そのもう一人が、
消えちゃったように・・・・・・見えたんだけど・・・・・・」

大変だ、この子は一部始終を見ていたらしい。どうする?
夢でも見ていたんだろうと言い放つにはリアルに見られ過ぎてはいるが・・・・・・
しょうがない。本当のことを話すしかないかな。

「ねえねえ、どういうトリックなの?何かの撮影?」

は?撮影?

いやいや、テレビやパソコンのディスプレイの中で行われたのなら
CGということもあるだろうけど、
今目の前で見たそれをトリックだなんて、今時の子は。
でもいいや、ちょっと頭が悪い子なのかもしれない。
「しょうがないですね。誰にも言ってはいけませんよ。
あなたの言うとおり、先ほどのはトリックで、
映画撮影用のものを誰もいないところで練習していたのです。
誰もいないと思っていたのにあなたが
急に現れたので、びっくりしたのですよ。」
「やっぱそうなんだ。ねえねえ、どんなトリックなの?教えてくれない?
CGも真っ青よねえ。すっごく興味があるんだけど。」
「トリックはネタばれしたらもうトリックではなくなります。
残念ですが、教えられません。」
「そんなこといわないで、ねえ。」
「だめです。私はもう行きますよ。夜勤明けで眠いんだから。」
繰り返すが本来オレには眠いとか疲れたとか言う概念はない。
「眠いんだったらコーヒーでも飲みにいこうよ。おごるからさ。」
このまま捨て置こう、と思ったのだが、
どうして不可視域に邪魔されずに我々を見ることができたのか、
その点に非常に興味があり、付き合うことにした。
「しょうがないな。ま、急いでいるわけじゃないので、
少しだけお付き合いしましょう。」
「やったあ。じゃ、ついて来て。」
彼女がオレを引っ張っていった先は、古美術茶廊 伊万里だった。

「で、おじさんは何をやってる人なの?」
伊万里焼のカップでコーヒーをすする。
どう見ても高校生くらいの彼女が
この店の常連さんとはね。
オレも前からこのレトロな雰囲気が好きで
ちょくちょく寄ってはいたけど。
ママさんが変な顔でオレたちを見てる。
いや、変な関係じゃありませんし、犯罪とも関係ないっす。
むしろオレが連れてこられたっす。

「会社員ですが、なにか?」
「へへへ、さっきはさあ、トリックがどうのってごまかしたけど、
ほんとは違うんでしょ?」
んだと?この娘、馬鹿な振りしてこのオレを・・・・・・。
これは油断できん。何者だこいつ。
「何を言ってるのかさっぱりわかりませんな。」
「やっと見つけたんだから、本当のことを言ってくれるまで
放してあげないから。」
「やっと見つけたって、何のことです?」
「あたしだけに見える事。世の中のみんなに見えるもののほかに、
あたしだけにしか見えない事が
あるんじゃないかって、ずっと思ってきたんだ。
それを今日、初めて目にすることができたと思ってる。
ねえ、おじさん、狩人って何?夢喰いって何のこと?」

あちゃー。なんだよ、全部聞いてたのかよ。

「狩人も、夢喰いも、全部映画に出てくる現実には存在しないものです。」
「じゃああの時いたもう1人の人はどこに行っちゃったのよ。」
しょうがないから、3D投影機を出す。このハンディに
あの鶉の卵大の玉をセットしてスイッチを入れると、
奴の人型が投影される。店のおばちゃんもちょっと驚いてる。
「おばちゃんごめんね、すぐに消すから。」
女の子に向き直って諭すように言う。
「ほらわかったでしょう。これがトリックの正体ですよ。」
「動かないじゃない。そんなんじゃ納得しないわよ。」
「これ以上君に教えられることはありません。そろそろ失礼しますよ。」
「ちょっと待ってよ!」
おごってくれるとは言ってたけど、おじさんが女子高生に
おごってもらうわけにも行かないので、
支払いをして店を出た。

彼女はどこまでもついて来る。

「あのねえ、ついて来られても困るんですけど。
だいたい、君だって家に帰らなくちゃいけないでしょうに。」
「おじさん、オタクなんでしょ。」
いや人の話を聞けよ。つーかオタクだから何だ。
「だったら何なんです?」
「どうせ家に帰ってその本見るだけなんでしょ?」
同人誌の大量に入った買い物バッグを指差して言う。
それはそのとおりだし、それが休日のオレの過ごし方だし。
「ふーん。そうなんだ。」
気が付いたら中央線の電車の中まで付いてきている。
御茶ノ水で快速に乗り換えても付いてくる。
どこまで付いて来る気だ?

結局、下北沢のオレのアパートまで付いてきやがった。
部屋に上がると言い張って聞かない。
「あのねえ、君。常識で考えて、見ず知らずのオタクの
中年男の一人暮らしの部屋に女子高生が上がりこむ
なんてシチュエーション、小説でだってありえない事だとは思いませんか?」
「常識ではね。でも、おじさん、非常識な存在なんでしょ?」
しょうがない。オヤジのオタク部屋を覗けば帰る気になるだろう。

甘かった。

彼女はオレの部屋に無遠慮にあがりこむと、
オレの宝物のフィギュアたちや、漫画(同人誌を含む)、
DVD、ゲームなどに興味津々、当初の目的を忘れたかのごとく、
目をキラキラさせてオレに説明を求めるのだった。
「あたし、オタクって言葉はネガティブな言葉じゃなくて、
一つのことに熱中できるパワーみたいな、
ポジティブな言葉だと思うのよねえ。」
そうそう、いい事言うじゃないか・・・・・・って、違う!

「ところで君、名前はなんていうんだい?」
「槙原カオル。17歳。フリーターよ。」
え?高校は?
「中退した。」
あっけらかんと言い放たれた。

よく見ると結構かわいい子ではある。
髪はロング。灼眼のシャナにでてくるヘカテーみたいな
帽子をかぶっている。服は、これはなんと言うんだろう。
ゴスロリとはちょっと違うな。
それをちょっとシンプルにした感じだろうか、
モノトーンでシックな感じだ。
スタイルもそこそこよろしい。

結局2時間くらいフィギュアや漫画の話をしただろうか。
「今日はこれで帰るね。また遊びに来てもいい?」
「あのねえ。別にお友達になったつもりはありませんよ。
ま、部屋にいるときは相手をしてあげてもいいですが。」
今後彼女の存在がオレにとってなにか重要な意味を持つこと
になるかもしれない、という予感はあった。
何しろ彼女にはあのときのオレたちが「見えた」のだから。

次の日曜日、オレはまたアキバで彼女に出会った。

続きはこちら