The Stories of Mine

メシアな彼女

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【四】パートナー

「おい、起きろ!いつまで寝てるんだ?どこまでも朝だぞ!」
いつもの朝食セット(トースト、ベーコンエッグ、コーヒー、サラダ)に、
夕べカオルが買ったヨーグルトを添えて用意し終えると、オレはカオルを起こした。
オレが声をかけると、いきなりガバっと起き上がり、周りを見回した。
素っ頓狂な声を上げる。
「え?何これ。どこなのここは?」
オレに気づくと、もう一度布団にもぐりこみ、
だらしなくめくれあがったりずり下がったりしている
スウェットを直しているのだろう、なにやらもぞもぞしながらさらに続ける。
「なんでユッキーに起こされてんの、あたし?えーと、昨日バイトが終わって・・・・・・」
記憶の糸をたどりつつ布団から這い出てくる。
「思い出した!そうそう、『本当のこと』を聞くためにここに来たのよね。
で、隣の部屋でユッキーがなんか変な相手とおしゃべりをして、
その後長々とユッキーがお話しをしてて・・・・・・気がついたら朝だ。
自分で布団に入った覚えがないんだけど・・・・・・ユッキー変なことしてないでしょうね!」
「グーで殴ってもいいか?ぶつぶつ言ってないで顔でも洗って来い。朝飯だ。」
「はーい。」
いきなり素直に動き出す。自分の立場というか、状況が把握できたらしい。
もう一度オレと目を合わせると、にっこり笑って言った。
「おはよう、ユッキー。」

「おまたせー。何これ、あたしのためにわざわざ?」
テーブルに並んだ朝食セットを見て目を丸くしたカオルが聞いた。
「いいえ、いつもの通りの朝食です。いいから食うぞ。」
「はーい。いただきまーす。へえー、ユッキーって結構ちゃんとしてるんだねー。」
パンを一口食べてまた目を丸くする。
「何これー。おいしいー。どこのパンなの?」
「自家製だ。夕べのうちに仕込んでおいた。今は自動パン焼き機という便利なものがある。」
これが本当に便利なのだ。しかも焼きたてのパンは買ってきたそれとはぜんぜん違うのだ。
「へえー。すごいねえ。ねえ、お醤油ある?」
は?醤油?今日のこのメニューで、何に醤油をかけるというのだ?
「目玉焼きはおしょうゆなの、あたし。」
しょうがないから出してやった。
「えへへー。これですよこれ。焼き具合も絶妙だね。職人だね、ユッキーは。」
口がうまいというか、でもまあ、本当のことだからな。何か口にするたびにすごーいだの
おいしーいだのリアクションのうるさいカオルに声をかける。
「今日は何か予定はあるのか?」
「夕方からバイト。今日は遅番なんだ。ユッキーは?」
「特に用はない。新宿あたりで時間をつぶそうかなと思ってたけど、
お前はどうする?一回帰るか?」
「ううん。帰らない。バイトには直で行く。ユッキーにくっついてってもいい?邪魔?」
まあ、そう言うだろうと思っていたので、
「いや、別に構わないよ。でも、お前のほうがつまんねーんじゃないかと思って。」
「大丈夫。えへへ、またデートだ。」
「そんなんじゃなくてね。」
うれしそうに話すカオルを見つめるオレも、傍から見たらうれしそうに見えてるかもしれない。
食事を終え、片付け始めると、カオルはまたオレの目の前で堂々と着替えを始めた。
昨日みたいには気にならなかった。でも一応一言言っておく。
「だから、恥じらいも何もなく男の目の前で着替えるのはやめなさいっての。
つつましさがないんだ、お前は。」
「へへーんだ。ユッキーの前だから平気なんだよー。何、ユッキー気になるの?
このあたしのナイスバディが。」
ポーズをつけるなポーズを。でもあれだ、意外と、胸があったりするんだな、これが。
昨日はそうは見えなかったが。
「やだ、どこ見てんのよ!」
ほほを染めて胸を隠すそのしぐさがとてもかわいらしく、一瞬頭をもたげた「男」が
即座に「おにいちゃん」に取って代わられた。
「バーカ。あと十年はかかるぜ。このオレにセクシーさをアピールするにはな。」
「へーんだ。」
カオルはオレに向かってあっかんべーをすると着替えを続けた。

「そうだ。」
いきなりカオルが振り返る。
「すぐ出かけるんだよね。じゃああれだ、シャワー貸して。出かける前に浴びちゃうから。」
「風呂も沸いたりしてるぞ。うちはジャノメの24時間風呂だからな。」
「わーい。朝風呂とは豪儀じゃのう。」
「入るならさっさと入れ。タオルとかあるのか?」
「大丈夫。ちゃんと用意してるから。覗かないでよー。」
「バカなこと言ってないでさっさとしろ。もたもたしてると置いてくからな。」
わーきゃー言いながら風呂場に向かうカオルだった。朝食の片づけをしていると、
風呂場からまた大声が聞こえた。
「きゃー何これー!すっごく広くてきれーい!いいなあ、
ユッキーいっつもこんなお風呂入ってんだー。」
オレはあわてて脱衣所のカーテンのところまで行ってカオルに声をかける。
普段はシールドなんて張ってないから風呂で騒げば音は外にだだ漏れなのだ。
「近所の目や耳ってものがあるんだから!朝っぱらからでかい声を出すな!」
「へへへ、ごめーん。覗くなよー。」
「うるせえ。このバカ娘。」
近所からいろいろ言われている自分を想像して、面倒くさくなるオレだった。
特に大家の婆・・・いやおばさんがにやついてオレに声をかけてくる様子が目に見えるようだった。

風呂上りのカオルは、さすがに裸ん坊で出てくることはなかったが、
髪の毛オタオルで拭く姿が少しだけ色っぽかったのでそう言ってやった。
「バカ。」
とほんのり頬を赤らめてオレのほうに視線を流してきたのだが、
それが妙に色っぽく、どぎまぎしたオレは視線をそらして、
「いいから早くしろよ。」
というのが精一杯だった。
本当にこの年頃の女というのは、子供なんだか大人なんだか、
扱いづらい生き物であることに間違いはない。

髪を乾かし、着替えを済ませたカオルに、忘れ物がないように注意を与え、
オレたちは部屋を出た。
「今日は新宿御苑あたりでまったり過ごそうと思っていたんだが、
それじゃお前、つまんないだろ?」
下北沢で急行電車に乗ったオレはカオルのバッグを持ってやりつつ、そう聞いた。
「ううん、そんなことないよ。今頃だとモミジ山が結構綺麗だったりするんじゃない?」
御苑のことを良く知ってるような物言いが意外で、そう言ってみると、
「へへ。あたし、都内の公園のことは結構良く知ってるよ。
いやなことがあったりすると一人で公園に行って
ぼーっとしてたり。都内だと自然っぽいとこ、少ないでしょ。
あたし、緑の多いところが好きなの。
本当は田舎に引っ越したいくらいよ。」
普通の都会娘だと思っていたが、これは意外だった。

新宿に着くと、南口から外に出た。
甲州街道を渡ってから御苑方面に向かう。午前も十時を回るくらいだったので、
さすが新宿、人も結構多くなっていた。新宿門から入り、日本庭園のほうへと
ぐるりと回ることにした。上の池からは池沿いにモミジ山へと向かう。
途中、芝生広場に座って休むことにした。持ってきたペットボトルのお茶を開け、
一口飲む。横からカオルがひょいと手を出し、オレのペットボトルを奪い取ると、
うまそうに飲みやがった。
「お前のもちゃんと入れといたろう。」
眉根にしわを寄せて言ってやると、カオルは笑って答えた。
「ユッキーのものはあたしのもの。あたしのものもあたしのもの。」
「バカ言ってんじゃないよ。しょうがねえなあ。」
ため息をつく振りをして笑うオレだった。

しばらくはそんな感じでとりとめのない話をしながらまったり過ごした。
ふと気がつくとカオルの声がしばらく聞こえていない。
どうしたのか、とカオルのほうに目をやると、カオルは意を決したように顔を上げ、
オレのほうを向いて言った。
「ねえユッキー。」
あまりに真剣な様子だったので、こちらも真剣に聞かざるを得ない感じだった。
「なんだい?」
少しの間、言うのをためらっていたが、改めてオレの目を見てカオルが言った。
「あたしを家においてくれないかなあ。」
なんだ、そんなことか。と言いかけてオレの動きは止まった。
「ちょっと待て。」
「だめ、かなあ。」
「いや、いいとかだめとか言う前に、お前、何言ってるかわかってるのか?」
「Perfectly.」
「すごいじゃん。って、いや、英語で答えりゃいいってもんじゃなくて。」
「ちゃんといろいろ考えて言ってるよ。」
「そのいろいろって何だ。一体全体どういう理由があってついこの間知り合ったばかりの
オタク趣味のおじさんの家に置いて欲しいなんて言うんだ。どう考えても流れがおかしいだろ。」
あくまでもまじめな顔でカオルは続ける。
「その一。今の家族があたしを必要としていないこと。
前に言ったと思うけど、あたしは捨て子で、今世話になってる養親に
それなりにしか扱われてない。いまだに養親がなぜあたしを引き取ったのか、
その理由が全くわからないくらいよ。
その二。あたしは学校に通っていないから大きな経済的な負担はない。
今やっているバイトで月に十二万くらい稼げるから、
ユッキーにも負担をかけることはない。 その三。あたしにはユッキーの戦っているときの姿が見える。
あたしにはわからない何らかの関係がユッキーとの間にあるのは間違いない。
だったら今後一緒に住むことは必ずあたしたちにとってプラスになる。
そして後一つ。言ってもいい?」
「なんだ。言ってみろ。」
「なんかユッキー、あたしの保護者みたいな感じなんだもん。
お兄ちゃん、みたいな?」

オレの頭はCPU使用率百%の状態で回転していた。
冷静に考えねばならない。主観を交えず、
あくまでも客観的にこの状況を分析しなければならない。
常識的に考えて、そんなことは有り得ない。
どんな顔をして、こいつの養親にオレがこいつを引き取りますから、
などと言えば良いのか。
どんなシチュエーションを作ったとしても、
無理がありすぎる。ありすぎる・・・・・・よなあ。
ただ、上位裁定者の言うところの「情報管理下に置く」ことを考えれば、
これは願ってもない事だ。
監視をするにしても何にしても、同じ屋根の下に暮らしていればあまりにも楽だ。
でも良く考えろ。対夢喰い用戦闘端末としてのオレではあるが、
機能的には人間の男性そのものだ。
毎日こんなかわいい女の子と一緒にいて、間違いを起こさないと/言えるか?・・・・・
あれ?言えるなあ、普通に。こいつ、かわいいけど色気ないし。
こいつにおにいちゃんとか言われるとなんか違和感ないし。
あくまでも客観的に考えているつもりだったが、
識域下で何かがオレを誘導していたようだ。
いつの間にかオレは、いかにしてうまくこいつを引き取るかを
一生懸命考えていた。

「よし。わかった。ちゃんと考えてやろう。」
気がついたらオレはそう答えていた。
「でもな、今日のところはちゃんと家に帰れ。
で、オレが迎えに行ってやれるようにいろいろ手を回すから、
それまでは今までどおりにしておけ。」
上位裁定者の力を借りれば、何とか不自然でない形で引き取ってやれるだろう。
カオルの表情がぱっと明るくなった。
「本当?ありがとう!でね、もう一つお願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
「言ってごらん。」
「お兄ちゃんって呼んでもいい?」
キタコレ。もういい。もう何でもありだ。完全にオレは開き直っていた。
「ああ、かまわないよ。」
ていうか、ぜひそうしてくれ、くらい思っていた。
上位裁定者の力を借りて、普通なら無理がある「生き別れの兄」になってやる、と。
幸い(今時驚く事に)この娘は捨て子だったという。
ならば生き別れの兄くらいいてもおかしくないはずだ。
「この年で妹ができるとはな。なんか楽しくなってきたぞ。」
「あたしも。ね、お兄ちゃん。」
そういって笑うカオルがとてもかわいらしく、オレも一緒になって笑った。
傍から見ても、ちょっと年の離れた仲のいい兄妹にしか見えなかったと思う。

その後園内をしばらくぶらつき、正午を過ぎた頃「お腹が空いた」と言う
カオルをつれて、アルタの裏手の路地にあるアカシヤに行った。
さすが日曜日、少し並んだのだが、意外に回転が早く、すぐに入れた。
二人ともロールキャベツシチューをいただいた。ホワイトシチューの中に
ロールキャベツがどーんとふたつ。
結構有名な店なのだが、安くておいしい。オレもこの味を出そうといろいろ
試してみたが、出せなかった。食後はゲームセンターであそんだり、
デパートでウインドウショッピングしたり。
「なんだかデートみたい。」
とはカオルの弁。

四時。そろそろカオルはバイトにいかねばならない。
暇なオレは秋葉原まで一緒に行った。
「じゃあな。準備が整ったら連絡するから。さすがに今日明日、ってわけには
行かないと思う。でもちゃんと迎えに行くから、
それまでは今までどおりに過ごすんだよ。」
「うん。わかった。連絡待ってるね・・・・・・お兄ちゃん。」
上目遣いにそう言われてまたまた参ったオレだった。
この先またこいつのペースで話は進みそうだ・・・・・・

家に戻ったオレは上位裁定者に連絡を取った。事のいきさつを詳しく伝える。
「というわけで上位裁定者にお願いがあります。」
「言ってみたまえ。」
「はい。未知の因子を私の情報管理下に置くために、
いくつかの情報操作が必要になると思われます。
それをお願いしたい。」
「JPN001YMの要求を受領した。必要な時間は地球時間にして
七十二時間。その後であれば
いつ行動に移っても問題はない。」
「了解致しました。」
「JPN001YMよ。」
「はい?」
必要な情報のやり取りが終わったあと上位裁定者からこのように呼びかけられることは
稀だったので、そんな風に聞き返してしまった。
「未知の因子―カオルと言ったか―を情報管理下に置く事は、
君自身にかなりの負担をかけることになる。
それは理解できているか。」
「はい。通常の思考で理解できる範疇の事象ととらえておりますが。」
「うむ。君と一緒に行動する、という事は、カオルを守ってやるチャンスが増えるとともに、
カオルを危険にさらす機会も増えるのだということを強く自覚せよ。
我々は君がカオルと暮らしていくことで、将来我々にとって必要な
何らかの変化へとつながる道を開いてくれるものと期待しているのだ。」
「あ、いや、それはもう。ご期待に沿えるように僕らはプログラムされて
いるはずですから、おっしゃるまでもないことなのではないかと。」
「それはそうなのだが・・・・・・いや、いい。一つだけ言っておく。
君は狩人の中でも特別なプログラミングを施されている存在なのだ。
いや、すまないが我々も具体的なことは聞かされていない。
上位の方々、それも最高位の方しかそのことは知らないらしいのだが・・・・・・
カオルと君が一緒に暮らすことはあらかじめ予定されていたことなのだ。」
やはりそうか。そんな気がしていた。識域下でオレに働きかけてくる
何らかの存在を少し前から意識していたが、
これがそうだったのだ。

「もうひとつ伝えておくべき内容がある。」
冷たい機械音声が続ける。
「はい。なんでしょうか。」
「君が転送してくれた武器についての情報がまとまっている。データ伝送をするので受領せよ。」
「了解しました。」
すぐにデータが送られてきた。ディスプレイにそれを展開する。
「受領を確認しました。」
ディスプレイに展開された情報を読み進むうちにいやな汗が背中を伝った。
「上位裁定者、これは・・・・・・」
「うむ。その反応は予想通りである。我々も対応を急いでいる。
夢喰いどもの大攻勢を許してはならない。
やつらは一気に状況を転換させようとしている。夢喰い端末を増やし、
武器を持たせて我々の狩人たちを殲滅せんと企んでいる。
我々としても狩人を増やし、夢喰いの大攻勢を阻止すべく配置を進めている。
特に君のテリトリーは夢喰いどもの集まりやすいところなので、
狩人を二人君につけることにした。協力して事にあたりたまえ。
君から連絡を取らずとも二人から君に連絡が入るように
してあるので待つように。」
「どのような人物なのでありましょうか。」
「すぐにわかるはずだが・・・・・・いいだろう、伝えよう。
一人は雪月紫苑という名前を持たせた女性だ。
JPN006SYがコードネームだ。地球人の感覚からすると、
かなりな美人である。これはいろいろな意味で武器になる、と言う判断だ。
いや、復元時に整形したわけではなく、素材からすでにそうだったのだ。年齢設定は28歳だ。
もう一人はコードネームJPN007RY。名前は山下亮介という。
年齢設定は30歳。これも地球人感覚で言うと、なんと言ったか・・・・・・
そう、イケメンである。作家で探偵、と言う設定にしてみた。
一応君が3人のまとめ役ということになっている。うまくやってくれたまえ。」
「了解致しました。私からの報告は以上です。JPN001YM・ED。」
パネルの電源を落とす。しばらく身動きせずに考えていた。
夢喰いの大攻勢。狩人の増員。カオルとの同居。いろんな事がいっぺんに変わりつつある。
オレはうまくやっていけるのだろうか。
美人にイケメンだって?上位裁定者は何を考えてるんだ。
うまくやってくれたまえ、だと?勝手なことを。

でもカオルと一緒ならうまくやれる。
何の根拠もなく、オレはそう思ったんだ。

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