The Stories of Mine

メシアな彼女

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【6】チーム

「今日は通常勤務だから、そうだな、7時前には帰ってこられると思う。」
「うん、わかった。じゃあ夕飯は期待しててね。あたし、頑張っちゃうから。」
「あんまり頑張らなくていいよ。普通に食えるもんで構わないからさ。つーか
ちゃんと食えるもんを用意できるんだろうな。」
「馬鹿にしないでくれる?これでも料理だけは人には負けないんだから。」
「ハハ。期待してるよ。買い物に行くときに戸締り、忘れんなよ。
じゃあ行って来ます。」
「行ってらっしゃい!」
カオルが越してきて3日目。
今日。カオルはバイトが休みなので、夕飯を作って待ってる、
と張り切っているのだった。口では料理が得意だ、とか言っているけれど、
本当のところはどうなのか、全くわからないので少し不安だ。
でもまあ、人が食えないようなものは作らないだろう、とは思っているがね。
実際にカオルがオレの妹として一緒に暮らすことになったのだが、
マスターの調整の結果、それは全く問題なく周囲に受け入れられた。
アパートの大家には案の定、
「妹とか言ってるけど、本当なんでしょうね?おかしなことに巻き込まないでおくれよ!」
とか言われたけど、戸籍抄本と住民票(当然偽造だ)を見せたら納得した。
アパートの住人たちには、大家が放送局となってあっという間に伝わったらしく、
誰からも変な詮索はされずに済んだ。

アパートを出ようとすると、一回に住む大学生、吉田君が丁度出てくるところだった。
「お早う、吉田君。」
オレが声をかけると、にっこり笑って挨拶を返してくれる。
「お早うございます。松下さん。いい天気ですね。」
この吉田君だが、礼儀正しく、ルックスも良いので、大家にかわいがられている。
電子関係の勉強をしているそうで、パソコンにやたら詳しく、
ヲタクというほどではないが、サブカルチャーにもある程度精通している。
好きなアニメは「らき☆すた」だそうで、結構話が合ったりするのだ。
「今日は早いんですね。学校ですか?」
「ええ。ちょっと学内のサーバにトラブルがあったとかで、
ぼくらの研究環境にも影響が出ているらしいんですよ。
で、教授から非常招集がかかったと言うわけで。」
「なんでしたっけ、君らが作ってるプログラム。」
「ソーシャルブックマークってあるじゃないですか。
あれを利用して、こういう趣味、嗜好を持った人たちは今後、
こういう方向に行くといいんじゃないか?みたいな情報提供が
会員個々に対して自動的に行なわれる、
そんな感じのサイト作りです。もちろん会員がどれだけ詳しく自分の情報を
入力できるかによって信頼性は変わってきますけどね。WEB2.0の考え方を
実際に取り入れて、今みんなが欲しがっているサービスを
提供できればなんて考えてるんです。」
「いいですねえ。そんなのがあれば欲しいですねえ。たしか来月あたりにベータ版を
公開するんじゃなかったでしたっけ。」
「良くご存知ですね。その通りです。松下さんもモニター会員になってくださいよ。」
「ああ、もちろん参加させてもいただきますよ。楽しそうですよね。夢があります。」
「夢と言えば、あのニュース、見ました?」
「あのニュースとは?」
「先日、新聞に『夢をなくした若者たち』みたいな記事を読んだんですけど、
同じ様な内容で、今朝のテレビで『アキバ、パワーダウン』って特集やってたんですよ。」
そういえば今朝そんなニュースやってたなあ。
「やばいっすよ。アニメイトとか、とらのあなの売上がこのところ
急に落ちてきている、っていうんですから。
だって、あり得ないじゃないですか。僕らの、まあ主にネット上でのね、
皮膚感覚ではこれだけ盛り上がってるアニメ、マンガ界ですよ?ついこの間まで
右肩上がりだったそれ関係のお店の売上ががくっと落ちるなんて、
考えられないでしょう。きっとね、何かありますよ。裏でうごめいている何かが。
もしそれが何かわかれば、僕は立ち上がりますよ。サブカルチャーを守るためにね。」
本気とも冗談とも取れる言い方ではあったが、顔つきは真剣だった。
「そのときは私も一緒に戦いますよ。」
冗談めかしてオレも答えておいた。いや、実は戦ってるんですけどね。
「それはそうと、妹さんですけど。」
なんだこいつ、早速カオルに目をつけたのか?と警戒するオレ。
「一緒に暮らせるようになってよかったですね。」
そうだった。こういう奴だったこいつは。好青年なんだよねえ。警戒してごめんなさい。
「あ、うん。ありがとう。これからよろしく頼むよ。」

  それにしても、状況は俺の思っていたよりも良くないらしい。
想像していたよりも奴らの侵攻は早く進んでいるようだ。
こちらも受身ではなく、積極的に「狩り」に出て行く必要がある。
そのためにはまず、上位裁定者が言っていた二人と連絡を取らねば。
上位裁定者はああ言っていたが、まだ二人からの連絡は入っていなかった。
今日連絡が入らなかったら上位裁定者に問い合わせを入れてみよう。

下北沢に到着、私は小田急ホームに、吉田君は井の頭線ホームにそれぞれ向かった。

職場では岩沼が小さくなっていた。
あの日、お局様にかなり絞られたらしい。
面白い噂話に乗って楽しんでたのは誰だよ、って突っ込みはいらない。
とりあえず岩沼がおとなしくなっていればOKだ。
課長から話を聞いたお局様からあっという間に課内のメンバーに広まったらしく、
あれ以降オレにカオルのことを聞いてくる奴はいない。
その日はサクサクと仕事が進んだ。思いのほか早く仕事がまとまったので、
定時に帰ることができた。

7時前どころか6時半には家についてしまったオレだった。
「ただいま。」
「おかえり!早かったじゃん。ちょっと待っててねえ、もうすぐ出来るからさっ。」
オレはスーツをハンガーにかけ、ネクタイをはずす。
脱いだスーツの上着の代わりにカーディガンを羽織る。
着替えながら横目でキッチンで働くカオルを眺めていた。
それにしても、誰かが待ってる家に帰るって、いいもんだな。あったかい・・・・・・
いやいや、いかんいかん。
上位裁定者もオレにこんなふやけた感覚を持たせるために
カオルを保護させたわけじゃないんだから。
気を引き締めなければ。こいつを守ってやらなければならないのだから。
守る?
何から?
オレの思考は、この点に至ると停止するのだった。
すぐに別のことに思いを転換してしまうのだ。
無意識のうちにそうなってしまうので、実際その時点では
「この点に至ると停止する」ということが意識できていたわけじゃないんだが。
振り返ればそうだったんじゃないか、程度の話だ。

「出来たー!食べよ食べよ、お兄ちゃん!」
オレを呼ぶカオルの声で我に返った。
テーブルを見ると、えらいご馳走が並んでいるではないか。
「こりゃすごいな。確かに料理の腕はよさそうだ。見た目もうまそうだし。
いい香りもしている。でもな、一つ言っていいか。」
「何?」
「いったい誰がこれだけの量を食うっつーんだ!何人前だよこの量は!」
「えー、やっぱりー?作ってて途中からおかしいなとは思ったんだけど。
でも途中でやめらんないじゃん?」
「しょうがねえなあ・・・・・・アパートのやつら誰か呼ぶか。カオルのお披露目も兼ねて。
どうだ?」
「ちょっと待って。あたしこんな格好じゃ人なんて呼べないよ。
急いで着替えなきゃじゃん!」
「て事はいいんだな?呼んでも。」
あわてて着替えに走るカオルだった。
オレは部屋を出ると、誘っても大丈夫そうなやつら2、3人に声をかけることにした。

まずは1階の吉田君だ。
「夕食?まだですけど。え?松下さんちで?妹さんが作った?
へえ。でもいいんですか?僕なんかがお邪魔しても。そうですか。
はい。では喜んでお邪魔します。」

2階の両お隣さんにも声をかけてみる。
右隣の神崎祐三はどうも不在のようだった。
左隣の平山彩子。プロの漫画家を目指して日夜努力(?)を続けている。
ガチにストレートな少女漫画を描いているが、一方、かなりの腐女子で、
コミケではかなり有名な壁サークルなのだ。
曰く「2日目は私のためにあるのよ。」サークル名は「褌革命」。
このセンスはどうなんだろう。
でも一度夏コミの手伝いをさせられたときには彼女の言葉はうそじゃないな、と思った。
山のように積んだ同人誌が飛ぶように売れていく様に感動したのを覚えている。
オレはBLに興味はないが、彼女や彼女の仲間の腐女子たちの話が面白いので、
以前からそれなりに付き合いはあるのだ。
「え?晩御飯を食べさせてくれるの?良かった。食べ物探したらみかんの缶詰しかなくて。
外食にしようかなと思ってたとこなの。うん、すぐに支度して行く行く。」
このひとには色気と言うものがない。
スッピンにボサボサ頭、スウェットの上下に半纏を羽織ったままで
平気でいつもその辺をうろうろしている。
ちゃんとしてるときはけっこういい女なんだけどね。
それにしても支度ってなんだろう。

吉田君に彩子さん、玄関で丁度一緒になったらしい。
「いらっしゃい。いきなりごめんな。うちのカオルが晩飯作りすぎちゃってさ。」
カオルが二人に挨拶する。
「はじめまして!お兄ちゃんがいつもお世話になってます!」
うむ。なりきってるな、カオル。
「あ、どうも、はじめまして。」
これは彩子さん。何を支度したのか、スウェットに半纏のままだ。
「はじめまして。吉田大輔です。よろしくお願いしますね。」
さすが吉田君、きちんとしてる。
「さあさあ、入って、2人とも。腹が減ったよ。食べよう食べよう。」

テーブルを4人で囲んでいただきますをした。
食べ始めて驚いたのだが、カオルの作った料理はどれもすばらしくうまかった。
こいつ、どこでこんな腕を身につけたのだろうか。
「あのう、みなさん、お味はどうですか?」
おずおずとカオルが尋ねる。
「いやあ、どれも素晴らしいですよ!特にこのシチュー。
何か普通じゃない仕事がしてあると見ましたが?」
吉田君が満面の笑顔で答えた。カオルもぱっと笑顔を花開かせて、
「ありがとう!わかるんだ、吉田さん。実はこれ、伊万里仕込みなんだ。
マッシュルームのみじん切りをバターでいためておいてね、
仕上げにミルクと一緒に混ぜてから少し煮込むの。かおりがいいでしょ?」
「カオルさんだけに、ですね。」
オレと彩子さんの目が点になった。吉田君がこんなギャグをかますなんて・・・・・・
カオル効果かな?カオルは素直にケラケラ笑っている。
彩子さんが口を開いた。
「たしかにどれもおいしいわね。カオルさん、どこかでお料理習ったの?」
「へへ。基本はお母さんから習ったんだ。でも応用はぜんぶバイト先かな。
いろんなとこでバイトしたからねえ。」
「ほう。意外だねえ。苦労知らずのお嬢さんに見えたけど。よく考えれば
この年でお兄さんに引き取られてる時点で苦労フラグ立ってんじゃんね。」
彩子さんの台詞にきょとんとするカオルであった。
「フラグ?」
「彩子さん、カオルは別に私の妹だからといってそっち方面に詳しいわけじゃ
ないんですから。」
オレが口を挟むと、
「そりゃそうだね。この分じゃお兄ちゃんといもうと的萌えシチュエーションも
なさそうだし。つまんねーの。」
だからこの人は・・・・・・
「彩子さん。初対面の方を相手にして普段どおりとは、侮れませんね。
これはあれですか?ある意味自己紹介という・・・・・・」
「あー、吉田はだまっとけ。そんなめんどいもんじゃないよ。
つーか吉田、いつもよりテンション高くね?」
「な、何を仰るんですか。僕こそその、い、いつも通りですよ。」
吉田君、いや、吉田。やっぱりきさま・・・・・・
ていうか、何をオレは本気のお兄ちゃんモードに入っているのだろうか。
我に返って自分で笑うオレだった。それにしても彩子さんは素で面白いな。
「気のない振りして、実は狙ってんじゃねーの?あたしには吉田の考えなど
手に取るようにわかるぞよ。」
「やめてくださいよ変なこと言うのは。僕のイメージがおかしなことになるじゃないですか。」
「ほほう。だとして、それでどうして困るのかや?」
この辺で吉田を助けてやろう。
「まあまあ。まだまだ食べ物はたくさんあります。楽しい会話もいいけれど、
食べるほうも宜しくお願いしますよ。」
そうだった、食いだめしとかなきゃ、とか何とか言って彩子さん、猛然と食べ始めた。
吉田君がオレの方を見て目でありがとうのサインを送ってきた。
カオルはこの状況を楽しんでいるらしく、笑顔がはちきれんばかりだ。
この後もおいしい食事と楽しい会話が遅くまで続き、お開きになった時には
既に22時を回っていた。カオルはただ笑ってただけでなく、意外に知的で
ウィットに富む少女だということを会話の端々で証明して見せた。
吉田君はもとより、彩子さんにもかなり気に入られたようだ。
「今度暇なとき遊びにおいで。あ、暇なときって、あたしが暇なときね。」
「彩子さん、どうやってそれを知れと・・・・・・」
すかさず吉田君のツッコミが入る。
「大丈夫よ。呼びに来てあげるから。あと、この吉田には気をつけな。
こんな人畜無害な顔してても男だからね。
いつ狼に変身するかわかったもんじゃないよ。」
「って、彩子さん、僕のことそんな風に見てたんですか?」
「バーカ。冗談だっつーの。分かれコラ。」
吉田君が肩をすくめた。口答えをしないあたり、大人だ。
「じゃあ松下さん、今日はご招待ありがとうございました。
カオルさん、これからよろしくお願いしますね。」
オレとカオルがご挨拶だ。
「ああ。いきなりで悪かったけど、またそのうち集まりましょう。カオルをよろしく。」
「よろしくお願いします!」
「じゃあね。今日はごちそうさん。」
「おやすみなさい。」
「あ、そうだ松下さん。」
「なんですか彩子さん。」
「今度さ、今日のお返しに、ちょっとしたサプライズをプレゼントするよ。」
そう言うと、吉田君と目を合わせて微笑んだ。
「なんだい、吉田君もグルなのかい?そのサプライズは。」
吉田君は意味深に笑って肩をすくめた。
二人が帰っていった。

片づけをしながらカオルが話しかけてくる。
「みなさん、楽しい方たちね。へへ、彩子さんとこ、遊びに行くの楽しみだな。」
「良かったじゃないか、気に入られたみたいで。
それにしてもお前の料理の腕にはオレも脱帽だ。
あとあれだな、意外に色々勉強してるな、お前。」
「へへー。本だけは読んでるからね。それに、勉強、嫌いなわけじゃないよ。」
「そうか。」
片付けが済み、順番に風呂に入る。先に上がったオレはビールを飲みながらDVD鑑賞だ。
カオルがパジャマ姿で髪の毛をタオルで拭きながらリビングに顔を覗かせ、
「おやすみなさい」を言って引っ込んだ。
それにしても、彩子さんに吉田君の用意するサプライズとはなんなんだろうな。
楽しみだ。42インチの液晶画面では、ハヤテが白い虎と戦っている。
お嬢様をお守りする執事か。妹を守るお兄ちゃんと同じ・・・・・・ではないな、
などとくだらないことを思っているうちに眠くなってきたので、DVDを止め、
電源を落とす。早いとこ例の二人と連絡を取らなきゃな。

次の日、仕事から帰ると、テーブルの上にメモがおいてあった。カオルの字だ。
『彩子さんからお誘いがあったよ。いやいや、あたしじゃなくて、お兄ちゃんに。
8時に部屋に来て欲しいってさ。吉田君も一緒だって。あたしは今日遅番だから。
帰りは12時くらいになっちゃうと思う。起きててくれる?
なんちゃって、寝ちゃってていいからね。じゃあね!』
なんだろう。昨日の今日だから例のサプライズってわけじゃないんだろうけど。
そんなことを考えつつ、カオルが用意しておいてくれた夕飯をいただく。
テレビでバラエティ番組を見ながら食べていたらもう8時10分前になっていた。
ハンバーグの最後の一切れを口に放り込み、片付けをして、隣へと向かった。

インターホンのボタンを押す。彩子さんの声がした。
「どちら様?」
「彩子さん?松下です。なんか呼ばれてるって、カオルに聞いて。」
「ああ、はいはい。今開ーけまーすよー。」
玄関のドアが開き、彩子さんが顔を出した。
あれ?めずらしくちゃんとした服を着てる。
タイトなスカートにブラウス。上にさりげなく羽織ったジャケットがかっこいい。
「入って頂戴。」
中に入ると、吉田君が立ち上がってぺこりと挨拶をした。
これもなぜかスーツを着込んでいる。アルマーニじゃないか。
何故アルマーニ?どうしたんだ二人とも。
これはやはりサプライズなのか?
でもこの後何が始まるのか、まるで見当がつかない。

「座って頂戴。」
彩子さんに勧められるままにダイニングテーブルの椅子のひとつに座った。
向こう側に座っている吉田君のとなりに彩子さんも座る。
「単刀直入に言うわね。あたしたち二人が狩人の増員部隊よ。よろしくお願いするわね。」
オレの目が点になっているのがわかる。
「は?狩人?増員?えーと、えーと・・・・・・」
「一応、サプライズにはなったようですね。
僕らとしては松下さんのその反応はおいしいです。」
オレはたしかに驚いていた。
ちょっと待ってくれ。俺が引っ越してきた時にはすでに彩子さんは隣に住んでいたし、
吉田君が引っ越してきてからだってもう2年は経つだろう。
何がどうなっているんだ。それに、それに・・・・・・
「上位裁定者からはぜんぜん違う名前を聞かされていたぞ。
それに彩子さんの『美人』は良いとしても、
男性のほうは30歳くらいのイケメン作家探偵だって・・・・・・」
吉田が反対側の有機ELパネルのほうをむいて言った。
「ほら上位裁定者。松下さん、混乱したじゃないですか。適当な事伝えるから。」
聞きなれた機械的な声が響く。
「うむ。反論の余地はない。あの時点では実は誰をあてがうかは
決まっていなかったのでね。JPN001YMが喜びそうな
シチュエーションをとりあえず伝えてみたのだ。いろいろ想像して
楽しかったのではないかな、JPN001YM。」
「マスターにそんなお茶目な面があるとは思いもしませんでしたよ。
ていうか、感情のようなものが存在したんですね。
むしろそこに驚いてますよ。にしても、彩子さんも吉田君も、
何年も前から普通に存在してたじゃないですか。
狩人として働いてはいなかったのですか?」
彩子さんがにやりとして口を開いた。
「あたしが説明するわ。実を言うとね、狩人って、意外にたくさん存在するのよ。
松下さんだって、この広い東京で全部の夢喰いを相手にできるわけじゃないでしょ。
それに、夢喰いが夢を喰うのは東京でも
アキバだけじゃないんだから。基本的にあたしは、夏と冬の2回だけ、
有明で狩をしていたの。わかるでしょ、
夏コミと冬コミよ。夢がいっぱいなんだから。で、吉田君だけど・・・」
吉田君が引き継ぐ。
「大学ってところも、若者の夢が渦巻く、夢喰いにとっては素敵な空間なんですよ。
それこそ各大学に一人づつは狩人が配置されてるんじゃないかな。」
ぜんぜん知らなかった。関東にはオレ一人だと思ってた。
「基本的に狩人には横のつながりってないじゃない?
上位裁定者も何にも教えてくれないしね。
あたしも今回上位裁定者にこのことを知らされて始めて
松下さんや吉田君が仲間だって知ったんだもの。」
そういうことか。
「そう。僕も今言ったことは先日上位裁定者から聞いたばかり。」
再び聞きなれた上位裁定者の音声が響いた。
「そういうことなのだよ。つまり、今までは個々に必要な分だけ
働いてくれればよかったのだが、夢喰いの大攻勢を控えてそれでは
対抗できないだろう事が予想されたわけだ。で、君たちのように
狩人たちにもチームを作ってもらうこととした。相手の数が増えるということ、
そして、やつらが武装したということ、その二点に対する対抗策としてな。
やつらの武装に対して、君たちにもそれなりの装備を与える。
これについては一両日中に準備が整う。今日、これ以降、君たちはチームだ。
今まで以上に多くの夢喰いを狩り立ててもらうことになる。がんばってくれたまえ。」

「というわけ。これがあたしたちが用意したサプライズよ。いかがかしら。」
「どうです?松下さん。」
いやいや、参りました。灯台下暗しと言うか何と言うか。
「完敗だ。まいった。参りました。君たちがそうだったとはね。露ほども思わなかったよ。
ひとつだけ質問があるんだが、いいかい?」
「なんですか?」
と吉田君。
「君らは何でスーツを着込んでるんだ?」
彩子さんがにやりとしていった。
「雰囲気作りよ。なんとなくかっこいいでしょ?」

ちょっとだけ先が思いやられたオレだった。

「で、彩子さん何だったの?」
バイトから帰ってきたカオルが着替えながら聞いてきた。
「うん。ストレートに言えばな、彩子さんも吉田君も、オレと同じ『狩人』だったんだよ。」
「ふーん。・・・・・・って、ええ!?あの二人が?なにコレ、コレって偶然なの?」
「いや、多分偶然じゃない・・・・・・と思うよ。」
そう、偶然じゃない。今にして思えば。もしかしたら右隣の神崎も・・・・・・
いや、マスターはそれについては何も言ってなかったしな。そこは追求すまい。
やけに気が合うとは思ったんだよなあ。彩子さんにしても吉田君にしても。
一体俺たち狩人って日本だけで何人くらいいるんだろう。
今まで考えたこともなかったけど、すごいことだぜ、これは。

とにもかくにも、戦いはもう、始まってるって訳だな。

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