The Stories of Mine      

掛け違えた釦

01 02 03 04 05 06 07 08 09 10
【6】

四月二十二日土曜日。この日は地域の吹奏楽連盟の総会の日だった。
中山も一応連盟の理事に名を連ねているので、仕事をしなければならない。
副顧問に学校に来てもらい、講師陣に練習を任せてきている。
受付を担当するが、県代表の常連である中山は有名人なので各校の顧問から挨拶を受ける。
純粋によろしく、という笑顔に混ざって、妬みの混ざった複雑な笑顔で挨拶をしてくる人もたまにいる。
そんな時は素直な笑顔で返すしかない、と、ここ二、三年で学んだ中山であった。
本当に熱心に指導をし、毎年県大会に顔を出してくるが、銅賞、よくて銀賞どまり。
こんなに一生懸命やっているのに、なぜこんなポッと出の若造にいともたやすく頭を越えていかれるのか、
納得できない、という顔である。

納得できない、その時点でこの人は終わっているんだな、と思う。
なぜおいて行かれるのか、謙虚に、冷静に状況を分析して前に進んでいこう、という姿勢に欠けているからだ。
恩師の大西がなかなか伸びない生徒によく言っていた。
「お前には素直さが足りない。指導を受ける者としての心構えが間違っている。」
これは何も対生徒に限ったことではない。
学校の先生にありがちな、お山の大将気質が謙虚さを失わせるのだ。
残念ながら今でも一部の指導者はそんな罠に陥ってしまっている。

「よう、今年はどんな具合だ?」
おおらかな笑顔で中山に尋ねてきたのは、やはりここ数年でめきめきと頭角を現してきている、
前浜市立西橘中学校の吹奏楽部顧問、松山だった。
この男は現在三十三歳で、中山、そして私立の雄、西海大学付属中学校吹奏楽部顧問でやはり同年代の宍戸と共に、
神名川県の吹奏楽三羽烏と言われている。

この三年間、この三校は必ず県代表となっていた。
三年前に松山が、二年前に宍戸が、そして去年中山が全国大会出場を果たしている。
またここ数年、彼らが中心となって、神名川県の吹奏楽全体の底上げをすべく様々な活動をしてきているのであった。
「わりといいと思うよ。そっちはどうなのよ。」
がっははははと大きな声で笑うと、松山は笑顔の中にも真剣な目を光らせて言った。
「わりと、じゃなくてな、かなりいいと思うぞ。」
もともと自信が服を着て歩いてるような男ではあったが、
それでもこの春の段階でここまで自信を持って自分のバンドを持ち上げるようなことは今までには無かった。
実際にかなりいい線を言ってるんだろうな、と中山は思った。
「おいおい、仲良くお話してる場合じゃないだろ。後ろで待ってる人がいるぞ。」
列の後ろのほうから声がしたので目をやると、宍戸だった。
「早くしてくださーい。」
追い討ちをかけてきたので、松山に資料を渡し「じゃ、また後で。」と言って、受付業務を続けたのだった。
宍戸の番が来たので、さっきの注意のお返しに、と、できるだけ事務的に受付をしてやる。
「はい、これが資料です。全体会の会場へどうぞ。」
「冷たい言い方をするねえ。俺で最後なんだろ?後ろに誰もいないじゃないかよ。」
「へへっ。さっき誰かにせかされたからねえ。」
「根に持つ奴だな。ところで、松山んとこ、今年は狙ってるらしいぜ。あいつ、何て言ってた?」
「かなりいい、ってさ。」
「うーん。やっぱりなあ。お前んとこ、どうなのよ。」
「去年よりよくなるな。」
「マジかよ。あれ以上何をどうしようってんだ?」
「でも、お前んとこだって、去年のあの二年の二枚リード、かなりいいじゃないか。使うんだろ?」
「分かる?そりゃそうでしょ。あいつらはうちの看板だからな。お前んとこの、根岸だっけ、あの子もうちの奴ら位吹けるでしょうが。
やっぱ使うんだろ?」
「イベールやろうかなって思ってる。」
「そう来たか!うちはな、ダッタン人で勝負だ。」
「なるほど。コールアングレ※はどうするんだ?」
(※イングリッシュホルンとも言われる。ダブルリードの中音楽器)
「買っちゃったもんね。ロレー。」
「お前、バカだろう。今年はいいかもしんないけど、来年からどうするんだよ!」
「そんなこと考えてないよ。今年のあいつらにどんだけのことをしてやれるかだろ?来年は来年の風が吹くんだよ。」
「私立はいいよな。金があってさ。」
「まあな。でもコールアングレは自腹だぜ。」
「やっぱバカだ、こいつ。」
「ははっ。まあ言ってろや。そうだ、今度またうちの奴ら見てくれよ。じゃああとでな。」
「ああ。じゃあな。」
松山より長くしゃべっていやがった。
宍戸もかなりの吹奏楽バカだ。
専門が金管楽器だけあって奴のところの金管セクションは半端じゃない。
大人顔負けのパワーと美しい音色をしてるのだ。
一昨年全国デビューを果たし、昨年は東関東大会どまりということで、結構プレッシャーはあるらしいが、
そんなことをおくびにも出さず、マイペースでがんばっている。

松山は自身、打楽器プレーヤーとしてもかなりの腕前を持つ。
そんな三人が顔をあわせてから最初はお互いに行き来して足りないところを補い合ってきた。
何年か前から、それぞれの人脈を生かして講師陣を含む体制作りを行い、
市内の吹奏楽団体に声をかけて、吹奏楽指導者講習会や、生徒向けの楽器の講習会を開くに至った。
これは大変好評で、回を重ねるごとに参加者が増えてきていた。
自分たちの学校を中心に、会場を持ち回りで行ってきたのだが、最近ではぜひ自分の学校で、と申し出てくる団体も出てきた。

ゴールデンウイーク後にたいていコンクールの申し込み締め切りが来るので、
いつもゴールデンウイークには課題曲の講習会をやっている。
今年はなんと、厚生ウインドオーケストラのメンバーが講師として来てくれることになっており、
参加希望もかなりの数になっていた。

夏のコンクールに至るまでの日々でも、三羽烏は自分たちのことばかりでなく、他の団体の力となるべく、
合同練習を行ったり、楽器講習会を開いたりするのだった。
自分たちのプライベートなどなかったが、それがまったく苦にならない三人なのだった。

コンクールの最中はさすがに自分たちのバンドの練習に集中せざるを得ない。
で、コンクールが一段落する秋以降は、アンサンブルコンテストに向けて、楽器別の講習会を開く。
また、演奏会を見据えたポップス関連の講習会などをひらいたり、
三年生が抜けた後の新バンドのための合同演奏会や練習会を企画するのだが、
これまたなかなかの好評で、今年あたり、参加バンドは抽選になってしまうかもしれないくらいなのだった。
三学期はたいていのバンドが春の演奏会の準備で忙しくなる。
ただ、コンクールのときほど集中できないのが実際なので、
やはりこの時期にも楽器講習会を開いたりして、年がら年中バンド漬けの環境作りをする三羽烏なのであった。

吹奏楽連盟の総会が始まり、理事紹介と理事長挨拶に続いて、昨年度の行事報告、会計報告があった。
続いて年度行事の提案と承認、予算案の提示と承認がなされた。
年度行事の提案に際しては、三羽烏がほとんどを説明し、質疑応答も問題なく過ぎた。
特にコンクール関連の提案はみな真剣なまなざしで聞いてくれていた。
万が一間違いがあると、自分はともかく、生徒たちに悲しい思いをさせることになる。
そんな思いが伝わってきて、説明している中山もつい熱くなるのだった。

総会後、地区ごとに分かれて年間行事に関する確認を行う。
どの地区も特に問題なく話は終わったようだった。

「中山!片づけが終わったらガスト集合でいいな?」
松山の大きな声が響いた。宍戸がその横で苦笑いしている。
「OK、わかった。」
会場の後片付けが終わり、理事長に挨拶をして中山はその場を辞した。
車でガストに向かう。五分もせずにガストにつくと、松山と宍戸はすでにサラダバーで野菜を皿に盛っているところだった。
「はええな、オイ。」
「おう、お前の分も頼んどいたから。さっさと皿持ってこいよ。」
席に着くと、三人分のパスタが運ばれてきた。
「オイ、パスタまで頼んじまってたのかよ。つーかなんでいつも和風カルボナーラなんだ?たまには洋風のが食いてえっつの。」
宍戸が苦笑いで続く。
「ここ数回、自分でオーダーした記憶が無いんだけどね。ま、楽っちゃ楽何だけどさ。」
「いいのかな、俺たち、これで。」
松山がガハハと笑い、
「いいのだよ、君たち。食いもんでバンドの質が決まるわけじゃないからな。」
何を言いたいのか皆目分からないが、勢いでいつも納得(?)させられてしまうのだった。

「中山んとこ、イベールやるってよ。」
宍戸が松山に言うと、
「まあそんなとこじゃないかと思ってたね。宍戸んとこはそうだな、サロメかダッタン人、ってとこじゃねえの?」
「見破られたか。ダッタン人で勝負だ。」
「やっぱりな。」
「そう言う松山んとこは多分あれだろ、オリジナル。しかもリード。で、そうだな、春の猟犬でどうだ?」
「ぐっ・・・・・・なかなかやるな、宍戸・・・・・・それにしても何故・・・・・・」
中山が笑って答える。
「スコア見えてんぞ。カバンのジッパー、全開だし。」
松山がカバンを見、顔を上げて宍戸をにらむ。
「おのれ宍戸、卑怯な手を使いおって。」
「何の勝負だよ!」
三人は顔を見合わせて笑った。

「今年は東関東大会が神名川開催で県代表は八校だってんだから、東関東も広き門になったよな。」
松山が感慨深げに言った。
「俺ん時なんて、代表二校だぜ。狭かったなあ。」
神名川出身の宍戸が懐かしげに言った。
「それだけ参加校が増えてんだろうが。それにしても八校かあ。三校に一校は代表だぜ。そう言えば去年、
いきなり県に出てきて金賞取った大須賀の中央中、覚えてるか?」
松山が尋ねると、中山が答えた。
「ああ、ガイーヌやったとこだろ?初出場であの音はすごかったな。」
「あそこの顧問、堤ってんだけどさ、ちょっと前まで賤岡で棒振ってて、三年前大須賀に来たばかりでな。
こっちにあんまり伝が無いらしくて、学校に電話して来たんだよ。」
「へえ、何だって。」
「前浜でいろいろやってんじゃん?行事。混ぜて欲しいんだと。」
宍戸が腕を組む。
「うん。その気持ちはありがたいけどなあ。いろいろ問題があるんじゃないか?」
松山が頷く。
「そう。ここんとこ参加団体が増えてる関係で場合によっちゃ参加に制限をかけなきゃいけないかもしれない。
そんなときに外部からゲストってわけにはいかねえよな、やっぱ。」
「大須賀だっけ。四浦地区も結構いろいろやってるとは思うんだけどな。」
宍戸がにやりとする。
「でもほれ、あそこは・・・・・・」
松山も中山もため息をついた。
「女史がなあ・・・・・・頭固えからなあ・・・・・・」

  大須賀市のある四浦地区は古参の理事が未だに有形無形の力を持っていて、
新人にあまり優しくない地域と言われている。
出ようとする杭は打たれまくるのだ。
中でも理事長である四浦市立北浦中学校の金井女史の権力は絶対で、
彼女の意に沿わない行事計画は総会を通らない。
また、年功序列こそが組織の力を強くすると思い込んでいるので、なかなか理事会のメンバーが若返らない。
県の総会では三羽烏の提案に対して何度も疑義を投げかけてくる強敵(?)なのであった。

「地区の行事に正式に招待はできねえだろうな。」
松山がため息をついた。宍戸がひらめきをそのまま口にする。
「だったらさあ、俺たちの学校それぞれにパートごとに別々に呼んでやって合同練習してやれば?」
中山が首をひねる。
「うーん、効率的でないなあ。それよか宍戸、お前んとこにまとめて呼んでやって、俺らも講師で参加ってのはどうだ?
で、もったいないから松山んとこと俺んとこからはパートリーダーくらいは参加させる、みたいな。」
松山も同意した。
「そうだな。四校全部まとめて集まっちゃうとまたひがむ奴とかいるかもしれねえし。二校の合同練習プラスアルファなら
対外的にもそんなに目立たねえだろうし。」
「いいかも知れんな。学校に戻ったら施設利用の確認してみるわ。でもって、地区の楽器講習会と重なんないように
日程組んでみる。案がまとまったら松山、連絡するよ。」
「すまんな、頼む。堤には連絡しとくよ。電話で話した感じでは面白そうな奴だから、今度件の総会の後でも飲みに誘うか。」
宍戸と中山が同時に答えた。
「OK。それがいい。」
あまりに見事なユニゾンが松山のつぼにはまったらしく、ガッハハ笑いが止まらなくなってしまった。
宍戸と中山が回りを気にするのだが、松山はまったく気にしない。
店中の視線を一気に集めたような気がして、二人は赤くなってうつむいた。

帰りの車で中山は思い出し笑いをしながら考えた。
やはり松山、宍戸はいい仲間だ。会うたびに新しい刺激を受ける。
おそらくそれはお互いに思っていることに違いない。
堤の件もあるし、前浜だけじゃなくて、神名川全体に若い力のネットワークが出来上がれば、
吹奏楽団体全体のレベルの底上げが期待できる。
そうなれば、更に俺たちに続く若い力がどんどん台頭してくるはずだ。
俺たち三羽烏が行くまで二十何年間も神名川からは全国に行けないと言われてきた。
でももう言わせない。
今年は東関東からの全国への枠三つとも神名川でもらってやる。
そしてそれは向こう何十年も続くんだ。

カーステレオからは「寄港地」の第二楽章が大音量で流れていた。

中山が学校に着いたときにはすでに練習は終わって生徒も帰った後だった。
職員室で副顧問の風間先生とOBの池田と緒方が談笑していた。
中山に気づいた池田が手を振って声をかける。
「お帰りなさい、先生。お疲れ様でした!」
「おう、ただいま。風間先生、今日はすみませんでした。せっかくの土曜日なのに。」
「なに、あらかじめ分かってれば問題ありません。私も顧問のはしくれですし。指導はできませんが、
いるだけだったらいくらでもできますから。おかげで小テストの採点が全部終わって、新しいプリントの印刷までできちゃいましたよ。」
「うわあ、生徒に悪いことしたかな?」
池田と緒方が笑った。風間先生が続ける。
「では私はこれで失礼します。まだ北沢先生と遠藤先生がいらっしゃいます。準備室と練習室の鍵はこれです。」
「ありがとうございました。では月曜日に。お疲れ様です。」

風間先生を見送ると、池田を捕まえて尋ねた。
「今日はどうだった?」
池田はうれしそうに答えた。
「よかったですよ。最初の基礎合奏を根岸がまとめてくれたんですけど、これがまたきちんとしてて。
あいつ、やっぱ耳がいいから、音程とか音量バランスの注意とか、的確なんですよ。
最後の和音なんて録音しておきたいくらいでしたね。」
「ほう、そんなによかったかい?」
緒方が引き継ぐ。
「ええ。本当に。去年の今頃と比べたらもうかなり音ができてますね。その後のパート練習もかなりしまってました。
いい雰囲気ですよ、かなり。」
中山はうれしかった。関東大会だ全国大会だとは言っても、中学生は中学生だ。
基本的にはまだ子供なのだ。手を離せば簡単に緩む。サボろうとするし、手を抜く。
自分が見ているときはちゃんとして見えても、いない時には本性が出るものだ。
それがここ二年ほど前からなくなってきた。
まあ、自分の目の代わりになるOB連中がいることもあるのだが、重役OBがいないときでも、
または生徒たちだけのときでも、最近はかなりしっかりしてきているらしい。
「イベールの分奏、やってみてくれたか?」
緒方の目が光った。
「びっくりしましたよ、先生。瞳ちゃんのソロ!もう吹けてますよ。楽譜づらは完全に追えています。
他の子たちもほぼ譜読みはできています。」
「金管も大体OKですね。来週あたり、合奏してみてもいいかもしれません。」
中山が頷く。
「課題曲は?」
池田がこれもうれしそうに
「厚生ウインドもびっくり。楽譜づらは完璧です。あとは先生がどう味付けするか。」
「本当かよ。まあ、難しい楽譜じゃないけどさ。」
「それはそうと、コンクールの申し込み、今年はいつなんです?」
「五月十日から十七日までの間だ。書類作成はオガちゃんに頼んでいいんだな?」
「はい。大丈夫です。今日預っていって、来週持ってきますから。あ、一応コピーとっときますね。」
そう言うと、中山から書類を預かり、コピー機へと向かった。
「池田は教員採用試験の準備、進んでんのか?」
「ちゃんとやってますよ。勉強もきちんとやってはいるんですけどね。問題は採用数です。
試験に合格しても採用の絶対数が少ないですから、困ったもんです。」
「なんだよ、合格前提か?えらい強気だな。」
「それくらいの気持ちが無きゃダメだってことですよ。前向き前向き。」
「いいねえ、その姿勢。たのむぞ、神名川のこれからのためにもな。」
緒方が戻ってきた。
「なんか大きな話してますねえ。誰がこれからの神名川を背負うんですか?」
池田が胸を張って答えた。
「俺だ!」
緒方が笑う。
「えー?ちょっとそれ、不安だなー。」
「確かに不安だ。」
池田がむくれた。
「二人してなんすかそれ。」
三人で吹き出す。
「はははは。いやいや、池田君には期待してますよ。じゃあそろそろ帰ろう。二人とも送っていこうか。」
「あ、いや、今日は俺、車っすから。」
「え?車?誰の?」
池田が免許を取ったのは知っていたが、車を買ったと言う話は聞いていなかった。
「いや、親父の借りてきたんですけどね。」
そういうことか。
「オガちゃん横に乗せて気が散らないか?お父さんは心配だぞ?」
中山がふざけて言うと、池田は笑って答えた。
「大丈夫っすよ。こいつが余計なことを言わなければね。な、オガちゃん。」
「はいはい。黙ってます。」
いよいよこいつらの親密度も増してきたな。
でもまあ、生徒の前ではそれを決して出さないところがえらいところだ。
女子の中には池田のファンも少なくないからな。
オガちゃんが反感を買うと木管が大変なことになる。なんちゃってな。
「よし、じゃあ帰ろう。お前ら先に出ててくれ。職員室に誰もいなくなるから、いったん戸締りしなきゃいかん。」
「はい、わかりました。」
中山は職員室内の戸締りを確認すると、出入り口に鍵をかけ、給湯室にある鍵保管庫に鍵をしまうと、ロックをかけた。
靴を出そうと下駄箱の蓋を開けたとき、奥のほうにさっきは気づかなかった手紙のようなものを見つけた。
「なんだこりゃ。」
独り言のようにつぶやき、手紙らしきものを手にする。
なにやら難しい折り方をしてあり、開くのに手間取る。
ようやく開いたその便箋の真ん中に、こう書いてあった。
「愛してます。」
紙の表裏をよく確認するが、名前も書かれていない。
ただ表に一言書いてあるだけだった。
字は筆跡が分からないように、小学校の硬筆習字のお手本のような字にしてあった。
でも中山にはそれが誰によってかかれたものか分かる気がした。
字を見た瞬間に瞳の顔が頭に浮かんだのだ。
背筋に冷たいものを感じて、ゴミ箱にその便箋を捨てようとしたが、
思い直したように中山はその手紙をポケットにしまった。



続きはこちら