その日は来ていた
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『超常現象』編集部
「まあまあ、座んなさい座んなさい。汚いところだけど、大丈夫、物があふれてるだけで、不潔じゃないから。ジュースでも飲むかい?
それともお茶がいいかな?」
今日は日曜日だったが、純一の父親が会社に出ていたので、正明と純一で会社まで会いに来ていたのだった。
純一の父親は正明が想像していたのとは少し違って、物静かでまじめそうな雰囲気の知的な紳士だった。
「どんなん想像してたんだよ。ま、俺をもとにして想像すれば、確かに少し違った父親像が結べるかな。」
父親は笑って答えた。
「はははは。何を言うか。お前が私をもとにして生まれたくせに。」
純一の父親−山形彰一郎−は、ここ雑誌『超常現象』の編集室の室長である。
「で、君は予知夢を見るんだって?私の研究によると、予知夢を見る人間というのは、特殊な人間で、その予知夢の内容を実際に目にしているんだよ。」
「それって、どういうこと?」
「要するに、そういう人は一旦未来に行って、その未来の出来事を自分の記憶として保持しているのだ。だから相対的過去に戻ったとき、“まだ起こっていない”出来事としてそれを夢に見てしまうため、“予知夢”として捉える、ということなんだな。」
「じゃあ何、正明はタイムトラベラーか!」
「うむ。最近じゃタイムリーパーなどとも言うね。」
「ちょっと待って下さい。僕はタイムトリップなどしたことは無い。」
「そう、そこが問題だな。なぜ君にそんな記憶が無いのか。無意識のうちに行われたのだとしたら、いったいどんな力がそこに働いたというのか。とにかく正明君、まずは君の経験した予知夢について話してくれないか。」
正明は、先日純一に話した内容をもう一度彰一郎に話して聞かせた。
「ふむ。なるほど。大変興味深い話だ。そしてそれを大人が誰も信じない、というのも私に言わせれば信じがたい話だ。君の親御さんはそのことをどう思っているのだね?」
「母は僕が助かったのを喜ぶばかりで、僕の話も話半分にしか聞こうとしません。でも、父は真剣に聞いてくれました。ニューヨークに行っていたのも、そのことに関して調べる為だといっているのを聞いたことがあります。」
彰一郎の目が光った。
「君の名は、なんと言ったっけ。」
「工藤正明ですが。」
「工藤・・・・工藤・・・・。ひょっとして君のお父さんは、工藤賢一と言う名前ではないかね。」
「はい、そうですけど、どうしてご存知なのですか?」
「工藤賢一氏とは、大学時代の研究仲間だ。」
「大学時代の・・・研究仲間って・・・・」
「超常現象を科学的に分析する学問を私らは独自に進めていたのだ。卒業後もしばらくは連絡を取っていたが、ここ数年、音信不通だったのだ。そうか、君は彼の息子さんか。賢一氏は元気かね。」
「はい、とても元気です。」
「仕事は何をしていらっしゃるのかな?当時はコンピューターの会社で開発の仕事をしていたはずだが。ま、私とは全く違う路線で働いていたね。」
「今は自動車メーカーの研究開発室にいるって聞いてます。なんか、しょっちゅう転勤ばかりしてるんで、家族としては困ったもんです。母なんて、次に転勤する時は単身赴任にしてね、とか言っちゃってますよ。」
「自動車メーカーね・・・。まあいいだろう。今日帰ったらお父さんに、山形彰一郎が会いたがっている、と伝えてくれないかね。」
「もちろん、いいですよ。」
「それと、正明君、また近々お話を聞かせてもらうことがあると思うが、かまわんかね。」
「かまいません。純一君に言ってくだされば、いつでも。」
「そうか、ありがとう。じゃ、くれぐれもお父さんによろしく。純一、お母さんに、2、3日帰れないと伝えておいてくれ。」
「自分で電話すりゃいいじゃねーか。」
「怒られるじゃないか。」
「ったく、だらしのねー。」
純一の目は笑っていた。この親子、結構仲がいいみたいだ、と正明は思った。
その日家に帰った正明は、父親に山形彰一郎氏との出会いについて話し、連絡が取りたい、といっていたことを伝えた。
父親は驚いていた。
「行方が知れなくなっていたのはあいつのほうだと思っていたのだがなあ。そうか。横浜に住んでいたのか・・・・」
そういうと、あらぬ方向を見て何か考え事を始めたようだった。
そうなるともう何を話しても電柱に話をしてるような状態になってしまうので正明は食事に集中した。
母親は特に何の反応も示さなかった。
次の朝、学校に行こうとしていた正明は玄関で父親に呼び止められた。
「お前の友達の山形君に、この手紙をお父さんに渡してくれるように頼んでくれ。」
正明は父に一通の薄い手紙を渡された。
「わかった。渡せばいいんだね。」
「宜しく頼む。」
学校についてすぐ、父から渡された手紙を純一に渡した。
「オッケーわかった。必ず渡すからな。まかしとけ。」
とりあえず何でも『まかしとけ』と請合う純一だった。たいていの場合は任せておいて問題は無かった。
次の日から、正明の父親の姿が消えた。
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