Many Ways of Our Lives

その日は来ていた

01 02 03 04 05 06 07 08 09 10
転校生・工藤正明
2007年9月
工藤正明は転入初日の今日、新しいクラスメートの待つ教室へ向かっていた。
担任の先生に連れられてやってきたのは2年4組。担任の後に続いて教室に入る。
クラス全員の視線が自分に集中するのを正明は感じた。今まで何度も転校を繰り返してきたが、この瞬間にはいつまでたっても
慣れることができない。
担任が話しはじめる。
「今日は皆さんに新しいクラスメイトを紹介します。お父様の仕事の都合でニューヨークから来た、工藤正明君です。
さ、工藤君、自己紹介をしてもらいましょうか。」
正明はかねてから考えていた台詞を自分の言葉にして話し始めた。
「皆さんこんにちは。工藤正明です。ニューヨークから来たとは言っても、そこにいたのは実際三ヶ月かそこいらですから、
英語がペラペラというわけではありませんので念のため。あと部活はサッカーに入りたいと思っています。宜しくお願いします。」
クラスのお調子者、山形純一が大きな声で答える。
「おう!よろしく!」
クラス全体がどっと沸き、正明は受け入れられたと感じた。
担任が続けた。
「はい、じゃあ、席は元気のいい山形君の隣、ということで。山形君、ちゃんと面倒を見てあげてね。」
「おまかせあれ!」
朝の学活が続いていた。
山形が正明に話しかける。
「困ったことがあったら、なんでも相談してくれよ。そうだ、今日の放課後はサッカー部に連れて行ってやるよ。俺もサッカー部だ。」
「ありがとう、よろしくたのむよ。・・・・うっ・・・・」
正明が頭をおさえた。
キーンという耳鳴りとともにめまいが襲う。
真っ青になった正明におどろいて純一が声をかける。
「どうした工藤、大丈夫か!」
純一のただならぬ声にクラス全員が注目、担任も歩み寄ってくる。
またあの感覚だ・・・・2年前のあの時と同じだ・・・ここしばらくなかったのにどうして・・・
正明は気力を振り絞り、かろうじて倒れるのをまぬかれた。
「大丈夫です。」
正明は声を絞り出したが、その声はか細かった。
顔を上げると彼の目線の先に一人の少女の顔があった。彼を冷たく見つめている。
あれ?この子、どこかであったことがある?この顔には見覚えがある・・・・
「山形君、念のために保健室に連れて行って上げなさい。」
担任の声で我に返る。
「大丈夫、すぐに直りますから・・・」
「いいから、保健室に行こう。なんでもなきゃそれでいいんだから。」
純一に付き添われ、保健室に行くと、念のために休んだ方が良いということで、ベッドに横にならされた。
2年前。そう、あの事件。忘れようとしても忘れられるものじゃない・・・・・
彼はそのときのことを思い出していた。

北海道苫小牧市。
彼は父の仕事の都合で苫小牧市立西小学校へ転入した。
6年2組は明るいクラスで、正明もすぐにクラスに溶け込み、楽しく過ごしていた。
そんな教室があっという間に地獄に飲み込まれたのである。
当時新聞やテレビをにぎわせた事件。あのむごたらしい事件である。
いきなり入ってきた正体不明の男が銃を乱射し、担任の先生を含めて12人が犠牲になったのである。
命を取り留めたものの、重傷を負ったものも多数いた。
その後、ショックから中々立ち直れない子供達も多かった。
犯人は未だに捕まっていない。足取りも全くわかっていないということだった。
それもそのはず、犯人は文字通り消えてしまったのだ。
当時何人かの子供が「目の前で犯人が消えた」という証言をしたのだが、ショックでありもしないものを見たのだと
取り合ってもらえなかった。
しかし、確かに犯人は見つかっていないのだ。
そして彼は思い出した。
あの子そっくりな子があそこにいた!名前は確か・・・エリカ・・・富永エリカ・・・・

保健室でいつの間にか正明は眠ってしまっていたらしい。
目が覚めると保健の先生が優しく声をかけてくれた。
「大丈夫?顔色はずいぶん良くなったわね。」
「はい。もう大丈夫です。」
転入初日から大失態だ、と正明は思った。
時計を見ると、11時30分だった。
保健室のドアが開き、生徒が何人か入ってきた。山形純一をはじめとした2年4組の連中だった。
「工藤君はどうですか?」
純一の声だった。
「もう大丈夫よ。工藤君、起きられる?」
もう起きていた。
「ごめんねみんな、いきなり心配かけちゃった。」
「なあに、いいって事よ。荷物、持ってきてやったぜ。家はどこだ?一緒に帰ろうや。」
幸い、方向が一緒だったので、純一他2、3人のクラスメイトと一緒に帰ることが出来た。
八木優香という女子が「男女」とか呼ばれていた。
背は高いが、目鼻立ちがはっきりしていて、中々の美人だった。男女は失礼だ、と思った。
そして富永エリカそっくりなあの女の子もいた。
純一に名前を聞いてみると、船坂亜衣だという。他人の空似か・・・・
あしたからがんばろう、正明は小さな声でつぶやいた。

転入から3ヶ月は何事も無く過ごすことが出来た。もう大丈夫だろう、と思っていたのだが、それはまたやってきたのだった。
正明の異変に気が付いたのは山形純一だった。
「工藤、どうした?最近顔色が悪くねーか?なんか悩みでもあんのか?」
「女の事だったら、俺に任せてくれ。」
お調子者の一石がまぜっかえす。
「最近、よく眠れないんだ。」
村田直美が茶々を入れる。
「何、不眠症?デリケートなのねー。」
「夢を見るんだよ。しょっちゅう。悪夢なんだ。」
「あらまー。僕ちゃん、怖い夢見ちゃったよー。」
八木優香が追い討ちをかけるが、山形ににらまれて肩をすくめた。
純一が聞く。
「で、どんな夢なんだ?」
「この教室に殺人鬼が現れて、僕らに向けて銃を乱射するんだ。その瞬間目が覚めるんだけど、眠りにつくとまたおんなじ夢で目が覚めるんだ・・・」
船坂亜衣が噴出す。
「なにそれー。ありえないー。悪夢で不眠症って、なんか悩みでもあるんじゃないの?」
一石がみんなに声をかける。
「グランド行こうぜ、バレーボールやろう!」
「行こう、行こう!」
皆がグラウンドへ出て行く中、山形はその場に残った。
「で?それだけじゃないんだろ?悪夢で眠れない、なんて言ったって人間、結構眠れてるもんらしいし。それだけでそんなに顔色が悪くなるわけないだろ。なんか悩んでんじゃねーの?マジで。」
「山形にはかなわねーな。でも信じちゃくれないと思うぜ。」
「いいから言ってみろ。」
「笑わないなら言ってやるけど、これは多分、現実に起こることなんだ。」
「現実に?」
「僕は予知夢を見るんだ。ほら、笑いたきゃ笑え。」
「別にオモシロかねーよ。それよりなんでそれが予知夢だとわかる?」
「一度ならずとも夢で見たことが現実になっているからさ。2年前の児童虐殺事件、覚えてないか。」
「えーと、北海道のどこかの小学校で銃の乱射があった奴だろ。知ってる知ってる。確か犯人が捕まってないんだよな。」
「あのクラスにいたんだ、俺。」
「えーと・・・あの時のクラスの大半がショックで中々立ち直れなかったって聞いてるけど・・・」
「僕もショックで寝込んださ。でも、すぐに立ち直った。」
「どうして立ち直れたんだ?」
「あの事件が起こることをあらかじめ『知って』いたからさ。予知夢でね。」
山形の顔色が変わる。
「だとしたら、何とかしなきゃ!」
「何とかって?」
「お前の夢が本当のことになるんなら、俺達殺されちまうって事だろうが。何とかすればあらかじめ予防線だって張れるんじゃないのか?」
「実際こんな話、誰が信じるって言うんだ。あの時の犯人が見つからないのだって、当たり前なんだ。僕らの目の前で『消え』たんだから。
でも、そんなこと、誰も信じちゃくれなかったよ、大人はね。」
「俺は信じる。」
「だから、君が信じてくれたって、どうにもならないだろう。」
「信じてくれそうな大人も知っている。」
「誰だい?それ。」
「俺の親父だ。」

続きはこちら